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特集

『吉野北高校図書委員会』スピンオフ その3 「サバイバル」前編 山本 渚

現在角川文庫から全3冊が発売されている、山本渚さん『吉野北高校図書委員会』。地方の高校の図書委員会を舞台に瑞々しい青春を描いた本作は、刊行時、大きな話題を呼びました。文庫の装画を担当した今日マチ子さんによるコミカライズ(全3巻)も、好評発売中です。
今回「カドブン」では、この「吉北」のスピンオフ・ショートストーリーをお届け。
3作をそれぞれ複数回にわけて公開いたします。
3編目は、図書委員のなかで自他ともに認めるオタクキャラ・西川行夫の回です。

>>スピンオフ その1 「初恋はいつですか」
>>スピンオフ その2 「委員長になる日」
※リンクはページ下部の「おすすめ記事」にもあります。

===

「サバイバル」前編 山本 渚

 俺の人生は過酷だ。
 そう気づいたのは、小学生の頃で。
 自分の容姿がずば抜けて劣っていることに気がついたのとほぼ同時だと思う。
 自分や異性や、周りの目を気にし始めたクラスメイト達と同じように、俺も気づいた。ただそれだけだ。
 それでもまだ、低学年の頃は、無視されたり、揶揄されたりは、悲しかったし辛かった。でも事態は待ってくれない。
 高学年になると同時に、本当に本気で過酷な毎日が始まった。
 毎日なくなる上履き。探していると、どこからか俺の上履きを持ったクラスメイトがあらわれて、いいように頭や体をどつかれる。自分の上履きで。
 あの頃、一生分の靴の臭いをかがされたんとちゃうかな。
 中学に上がる頃には、ほとんど人を信用しなくなってた。
 男子生徒には、無意味に追いかけ回されたり、鞄の中身をぶちまけられたり、俺の持ち物をいちいち周りに見せびらかされて「オタク~、オタク~」とげらげら笑われたり、ということが日常的だった。おかげで斜め後ろの奴が今何をしようとしているのか、雰囲気で分かるくらいになった。俺が座るタイミングで椅子を後ろに引こうとしていると気づいた時には、この場合はこけとく方がマシなのか、よけた方がいいのか、受けを狙って空気椅子とかやればええんか、本気で悩んだ。
 女子生徒には、とにかく蔑まれ、話したことない奴も俺をよけてた。まるで汚いものをよけるかのように。……ああ、実際汚かったわけか。見た目が。
 どうやって一日をサバイブするか、それだけを考えて学校に通ってた。

 友達なんか、もちろんろくにいないから、一人で遊べるものにひと通りハマった。あやとりからおりがみ。けん玉からルービックキューブ。アニメ、児童小説、ゲーム、漫画、カードゲーム。
 一人で本気で遊んで、それはそれで良かった。
 いつ掌を返すか分からない「誰か」となんか、本気で遊べる気がしなかった。
 けど、オタク仲間はあちらこちらに意外といて、それなりに話せる奴とかも出てきたり、同じ境遇の奴もいたりで。それも悪くなかったと思う。
 中学の半分をすぎる頃にはもう、開き直りつつあった。
 このまま、過酷なままでやっていくしかないなら、別に誰かの目を気にしなくてもいいんじゃないかと思うようになった。息しとるだけで嫌われるんやから、そんなもん気にしても一緒でないか。
 アニメのグッズを学校でも使うようになったのはこの頃。
「えー」「やだ」「きもい」っていう女子の声がはっきり聞こえるようになったくらいで、特に扱いは変わらなかった。むしろ、今まで心の中で言ってたことを表現する理由ができてあいつらも良かったんとちゃう? って思った。
 あいつらはとにかく「蔑みたい」生き物なんやなと思ってたし、今でもそう思う。比べるのと、順位つけるのが大好きで。綺麗と可愛いが大好き。だから俺をよけるのは本能なんかもなーって思ったりする。
 あの頃、制服は常にどこか汚れていたし、持ち物はなくなったり出てきたり、なぜか他の奴が使っていたりした。もう俺はそれに慣れっこで。そんなこと気にして時間をとられるより、いかにして効率よく新作のラノベを制覇するか、深夜のアニメを網羅するか、カードゲームのデッキをどこまで神にできるか、真剣に考えていた。そっちの方が大事だった。

「先生! 西川君の制服が汚れとんやけど」
 放課後のクラブで、突然立ち上がって、俺を指差してそう言ったのがワンちゃんだった。ちなみに囲碁・将棋クラブで、彼は強いんで有名だった。
 俺自身でさえ、制服が汚れたり、靴が片方ないみたいなことには無頓着になりつつあったから、へーそうか、今日はどこが? ときょろきょろ自分の身体を眺めていると、苦々しげに岸本君、当時はそう呼んでいた、が言った。
「分かってて、放置するの、やめて下さい」
 その目が明らかに俺の背中を見ていたので、学ランを脱いでみたら、背中に大きな足跡がついていた。上履きの底の模様もくっきりだった。
 おお、これか。これはさすがに。「俺、蹴られました」って宣伝しているみたいやなと、自分でぱたぱたはたいていたら、糾弾された気弱そうな教師が俺を見ていた。俺が目を合わせたら困ったように目を伏せる。その様子を見ていた岸本君が諦めたのが、一瞬で分かった。岸本君は何事もなかったように、黙って椅子に座った。
「お」と思った。熱血な奴なのかと思ったらそうじゃなかった。みたいな感じで。
 そのうえ、クラブが終わった後、声をかけてきたりするから、余計びっくりした。
「さっき、ごめん」
 岸本君がそう言って、俺が驚いとるうちに、
「けどなー、『どうなるかなー、おもろいなー』って顔でコトの推移を見るんやめてよ。自分のことやのに」
 あ、ばれとった、と思った。ここまで読まれたのは初めてで、一気に愉快になった。
「西川君、俯瞰ふかんし過ぎ」
「はははははは!」
 笑う俺を嫌そうに眺め、岸本君は肩をすくめて、諦めたように笑った。
「西川君。今度、将棋僕とやってよ。このごろ先生でも相手にならん。うち祖父ちゃんが強いけん。接戦演じるん疲れるわ」
「ええよー」
 このことがきっかけで、岸本君と話すようになった。岸本君は頭がよく、穏やかで、ええ人で。教師からの信頼も厚かったから、もしかしたら、そういう教師の一人が送りこんできた「お友達ごっこ」の刺客なのかと疑ったりもしたけど。そういうのどうでもよくなった。だって!
 岸本君はゲームがむっちゃ強かった!
 将棋も強かったけど、それどころじゃなかった。一緒にゲームセンターに行って、驚いた。軒並み、台のランキングを塗り替え、それでも大したことないわって感じで。30分もすれば、
「こづかいなくなったけん、僕もうしまい」
 とか言ってる。俺も、一人で遊ぶ歴かなり長いから、それなりに強かったつもりだけど、これはもはやセンスだなあと、奴の太めの身体を眺めたほどだ。
 おもろいやっちゃなぁ……。
 しみじみそう思っている自分に驚いて、笑った。そんなこと、人間相手に思うの初めてやったから。俺でもそういうこと思ったりするんやな、っていうんが正直な感想だった。
 その後も、岸本君とは色々嗜好が似ていることが分かって、話したり、遊んだりするようになって。たまたま、同じ高校を志望していることも分かって、悪くないなって思ったりした。

「あ、岸本君」
「お、西川も?」
 入学して、今日から部活動の見学が始まるっていう日、同じ教室の前で俺たちは顔を合わせた。
「俺だけやと思とったのに!」
「僕も」
 そう言い合って、苦笑する。まあ、行くかと理科部のドアを開けた。
 こうして、俺らは同じ部活に入り……。しかもそれだけではなかった。
「あ、ゆきお!」
「あー……ここもか」
 初めての委員会活動の日、ざわざわした図書館で、またしても岸本君がいた。
「岸本君、もしや、俺のこと好きなん? 恋? げへへ」
「違うって!」
 苦笑しながら、岸本君が言う。
「本、好きなんは知っとるだろ? ほなけん、こっちはもしかしたらゆきおも来るかなーって思とったわ」
 理科部の時は予想してなかったけどなぁと頭をかく。
「ここ、ええよな」
 岸本君が小さい声でそう呟くのに、俺も頷いた。
 どれだけの高校生が、校舎と別棟になっている独立した図書館を持てるだろう。
 本好きにとっては、たまらない。
 図書館オリエンテーションで初めて足を踏み入れた時、すごくうれしかった。何度か通って、ここを自分の場所にしたいって強く思った。
 それで、俺は図書委員になった。

「あんた、偽善者?」
 俺がそう言った瞬間、そいつは固まった。
 顔色がすっと白くなる。あ、泣くんかなと思った。俺に対してこういうやからが取る行動はだいたい二つ。
 泣くか、怒るか。
 どちらにしても、俺ごときにそんなふうに扱われるなんて……という気持ちが透けて見えることが多い。
 そう言いながら、こいつはどっちかいな? とためして、観察している俺だって大概性格は悪い。自覚はある。けど、俺はもう決めているから。
 嫌なことはしない。何一つ。
 やりたいことだけを本気でする。
 悪いけどこっちは、仲間はずれだから声をかけてあげる、なんていう余裕のある人生じゃない。いつだって、気張って足を踏ん張ってなけりゃ引きずり倒されて、カーストの一番下に入れられる。それが普通で、それが日常だ。だから、無理して、嫌なことはしない。嫌だと思う人間と付き合うことも、空気を読むことも。
「……ご、ごめん」
「はっ?」
「でしゃばって、ごめんなさい」
 どっちでもなかったその女子は、白い顔のまま謝るだけ謝るとさっとどこかに行ってしまった。俺はあっけにとられて何も言えなかった。
 ただ本当にびっくりしていた。
 だって、俺にまじめに謝る奴なんて、家族と、オタクの友達と、先生……は怪しいな。とにかく簡単に片手で数えられる。その片手に入っていなくて、その上、ほとんど話したことない奴に謝られるなんてありえない。はずだったのだ。
 図書委員会の六月の活動で図書展示の準備の時だった。「だれでもいいから二人一組で」という二年の委員長の言葉に、案の定、俺はあぶれてしまっていた。
 まあ、別にいいや。慣れとるし。と、一人で作業をはじめようとしたら、見知らぬ女子が声をかけてきた。それもにこにこしながら。
「一人なん? 一緒にしてもええ? 私、今日クラスの子休みで余ってしもて……」
 怪しいったらない。
 それで、さっきの発言になるわけだ。それなのに、謝られるなんて。今までと勝手が違っていて、俺はぽかんとしたままどうとらえるべきか逡巡していた。
「ゆきお」
「あ、岸本君」
 振り向くと岸本君が苦笑を浮かべていた。
「ゆきお、あの子はちゃうぞ」
 そう言って、岸本君がさっきの女子に目をやった。

(後編につづく)

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シリーズ紹介



『吉野北高校図書委員会』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404000306/



『吉野北高校図書委員会2 委員長の初恋』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002403/



『吉野北高校図書委員会3 トモダチと恋ゴコロ』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002404/



今日マチ子さんによるコミカライズ
『吉野北高校図書委員会』(1)
https://www.kadokawa.co.jp/product/301502000196/


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