インタビュー 小説 野性時代 第209号 2021年4月号より
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あふれんばかりの愛が生んだのは、全く新しい相撲小説――鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』刊行記念インタビュー
取材・文:小説 野性時代編集部
2020年に、本作で第33回小説すばる新人賞を受賞した鈴村ふみさん。相撲小説ながら、力士ではなく「呼出」という裏方の職業の人物を主人公に据えスポットをあてた本作。そこには、著者の鈴村さんのあふれんばかりの相撲愛がありました。
――まずは本作の、着想のきっかけを教えてください。
鈴村:私自身小学生の頃から大相撲が好きだったというのが出発点です。実は角界には700人もの力士と、裏方と呼ばれる多くの人たちがいるんですが、スポットライトを浴びるのは本当に一握りの人だけ。私の応援している相撲部屋には、この小説を書き始めた当時関取がいなくて、ニュースや雑誌でも全然取り上げられず、それがすごく寂しくて。自分の好きな人たちをどうにかして世に知ってもらいたいと思ったのがきっかけになりました。
――主人公の篤は「呼出」と呼ばれる、主に大相撲の進行などを担当する裏方の人物です。
鈴村:あまり注目を浴びない人たちを描こうと思っていたので、主人公は力士ではない人物を、と考えていました。そのなかでも呼出を選んだのは、他の裏方の人と違って土俵に上がる回数が非常に多いためです。特に番付が一番下の呼出だと、お客さんが全然入っていない朝一番の序ノ口の呼び上げから、結びの一番で懸賞旗をもって土俵上を回るところまで出番があるので、最もガラガラなときと最も盛り上がっているとき、両方の土俵を体験できる唯一無二の存在だな、この人の視点で小説が書けるんじゃないかなと思いました。
――普段相撲を観戦していても目にできないような部分まで書き込まれていましたが、かなり取材などもされたのでしょうか?
鈴村:実は取材はしていないんです。昨今の相撲人気のおかげでテレビや雑誌で大相撲の特集が組まれることがたびたびあったのでそれを見たり、あとは作中にもあるように、今はSNSをやっている相撲部屋がたくさんあるので、そこから雰囲気を想像して書きました。大学生になり、初めて国技館で観戦して以降は、相撲の街・両国に何度も何度も足を運んでいたので、その経験が活きた部分もあるかもしれません。
――小説を書くようになったのはいつからですか?
鈴村:小学生の頃に児童文学にあこがれて、学級新聞に物語を書いていたんですが、中学生、高校生になってからは部活や受験で忙しくて全然書かなくなってしまって。でも大学でたまたま文章表現の講義を受けたときに、夏目漱石の『吾輩は猫である』を好きな口調で書く、という課題があったんです。いわばパロディなんですけど、いざ書き始めてみたら、どういう言葉を選んだらいいのか考えたり、文章を組み立てていったりすることがすごく面白くて。書くことってやっぱり楽しいなと実感し、また小説を書きたいと思い始めました。
――今回の『櫓太鼓がきこえる』は、実は冒頭部分をすでに学生時代に書かれていたんだとか。
鈴村:そうなんです。でも本当に冒頭だけで、あとは三年くらいずっと放置していたんです。去年仕事を辞めて少し時間ができたので書くしかないと思って、三か月くらいで一気に書き上げて応募しました。ちゃんと長編を書き上げたのはこれが初めてでした。
――これまでの読書歴を教えてください。
鈴村:川上弘美さんの、幻想的というより少し現実味の強いお話が好きで、ずっと読んできました。淡々としている中に温かみやおかしみがあったりする部分がすごく好きなんです。川上さんの著作では『古道具 中野商店』『光ってみえるもの、あれは』が特に大好きです。
――それでは最後に、これからの展望をお聞かせください。
鈴村:大相撲のことをもうちょっと書きたい欲がありまして、次は外国出身力士の話を書けたらいいなと思っています。相撲は国技だと言われているせいか、外国人力士に対する風当たりが強いのが残念で。今度はその外国人力士に光をあてるような作品にしたいです。他には、まだ構想段階なんですが、元子役と引きこもりユーチューバーのシスターフッドものなんかも書いてみたいと思っています。