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レビュー

コロナの時代だからこそ、前向きな気持ちになりたいあなたへ。珠玉の作品集――あさのあつこ『明日へつながる5つの物語』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

あさのあつこ『明日へつながる5つの物語



あさのあつこ『明日へつながる5つの物語』文庫巻末解説

解説
こんどう ふみ(作家)  

 その企画の話を聞いたのは、たぶん、2007年の終わりだ。
『マラソン三都物語』というタイトルで、アシックスさんがウェブサイトを作って小説を掲載し、その後、文藝春秋さんが本にする。そこに、パリマラソンを舞台にした小説を書きませんか、という話だった。
 当時のわたしは、ようやく『サクリファイス』で重版がかかり、少し話題になったりしたものの、その前まではほとんど初版止まりで、いつまで商業出版の世界で書き続けられるかと、不安でいっぱいだった。自分が注目されているなんて、一度も思ったことがなかった。
 そんなわたしに、企業とのコラボ企画だと?
 しかも参加するのが、あさのあつこさんと、うらしをんさんだと聞いて、こう尋ね返したのをはっきり覚えている。
「わたしでいいんですか?」
 おふたりとも、人気も実力もある作家で、陸上を描いた著作だってある。わたしはといえば、スポーツ小説にはこれまで無縁で、自転車ロードレースの小説を一本書いただけだ。
 本当に、わたしでいいのか? そう思いつつ、それでもその企画に参加できることがうれしく、誇らしかった。おふたりと肩を並べるなんておこがましいけれど、少なくともがっかりされないものを書きたいと思った。
 マラソンのことは全然くわしくなかったけれど、パリマラソンのことなら書けると思った。たまたまパリの街は好きで、何度も訪れている。しかもパリマラソンを、過去に二回現地で観戦していた。理由は単純で、パリマラソンの開催される四月の前半は、エアチケットが底値なのだ。そのときの記憶を頼りに、「金色の風」という小説を書いた。『シティ・マラソンズ』という本になっている。
 今読み返してみると、マラソンより、パリへの偏愛の方が強い小説だけど、それでも自分でも気に入っている。
 この本に収録されている「フィニッシュ・ゲートから」は、その企画で、東京マラソンを舞台に書かれたものだ。
 東京も、わたしにとっては好きな街でありながら、少し遠い。コロナ禍でもっと遠くなってしまったし、あこがれと、そしてどこかよそよそしさを感じるところも、パリと同じだ。
 最初の一ページを読んだとき、「ああ、これはわたしの心の中にある東京だ」と思った。桜が咲いていない時期も、東京という街は、どこか桜の気配をひそめている気がするのだ。
 ソメイヨシノは、日本中で咲くし、毎年桜の季節に東京を訪れるわけでもないのに、わたしは東京に桜の幻を見る。
 そして、才能とせつと苦い悔恨。趣味であろうと仕事であろうと、才能と努力が必要ななにかを続けたことのある人は、この小説に描かれた痛みに覚えがあるのではないだろうか。
 常に記録を更新し、努力を長く続けられる人ならば悩むことも、後悔することもないのだろうけど、そんな人なんてごくわずかだ。
 今、早く走れていることこそが才能なのか、それとも続けられることこそが才能なのか。たぶん、それは本人にも、身近な人たちにもわからず、短い期間で答えが出るような問題でもないのだろう。
 湊も悠斗も元はアスリートで、アスリートの人生は普通の人よりも早く答えが出る。それでも、引退して、表舞台から遠のいても、彼らの人生は続いていき、彼らの才能もどこかで昔、思っていたのと違う花を咲かせる。
 はじめて読んでから、十年以上経って読み返してみると、また昔とは違うほろ苦さを感じた。
 それと同時に、あのとき、この企画に関われて、あさのさん、三浦さんとご一緒できたことが、自分にとって小説家という仕事に前向きになれる、大きなきっかけだったのだと、あらためて思った。


 今回『明日へつながる5つの物語』を通して読んでみて、気づいた。
 あさのさんの小説は、どれも自分のことが描かれているような気がする。時代小説だとか、SFだとか、自分とは無関係な中年男性の話でも、「ああ、この感情には覚えがある」と感じる。
 それはあさのさんが、野の花をそっと摘むように、誰の心にもある柔らかな部分をすくいあげて描いているからなのだろう。
「この手に抱きしめて」のような、驚くようなことが起こらず、どちらかというと平凡な人の話でも、ページをめくる手は止まらないし、引き込まれてしまう。
 たぶん、あさのさんが、長年児童文学を書き続けていることと、無関係ではないはずだ。
 驚かせるわけでも、うんちくげんがくを高く積み上げるのでもなく、そっと目線を合わせるように描写をする。物語の中では特別な出来事でも、それをどこか普遍につながるように描く。
 物語と読者の間に橋を架けるように。
 思い入れのある「フィニッシュ・ゲートから」を別にすると、この短編集の中で、わたしは「烏城の空」が好きだ。大阪の慣れ親しんだ空気と、岡山のあの青く晴れた空が入り交じり、歴史の中の出来事なのに、とても身近に感じる。
 ああ、でも「カレシの卒業」の愛莉ちゃんもけなで、正直で、それでいて意地っ張りで可愛いし、「桃の花は」には、切なさと同時にときめきも感じるし……。
 先の見えない時代だからこそ、こんなふうにそっと寄り添ってくれる物語が、誰かのともしになるのではないだろうか。

作品紹介



明日へつながる5つの物語
著者 あさの あつこ
定価: 682円(本体620円+税)
発売日:2021年10月21日

コロナの時代だからこそ、前向きな気持ちになりたいあなたへ。珠玉の作品集
がんになった父親と結婚を控えた娘の、ある夜の心の交流を描く一遍目(「この手で抱きしめて」)。岡山藩の若き城主池田綱政と寵臣津田、御用石工の藤吉とが結んだ歴史の中の友愛物語(「烏上の空」)。熱烈交際中の高校生愛莉は、ある日突然信じられない告白をカレシから受ける(「カレシの卒業」)。東京マラソンを舞台に、男同士の友情と過去の恋心を描く(「フィニッシュ・ゲートから」)。幼い頃、母親から桃畑に置きざりにされた記憶を持つ女性が、優しさと真実を取り戻す物語(「桃の花は」)。人として、家族として、優しく前向きな気持ちになる。明日に向かう5つの人生を描いた、コロナの時代の珠玉の作品集!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000312/
amazonページはこちら


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