第一回の大藪春彦新人賞を射止めた赤松利市さんの、初長篇『鯖』が作家、編集者、本読み達の間でにわかに話題を集めています。〝平成最後の大型新人〟に相応しい圧倒的な筆力の持ち主は、自身の小説に負けず劣らず、底の知れない面白さに満ちていました。皆さん、この才能に乗り遅れることなきよう!
── : デビューまでの経緯は?
赤松: 数年前に、経営していた会社が倒産しまして……。起死回生を狙って、いろんなところで働いていたのですが、なかなか上手くいかず、山谷で漫喫を転々とするなど、路上生活に近い暮らしをしていました。風俗の呼び込みみたいな、身元がしっかりしてなくても働かせてくれるところで、なんとか日銭を稼いで糊口をしのぐという。 それまでも小説を書いてはいたんですが、そういうアルバイトって、丸一日働いても一万円弱の稼ぎにしかならない。それもほとんどが漫喫代とかに消えるでしょう。そうするとね、長篇は書けないんですよ。だから、短篇の賞を探していたところで、大藪新人賞に出会ったわけです。
── : その受賞第一作が本書です。日本海のある孤島を根城に、五人のくたびれた鯖漁師たちが、極貧の生活を送っている。そこに思ってもみない儲け話が持ち込まれ――というお話です。
赤松: 釣りが得意なんです。大事な受賞第一作ということもあって、得意分野で書かせてもらいました。あとは「貧困」をテーマにしたかったので、そのことを盛り込んだ作品になりました。 本当はゴルフ場のことが一番詳しいんです。でも、担当編集者から「今、ゴルフと小説は相性が悪いですから」と一蹴されまして(笑)。この本を読んで下さった方から「元漁師なんですか?」と訊かれることがよくあるんですが、そんな経歴はありません。担当編集者からも、「参考文献を」と言われたんですが、書かれてあることはすべて自分の知識の範囲内のことです。
── : 細部まで描写の積み上げがされているので、てっきり元漁師なのかと……。描写といえば、とても長篇第一作とは思えない筆力に驚かされました。
赤松: ありがとうございます。文章に関して言えば、二十代後半の時に、ある会社の上場準備委員会でA4にして二千枚くらいの営業マニュアルを書かされたのが大きかったかもしれません。マニュアルなので「て」「に」「を」「は」まで一字一字正確を期して書かなければいけない。あれで自信がついたところがありますね。
── : これまでどんな小説を好んで読んでこられたのでしょうか?
赤松: 一番何度も読み返している本は、ミヒャエル・エンデの『モモ』ですね。ふと読みたくなる時があって、そうなるともう、家に持っているのに書店に飛び込んで買ってしまいます。三十回くらいは買ったんじゃないかな。あと私の場合、小説を書いている時に、なんとかこのレベルに達することはできないか、と思い描く作品があるんです。『鯖』の場合で言えば、頭の中にあったのは、西村寿行さんの『風紋の街』。ちなみに、「藻屑蟹」の時は中村文則さんの『銃』。次に双葉社から刊行する予定の『らんちう』が、湊かなえさんの『告白』です。どれも大きなタイトルなので、なかなか思うようにはいきませんが。今はまた、他の版元から出版予定の別の長篇を執筆中で、目下、車谷長吉さんの著作が頭の中にあるのですが……。車谷さんの小説の場合は、物語がどうのという前に、よく考えてみると、あれは生き方だから。人生そのもので完敗しちゃっているので、ちょっといま壁にぶつかっています(笑)。
── : 赤松さんの人生もかなり波瀾万丈だと思いますが……。ではすでに、本書のあとに一作書き上げ、その次にまで取り掛かっていらっしゃる。
赤松: 正確には新潮社の次に、大藪新人賞をいただいた「藻屑蟹」を第一章に据えた、徳間書店から刊行予定の長篇を先に書き終えています。 ただ早書きということではなくて、単純に執筆時間が長いだけだと思います。一日中ずーっと書いているので。
── : 『鯖』はエンターテインメント性に富みながらも、全体のテイストは暗い、ある意味で文学らしい文学という印象でした。次作『らんちう』はどんな作品でしょうか?
赤松: もっともっと暗い作品です。
── : では、今ご執筆中のものは?
赤松: どん底です(苦笑)。 でも本当は、読後に勇気が出るような、明るい小説が好きなんですよ。ただ、受賞作と本作がこんなテイストなので、担当編集者たちが寄ってたかって「もっと暗い話を書け」と(笑)。 最初に話した、ゴルフ場を舞台にしたピカレスクなら、少し明るく書けると思うんですが……。芝生をコントロールする天才が主人公で、彼が賭けゴルフをするんですが、芝生に細工してスコアを狂わせたり……。
── : もはや芝についての小説ですね。
赤松: タイトルも決めています。『緑の番人』。いや、『芝』の方がいいかな?