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特集

「『イノセント・デイズ』を超えるものを書きたい」早見和真新連載「八月の母」開始スペシャルインタビュー

撮影:編集部  取材・文:編集部 

『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞を受賞された早見和真さん。コロナを経て次に挑むのは、「母性」「家族」をテーマにした、渾身の社会派サスペンスです。

祝! 第33回山本周五郎賞受賞


――山本周五郎賞受賞、おめでとうございます。受賞の電話連絡を受けたときは、どんな状況だったのですか?


早見:できたら東京で待機していたかったのですが、このコロナ禍のため、住んでいる松山の行きつけの和食屋で、担当編集者と家族と一緒に待っていました。受賞の電話を受けて、みんなが盛り上がってくれて、素直に嬉しいなと思いました。


――受賞作『ザ・ロイヤルファミリー』は、自作で最長となる大長編です。執筆で苦労したのはどんな点ですか?


早見:「楽しさ」を表現したいと思いながら書きました。デビュー以来、執筆にずっと苦しいという気持ちが伴っていて、だから今度は自分が目いっぱい楽しみながら、読者が読んで楽しいと思える小説になるといいなと。結局書くのは苦しかったんですけど、ゲラになって読み返したとき、はじめて「やりたいことができたかも」という手ごたえを得られました。『イノセント・デイズ』では思えなかった「自分の代表作になる」という確信が『ザ・ロイヤルファミリー』のときにはありました。


――山本周五郎賞には、5年前にも『イノセント・デイズ』でノミネートされていましたが、残念ながら受賞に至りませんでした。あの日から、2回目のノミネートでの受賞です。


早見:5年前、落選した直後に書いた「この悔しさ忘れない」というメモを今回見つけました。周りのみんなをがっかりさせた経験がしんどくて、もう二度とこんな思いをしたくないと感じたんです。その気持ちが執筆の原動力になったかはわかりませんが、学生時代から大好きだった山本賞をいただけて納得できた部分はあります。受賞した日は明け方までみんなに祝ってもらい、カンヅメのために宿泊していたホテルに帰ったとき、なぜか「いま書かないと足をすくわれる」という気持ちが芽生えました。で、そのまま朝まで結構な分量を書いたんです。それで倒れるように寝て、起きた瞬間、今度は受賞のときが脳裏を過ぎって、勝手に「よっしゃ」という言葉が漏れたんです。あまり独り言をいうタイプではないんですけどね。


早見和真『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社)
父を亡くした税理士の栗須は、ビギナーズラックで当てた馬券のせいで、我が道を行くワンマン社長、山王の秘書になった。そこには、想像もできない世界が、待ち受けていた―。圧倒的リアリティで描く、親子二代の物語。


コロナの影響で小説が書けなくなった


――本来であれば選考会は5月に予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で9月に延期されました。この半年、どのような思いで過ごしてこられましたか?


早見:本当に悩みました。デビューしてから12年、こんなに書けなかったのは初めてです。明らかに世界が色を変えるなかで、自分だけがこれまでと同じ色のものを書き続けていいのだろうかと。不安よりも恐怖がつきまといました。だから、なんとなくこの夏は初心に返りたくて、NHKのドキュメント番組の取材で高校球児と向き合うことにしたんです。甲子園という絶対のものを失い、想像もしていなかった世界を生きざるを得ない人たちが目の前にいた。何が見えているのか教えてほしいと、謙虚な気持ちで向き合いました。彼らの口から出てきたのは「甲子園がなくても野球は楽しい」という思ってもみない言葉だった。それを聞いたときに、答えが見えたというか、心が解ける感覚がありました。小説を書くことは苦しいけれど、書くことでしか満たされない自分がいて、やっぱり小説に向き合いたい、早く小説を書きたいというシンプルな気持ちになれたんです。「野性時代」での新連載は、とても良いタイミングだと思います。


――満を持して、新連載「八月の母」に挑みます。物語の着想のきっかけは何だったのでしょう?


早見:僕は横浜で生まれ育ち、小説家になって地方を転々と渡り歩いて、5年前に愛媛・松山に引っ越してきました。小説家という立場で街そのものと積極的に関わっていくことで、自分が書く作品に影響を及ぼしてきたと思っています。でも愛媛で感じたことはそれまでと少し違って、「この街で抱く気持ちを直截的に物語に落とし込みたい」というものでした。その上で、引っ越してきた当初から「あの事件を知ってる?」と現地の人によく聞かれる殺人事件があったんです。少し調べるだけでも憂鬱になる事件で、これまで見て見ぬふりをしてきたんですけど、次に挑む作品として『イノセント・デイズ』の方向性のものを書きたいという欲求が芽生えたとき、この事件が浮上してきました。当時の新聞記事を紐解いていく中で、僕のなかにある「仮説」が生まれてきて、それをぶつけるための取材を始めました。36歳の加害者女性の中のある感情が、この事件を引き起こしたのではないかというものです。当時を知る関係者たちの話は、まるで仮説を証明するためのようなものでした。それが決定打だったと思います。今度は僕が小説の中でその仮説を証明していけたらと思っています。


早見和真さん


――『ザ・ロイヤルファミリー』は「父性」の物語ともいえました。対して、「八月の母」のテーマは「母性」です。「母性」というものをどう作品に落とし込んでいくのか。受賞の記者会見で「いま見えているのは真実なのか、それを突き止めたい」「目に見えないものを書いていきたい」とおっしゃっていました。


早見: 「八月の母」でも、それを表現していくことになると思います。罪を犯したひとりの女性の、表には見えない裏の素顔、真実はいったい何なのか。それをいろんな角度から描いていきたい。ある事件が、たとえば加害者自身のせいでないとするのならば、たいていの場合、時代とか環境のせいに置き換えられると思います。でも、今回は可能な限りそれさえも否定したい。何がこの事件を引き起こしたのかということを、徹底的に突き詰めていきたいと思います。

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https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000130/


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※新連載はこちらでもお楽しみいただけます。


早見 和真(はやみ・かずまさ)

1977年神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。15年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、20年『ザ・ロイヤルファミリー』で第33回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『スリーピング★ブッダ』『95』『ぼくたちの家族』『店長がバカすぎて』『小説王』『かなしきデブ猫ちゃん』(絵本)などがある。

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