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特集

超人気シリーズ〈櫻子さん〉の裏側 太田紫織インタビュー〈後編〉

2013年2月に始まり、2021年3月にシリーズ17巻で完結を迎えるモンスターシリーズ、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」。北海道を舞台に、骨を溺愛する櫻子さんと、相棒の男子高校生・正太郎が、遺骨や遺体をヒントに謎を解くライトミステリとして人気を得ました。北海道のご当地グルメや美しい風景描写も人気のこのシリーズは、いかに生まれ、どのように紡がれたのか。その裏側を、書評家の若林踏さんがロングインタビューでご紹介してくださいます!

>>中編

正太郎は成長するワトソン役


太田:〈櫻子さん〉シリーズでは、高校生の正太郎がワトソン役として登場し、彼の視点を通してホームズ役である櫻子さんの活躍が描かれていきます。

その正太郎ですが「成長していくワトソン役なんだな」と私は思いました。シリーズを通して知識の面でも、精神的にも変化が手に取るように分かる。


太田:高校生を語り手に配した以上、やっぱり主人公の成長譚として描きたいな、という思いは当初からあったんですね。10代という、世の中のあらゆる物事を吸収していく年代のキャラクターを創造したのならば、やはり彼の成長物語として書くべきだ、と。

私自身、“果てしない物語”が好きだということも影響しているのかもしれませんが、シリーズ初期の方では「でも、それはまた別のお話」という風な一文で締めくくることが多いですよね。あれは「これから正太郎が成長していくんだよ」ということを、読者に対して暗に示したかったんです。

実のところ、ここまで正太郎が成長するとは正直、作者である私本人も思っていなかったんですけどね(笑)。でも最初からシリーズに付き合ってくれている若い読者の方は、キャラクターが一緒に成長していく感覚になってくれたのではないかな、と思っています。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている ジュリエットの告白』
「帰ったら、2人で旅行しよう」突然、東京の兄さんからきた連絡。2人きりでどこに行けば? と悩む僕、正太郎に、櫻子さんがきっぱり言った。「足寄(あしょろ)と網走(あばしり)だ」。どうやら見たい骨関係の展示があるらしい。かくして兄さんと櫻子さん、僕という不思議な組み合わせで、秋の北海道旅行が始まって……。(「ケルヌンノスの妙薬」)旅の途中で明かされる、正太郎の秘めた想い。一方、友人の鴻上百合子には、宿敵・花房の影が忍び寄り……。ここから読んでも面


若林:ワトソン役としての正太郎は、単なる事件の記録者ではなく、櫻子さんという一般社会からややズレたところで生きる人間を現世に繋ぎ留めておく役割も背負っています。

シャーロック・ホームズを現代の人物として描いたベネディクト・カンバーバッチ主演のドラマ「SHERLOCK シャーロック」もそうでした。ドラマではカンバーバッチ演ずるシャーロック・ホームズを社会に上手く適応できない人間として描いていますよね。その彼を理解し、何とか社会に留めていくための役目を負っていたのがマーティン・フリーマン演ずるジョン・ワトソンでした。

ちょっと抽象的な質問ではありますが、太田さん自身、現代的なホームズ譚を書くに当たって、理想的なホームズ&ワトソンの形というのはお持ちでしょうか?


太田:うーん、そうですね。私の中ではバディものというのは、陰と陽、であって欲しいな、という思いはあります。お互いの中に欠けた部分があって、それを補い合うからこそバディである、というイメージを持っていますね。夫婦や恋人の関係とはまた別の次元における繋がりがあるというか。赤の他人同士だけれど、強い絆を誰よりも持っているのがホームズとワトソンの形ではないかと思います。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている わたしのおうちはどこですか』
北海道・旭川。姿を消した幼子いいちゃんと、友達の鴻上百合子を追って、櫻子さんと僕、正太郎は、ある場所に辿り着く。けれどようやく見つけた鴻上の言葉に、僕は絶句した。「貴方のことが、世界で一番大嫌い」そして彼女は、僕にとっての絶対的な秘密を突きつけ……。(「わたしのおうちはどこですか」)ほか、ハロウィンにまつわるほろ苦だけど甘酸っぱい物語を収録。運命的バディ、櫻子と正太郎が贈るキャラミステリ!
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書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている キムンカムイの花嫁』
ばあやの故郷で、温泉郷のぬかびらに行く事にした櫻子さんと僕、正太郎。タウシュベツ橋梁が有名な美しい場所だけど、湖の近くで若い女性の遺体に出会い……。クマも出るって勘弁してよ!! 第14弾!
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若林:いま“バディ”という言葉を使ってホームズ&ワトソンの関係性を仰っていました。バディと聞くと、信頼や友情で固く結ばれた状態をイメージするかと思います。ホームズとワトソンと聞くと、天才と凡人、あるいは切れ者と単なる事件の記録者、といった能力差がまず浮かんでしまいます。でも、そんなことは実は関係なくて、フラットな関係で絆が結ばれているのがホームズとワトソンである。そういう捉え方をした方が良いということでしょうか?


太田:そうですね。特に現代で描く場合は、対等性というのは非常に重要視されているとは思います。


若林:なるほど。ちなみに「SHERLOCK シャーロック」が日本で初めて放送されたのは2011年のことで、〈櫻子さん〉シリーズが始まった時期とほぼ重なっています。同時期に現代的な関係性を持ったホームズ譚の後継物語が誕生している点が、偶然かもしれませんが興味深いです。


太田:言われてみれば、たしかに面白いですね。でも「SHERLOCK シャーロック」って、やっぱり現代版ホームズの完成形ですよね! もうカンバーバッチのシャーロックとマーティン・フリーマンのジョンは、バディとして完璧過ぎます(笑)。


若林:ホームズ&ワトソンコンビの在り方について伺いましたが、太田さんにとって、ずばり名探偵の魅力とは何でしょうか?


太田:名探偵には凡人であって欲しくない、といいますか、異質な存在であって欲しいんですね。もっと言うならば知性のモンスター、と表現するべきかな。もともと私はホラーが好きなんですが、名探偵にもホラーにおける怪物のような存在であって欲しいという気持ちがあります。親しみ易さより、極端にぶっ飛んでいてちょうだい、と。

例えば「この人はちょっと頭が良いな」くらいの存在だったら、多少その人に嫉妬するくらいはあるだろうけれど、名探偵にはそういうレベルの感情の揺さぶられ方は求めてないんですよね。「この人にはもう何をやっても敵わないんだ、黙って付いていくしかないんだ」と思うくらい、とにかく名探偵という存在に圧倒されたいんですよ。

ただし、余りにも特別な存在として描き過ぎると、本当に訳の分からないキャラクターになってしまう。私の好きな北園克衛さんの詩に、「僕はあなたの話す巧みさのためになにも理解することができない 鶯の唄の意味がわからないやうに」というものがあるんですが、そういう本人にしか分からない世界を名探偵には持っていて欲しい一方、その言葉を通訳してくれる存在としてワトソン役が必ず必要だろう、と思っています。

そしてワトソン役は出来る限り、読者に近い立場にいるべきであると考えています。読者はホームズではなく、ワトソンの方に感情移入がしやすいですよね。特に小説の場合は、ワトソン役の一人称によって物語内の出来事を見聞するわけですから、読者はワトソン役に自分との同一性をある程度見出しながら物語を楽しむわけです。

そうした時に、ワトソン=読者は物語の中で何を求めるのか。特別な存在であるホームズに自分もちょっと触れてみたい、と思うのではないでしょうか。だから、正太郎と櫻子が仲良くなることで、自分もちょっと特別な存在に近づくことが出来るのかな、なんて気持ちに読者がなってくれれば、と思いながら書いていました。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている わたしを殺したお人形』
北海道・旭川。冬の川で、僕、正太郎は櫻子さんと、無残なご遺体を「拾った」。けれど彼女となら、そんな日々すら続けばいいと願ってしまう。そんな僕のもとに、新聞記者の八鍬士(やくわ まもる)という人が現れた。事件に遭遇しがちな僕らを怪しんでいるらしい。彼は櫻子さんに、美しい頭蓋骨の写真を見せた。事故の被害者が持ち歩いていたという、女性の頭蓋骨。そして僕らに「探偵ごっこを見せてほしい」と言い出し……。櫻子さんが、美し過ぎる頭蓋骨の謎を解く!
※画


若林:なるほど。先ほど2010年代に入ると強烈なキャラクターを売りにした謎解きミステリやライトミステリが、コアファン以外からも注目を集めるようになったことを述べました。それはもしかしたら、名探偵という圧倒的な存在に近づきたいという読者の思いを反映しているものなのかもしれませんね。名探偵の謎解きを楽しむというより、推しのアイドルを傍で見守っていたい気持ちなどに近いのかな。

櫻子には生者へのまなざしがある


若林:シリーズ途中から、櫻子&正太郎コンビにとって宿敵となる存在が現れます。この宿敵は、やはりホームズのライバルであるモリアーティ教授を意識して書かれたキャラクターなのでしょうか?


太田:そうですね。ある程度シリーズを書いていくうちに、モリアーティのようなライバルキャラクターを登場させる必要があるな、と次第に思い始めました。マンネリ化の防止ではないんですけれど、シリーズを通して対峙する大きな敵を作っていこう、という流れにはなっていったんですね。


若林:〈櫻子さん〉シリーズに登場する宿敵は、ある意味で極めて現代的な悪の形を描いていると思います。この造形はホームズ譚のモリアーティを単にモデルにしただけでは無い気がします。この宿敵の造形は、どこから着想を得たのでしょうか?


太田:これは現代的な悪を考えた、というより、櫻子の対極に位置するキャラクターを描きたいと思って生まれたものです。

櫻子自身は、単純な善悪で物事の判断をしない人間です。感情で何が良いのか、悪いのかをジャッジしないキャラクター、と言い換えた方が良いでしょうか。だから、逆に自分の感情で善悪を決めてしまうキャラクターをライバルに設定しようと考えたんです。櫻子ありきのキャラクターなんですよね、あの宿敵は。


若林:ただ櫻子さん自身も、かなりグレーゾーンというか、境界線で生きる人間ですよね。そもそも骨を愛する人間ということは、櫻子さんは生者より死者の側に近い存在であり、それがシリーズの大きな核にもなっています。

この特徴はどのように生まれたのかな、という疑問が湧きました。


太田:もともと「プレイバイメール」というネット上の創作ゲームで使っていたキャラクターが、櫻子のモデルになっているんです。そのキャラクターは吸血鬼だったんですが、吸血鬼といっても「加害性のない捕食者」というイメージの探偵役として、ミステリのゲームに出ていたんです。そのキャラクター像が櫻子にも引き継がれている形になります。

若林さんの仰る通り、たしかに櫻子は死者の側に近い人間です。でも、骨を愛する=死体愛好者というような安易な図式は描きたくなかった。骨格標本に取り組む人は、基本的に生物学の専門です。つまり死より生の方に目を向けている人が多いんです。また、法医学は死者を扱う学問ですが、これも向いている方向は生の方だと思うんですよね。

だから櫻子もフェティシズムを持ったキャラクターにはしませんでした。純粋に知的好奇心を満たすことに一生懸命な探偵役にしたいな、と。櫻子の独特な倫理観は、生物学や法医学における生者へのまなざしから生まれたものなんです。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は聖夜に羽ばたく』
クリスマス目前の旭川。正太郎の友人・百合子は担任の磯崎に、櫻子が懇意にしている薔子の別荘に誘われる。しかし高名な画家の持ち物だった邸には、美しくも不気味な蝶の絵があり、おぞましい秘密が隠されていた。そしてもう一人の友人、蘭香は、元警察官の山路と出会う。彼はなんと櫻子の弟を殺した犯人が見つかったと告げる。しかも「亡霊」たちが正太郎を操り、櫻子に復讐させるつもりだと言い……。運命的バディの選択は果たして!?
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若林:どこか常識から外れているのだけれど、完全に現世から離れた人物ではない、ということでしょうか?


太田:そうですね。櫻子を死者の側に置いておきたくはないんですよね。

〈櫻子さん〉で学んだことを次作に活かしていきたい


若林:3月24日発売の『櫻花の葬送』をもって、ついに〈櫻子さん〉シリーズは完結します。〈櫻子さん〉以降に書いてみたいキャラクターやシリーズの構想はあるのでしょうか?


太田:実は新作の構想が1つあります。そこには〈櫻子さん〉シリーズを書いている過程で得たことを注ぎ込もうと考えています。

というのも〈櫻子さん〉シリーズを書く上で、色々なことを勉強させてもらったんですよね。法医学監修の佐藤先生だけではなく、法人類学の先生や博物館の職員の方などにもお話を伺って、どの話も非常に面白くて。「これはぜひとも皆さんに知ってもらいたい!」というエピソードがたくさん、自分の中にストックとして残っている状態なんです。ですから、そういった蓄積をどこかで形に出来たら良いな、と今は思っています。


若林:新しいキャラクターを創造しよう、というより、溜め込んだ知識を他の人にも伝えたい、というモチベーションから作品に取り組んでみよう、ということなんですね。


太田:そうですね。私自身が〈櫻子さん〉シリーズで学ばせてもらったことがたくさんあると思っていて、それを無駄にしたくないな、っていう気持ちが強いんです。

それと私は北海道が好きなので、北海道の物語を描くことにはこだわり続けていきたいです。いっそ北海道の全市町を舞台に小説を描いてやろう、という野望まで抱いております(笑)。

実際、私は夫が転勤族ということもあって、道内を転々とする生活を送っていたんですね。住む場所が変われば当然、作品に登場させたいスポットやグルメなどがどんどん増えていくんですよ。今はコロナ禍で遠出が難しい状態ですが、読んだ方に「小説に書かれていたこの場所に行ってみたいな」「こんな美味しそうなものがあるんだったら、ぜひ北海道にいってみよう」という気持ちになって欲しいな、と思って書いていました。

ですから、北海道という土地が〈櫻子さん〉シリーズを生んでくれたという思いが強くあります。〈櫻子さん〉シリーズが終わっても、北海道を舞台にした小説は書き続けるつもりです。


若林:北海道を舞台にしたミステリを書き続ける作家さんといえば、佐々木譲さんや東直己さんなどの大ベテランのお名前が浮かびますが、太田さんも間違いなくその一人に入る作家さんとして記憶されると思います。これからも北海道の魅力を伝えるミステリを期待しています。

本日はデビュー前のお話からホームズ&ワトソン論まで伺うことが出来て楽しかったです。ありがとうございました。

シリーズ完結編『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 櫻花の葬送』


北海道旭川。櫻子と正太郎は、櫻子の弟を殺した犯人と対峙するため、同じく妹を殺された男と共に神居古潭へと向かった。けれどある女の裏切りで、事態は思わぬ方向へ。廃トンネルの中で重傷を負った男を救い、ようやく家に戻った彼女らを待っていたのは、なんと警察。しかも櫻子が、殺人事件の重要参考人として警察署に連れて行かれることに。
彼女を救うため、正太郎が立ち上がる! 愛すべき櫻子と正太郎の物語、ついに完結!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000406/


太田 紫織

小説投稿サイト「エブリスタ」で作品を発表。2012年、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」で、E★エブリスタ電子書籍大賞ミステリー部門(角川書店)優秀賞、怪盗ロワイヤル小説大賞優秀賞、E★エブリスタ×『カルテット』小説コンテスト大賞の受賞歴がある。

若林 踏

ミステリ書評家。

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