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特集

『吉野北高校図書委員会』スピンオフ その2 「委員長になる日」前編 山本 渚

現在角川文庫から全3冊が発売されている、山本渚さん『吉野北高校図書委員会』。地方の高校の図書委員会を舞台に瑞々しい青春を描いた本作は、刊行時、大きな話題を呼びました。文庫の装画を担当した今日マチ子さんによるコミカライズ(全3巻)も、好評発売中です。
今回「カドブン」では、この「吉北」のスピンオフ・ショートストーリーをお届け。
3作をそれぞれ複数回にわけて公開いたします。
2編目は、本編の主人公たちの下級生・高野くんの物語です。

>>スピンオフ その1 「初恋はいつですか」前編
※リンクはページ下部の「おすすめ記事」にもあります。

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「委員長になる日」前編 山本 渚

 二月ってなんでこんなに寒いんだろう。
 暖房で暖められているはずなのに、まだどこかうっすら寒いような気がして、女子がこの時期、やたらとひざかけを持ち歩いているのも納得いくような気がする。暦の上では春っていうところが油断を誘うのか、俺はちょっと風邪気味で、本当はしなきゃいけないカウンターの仕事をほっぽって、ぼんやり書架の間の椅子に座っている。
 まあ、いいやろ。ガラガラやし。
 そう思って、手近な本を一冊とって開いてみる。数行を目で追ったその時、隣の席に誰かが座ったのに気づいて、そちらを見ると、武市先輩だった。
「高野、珍しいなぁ。当番中にこんなとこ座って」
「あ、スミマセン」
 慌てて腰を浮かそうとすると、先輩の方が先にさっと立ち上がった。
「ちょっと来いよ」
 先輩に言われて、「ハイ」以外の返事が出来ないのが体育会系の悲しいところだ。……まあ、俺は元やけど。特にこの武市先輩は、文武両道、顔もスタイルもいい、その上彼女も可愛い。なんかどこを向いても非の打ちどころがない人で。その上いい人だとか、もうなんか胡散臭いよなって正直思うけど、ホントにいい先輩だ。たぶん俺になんか分かんないくらい賢いんだろうなって見当をつける。なにかに秀でている奴ほど人当たりがいいってのはどこの世界でも同じなんだと思う。
 武市先輩のあとについて入った司書室は、図書室の中よりさらに温度が低い気がして、一瞬ぶるっと身震いする。
 やば、これは本格的に風邪かな。
 司書室には藤枝先輩も座っていて、ぱらぱらノートを見ている。
「先輩?」
 何の用だろう。ちょっとカウンターの方が気になりつつ武市先輩を見るも、
「まあ、ちょっと待て」
とだけ言って、ふらりと武市先輩は出ていった。藤枝先輩と二人で司書室に取り残される。とたんに司書室の中はしんと静かになった。藤枝先輩がノートをめくる音だけだ。こういうん今までなかったなと思う。
 なんだかんだとにぎやかなのがうちの図書委員のイメージで。正直、え、こういうもんなん? とびっくりさせられた。委員になった当初は。
 年に二回ほどある読書会の出席者が少ない、となれば、読書会をビブリオバトルに変更し、図書館だよりを面白くするため、といって、人気教師のお勧め本の記事を提案し、ごり押しで原稿をとってくる。主に二年生の先輩方のしわざだけれど、どこに対しても一応きっちり筋を通していくその手腕はすごい。
 図書館にいる人って、世捨て人みたいにひっそり本を読んでいるだけじゃないんや、とびっくりした。
「な~高野。なんの本読んどるん?」
 ついうっかり持ってきてしまった、さっきの一冊を藤枝先輩が覗き込む。
「蜘蛛の糸・とししゅん? おおお……」
 おののいたように言われて、違いますよ、と答える。
「なんか、今日ちょっと風邪気味で。カウンターにおっても人来んし。ダルいけん、なんか適当に」
「なんや、そっか。高野って本読む人なん?」
「まあ、読まないってこともないって感じです。ここの人らと比べたら」
「ほうかぁ……。漫画は?」
「マンガはふつーに読みますよ。ジャンプとか?」
「マニアックなのには?」
「いかないです」
「ふーん、見事に非オタク」と呟いて、何か考えるようすの藤枝先輩に、居心地が悪くなった。
「座ったら?」
「はい」
 ギイギイいう椅子をすすめられ、言われたままに座る。ケツが椅子についたかつかないかのところで、
「高野はさぁ、なんで図書委員になったん? 本の虫って訳でもないんならさぁ。放課後もけっこうここに来てるし。……なんで?」
と突然聞かれ、びっくりして、藤枝先輩の顔を二度見した。
 噂を。
 知らないはずはないのに、ここで聞かれたことはなかった。そういうところが俺にとってすごく居心地が良くて……。
 いつのまにか歯を食いしばっている自分に気づいて、思っている以上に「聞かれなかったこと」に信頼を寄せていたのが分かった。
「さあ。なんででしょうね?」
 問い自体をほっぽり出して、わざとため息をつく。そんな俺を怪訝に見やって、藤枝先輩は、「ふむ」と首を傾げると、またノートに目を戻す。
「……俺は、ここがなかったら、お前らと同学年やったかもしれん。普通に不登校やったから」
「は?」
 普通に不登校……ってなんや。そもそも不登校は普通ではない。
「すまん。要するに、聞く事を間違えた。お前、ここが好きか?」
「はぁ?」
 話が見えな過ぎて、先輩だということを忘れた返事をした。がたんとドアが開いて、武市先輩が戻ってきた。ん、と差し出されたのは、校内の自動販売機で売っているホットレモンのペットボトルで、まだ熱かった。
「あ、えっ、す、すみません!」
「ううん?」
 にこにこして、自分はコーヒーの缶を振っている武市先輩に、藤枝先輩が「俺のはー?」と手を出す。
「ないー! うそうそ」
 そう言って、ポケットから二つ目の缶を取り出して、藤枝先輩に渡す。
「やっぱり大地、怖い子っ」
 って言いながら、「サンキュー」と笑う。
「次は高広のおごりで」
「へーい」
 そんなやり取りをボケッと見ていると、武市先輩が、俺の顔を見てニッと笑った。
「高野、風邪でしんどいやろけん、手短に」
 そう言って、缶コーヒーのプルタブをガシッという音とともに引いて、
「お前、次の図書委員長やる気ない?」
「え、委員長……って俺がですか!」
 驚いて、口に含んでいたホットレモンを噴き出しそうになった。武市先輩は「そーそー」となんでもないことのように笑っている。
「単刀直入過ぎんか?」
 そう呆れたように武市先輩を見ている藤枝先輩を見て、ようやくさっきの問いが俺の中で意味をもった。
 とたんに猛烈に恥ずかしくなった。
 本を好きそうでもない俺が、なんでここにいるのか。
 なんで、図書委員になって、それも毎日のようにここに通っているのか。
 ここが好きか。
 委員長になるなら、聞かれてもなんら不思議のないことだ。
 別に、昔の俺のことを聞き出したいわけじゃなかったんや。
 そう気づいて、多分今俺は真っ赤になっていると思う。
「なんか、顔赤いな。大丈夫か? ……俺らのボスがさぁ、お前がええんちゃうかって言うんよ」
 めっちゃ焦っている俺に、首を傾げるようなしぐさをして、藤枝先輩が言った。
「ボスって……岸本先輩?」
「そーそー」
 武市先輩も頷いている。
「え、けど、なんで俺なんか……」
「誰とでも打ち解けられる、柔軟性。仕事をさぼろうとしない勤勉さ、簡潔に言うとその二点か?」
「ほなけん、大地はいちいち簡潔すぎると思う」
「けど、熱出たら困るやろ?」
 その一言で、藤枝先輩が「分かった」という感じで手をあげて、武市先輩にどうぞというように掌をむけた。
「そういうわけで、考えてくれたらうれしいんやけど」
「あの、委員長って普通こういう感じで決まるんですか」
 なんかイメージとしては、投票とか、推薦とか、立候補とか。そういう感じで。こんな指名制だなんて聞いていない。武市先輩が頷く。
「ああ、幹部は大体毎年こんな感じ? なんとなく上から話振られて、四月に一応立候補して? だっけ」
「そうそう。……去年、書記にどうや? って言われた時は俺、図書委員ですらなかったわ」
「え、そうなんですか? そんなんアリなんですか?」
「なー? そう思うよな。でもそうやった」
 しみじみ言う藤枝先輩に、武市先輩がくすくす笑っている。
「まあ、ワンちゃんが言うには、その、高野の誰とでもなじめるところは希有けうやって話やったけどな。運動部の奴らとも、ちょっと真面目な奴らとも、女子とも、結構最初から普通に話せとるもんな」
「あれやな、コミュニケーション能力が高いんやな! うわー……俺とは違うな!」
 感心したように言う藤枝先輩に、思わず、
「何でですか!」
 と返してしまった。
「俺は……別に。先輩やって、普通にやってるじゃないですか!」
 するとなぜか藤枝先輩は、
「え、ほんま? 俺そう見える?」
 と本気で驚いたように武市先輩に確認し始めた。
「ほなけん、できてないって思っとるんは自分だけやって、高広の場合」
「えー、けど今でもいろんなとこに壁あるけどな、俺」
 ぶつぶつ言っている藤枝先輩に、
「そういう壁は普通みんなあるんやって。ない方が変。なあ?」
 武市先輩が言いきって、こっちに話をもってくるので頷く。俺からしてみたら、岸本先輩とか、川本先輩が、普通じゃないんだと思う。壁のなさの度合いでいったら、おかしいのはそっちだ。
「……俺やって、ありますよ壁」
「うん、あってもええけん」
 そう言って、にこにこする武市先輩は、ずるい人だなって思う。あ、やっぱ賢いんか。
「断りにくいじゃないですか。こういう風に来られると」
「やろ? 分かるわー、俺!」
 そう前のめりになる藤枝先輩に、武市先輩が笑っている。
「高広も散々無理無理言うて、結局ちゃんと書記を務めたやんか。そんな大した役職でないって。基本図書委員って真面目な奴が多いし。……運動部の部長務めるのに比べたら」
「……」
 俺が黙ったのを見て、藤枝先輩がおろおろしている。それを見て二人とも知ってるんだ、とはっきり分かる。反対に、にや、と笑う武市先輩を見て、ああやっぱりこの人はずるい人なんだと思う。
 ため息をついた瞬間、ガチャッとドアが開いて、岸本先輩が入ってきた。

(中編につづく)

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シリーズ紹介



『吉野北高校図書委員会』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404000306/



『吉野北高校図書委員会2 委員長の初恋』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002403/



『吉野北高校図書委員会3 トモダチと恋ゴコロ』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002404/



今日マチ子さんによるコミカライズ
『吉野北高校図書委員会』(1)
https://www.kadokawa.co.jp/product/301502000196/


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