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特集

「わたしの中で“愛とは一体なんなのか?” のヒントになった小説集です」『愛の言い換え』著者:渡邊璃生インタヴュー

取材・文:杉江 松恋 

このたび、元ベイビーレイズJAPANメンバー、渡邊璃生の初著作『愛の言い換え』が刊行されます。
“アイドルの小説”と舐めるなかれ。この、読むと一発で吹っ飛ばされる甘い劇薬のような作品集について、書評家の杉江松恋さんがとことん訊きました。

死と暴力は、執筆の形を借りた「自傷」


――渡邊さん、初めてのご著書、『愛の言い換え』刊行おめでとうございます。小説の世界へようこそ。新人作家のデビューにふさわしい、実験精神に溢れた作品集だと思いました。読みだしておもしろいなと思ったのが、最初の四篇、「ゆうしくんと先生」「ぐちゃぐちゃなんだよ」「規格青年」「規格青年――潮井いたみくんの愛した世界」がいずれも、死や殺人を題材としたものだったことです。この四篇は最初にまとめて書かれたものだと伺っておりますが、こうした昏い題材が浮かんできたのはなぜでしょうか。


渡邊:こちらの四篇はアイドル時代に書き下ろした作品なのですが、執筆にあたり「自分らしさ」とはなにか、「わたしとはなんなのか」をひたすら考えておりました。その際出た結論をここで言うのはかなり恥ずかしいので伏せますが、今思えばそれが気に入らなかったのか、作品を通して発散していたのだと思います。暴力や死といった暗いテーマを扱うことで、間接的に自傷していたのだと思います。


――ご自分の内側に向かって書かれた小説だったのですね。「規格青年」や表題作の「愛の言い換え」、やや形は違いますが巻頭の「ゆうしくんと先生」には女性をなんらかの力で支配する男性が登場します。そこに渡邉さんの不安や恐怖のようなものを感じたのですが、これは誤読でしょうか。ゆうしくん、潮井いたみくん、清水さんといった男性キャラクターについて、どのようなイメージで書かれているのか教えてください。


渡邊:まず男性に関してですが、不安や恐怖はたしかに存在します。ですがそれはわたしに限った話ではなく、大抵の人は男性が怖いのだと思います。男性ですら男性が怖いのではないかと。一個人ではなく、象徴としての「男性」が。


――力の象徴としての男性ということでしょうか。

物語のきまりごとから、もっと自由に


渡邊:そしてイメージですが、これをお答えするのは少し難しいかも知れません。「清水さん」に関してはモデルが存在するのですが、書き終えてみるとあまり似ていない気もします。執筆当時は意識していませんでしたが、今思えば「ゆうしくん」は聖書の「キリスト」、「潮井いたみくん」は「ユダ」をイメージしていたのかも知れません。


――収録順でいうと後ろから二番目、作中で最もユニークな題名が「蹲踞あ」ですが、淡い初恋の物語でありながらナンセンスな味もありますね。この作品と最後の「ダイバー」から渡邊さんが、物語の規定の型を外れて、より独自性を模索する方向に進もうとしているように思いました。「蹲踞あ」の着想はどのへんから来ていますか。


渡邊:習慣としての「蹲踞あ」に関しては、とにかく登場人物たちに変なことをさせたい! という気持ちばかりがありましたので、テレビ番組で偶然目にしたポーズ、「蹲踞」を元に儀式のようなものをミックスしました。ネーミングはシンプルな方がいいかと思いそのまま「蹲踞あ」に。有名な怖い話、「巨頭オ」を意識した部分もあります。


――「巨頭オ」というのはネットで話題になった都市伝説ですね。


渡邊:はい。作品としての「蹲踞あ」は、短篇集のタイトルが「愛の言い換え」に決まった時点で愛の話にしようと考えておりました。内容としては少しシュールな笑いを意識していて、本人たちが真剣に恋愛をすればするほど「蹲踞あ」の面白さが際立つと思いました。


――ギャップのおかしさがあると思います。最終篇「ダイバー」は、街に起こる異変を描くSF的な話です。「レインコート男」などのおもしろい設定がいろいろ出てきますね。この作品についてイメージを膨らませながら書いていかれるのは楽しかったのではないでしょうか。執筆がどのようにされていったかを教えてください。


渡邊:わたしは作品のイメージに合う曲を聴きながら執筆するタイプなのですが、「ダイバー」は「愛の言い換え」に収録されている七篇の中で最も多くの曲を聴いた作品になります。作品の軸となったのはシナリオアートさんの「ホワイトレインコートマン」なのですが、他にもKANA-BOONさんの「生きてゆく」や「ダイバー」など。


――多彩ですね。


渡邊:タイトルは曲から頂いたわけではなく、作中の「仮面ダイバー」からなのですが、主に邦ロックをメインに聴いていました。登場人物の性格や行動も他の作品とは違い、邦ロックにおける「僕=蒼介」、「君=新」らしくなっています。ですので、この作品の主人公は実は蒼介かも知れません。好きな曲や好きな要素を詰め込んだので、執筆中は本当に楽しかったです。

「僕と君」で完結する世界の破壊力


――「ダイバー」でもう一つ。この作品は、閉塞感を抱きながらもそれについて具体的に抗議や申し立てをすることができない若者の心情を代弁した作品にもなっているように思いました。新や蒼介というキャラクターを造型するときはどんなことを思われましたか。


渡邊:若者の心情を代弁、というのは実はあまり意識していませんでした。こうしてご質問を頂いて、改めて「たしかにそう読めるかも!」と。新と蒼介というキャラクターは、先述の通り「僕」と「君」がモチーフです。基本的に「僕と君」で世界は完結しています。どちらかと言うと力を入れたのは「ふたりはお互いに関すること以外にほとんど関心を持たない」ことで、新と蒼介というキャラクターに特別なメッセージ性や意味を持たせないことを意識していました。


――その閉じた感じというのが私には閉塞感として見えたのかもしれませんね。収録作のうち「規格青年――潮井いたみくんの愛した世界」のみが前の作品を受ける内容になっています。これは単行本化のために新たに書かれたものでしょうか。そしてこの作品には、大人が子供の世界で本当に起きていることが見えず、うわべだけを身勝手な幻想で覆っているという怒りのようなものも感じました。「ダイバー」にも通底すると思うのですが、潮井いたみくんの「裏」を書かれた意図を教えてください。


渡邊:まず「規格青年――潮井いたみくんの愛した世界」ですが、こちらもアイドル時代に書き下ろしグッズの特典として販売したものになります。潮井いたみくんの裏を書いた意図ですが、この作品の存在自体がいたみくんの詰めの甘さの証明になるのではないかと思いました。わたしに「潮井いたみくんの愛した世界」を書かれた時点でどれだけ高潔な精神を持っていようと、そこが彼の「神さま」になれなかった理由ではないかと。わたしなりの復讐でもあります。


――先に伺った、強すぎる男性性への復讐ということでしょうか。


渡邊:男性性ではなく、潮井いたみくん個人への復讐です。潮井いたみくん自身、男性であり菜々川より子を支配するキャラクターではありますが、実は彼ほど「菜々川より子」や大衆に客体化されたキャラクターはいないので、役割自体はどちらかといえば女性寄りです。伊藤潤二さんの『富江』の主人公、「富江」のような。ご質問への回答に戻りますと、潮井いたみくんへの復讐は完全に私怨によるものです。


――全体を通じてですが、体言止めの多用など、ところどころに渡邊さん独自の言葉遣いがあるなと感じました。小説の文章を書かれる際に配慮されたこと、書いてみて感じた思わぬ苦労などがあったら教えてください。


渡邊:配慮というかこだわりなのですが、昔から教科書や聖書などのやさしい文体が好きなので、伝わりやすさやあまり硬くならないよう意識しました。ですが、読み返すとまだまだ硬さがあり、平易な文体特有の気品ややわらかさを出すのはとても難しいことだと痛感しました。

「自分の体を使わない表現はしっくりくる」


――実際にご自分の手で書かれてみて初めてわかったことですね。『愛の言い換え』という作品全体についての感想もお聞きしたいのですが、どの短篇がいちばん好きか、あるいは苦労したか。また装幀を含めた「本」という作品を自分で作られたことについての思いなど、ご自由にお願いします。


渡邊:作品全体はわたしとしましてはとてもいいものになったのではないかと思います。この作品を通して、わたしの中でも新たな発見と、結論の出なかった「愛とは一体なんなのか?」のヒントになったのではないかと。一番好きな作品は「ダイバー」でしょうか。ラストの結末もなんとなく煮え切らない感じが結構好きです。


――ああ、わかります。途方に暮れた感じというか。


渡邊:「本」という形になったことに関してはもちろん感慨深いのですが、どちらかと言えば「新しい作品をたくさん書けて楽しかった」が勝っているかも知れません。ですが素敵な表紙になり、たくさんの方のご協力で完成した本ですから、とても大切で自信のある作品です。


――ありがとうございます。ここで少し観点を変えて、渡邊さんのバックボーンについて教えてください。いわゆる「物語」で渡邊さんが楽しまれてきた、作家としての母体になっていると思われる作品を挙げていただけますか。ジャンル、メディアの形態は限定せずに。


渡邊:小説作品なら『死にぞこないの青』(乙一作。幻冬舎文庫)、〈薬屋探偵妖綺談シリーズ〉(高里椎奈。講談社文庫)、漫画作品だと『夢幻紳士』(高橋葉介。早川書房他)や『多重人格探偵サイコ』(大塚英志原作・田島昭宇画。KADOKAWA)、『ドロヘドロ』(林田球。小学館)などでしょうか。ゲームなら『ニーア オートマタ』(スクウェアエニックス)、映画なら『渇き。』(中島哲也監督)、『愛のむきだし』(園子温監督)など、少しアングラな世界感で、結末が少し切ないものは特に好きで影響を受けていると思います。


――文章表現としてお好きな作品、作家も挙げていただけますか。小説のような物語や韻文、ノンフィクションなど、文章表現であればなんでも結構です。


渡邊:谷川俊太郎さんの作品がとにかく好きです。詩集の『真っ白でいるよりも』(集英社)や、有名な作品ですが「さようなら」(『私』所収。思潮社)も好きです。なんとなくですが、雲の中でさがしものをしているような気持ちになり、その感覚が好きです。作品によるのですがどこか舌足らずで、ノスタルジーを刺激されます。


――目指している小説の文体も、そのへんに理想があるのかもしれませんね。最後に、音楽と異なる形の表現活動をされた率直な感想を教えてください。今後はどのような小説を書いていきたいと思われますか。


渡邊:自分の体を使わない表現はしっくりくる、というのが一番でしょうか。音楽も歌うことも体を動かすのも好きですが、やはり踊ることや表情を作ることに関しては苦手な気持ちが大きかったので……。今後は長篇や、登場人物の多い作品に挑戦したいなと思います!



渡邊璃生『愛の言い換え』詳細はこちら(KAODOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000345/

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渡邊 璃生(わたなべ・りお)

2000年3月8日神奈川県生まれ。2012年より「ベイビーレイズ」(のちベイビーレイズJAPANとなる)に参加。アイドルの傍ら小説を執筆。2018年のベイビーレイズJAPAN解散後は小説、作詞、ゲーム実況など多方面に活動の場を広げている。

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