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特集

最初は白黒しか見えない!? あかちゃんの発達心理学から生まれた絵本

取材・文:大和田 佳世 

あかちゃんっておもしろい! 世界的に展開するトイブランドSassy。徹底したあかちゃんの発達研究と、愛情あふれる明るいパワーから生まれるおもちゃが特徴だ。そのSassyから生まれた絵本シリーズが日本のママ&ベビーにも大人気! その発達心理学に基づく秘密を“Sassyの中の人”として、保育士の資格をもち、絵本制作に初期からかかわる、株式会社ダッドウェイの石川美和子さんに話を伺った。


“運命の出会い”からSassy絵本へ

株式会社ダッドウェイは、世界各国のおもちゃや子育てグッズを輸入販売する専門商社であり日本の法人です。ダッドウェイという屋号でSassyの代理店業務を行っています。
つまり、アメリカの企業からライセンスを借り受けて、Sassyのライセンスを国内企業に販売しているということになります。

思いがけず絵本をつくることになったのは、2015年6月にある展示会に出展したときの“運命の出会い”がきっかけでした(笑)。

ちょうどその頃、Sassyのキャラクターやデザインをつかったタオルを日本国内のタオルメーカーさんとライセンス契約し、好評をいただいていたので、たとえばお弁当箱とか、文房具とか、何かもっと他の商品に展開できないかなと思っていたんです。
私は広報の立場ですから、Sassyのおもちゃをおもちゃとして売るだけでなく、Sassyをより知っていただくためにもライセンス事業を展開できないかなと。そこでブランドやキャラクターのライセンス商談会が行われる展示会に、はじめてブースを出して参加しました。
そこへ、ちょうど産休明けで仕事に復帰されたばかりの、絵本の編集者さんがいらっしゃっていたのです。

編集者さんは、Sassyの代表的なおもちゃの1つ、みつばちの歯固めを出産祝いにもらったことでSassyを知り、以来愛用してくださっているということでした。Sassyの爪切りや櫛も購入してくださったそうですが、ただ「かわいい!」という気持ちからで、Sassyのおもちゃがあかちゃんの発達心理学の研究に基づいたものだとは知らなかったそうです。

ブースに来てくださった編集者さんといろいろ話すうちに「絵本をつくってみませんか?」とご提案いただいて、それはもう、絵本に展開できたらすごく嬉しいねということになり、お話を進めさせてもらったんです。


あかちゃんの発達のおもしろさにめざめ、Sassyへ

私自身は、大学で音楽を学び、卒業後は新聞社に就職して、広告や広報の仕事に携わりました。でも大学時代に取得した音楽の教員免許を生かしたいと、保育士を育成する専門学校に転職します。保育園や幼稚園の先生をめざす人に歌やピアノを教える仕事です。そのとき、やはり私自身ももう少し保育のことを知った方がいいなと思って、あらためて保育士免許を取ったんです。

保育士の勉強をはじめてすごくおもしろいなと思ったのが、発達心理の分野です。
たまたまSassyのおもちゃが売れていると知って、手にとって見たとき、「なんてよくできたおもちゃだろう」とびっくりしたんです。「にこにこミラーラトル」というSassyの定番アイテムだったと思うんですけど、このおもちゃ1個で「あかちゃんの発達っていうのはね……」と授業ができるくらい、すべてのデザイン、模様や色づかいに発達心理学の見地から説明がつく。教科書に載ってもおかしくないくらいの図像で、しかもかわいい!
これはもう、「やられた……!」と思ってしまうくらいの衝撃的な経験でした。


あかちゃんは、生まれたときから顔が大好きで、生後数時間で笑顔を注視するとわかっています。1人では立つことも、食べることもできない存在として、お母さんのお腹から生まれてくるあかちゃんは、自分を守ってくれる人を見るようにプログラミングされているのです。
お母さんやお父さんの顔を見つめるというコミュニケーションから愛着が形成され、最初はぼんやりと白黒の世界にしか見えなかったところから、だんだん色が見え……、輪郭も少しずつはっきりしてきます。

「にこにこミラーラトル」は、あかちゃんが顔として認識しやすい、左右対称の笑顔のモチーフで、生後すぐからぼんやり判別できる白と黒や、最初に見えるようになると言われる赤色の、水玉模様が描かれています。裏側は鏡状になっていて、のぞきこむと顔がうつります。あかちゃんは、鏡も大好きだし、自分の顔も大好きです。

私自身にとって、あかちゃんの発達心理学は、知れば知るほどおもしろい分野で、どんどん興味が深まっていきました。
保育士の試験に受かり、保育士とPRの仕事、どちらも好きだけどどういうふうに働いていこうかなと思ったとき、Sassyの代理店であるダッドウェイがスタッフを募集していると知りました。Sassyの仕事なら、保育士とPRの仕事、その両方の経験が生かせるのではないかと思って、ダッドウェイに入ったのです。

あかちゃん自らが選び、ヒットが広がる

最初につくった絵本は『にこにこ』です。絵本にかかわるのははじめての経験なので、すべてが手探りでした。


まず、Sassyのおもちゃは0歳0ヶ月から使っていただけるものや、3ヶ月から・6ヶ月からなどの月齢表示がされていて、1歳未満のあかちゃんのために選ばれることが多いです。
Sassyの人気や知名度を生かすには、同じような月齢の子向けの絵本をつくるのが効果的だろうと考えました。

乳児発達心理学に基づいた図像でつくられたおもちゃに効果があったものが、絵本にしたときに果たして同じような効果があるのか、わかりませんでした。
同時に悩んだのが、言葉や音です。これまではおもちゃを購入された親御さんが自由にあかちゃんと遊んでいたと思うのですが、アメリカ生まれの色あざやかなデザインに、日本語のオノマトペをあわせてうまくいくのか、それもやってみないとわかりませんでした。

でも、もともと人気がある「にこにこミラーラトル」や「カミカミみつばち」を、Sassyが好きな子にわかってもらえるように、絵本の中に入れていこうねというのは決めていました。
“あかちゃん絵本”を名乗るからには、あかちゃんが見つけやすい、選びやすいものでなくちゃ、と。絵本を見たあかちゃんが、“あっ”と気づいてもらえるものにしようと思いました。
表紙の背景を黒にしたのも、顔のキャラクターがくっきりと浮き上がり、あかちゃんに判別しやすいと判断したからです。

結果として、絵本ができあがってみると、こちらが驚くほどあかちゃんはわかってくれたんですよ(笑)。
たとえば、書店に並べられていた絵本の表紙に、あかちゃんが “あっ”と気づいてベビーカーから手を伸ばして、お母さんが気づいて買ってくださったというエピソードや、あかちゃんが泣いていても、絵本を見せるとパッと泣きやんでじーっと見てくれるという話がどんどん聞こえてきました。最後の「いないいない……ばあ!」のページが大好きで、ここばかり、くりかえし見たがりますという声もありました。

今はSNSが発達している時代なので、インスタで#サッシーと入れると、あかちゃんと一緒にSassyのおもちゃだけでなく、Sassyの絵本がそばにある画像がたくさん出てくるんですね。ちょっと感動してしまうくらいです。

立体のおもちゃを、絵本という平面にうつしても、あかちゃんが好きな顔の柄は変わらないんだとわかりました。
顔の形であること、左右対称であること、笑顔になっていること。コントラストのはっきりしたものが見えやすいこと。こうした図像があかちゃんを引きつけるのは本能的なもので、おもちゃも絵本も同じだと。
日本語のオノマトペもまったく違和感はありませんでした。むしろ「ぽんぽーん」「にこにこ」「くるくるり」と、文字があることで、親御さんが読みやすくなったり、いままでもこんなふうに擬音語をつけて遊んでくださっていたんだと納得する気持ちでした。


動物をモチーフにした『がおー!』から発見

『にこにこ』が2016年9月に出版され、その年のクリスマスまでに何回増刷したかわかりません。すぐに次の『がおー!』を出すことになりました。
Sassyの商品群の中で、動物をモチーフにしたグループのものは人気があったので、『がおー!』をつくること自体はすんなりできました。青いイヌや、赤い水玉の木馬、足が車輪のブタってどうなんだろう、という心配の声もありましたが、実際にSassyにそういうおもちゃがあって、これまで人気があったので、なるべくSassyらしさは崩さずいきましょうとお伝えしました。
そしたら『がおー!』がまた「えっ!?」とびっくりするくらい売行きがよかったんです。


『がおー!』では子どもによって好きなページがちがって、ゾウの「ぱおぱお ぱおーん」のページが好きな子もいれば、ブタさんの「ぶーぶーぶー」ばかり見たがる子もいる。親御さんにとっては、その子の好みや、成長を感じられるのが嬉しいんですよね。

あかちゃんを見ていると本当におもしろいなと思います。他者の働きかけによってどんどん感情が形成され、表情が豊かになって、好みもできてきて……。こうした“発達”は、人間独特のものじゃないかと思うんですよね。人ってこんなふうに人になっていくんだなと感動します。

知育絵本、念願だった布絵本まで

Sassyには水の生きもののおもちゃの一群があるので、それをモチーフにした『ちゃぷちゃぷ』や、離乳食にちょうどいい食べ物をモチーフにした『もぐもぐ』『ぱくぱく』、それから形や数や色をテーマにした知育絵本『まんまる まる』『いっこ にこ』『いろいろ ぱっ』と、シリーズは広がっていきました。
『にこにこ』をつくったときから、ずっと編集者さんに「布の絵本をつくりたいです!」とお願いしていた、念願の絵本『あーそーぼ』もつくることができました!


あかちゃん業界にとって、布絵本は定番中の定番。軽くて持ち運びができるし、電子音も鳴らないから電車やバスの中で遊ぶのにもいいですよね。
見ていただくとわかるんですが、動物の足がひも状になっていて引っ張りっこできたり、しっぽがヒラヒラでつかめるようになったりします。小さなスマイリーのマスコットが、本のしおりのようにひもの先にくっついていて、どのページにも遊びにいけるようになっていたり、カシャカシャ音がしたり……。あかちゃんが大好きなしかけを詰め込みました。


指先を使いながら楽しみ、それが目と脳の発達をうながすことにもつながります。布ですから、洗濯もできて、清潔で安心して遊べるおもちゃとしても選んでいただけると思います。

あかちゃんをおもしろがる空気

これまで8冊の絵本と1冊の布絵本をつくることができて、こうした日本での反応の広がりにアメリカのSassyも驚いているそうです。Sassyは世界各国に展開していますが、ここ数年の日本でのヒットは特別なもので、アメリカでも、顔のおもちゃに再び商品開発チームの注目が集まっていると聞きます。

もともと、白黒は日本ではあまり縁起のいい色ではないとおもちゃや絵本にはタブーとされてきたところもあったようですが、アメリカにはその概念がありません。Sassyの乳児発達心理学の観点から、あかちゃんは最初は白黒しか見えないのだから、0歳のあかちゃんに見える色をつかうのは当たり前という考え方でした。
あかちゃんは未熟な視覚で生まれてきますが、生後どんどん発達するのも視覚です。見えるようになった頃に、見えるものを与えると、目や脳に刺激が加わり、気持ちよく感じると言われています。


Sassyの商品づくりの基本には、あかちゃんのことをすごくおもしろがっているところを感じます。「これ好きでしょ?」「知ってるよ、あかちゃんって、こんなのも好きだよね?」という明るいパワーがあるような気がして(笑)。
この「あかちゃんをおもしろがる空気」が、日本のファミリーにも伝わったらいいなと思っているんですよね。
私たちも、あかちゃんが自ら気づいてくれる「Sassyのあかちゃん絵本」をめざした結果、こんなふうにみなさんに手にとっていただけるようになりました。できれば布絵本もシリーズにしたいし、もっともっと作っていきたいと思っています(笑)。


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