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特集

超人気シリーズ〈櫻子さん〉の裏側 太田紫織インタビュー〈中編〉

2013年2月に始まり、2021年3月にシリーズ17巻で完結を迎えるモンスターシリーズ、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」。北海道を舞台に、骨を溺愛する櫻子さんと、相棒の男子高校生・正太郎が、遺骨や遺体をヒントに謎を解くライトミステリとして人気を得ました。北海道のご当地グルメや美しい風景描写も人気のこのシリーズは、いかに生まれ、どのように紡がれたのか。その裏側を、書評家の若林踏さんがロングインタビューでご紹介してくださいます!

>>前編

子供たちのために、知識は正確に書く


若林:第6作『白から始まる秘密』のあとがきに、シャーロック・ホームズ研究家として有名な北原尚彦さんのお名前があって、「おっ」と思ったんですね。取材協力という形で北原さんはクレジットされているのですが、これはホームズにまつわる取材をされたんですか?


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 白から始まる秘密』
櫻子と捜査中に怪我を負った正太郎。櫻子はこれ以上正太郎を危険にさらすまいと、距離を置くことにする。再び櫻子と共に事件を追いかけたいと思う正太郎は…。櫻子と正太郎の出会いも描かれる珠玉の作品集!
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太田:これはホームズというよりコナン・ドイルに関する調べもののために、北原さんにお話を伺ったんです。

同じあとがきにウィリアム・メイプルズの『骨と語る 法人類学者の捜査記録』(小菅正夫訳、上野正彦監修・解説、徳間書店)を参考文献として挙げていますよね。そこに「アーサー・コナン・ドイルの最も愉快な短編の一つとして『クラップの陰謀』という作品があるが」という記述があったんですね。ドイルの作品についてはあらかた読んでいるつもりでしたが、この作品名については知らなかったんです。「これ何だろう?」と思って調べたんですけれど、なかなか情報が出てこない。

そこでTwitter上で知り合いだった翻訳家の尾之上浩司さんに「何かご存じありませんか?」と伺ったところ、「ドイルのことだったら北原さんに伺うのが良いです」ということで繋いでくださった、という経緯なんです。

「クラップの陰謀」については結局、国内で商業翻訳されておらず、同人誌に私家版の翻訳が掲載されただけかもしれない、というのが北原さんの回答でした。たしかにこれは北原さんに伺わなければ分からないままだったと思います(笑)。


若林:なるほど。結構、資料を掘り下げる作業はお好きなのでしょうか?


太田:大好きですね! 法医学については本棚4段分くらい参考文献で埋まっているほど、資料を集めるのは楽しいです。法医学にまつわるミステリを書いてはいますが、私自身は法医学の勉強をきちんとしていたわけではありません。だからこそ正確な知識を身に付けて書きたいな、と思っています。

〈櫻子さん〉シリーズでは杏林大学医学部の佐藤喜宣先生が法医学監修をされていますが、自分自身でもきちんと調べて書いた上で佐藤先生にチェックをしてもらう、という流れで執筆しています。佐藤先生からは「このセリフはこういう風に変えた方が、より法医学者が喋っているように読めます」「この部分は、現代の法医学の観点からは少しずれた描写になります」といったアドバイスをいただくことが多いですね。ですので、作中に描かれている法医学については、かなり正確なものが書けていると思っています。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 謡う指先』
シリアルキラー・花房の影に怯えつつも、櫻子と過ごす時間を幸せに思う正太郎。厳寒の二月、正太郎は櫻子と親しい薔子に頼まれて、とある別荘の掃除に行く事に。櫻子も一緒に、冬の雪山を楽しむが……。
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若林:2010年代にヒットしたキャラミステリ、あるいはライトミステリと呼ばれている作品群を見ると、キャラクターの個性を際立たせることに力を注ぐ一方で、ある特定の分野に関する専門知識を詰め込んだ小説が多いことも特徴である気がします。

例えば三上延さんの〈ビブリア古書堂の事件手帖〉シリーズなどはそうですよね。あのシリーズでは主人公の古書店主・栞子さんの魅力以外にも、古書にまつわる知識が重要なカギとなるビブリオミステリの側面がありました。

〈櫻子さん〉シリーズについては法医学がまさに当てはまるわけですが、特定分野に対する知識の掘り下げがかなり深い。ここがライトミステリというジャンルが、従来のミステリファン以外にも裾野を広げることが出来た一因ではないかな、と思っています。つまり情報小説としての要素も、ライトミステリというジャンルの拡大に寄与していたのではないかと。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている はじまりの音』
高校二年生になった正太郎。仲のいい今居と百合子と同じクラスになったものの、転校生のゴスロリ少女・蘭香が突如百合子に「親友になって」と言ったことからバランスが狂い……。彼女の謎を櫻子さんが解き明かす!
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太田:そうですね……。専門知識を調べてふんだんに盛り込むことで、キャラクター造形を膨らませやすいという面はあるかと思います。

でも、それは「情報小説を書こう!」という意識ではありませんね。私が、調べものをしっかり行った上で専門知識を小説に詰め込んでいこう、と思っている理由は2つあるんです。

1つは「本に書かれていることをそのまま信じてしまう読者もいる」という前提に立って小説を書いた方が良いのでは、と考えているからです。

私は幼い頃から本が大好きで、様々な書物に触れてきました。だからこそ「本の中に書かれていることは間違っている場合もある」ことは認識しています。また「この部分はあくまでフィクションとして受容すべきだよね」と自分で判断する目も、ある程度は養えているかと思います。

しかし、読者の中には「本に書かれていることは全て正しい」と思い込んでしまう人がいるかもしれません。だからこそ書き手の側がきちんとファクトチェックを行い、正しい知識を身に付けて書くことが本当に重要だと思っています。

もう1つは「自分の作品は中学生・高校生くらいの若い読者に向けて書いているんだ」という意識です。

〈櫻子さん〉シリーズはもちろん大人が読んでも楽しめる作品ですが、私としては「中学生や高校生、これから大人へと育っていく10代の子供たちに読んでもらいたいな」という思いで書いています。自分の本が知識の入り口になって、何か新しいことに興味を持ったり、勉強する気になるきっかけになってくれれば良いなと思っているんです。親心のようなものでしょうか(笑)。

先ほどもちょっとお話ししましたが、私自身が中高生の時、読書にどっぷり浸かった生活をしていました。その時の経験が今の自分の血肉になっていると心から感じています。いま10代の子供たちにも同じように、ぜひとも読書が血肉になるような体験をして欲しいのです。

もちろん、大人が読んで「面白い蘊蓄がいっぱいある小説だな」と思ってもらえることは嬉しい。けれども、それ以上に〈櫻子さん〉シリーズを子供たちが読んで「自分も法医学の道を目指そうかな」と新しいことに興味を持ったり、将来の目標を見つけるきっかけになってくれれば良いなあ、と思いながら書いています。

だからこそ、小説内で子供たちに伝える知識は正確でなければいけないな、とも考えています。「情報小説として手に取って楽しんでもらおう」という気持ちより、「これから育っていく子供たちのために、専門知識についてはきちんとした情報を届けよう」という気持ちの方が強かったですね。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 狼の時間』
正太郎のもとに届いた衝撃的な写真。それは、心を通わせた愛犬の無残な写真だった。宿敵・花房の仕業かと怒りを感じる正太郎だが、花房から驚きの依頼が届き……。正太郎に迫る危険、そのとき櫻子さんは……。
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若林:なるほど、10代の子供たちに正しい情報を伝えたい、ということですね。それって大事だけれど、忘れがちな点でもありますよね。

「未来の本読みたち」が手に取りやすい本を


太田:実は〈櫻子さん〉シリーズについては、本の価格についても同じ思いが込められています。なるべく600円以上にはしたくないな、と思いながら書いているんです。

いま自分にも中学生の息子がいるんですが、中学生のお小遣いって、高くて月1,000~2,000円くらいじゃないですか。そのくらいの額ですと、本を1冊買うだけでもひと月分のお小遣いが無くなってしまいますよね。それだとお子さんの側は「本は買いづらいな」と思ってしまう気がします。だからといって保護者の側も、お小遣いをアップしたり、本をたくさん買ってあげることが難しい状況の方が多いかもしれません。

だから、自分の本はなるべく500円に近い金額に抑えることが出来たら良いな、と思っていたんです。さすがに500円まで価格を抑えることは難しかったですが、600円くらいの〈櫻子さん〉シリーズを買えば、あとはジャンプコミックス1冊買えるくらいの値段が残るかな、と(笑)。


若林:なるほど。たしかに1巻目の価格を見ると税込607円。漫画の単行本をあと1冊買えるか、買えないかくらいの価格設定ですね。


太田:〈櫻子さん〉シリーズは1冊が薄いよね、という意見をいただくことがあります。これは、あまり厚い本にしてしまうと、中高生の子供たちが手に取りづらい値段になってしまうかな、と思っているからなんです。


若林:なるほど、〈櫻子さん〉シリーズのほとんどが中短編の形式で書かれていますが、そういう意図もあったのですね。


太田:そうですね。値段以外にも、中高生の読者が読みやすい長さを考慮した上で、そのような分量になっている面もあります。

中学生・高校生が本を読む場合、通学途中の電車やバスの中などがメインの読書タイムになってきますよね。そもそもの読書時間が、今どんどん少なくなっているという話も耳にします。だったら隙間の時間を使って読み終えることが出来るくらいの量が、いまの中学生・高校生の生活に寄り添っているのかな、と思い、基本は短編・中編の長さで書き、たまに長編も書く、というスタンスで小説を書いています。


書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 八月のまぼろし』
正太郎の家の前に置かれたカラスの死体。誰が、何のために…・・。また、人気キャラ、薔子の親友に纏わるおそろしくも美しい謎とは……。ひたひたと忍び寄る花房の気配、そして正太郎と櫻子に転機が……。
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書影

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶の足跡』
行き先も告げず、櫻子さんが消えた…。正太郎は担任の磯崎と、櫻子の親戚の薔子と共に、櫻子さんの足跡を辿り始める。誰も居ない櫻子の屋敷を経て、層雲峡の温泉地へ向った正太郎たちが見たものは……。
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若林:太田さんのお話を伺っていると、未来の本読みたちのために小説を書いているんだ、という思いがひしひしと伝わってきます。〈櫻子さん〉シリーズを読んだ中高生の読者が法医学に興味を持ったり、あるいは他の小説を手に取るようになったりすることを、太田さんは心の底から願っているんだな、と。


太田:そうですね。私自身、いわゆるライトノベルを初めて読んだのが高校生くらいの時でした。高校生の時に読んでいた小説って、大人になったいまでも胸にギュッと来ることって、あるじゃないですか。

だからこそ「子供たちのために書いている」という思いは本当に大切にしていきたいんです。「少し勉強に疲れたな」「何か息抜きがしたいな」と思った時に読んで気分を上げてもらうとか、学校で何か悩んでいる子に向けて寄り添ってあげられるような一文を届けるとか。〈櫻子さん〉シリーズをはじめ自分の作品は子供たちにとってそういう存在でありたいな、と願いながら書いているんですね。いま息子が中学生ということもあって、その気持ちはより一層強くなっています。

自分の作品を、広い小説の世界へ飛び込んでいく入り口として接して欲しいな、と。

(後編へつづく)

3月24日発売『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 櫻花の葬送』



北海道旭川。櫻子と正太郎は、櫻子の弟を殺した犯人と対峙するため、同じく妹を殺された男と共に神居古潭へと向かった。けれどある女の裏切りで、事態は思わぬ方向へ。廃トンネルの中で重傷を負った男を救い、ようやく家に戻った彼女らを待っていたのは、なんと警察。しかも櫻子が、殺人事件の重要参考人として警察署に連れて行かれることに。
彼女を救うため、正太郎が立ち上がる! 愛すべき櫻子と正太郎の物語、ついに完結!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000406/


太田 紫織

小説投稿サイト「エブリスタ」で作品を発表。2012年、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」で、E★エブリスタ電子書籍大賞ミステリー部門(角川書店)優秀賞、怪盗ロワイヤル小説大賞優秀賞、E★エブリスタ×『カルテット』小説コンテスト大賞の受賞歴がある。

若林 踏

ミステリ書評家。

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