NMB48の現役アイドル・安部若菜さんの初小説『アイドル失格』発売を記念して、冒頭を公開します!
本作は、アイドルに恋愛感情を抱く「ガチ恋オタク」と、メジャーデビューを目指す「地下アイドル」の恋と成長を描いた長編小説です。ぜひお楽しみください!
特設サイト https://kadobun.jp/special/abe-wakana/
安部若菜『アイドル失格』特別試し読み
「あの、好きです。」
「ありがとう! 私も大好きだよ!」
彼女は真っ直ぐに僕の目を見てそう答える。晴れて両想い、ここからバラ色の日々が始まるなんてことは、絶対にない。僕と彼女は決して結ばれない運命なのだ。
だって僕、オタクだし。
ケイタ 20:34 2022/03/25
死にたい
チェキ会が終わり、浮足立つ会場から外に出る。空はすっかり暗くなっているが、電柱と飲食店の人工的な光がチカチカと夜を照らしていた。3月も終わりかけとはいえ、都内のビルの合間を吹く風はまだ冷たく、推しに会って火照っていた心も冷ましてくれる。
都内のイベントホールから続々と出てくる人達から少し離れ、街角の電柱の前に立つ。リュックからすっかり冷えたペットボトルの
気分を変えようと、さっきからずっと手に持っていたスマホの画面をスクロールする。僕のツイートはすぐに、幸せなオタクたちの感想に飲み込まれていった。
『今日もあかり可愛かった〜』
『
『もえきゅんしか勝たん』
『サヤ……サヤ……』
画面の
きっとこの反応が正常なんだろう。〝推し〞である大好きなアイドルに会った後に『死にたい』とツイートする僕が異常なのだ。
『やっぱり来るんじゃなかった』
新しくツイートをした時、前方から声がした。
「お、ケイタ。お疲れっすー」
4人組アイドルグループ「テトラ」のオタク仲間、ネギが帰っていくオタクに紛れこちらに近づいてくる。ひょろりと長い体に黄色いトレーナーを着た彼は、人混みの中でもよく目立つ。数メートル先からでも、眼鏡にかかる長い前髪の奥で、ネギの
ちなみに、ネギという名前は、昔の推しメンに「ネギに似てるね!」と言われたのがきっかけらしい。
「やっぱ来てると思った。てか見てこれ、今日のあかり超可愛かったんだけど」
ネギは興奮気味に彼の推しメン、
チェキ会は、CDを事前に2枚予約購入し、抽選に当たったら、ツーショット写真を1枚撮ることが出来る。1回2000円にはなるが、推しと近距離でツーショットを撮れて、会話も出来るので、ついつい参加してしまう。
ネギの話は長くなりそうなので、僕はスマホをいじりながら適当に聞くことにした。
「あかりの元気さはマジで世界救ってるよな、ライブの時も一人ピョンピョンしてて可愛すぎだし今日もマジで可愛かった……!」
こちらの反応などお構いなしに、
「……まあ確かにあかりちゃんはいいよな。実々花と仲良いし、実々花のオフショット載せてくれるから好き」
ネギが頰を赤くしてあまりに幸せそうに話すため、一応返事をしてやる。
「はいはい実々花推しなのは分かった分かった。てか見てこのもえきゅんとのチェキ、ハートはズルくね?」
なぜか馬鹿にするようにあしらわれ、僕のスマホを持つ手に力が入る。ネギはまたも撮ったばかりのチェキを出してきた。今度は
「ネギ、あかりちゃんだけじゃなくてもえきゅんとも撮ったのかよ」
「残念、我らがテトラのリーダー、
ドヤ顔でピースを決めるネギを笑うようにビュウと冷たい風が吹く。ふと見回すと、帰宅するオタク達で
だが目の前には、真っ黄色のトレーナーでニタニタと笑うネギがいる。僕は1歩距離を取った。僕もグッズの白いTシャツにグッズの黒いトレーナーという
「でも最近チェキ会当たり
最近は落選が続くこともザラなので素直に感心する。
テトラは別にマイナーな地下アイドルという訳ではない。大手事務所所属のグループで、有名なプロデューサーやアーティストともコラボもしている、今注目のアイドルグループだ。
「確かに、この間初めて歌番組出てからかなり撮りづらくなったな……。まあでもテトラの良さが広まるのは
うんうんと深く
「え、今日の実々花も撮った!? ツインテールやばくなかった!?」
オタクと思われないように、と思っていたことも忘れ、思わず前のめりになる。この興奮を分かち合いたい、その一心だった。
「いや、実々花だけ撮れてない。センター様は完売早くて買えなかったんだよ」
「は?
高まった気持ちがシュンと
「まぁ実々花が一番人気なのは僕が金積んだお陰かな」
ドヤるな、とネギに小突かれる。冗談っぽく笑ったが、半分は本気だった。
「でも撮れなくなるのはやっぱ寂しいよなー、人気になっていくのは嬉しいんだけどさ」
しみじみと語るネギの言葉に、僕はまた深く頷く。僕の推しメン、
再び風が強く吹き、自分の体がかなり冷えていることに気づいた。
「ごめんネギ、そろそろ帰るわ」
「マジ? 飲みに行かねーの?」
「いや、今日は気分じゃないしやめとく」
クイっと手でジェスチャーするネギの誘いを断り、スマホで帰りの電車の時間を調べる。
「ケイタ、次から大学3年生だよな? そんなの一番飲む時期だろ」
「そんなんだから次から大学5年生になるんだろ」
「うるせー、ガチ恋こじらせオタク」
軽口を
体が無意識にリズムに合わせて歩く。春らしい明るいメロディに、歌い出しの実々花の透明感のある声とサビの軽やかな高音が心地よい。
人混みの車内で、なんとか
『今日はありがとうございました! みんなだいすきだよ〜!』
ツインテールでピースを決める実々花。考えるより先に、気づけば指が保存を完了していた。普段はミディアムのストレートヘアが多い実々花の、
『ツインテール可愛すぎる……画面割れるかと思った……』
抑えきれない感情をひとまずツイートし、拡大しながら画像をひとしきり眺めた後、やっとツイートの内容に意識が向いた。『みんな』か……。
電車の窓に映る自分とその他大勢。
「あの、好きです。」
「ありがとう! 私も大好きだよ!」
実々花の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。嬉しい言葉のはずなのに心を
僕は〝ガチ恋オタク〞だ。実々花のことを一人の人間として愛している。アイドルとしての実々花しか知らないが、実々花の全てに
だけど実々花から見れば僕もただの一ファンでしかない。違うのに。僕の「好き」は、みんなの「好き」とは違うのに。どんなに苦しい思いをしても、実々花に僕の「好き」が伝わることはないと思うと、また心が重くなった。そんな時、
(続きは本書でお楽しみください)
作品紹介
アイドル失格
著者 安部若菜
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年11月18日
僕と彼女は、決して結ばれない運命なのだ――。NMB48の安部若菜が本気で描く、禁断の「アイドル×オタク」恋愛小説!
冴えない日々を送る大学生のケイタは、4人組アイドルグループ「テトラ」のセンター・実々花の熱烈なオタク。叶わないと分かりつつも本気で恋をしていた。一方、高校3年生の実々花は、グループの人気が順調に上がり、熱心に応援してくれるケイタの好意を嬉しく思いながらも、将来に漠然とした不安を抱えていた。
ある日、実々花は母親との衝突をきっかけに自暴自棄になり、SNSの情報を頼りに思わずケイタのバイト先へ向かってしまう――。
書誌ページ: https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000593/
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