2013年2月に始まり、2021年3月にシリーズ17巻で完結を迎えるモンスターシリーズ、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」。北海道を舞台に、骨を溺愛する櫻子さんと、相棒の男子高校生・正太郎が、遺骨や遺体をヒントに謎を解くライトミステリとして人気を得ました。北海道のご当地グルメや美しい風景描写も人気のこのシリーズは、いかに生まれ、どのように紡がれたのか。その裏側を、書評家の若林踏さんがロングインタビューでご紹介してくださいます!
デビューのきっかけは「怪盗ロワイヤル」だった
若林:〈櫻子さん〉シリーズ第1作は、2012年に小説投稿サイト「E★エブリスタ」の電子書籍大賞ミステリー部門の優秀賞を受賞しています。「E★エブリスタ」以前にミステリ小説の新人賞に応募された経験はあったのですか?
太田:実は全くありませんでした。「E★エブリスタ」に小説を投稿しようと思ったのは、ゲームの「怪盗ロワイヤル」にはまっていて、熱心なファンであったことがきっかけでした。「E★エブリスタ」が「怪盗ロワイヤル」の名前を冠した小説賞を創設することを知って、「だったら小説を書いてみよう!」と思い立ったんです。で、いざ投稿してみたら優秀賞をいただいて。その時になって初めて「あっ、自分もある程度、小説を書けるんだ」ということに気づいた感じですね。
若林:それまで小説を書いた経験が無かった、ということなんでしょうか?
太田:はい、そうなんです。もともと「プレイバイメール」(郵便やメールを用いて遠隔地のプレイヤー同士で楽しむゲーム)や「なりきりチャット」などを通して、キャラクターを創造して短い物語を書くことはずっとやっていたんですよね。
ただし、小説としてある程度ボリュームのあるものをきちんと書いたのは『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』が初めてでした。ですから「自分に小説は書けないだろうな」と思っていたので、実際に書く事が出来た時には自分自身びっくりしました。
若林:〈櫻子さん〉シリーズは法医学を題材にしたミステリですので当然、死体に関する描写も出てきます。「E★エブリスタ」は小説投稿サイトということで、そうした描写に配慮しなければいけない面もあったと思いますが。
太田:現在はそれほど厳しくはないと伺っていますが、私が最初に〈櫻子さん〉シリーズを投稿した頃はけっこう厳しかったですね。実は〈櫻子さん〉シリーズ以外にも切り裂きジャック関連の物語を投稿しようと思ったことがあったんです。切り裂きジャックの事は翻訳で出た文献はあらかた揃えるくらいに大好きだったので、自分でも小説を書いてみたんですが、さすがにそれは掲載が難しかったようです(笑)。
若林:シリーズ第1作が刊行されたのは2013年のことです。この前後のミステリ小説シーンを振り返ってみると、2011年に三上延さんの〈ビブリア古書堂の事件手帖〉シリーズ(KADOKAWA)がスタートしており、さらに東川篤哉さんの『謎解きはディナーのあとで』(小学館)が本屋大賞を受賞しているんですね。つまり、キャラクターの魅力で牽引するミステリ小説のシリーズが注目され、コアなミステリファン以外にも多くの読者を獲得するようなヒット作が続々と生まれた時期でもあるわけです。〈櫻子さん〉もその流れを代表するシリーズの1つではないか、と思っています。

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』
平凡な高校生の僕は、お屋敷に住む美人なお嬢様、櫻子さんと知り合いだ。でも彼女は普通じゃない。なんと骨が大好きで、骨と死体の状態から、真実を導くことが出来るのだ。そして僕まで事件に巻き込まれ……。
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太田:たしかに、「E★エブリスタ」の電子書籍大賞ミステリー部門の募集要項には「シャーロック・ホームズのような魅力的なキャラクターが出てくる名探偵小説を求める」といった趣旨のことが書かれていたと記憶しています。
ですから「ならば、ホームズ物語をベースとした名探偵小説を書いてみよう」という気持ちで<櫻子さん〉シリーズを書いたのです。その時は「キャラミステリ」と呼ばれるような作品が出始める頃だったので、その意味では〈櫻子さん〉シリーズの刊行はちょうど良いタイミングだったのかもしれません。
「キャラミステリ」の定義とは?
若林:裏表紙のあらすじ紹介を見ますと、1作目からすでに「最強キャラ×ライトミステリ!」という惹句が使われ、2作目の『骨と石榴と夏休み』では「最強キャラミステリ!」という呼称が書かれています。
いま「キャラミステリ」という言葉はかなり定着している印象なのですが、そもそも「キャラミステリ」って何でしょう、という素朴な疑問があります。それこそシャーロック・ホームズのような名探偵の物語には、もともとキャラクター小説の要素が少なからず備わっていると私は考えています。
「名探偵の物語」と「キャラミステリ」の境界線はあるのか。あるとしたら、どこで線引きするのか、ということについて太田さんご自身のお考えはありますか?

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 骨と石榴と夏休み』
平凡な高校生の僕の夏休みは、三度の飯より骨が好きなお嬢様・櫻子さんと過ごすことで、劇的に刺激的なものになる。母にまつわる事件から、人間の悲しさと美しさを描き出す、新感覚ライトミステリ第2弾。
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太田:私自身は、ホームズのような古典作品というより、新本格ミステリの作品群と比較した時に区別するための呼称ではないのかな、と思っています。
1980年代後半以降に誕生した新本格ミステリにも格好良い名探偵はおおぜい登場しますが、キャラクターだけでなく、トリックの独創性やロジカルな推理に注目してミステリファンは楽しみますよね。
一方、「キャラミステリ」というのは読者が特定のキャラクターに没入することが主体であり、トリックやロジックといったミステリの部分は「何となく楽しむ」という感覚でしょうか。「がっつり謎解きを楽しもう!」というよりは、キャラクターの魅力で気軽に小説を手に取りたい、という読者が多いような気がします。定義というほどではないんですけれど、私の場合はそう捉えています。
若林:なるほど、新本格ミステリを比較対象とした時に生じる区別ですか。
太田:もっとも若林さんの仰る通り、どんな謎解きミステリにも名探偵の魅力はあって、いわゆる“キャラ読み”をしている読者もおられますので、明確な線引きというのは難しいのかもしれませんけどね。
コナン・ドイルとの出会い
若林:〈櫻子さん〉シリーズについて、太田さんは別のインタビューでもシャーロック・ホームズ譚をお手本にした事を述べています。そもそも太田さんがホームズ物語と出会ったのはいつ頃のことなのでしょうか?
太田:たしか小学校高学年の頃だったと思います。実はコナン・ドイルの作品についてはホームズ物語の前に、新潮社から刊行されている『ドイル傑作集』を先に読んだんですよ。
若林:「ミステリー編」「海洋奇談編」「恐怖編」の全3巻に分けて、ホームズ物語以外のドイル作品を集めたものですよね?
太田:はい、それが非常に面白くて。そこで家にあったジュブナイル向けのホームズものを読んだところ、これがまた面白い。で、そこから更に新潮文庫版の延原謙訳に手を伸ばした感じですね。なので、櫻子の口調も延原訳ホームズを意識して書いたところはあるかもしれません。
若林:早い時期から、ジュブナイル向けより大人向けの翻訳に慣れ親しんでいたんですね。
太田:その頃はとんがっていたというか(笑)。親が文具か図書券くらいしかプレゼントしてくれない人で、小さい頃から自然と本好きになりました。小学5・6年生くらいになると「もう子供向けの本は読まない! 大人向けの文庫本を読むぞ!」って思っていました。
やっぱり当時は難しくて読み飛ばしていた部分もあったので、ことになって読み返すと「ああ、あの時は理解できずに読んでいたんだな」と思います。とはいえ、幼い頃から大人向けの小説には慣れていた感じですね。
若林:なるほど。新潮社の『ドイル傑作集』から入ったという事は、当初は探偵小説より怪奇ものや冒険ものの方がお好きだったという事でしょうか?
太田:そうですね。ミステリよりもホラーやSF、ファンタジーの方が小学生の頃は好きだったんですよね。特にホラーは大好きでした。レ・ファニュの『女吸血鬼カーミラ』なども読みましたが、一番はまったのは、コミック作品ですが垣野内成美さんの『吸血姫美夕』(秋田書店)。とにかく吸血鬼ものにのめり込んでいました。逆に言うと小説を読み始めた頃は、そこまで名探偵の物語が大好き、というわけではなかったんです。

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 雨と九月と君の嘘』
骨が大好きなお嬢様、櫻子さんが、僕、正太郎の高校の文化祭にやってきた! けれど理科室でなんと人間の骨をみつけて……。ほか、呪われた犬との遭遇などバラエティ豊かに贈る第三弾!
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ポワロのモノマネをしていた中学生時代
若林:では櫻子さんのような名探偵の魅力に目覚めたのは何がきっかけだったのでしょうか?
太田:本格的に探偵ものが面白いと感じたのは、たぶん中学生の頃にNHKで放送していた「名探偵ポワロ」を観たときです。
若林:イギリスのITVが制作したテレビドラマですね。
太田:はい、そうです。デビット・スーシェの演じるポワロがとっても魅力的で大好きでした。そこからアガサ・クリスティの作品を読み始め、さらに「他の作品も読んでみよう」という流れでミステリにはまっていきました。〈櫻子さん〉シリーズはホームズ譚を下敷きにしていますが、実のところドイルよりクリスティの方が好きだったりします(笑)。
若林:たしかに〈櫻子さん〉シリーズを読むと、ドイルだけではなくクリスティへのオマージュも込められている箇所があります。
ドラマの「名探偵ポワロ」がミステリにはまるきっかけとのことですが、具体的に「名探偵ポワロ」のどこが魅力に感じたでのでしょうか? 謎解きの面白さなのか、それともポワロのキャラクターの面白さなのか。
太田:謎解きというより、最初はやっぱりキャラクターの魅力だったんじゃないかな、と思います。特に吹き替え版で観た時は面白い。ポワロの「ヘ~イスティングス!」というあの口調が可笑しくて、よくモノマネをしていました(笑)。そのくらいポワロのキャラクターが魅力的に思えたんですよね、当時は。
若林:たしかにスーシェ版のポワロは外見からしてインパクトがありますもんね。小説の世界からそのまま抜き出してきたように見えます。吹き替えを担当した熊倉一雄さんの声もまた独特で、ドラマが日本でも人気を勝ち得るのに一役買っていたと思います。
太田:「モナミ」とか、ああいうセリフはいつまでも頭の中に残りますよね(笑)。
ただ、クリスティはポワロものも面白いですが、実はポワロより〈ミス・マープル>の方が好きなんです。あとはノンシリーズ長編の『終りなき夜に生れつく』(クリスティー文庫、矢沢聖子訳)なども好きですので、名探偵というより物語全体の流れみたいなものにも魅了されたんでしょうね。もっと言えば、クリスティ作品ではトリックというより人間関係の描き方などの部分に強く惹かれたのかな、と。

『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 蝶は十一月に消えた』
北海道は旭川。僕、正太郎は、骨を偏愛する美女、櫻子さんと、担任の磯崎先生と共に、森へフィールドワークへ出かける。けれどそこに、先生の教え子失踪のニュースが届き……。大人気シリーズ第4弾!
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『櫻子さんの足下には死体が埋まっている冬の記憶と時の地図』
平凡な高校生の正太郎と、鋭い観察眼を持つ骨フェチ美女の櫻子。息の合ったコンビで、死にまつわる謎を解明してきた二人だが、因縁の事件の調査のため、函館に旅をすることになり・・・。シリーズ初の長編!
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アイリーン・アドラー大好き!
若林:ちょっとホームズ物語の話に戻りますが、太田さんが読んだ中で最も好きな〈シャーロック・ホームズ〉シリーズのエピソードは何でしょうか?
太田:実は私、アイリーン・アドラーが大好きでして、作品名を挙げるとしたら、もう「ボヘミアの醜聞」一択という感じです! だから「ボヘミアの醜聞」が収録されている『シャーロック・ホームズの冒険』だけは各社から刊行されているバージョンを集めています。ホームズ・パスティーシュでも、キャロル・ネルソン・ダグラスの『おやすみなさい、ホームズさん』『ごきげんいかが、ワトスン博士』(日暮雅通訳、創元推理文庫)や、ホームズとアイリーンの娘が活躍するアビイ・ペン・ベイカーの『冬のさなかに ホームズ2世最初の事件』(高田恵子訳、創元推理文庫)といったアイリーン・アドラーが大きく扱われている作品が好きですね。
若林:アイリーン・アドラーのどんなところが太田さんの琴線に触れたのでしょうか?
太田:なんでしょうね……。私はもともと男性のキャラクターに惹かれる方ではなく、推しのキャラクターはたいてい女の子なんですよ。
アイリーン・アドラーについては、たびたびホームズが思い出すようなキャラクターですよね。その独特の雰囲気やイメージが、私の中にガツンと来たんでしょうかね。
若林:たしかにアドラーのインパクトは鮮烈ですよね。「ボヘミアの醜聞」は短編1作目ですが、その時点で天才であるホームズを翻弄するようなキャラクターが出てきてしまうわけですから。
太田:そうそう! しかも、そのあとシリーズに再登場するわけでもないのに、世界中のホームズファンから愛されるキャラクターになっているところが凄い。
若林:そして、ベネディクト・カンバーバッチ主演のドラマ「SHERLOCK シャーロック」でも、更に強烈なアレンジを加えたアイリーン・アドラーも登場するという。
太田:そう! 私、「SHERLOCK」に出てくるアイリーン・アドラーがもう好きすぎて、一時期ですがスマホの着信音をアイリーンのボイスにしていたことがあります(笑)。
でもそのくらい、私にとってアイリーン・アドラーというキャラクターはインパクトのある存在です。
若林:もしかしたら櫻子さんにもアイリーンのキャラクターを投影させているところはありますか? 実は櫻子さん、ホームズでありながらアイリーンの性格も有したキャラクターだったりして。
太田:ああ、そうかもしれませんね。でも櫻子の場合は、アイリーン・アドラーのようなセクシーな雰囲気はあまり無いかな、とは思います。
若林:「ボヘミアの醜聞」以外では好きなエピソードはありますか?
太田:「グロリア・スコット号事件」ですかね。コナン・ドイルの作品ではチャレンジャー教授の物語など、割と冒険小説の系統に入るものが好きなんです。「グロリア・スコット号事件」の場合、ホームズの推理譚というより、ドイルの他の冒険小説に近い雰囲気のお話ですよね。子供の頃に読んで印象に残ったエピソードです。
若林:なるほど、「グロリア・スコット号事件」は過去の場面が印象的なお話ですよね。〈櫻子さん〉シリーズでも、骨の発見によって呼び起こされた過去の物語が、鮮烈なインパクトを与えるエピソードが幾つかありますが、そういった部分もシャーロック・ホームズ譚から影響を受けている気がします。
太田:ああ! 言われてみれば、たしかに影響を受けているかもしれませんね。
3月24日発売『櫻子さんの足下には死体が埋まっている 櫻花の葬送』
北海道旭川。櫻子と正太郎は、櫻子の弟を殺した犯人と対峙するため、同じく妹を殺された男と共に神居古潭へと向かった。けれどある女の裏切りで、事態は思わぬ方向へ。廃トンネルの中で重傷を負った男を救い、ようやく家に戻った彼女らを待っていたのは、なんと警察。しかも櫻子が、殺人事件の重要参考人として警察署に連れて行かれることに。
彼女を救うため、正太郎が立ち上がる! 愛すべき櫻子と正太郎の物語、ついに完結!
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