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特集

【『95』刊行記念対談 早見和真×妻夫木聡】1995年、渋谷。17歳の少年たちの世界は劇的に変わってゆく。熱き青春エンタメ小説!

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:タカザワ ケンジ 

一九九五年の渋谷を五人の少年たちが駆け抜けた——。日本推理作家協会賞の受賞第一作として、青春エンタテインメント小説を書きあげた早見和真さん。早見さん原作の映画『ぼくたちの家族』で主演を務めた妻夫木聡さんと、作品について語ってもらった。
<単行本刊行時に「本の旅人」2015年12月に掲載された対談を再録したものです>

渋谷が憧れの街だった

──お二人は映画『ぼくたちの家族』(二〇一四年)の原作者と主演俳優として出会われたそうですね。

妻夫木: 映画のプロモーションでお会いする機会が多かったんですが、監督の石井(裕也)さんと一緒に飲んだりしましたよね。

早見: 最後にお会いしたのは今年の春でしたね。僕が『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞を受賞したのをみんながお祝いをしてくれて。

──『95 キュウゴー』をお読みになっていかがでした?

妻夫木: 一気読みしちゃいましたね。どんな内容か知らずに読み始めたので、最初はタイトルの意味もわからなくて、途中で「あれ?一九九五年の渋谷の話かな」と気づいたら急に懐かしくなってきて。僕も主人公のQちゃんと同じように高校生雑誌に出ていたので、どこか自分を見ているようで最初は恥ずかしかったですね。

早見: 妻夫木さんが高校生雑誌に出ていたことは知っていたんですが、そういう理由で対談したいと思ったわけではなくて、同世代だし、たぶん渋谷にも思い入れがあるだろうなと。だから読んで欲しかったんです。

妻夫木: 嬉しいですね。僕が出ていたのは「東京ストリートニュース!」っていう雑誌だったんですけど、撮影はされたけどどんなふうに載るか知らなくて。ある日、本屋に行ったら自分の写真が誌面にデカデカと載っていて、びっくりしたのをよく覚えていますね。

早見: 作中にあるような、世界が変わった感じはありました?

妻夫木: ちょっとありましたね。バンドをやっているただの横浜の高校生だったので、渋谷が身近に感じられるようになりました。それまでは無縁の場所だったんですけど。

早見: 手が届くようになった?

妻夫木: 渋谷に行ってもいいんだ──そんな感覚になりましたね。

早見: 僕らが高校生の頃の渋谷って、うかつに入り込めない怖さがあったし、その半面でかっこよさがありましたよね。渋谷のイメージが、多かれ少なかれ胸に必ずあって、そこには〝普遍〟があるんじゃないかなという期待があった。当時の渋谷って、ちょっと特別だったと思うんです。

妻夫木: かっこよかったですよ。次の日に学校で「昨日、渋谷に行ってた」って言うとちょっと自慢できるみたいな(笑)。自分のステータスを上げるために行っていたようなところがありますね。

早見: 背伸びをして行くような街でしたよね。

妻夫木: そうでしたね。でも、そのときはイケてる雑誌に載ってる自分がかっこいいと思っていたけど、振り返ると、むちゃくちゃ恥ずかしい。僕とQちゃんが違うのは、Qちゃんはお金持ちの子たちが通う私立だけど、僕は横浜の県立高校。だからお金がぜんぜんなかったんです。その頃、〝キレイめ〟っていうファッションが流行っていて、高校生なのにグッチやプラダのスーツを着ている子たちがたくさんいましたよね。そんななかで僕はフリマで買った千円のスーツ(笑)。内側に「山田」って刺繍が入っていました(笑)。

早見: 妻夫木さんに着てもらえて、山田さんも幸せですね(笑)。

地下鉄サリン事件の日

──この作品を書いたのはどんな理由からでしょうか。

早見: まず村上龍さんの『69 sixty nine』という小説が、僕のなかにすごく大きな存在としてありました。高校三年生のときに読んだのかな。一九六九年という年に村上龍さんの青春が凝縮されていたんだな、と思ったんですが、自分の場合で言えば、それは間違いなく一九九五年だった。『95』のなかに僕自身の経験をそのまま書いた部分があって、三月二十日の地下鉄サリン事件のエピソードなんです。僕は田園都市線沿いの横浜の高校に通っていたんですけど、ちょうど終業式の日でした。でも、席が虫食いで来ていない人が多かった。そのとき初めて、同世代が死んだかもしれないということを直視させられた気がしたんです。そしてその同じ日の午後に、渋谷で援助交際をしている女の子を初めて見た。午前中に同級生が生きるか死ぬかというのを目の当たりにして、午後には自分の性を売って生きている同世代を見たんです。心がぐちゃぐちゃになったことを覚えています。そのときに感じたのはたぶん怒りでした。女の子を買っているおじさんに対してなのか、何もできない自分に対してなのかわからないけど。僕が小説家になる原体験はあの日だったって、デビューしたときから思っていました。いつかあの時代のあの街を書きたいなって。妻夫木さんはあのとき中三ですか?

妻夫木: 中三ですね。どこか距離がありました。だからはっきりと覚えていないんです。

早見: それはまだ中学生だったからだと思います。高校生にとってはすごくリアルな出来事でした。それで、さっきの話に戻るんですけど、雑誌に載ったことで学校での人間関係が変わったりしました?

妻夫木: 変わりましたね。明らかにウソの友だちが増えたっていうか。僕自身もちょっと調子に乗ったところもあったと思います。Qちゃんは自分の立ち位置に溺れなかったけど、僕はちょっと溺れましたね。バンドのお客さんも増えて、いつの間にか自惚れていたんだと思います。ある日、いろいろあってバンドを一緒にやっていた友だちとケンカになったんですけど、「お前を信用しているやつなんて一人もいねえんだよ」って言われたんですよ。普通なら殴り合いになるところですけど、それを通り越して、初めて人前で泣きました。いつも周りに誰かがいると思っていたけど実は誰もいなかった。俺がもてはやされていたから一緒にいてくれただけで、俺自身の魅力って実は何もないんだなって思っちゃったんですよね。男は泣くなって言われて育つじゃないですか。それなのに、みんなの前で涙が止まらなくなっちゃった。でも、それから自分を見つめられるようになったんです。だから友だちには感謝してますね。

早見: 何も言われなかったら、そのままいっていた可能性もありますよね。

妻夫木: そうですね。役者になっていなかったかもしれないですからね。目立ちたかっただけで、何をやりたいかわかっていなかった。そいつ自身も、ポロッと出ちゃったらしいんだけど、それって思っていたから出た言葉ですよね。その場で仲直りしましたけど。

早見: でも、かなり傷ついたんでしょうね。僕も地下鉄サリン事件の日、傷ついたんだと思います。傷ついたから自分を俯瞰せざるをえなくなった。だからこうして小説を書いたんだと思うんです。

妻夫木: いまの若い子たちって、実は『95』のような世界に憧れてるところがあるんじゃないかと思いますね。いま、自分を吐き出す場所がなかなか見つからないと思うんです。バンドはそういうことだと思うし、スポーツもそうだけど、ほかにもっとあっていいと思いますね。

早見: いまのこの時代にこういう青春小説を問う怖さはあるんですけど、ダサいことを恐れずに、暑苦しいものを書こうと思いました。妻夫木さんが言ってくれたように、いまの子たちもこういうものを求めてるんじゃないかって。

青春に意味は必要ない

妻夫木: 高校って、ガキでいられる最後の場所だと思うんですよ。『95』に出てくる高校生たちのように悪あがきしたい。僕も意味なくアコギ持って駅で歌ったりしてましたよ(笑)。

早見: へー。実は俺も地元の駅前でギター弾いて歌ったことある。初めて明かすけど(笑)。

妻夫木: 若さゆえですね(笑)。早見さんの地元の駅は近いし、しょっちゅう行っていたから、見ていたかも(笑)。

早見: 妻夫木さんは映画の『69』の主演じゃないですか。知らない時代の青春を演じるってどうでした?

妻夫木: いつの時代も、青春ってもしかしたら意味のないことなのかなって思いましたね。若いときって、何かをやるときに、そこに意味は必要ないじゃないですか。むしろ理由があったらやらないかもしれない。答えが欲しいわけじゃなくて、生きてる実感が欲しかったのかなって。

早見: 時代が変わっても、そこは変わらないと思うんですよね。『69』と『95』に共通するものがあるとしたら、何かに突き動かされて、理屈じゃなくてやらざるをえなかった人たちの物語だということだと思う。

妻夫木: 『95』を読んで、あの頃に戻りたいとは思わないんだけど、いまの自分ってなんかやれてんのかな?って思いましたね。高校の頃の僕らから見れば35歳なんて完全におっさん。でも、おっさんなりにできることはあると思う。『95』のラストにそんな予感があったのが嬉しかった。高校生のときにダサい大人になりたくないと思っていたけど、いまだったらダサいおじいさんにはなりたくない、とか。若い人に読んで欲しいけど、僕らと同じ年代が読んだらまたそれはすごく面白いと思うし、もっと上の人たちが読んでも思い当たることがあると思いますね。

早見: 読んだ人が主人公たちに嫉妬するような小説を書きたかったんです。でも、書いていていままででいちばん難しかったですよ。いちばん得意なことをやるはずだったのに、いちばん苦しんだ。きっと僕自身がダサいおっさんになっちゃったからな気がします(笑)。


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