現在角川文庫から全3冊が発売されている、山本渚さん『吉野北高校図書委員会』。地方の高校の図書委員会を舞台に瑞々しい青春を描いた本作は、刊行時、大きな話題を呼びました。文庫の装画を担当した今日マチ子さんによるコミカライズ(全3巻)も、好評発売中です。
今回「カドブン」では、この「吉北」のスピンオフ・ショートストーリーをお届け。
3作をそれぞれ複数回にわけて公開いたします。
3編目は、図書委員のなかで自他ともに認めるオタクキャラ・西川行夫の回です。
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「サバイバル」後編 山本 渚
「違うって、なにが」
「お前にわざと優しくして、自分に酔うタイプの女子とは」
岸本君は、こういうことを的確な言葉で意外にはっきり言うくせに、なんでか丸い印象を他人に与える。人徳というのか、ずるいというのか。
「ほうかな~? それはどうかな? 所詮女子やし」
俺が首をかしげてみせると、
「疑り深いなぁ。まぁ、見よってみ?」
と、岸本君が笑った。そして、
「あ、ゆきお。僕とコンビな。川本さんが大地と組むことになったけん」
と、あの女子を指さした。俺はもう一度その子を見た。一応顔を覚えておくことにしたのだ。
結果的に言えば、顔を覚える必要なんかなかった。
「なーなー、西川君。最近のラノベで面白いんてなにー?」
「こないださあ、『キス・ミー・テンダー』ってアニメを見たんやけどさ! あの23話ってなんなわけ? どう思った? あそこ!!」
「あっ、それ! 先に西川君にやられたかぁ。狙うとったのにその新刊!」
顔を合わせるたび、普通に話しかけてきて驚く。俺が言った言葉で、引くどころか、全く気にしない様子で、こっちが引くわ! と言いたい。
岸本君と、もう一人、武市大地という男子と、川本さんは、もはやここの図書委員の名物みたいになっていた。本が好きで、気さくで、明るくて、貸出の仕事も、書架の整頓も、読書会や展示作成なんかの下準備も、意欲的にやる。先輩たちに可愛がられすぎなくらい可愛がられていた。俺はといえば、別の方向で可愛がられている。
「なあ、ゆきお~。『ここ☆プリ』の、真帆子と三回目のデートイベントに持ち込むにはどうしたらええん?」
「プレゼント、何しました?」
え、と考え込む先輩にちっと舌打ちして、
「初回のデートですよ! あったでしょ。選択肢が」
「ああ、映画のチケ……」
「はい、終~了~!」
「えっなんでー!」
「初回のイベントでテニスラケット選択しとかんとあかんのですよ! それ、もう無理です」
「ええー」
泣きそうになる先輩にとどめをさす。
「三回目のデートが、軽井沢でテニスなんですよ。も、攻略本買えばええんちゃいます?」
「やだ、高い~~」
うう、と情けなく呻いている人が、図書委員長だっていうんだから、ホントにここは変わっとる。
「……裏技、ありますよ」
「マジっ?」
がばっと起き上がる先輩に、けけ、と笑って見せ、
「教える代わりに、化学の中間、過去問下さい」
「わかった! 教えろ!」
「了解です」
机の反対側で、このやり取りを聞いていた副委員長が目を細める。
「やー、今年の一年は豊作でよかったなぁ」
どこが?
目の前の部長も頷いている。
「ほんま、ほんま」
だから、どこが!
ほんまに、ここの図書委員は変わってる。俺が言うのもなんやけど。
ひそひそ。
あー、あれが。
噂の。
「……ゆきおくんや。キモ」
全部、聞こえてるんやけどなぁ。
「イエス! ぼーく、ゆきおくーん!」
「ぎゃあああ!」
せっかく、ドラえもん調で言うてやったのに、ひそひそ話してた人たちは、まるで消えたみたいにいなくなった。サービスで手も振ってやったのに。
くすくすくす。
さっきとは違う楽しそうな笑い声が聞こえて、振り返ると、川本さんがこっちをみていた。隣には、同じクラスの友達か、図書館では見たことない顔だ。
「さすが、西川君。おもしろいなぁ。撃退法が!」
そんなことを言って、普通に俺の横に並びに来るから、びっくりする。ほら、明らかにオトモダチさん挙動不審になっとるし。ええんか!
「今から図書館?」
「……まあ」
「私もー」
にこにこと答えて、隣の友達に、「あ、同じ図書委員の友達。やけん、一緒に行くねー。ゆうちゃんは? 行く?」と同じトーンで話しかけてる。
ゆうちゃんと呼ばれた友達も困った顔をしている。
「あ、うん。やっぱり一緒に行ってもええ?」
え、と思う。当然帰ると言うと思ったのに。友達も、川本さんをはさんで俺と並ぶ。変な女子の友達もやっぱり変わっとるもんなんかいな。普通の女子は俺と並ぼうとはしない。
「うん、ええよー。こっち図書委員の西川君。でぇ、こっちが市原有紀ちゃん。同じクラスなん~。本好きやっていうから図書館に行かん? って誘うとったとこ!」
にこにこしながらそう言って笑う。そして、新刊の話なんかはじめて、なんとなくそのまま図書館についてしまった。
川本さんは、ゆうちゃんとやらと、図書室の方に入っていって、色々案内しているようだった。俺は、司書室に入って、先に来ていたワンちゃんに「おい!」って声をかける。
「ワンちゃん……。なんなんあの人」
岸本君のことを、図書委員のみんなにつられてワンちゃんと呼ぶようになっている辺り、俺もだいぶここに毒されている。
「分かってきた?」
そう言って、にやにやするワンちゃんを睨む。
「気持ち悪いけど、あの人、あれが素なんやな」
「そういうことやな」
「天然もののええ人かよ!」
そんなんますます気持ち悪い。反吐が出そうだ。
「いや? 養殖」
本人いわくな。とワンちゃんが笑う。
「相手を傷つけるんが悪意だけでない、っていうことを知ってる人、ってとこかいな」
「それが、ワンちゃんの見解?」
まあそう、と笑う。その顔でワンちゃんが、川本さんのことをかなり信用しているのが分かった。
「川本さんが言うには、『偽善も死ぬまでやり続けたら、限りなく善に近くなる気がするし!』ってことらしいけど。川本さんは多分、自分が善人でないことをよう分かってるんやと思う」
「……ふう~ん」
なんだ。
あの子も踏ん張っとるんか。
そう思ったら、川本さんに感じていた気持ち悪さとか、居心地の悪さみたいなものがすうっと消えた。
「『西川君、面白いよなぁー。知識豊富よなぁ。友達になりたいけど、無理かなぁ。私うざいかなー』って言ってたけど」
くくく、とおかしそうにワンちゃんが笑う。
「……」
分かってしまった。
きっと彼女も、「嫌なことはしない」んだ。自分が嫌だと思うことはしない。そう、決めてるんだ。
「なんや」
俺と同じやん。
そう分かったら、すとんと色々腑に落ちた。そして、なんかおかしくなった。
川本さん、変な……いや、おもろいやっちゃなぁ~。変わり者過ぎる。
「ははははは」
俺が笑いだすと、ワンちゃんが顔をしかめる。
「前から思うとったけど、ゆきお、お前、笑うタイミング変やぞ」
「前から思うとったけど、ここの図書委員かなり変わっとるぞ」
俺がそう返すと、ワンちゃんも笑いだす。
「僕もお前もな! その一員や!」
笑い声の合間に押し出すように言われて、ますますおかしくなる。二人で笑い続けていたら、図書室側にいた川本さんがひょこっと顔をだす。
「え、何なに? 何笑っとん? ずるいー! 私も入れてっ」
そう騒ぎだす。ほんと変だこいつ。
先輩も、俺も、ワンちゃんも、川本さんも。みんな。
どっかちょっと変。
変やけど、なんか妙に居心地良い。ここはけっこうめっけもんかもしれんなあ。そう思いつつ、川本さんの顔を見る。
もう、友達なんかもしれんけど。けど、やっぱりそう簡単には信用できそうもないから。もうちょっと様子を見よう。掌返したら、やっぱつまらん気色悪い奴やったって 言うたるし。
……けど、もしそうじゃなかったら。「偽善者」って言うたことを謝ろう。
いつか、そういう日がきたらおもろいのになって思う。
来なかったとしても、俺は全然ええけどな!
(おわり)
シリーズ紹介
『吉野北高校図書委員会』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404000306/
『吉野北高校図書委員会2 委員長の初恋』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002403/
『吉野北高校図書委員会3 トモダチと恋ゴコロ』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002404/
今日マチ子さんによるコミカライズ
『吉野北高校図書委員会』(1)
https://www.kadokawa.co.jp/product/301502000196/