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レビュー

ヤバすぎの女子高生ダークヒロインが今度は“拉致監禁”!?支配社会の闇に殴り込む痛快傑作『高校事変Ⅲ』

文庫巻末に収録されている「解説」を公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:タカザワケンジ / 書評家)


 まさに「絶体絶命」だ。
 高校二年生のゆうが活躍する『高校事変 Ⅲ』を読みながら、何度もそう思った。
 ナンバリングされている通り、「高校事変」シリーズの第三作である。第一作はタワーマンションが林立する人気の新興住宅地、武蔵むさしすぎで起きた武装集団による高校占拠事件に巻き込まれた結衣が単身戦う物語。続く第二作では東京の東側、かつしかに舞台を移し、女子高生専門のデリヘルと暴力団が結衣のターゲットだった。では今作ではどのような戦いが描かれたのか。キーワードとなるのは、冒頭に掲げた「絶体絶命」である。
 物語は静かに幕を開ける。精神科医であり、脳神経外科医でもあるかくりようは、三十年近く前に、虐待されていた児童を救うことができなかったことをいまでも悔やんでいた。厚生労働省と文部科学省が共同設立した、問題児の更生を支援するつかごし学園の学園長を引き受けたのも、家庭環境のせいで苦しんでいる子供たちを救いたかったからだ。角間は引きこもりの少年や素行不良の少女のもとに直接出向き、塚越学園への転校を勧めた。その中の一人に優莉結衣がいたのである。
 結衣自身にはこれまで補導歴などなかったが、周囲で血なまぐさい事件が起きていたのは「高校事変」シリーズで描かれていた通り。しかもそれ以前につのみやの高校で暴力を起こしたという噂があった。その証拠ともいうべき映像が健康育児連絡会というNPO法人に匿名で届けられ、警察の捜査を受けるよりは、と塚越学園への転校を勧められたのである。
 優莉結衣とは一体何者なのか。見た目はきやしやな身体つきの黒髪の美少女だ。しかし、彼女の父親は、七つの半グレ集団を率い、非道の限りを尽くした極悪人だった。「平成最悪のモンスター」と呼ばれたその男、優莉きようは、最終的に銀座でサリンを散布するという大規模なテロ事件を実行し逮捕され、すでに死刑が執行されていた。匡太には母親が誰かわからない子供が複数存在し、集団生活を送っていた。次女に当たるのが結衣であり、当局から保護されたのは九歳のときだ。それからずっと、幼い頃に受けた精神的な虐待の影響があったのでは、あるいはその反対に、悪の帝王学を伝授されているのでは、という偏見がついて回った。
 人権派の市民団体が結衣への偏見を批判し、彼女の権利を守ろうとする一方、治安維持を第一に考える公安警察は監視の手を緩めない。そのかんげきを縫って提案されたのが、実質的には矯正施設だといわれる塚越学園への転校だったともいえる。角間は精神科医としての知見から、結衣が幼少時代に虐待されていた可能性を述べる。
 これまで自分が置かれた状況に、まるで他人ひとごとのように関心が薄かった結衣だが、塚越学園への転校には同意しなかった。同じ施設に住んでいる中学一年生のしまとの約束があったからだ。理恵の姉、高校三年のの卒業まで、同じ高校の結衣が一緒に通学すると。奈々未と理恵の姉妹は、第二作で結衣が戦った事件の被害者であり、結衣の存在が奈々未と理恵を支えていた。結衣は理恵に、転校はしない、見学に行くだけだ、と話す。三歳年下の異母姉妹、りんが塚越学園にいるかもしれないからである。
 塚越学園に見学に向かうため、角間たちとクルマに乗った結衣は、正体不明の武装集団から襲撃を受ける。そして、目が覚めたとき、結衣はまったく未知の場所にいた。
「高校事変」は三作目にして一つの節目を迎えた。それはヒロインである結衣の変化だ。第一作で彼女は誰とも関わらず、まさに孤高の存在だった。高校が占拠されるという異常事態の中で、結果としてほかの生徒たちの命も救ってはいるものの、一貫して他人と距離を置いていた。しかし、第二作で奈々未と理恵を助けたことから、この姉妹との間に心の交流が生まれる。自分よりか弱い存在を守ってあげたいという気持ちが生まれたようだ。同じ施設に暮らす子供たちにもこの変化は伝わり、結衣が塚越学園を見学するため施設を出るときには、大勢の子供たちが彼女を見送った。必ず帰ってきて、という気持ちを込めて。
 しかしその願いはかなわなかった。意識を失っていた結衣が目を覚ました場所、そこは「チュオニアン」という場所だった。聞き慣れないその言葉は、ベトナム語とタイ語の「学校」から造語したもの。日射しは強く、見慣れない植物が生い茂るその風景は東南アジアそのものだ。丘の斜面には広大なケシ畑がある。アヘン、ヘロインのもとになる、あのケシである。ここは東南アジアの離島につくられた寄宿制の、いや、誘拐されてきた子供たちが監禁されている学校なのだ。
 生徒たちは監視カメラと盗聴器に囲まれ、教師たちから授業を受けていた。校則違反があればスピーカーから流れる音声で警告されるか、迷彩服の上に防弾ベストを重ね着し、AKM自動小銃とナイフで武装した男たちが飛んでくる。生徒たちを守るためではない。生徒たちに規律を守らせるためである。チュオニアンでは、素行と勉強で減点が続くと処罰が待っている。それも最終的には銃殺刑に処せられるという恐るべき「罰」が。
「小説とはいえ、いくらなんでもこうとうけいだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、私たちはチュオニアンのような場所を知っている。本文中でも言及されているIS(過激派組織「イスラム国」)がどのように若者たちを洗脳し、「国民」にしたか。アフリカでもボコ・ハラムが子供たちを誘拐し、集団生活を強いてテロリストに育てている。徹底した管理という点からいえば、隣国の強制収容所も忘れるわけにはいかないだろう。
 まつおかけいすけはこの作品の前に『出身成分』という長篇ミステリを発表している。驚くべきことに北朝鮮を舞台にした警察小説だ。北朝鮮の警察組織、人民保安省の保安署員、クム・アンサノが十一年前の凶悪事件を捜査するという物語なのだが、その息苦しさ、緊迫感は日本の警察小説では出せないものだ。何しろ一般市民、保安署員を問わず、登場する人々がそれぞれ誰かから監視されている(お互いに監視し合ってもいる)。フィクションではあるが、脱北者からのさまざまな証言をもとに書かれたといい、このような社会に暮らす人々がいるということにりつぜんとする。それが私たちの見えざる「現実」なのである。
 だとすれば、『高校事変 Ⅲ』のチュオニアンも荒唐無稽だと笑って済ませられない。とくにチュオニアンの監視システムの精妙さにはゾッとする。
 フランスの思想家、ミシェル・フーコーは『監獄の誕生 ─ 監視と処罰』(田村俶訳、新潮社、一九七七年)の第三部「規律・訓練」の中で、ヨーロッパでは一七世紀から一八世紀の間に、規律と訓練が支配の一般形式になり、学校や軍隊、病院や工場などでの合理的組織化に貢献したと指摘している。規律と訓練は人をコントロールするのに適した方法なのだ。
 チュオニアンも生徒たちに規律を与え、勉強を中心とした訓練を課すことで、身も心も支配する。生徒たちは「チュオニアン万歳! 課題を通じ労働を学び、世に貢献できる大人になります」と声を上げ、校則を守り、勉強に精を出す。笑えないのは、犯罪防止に効果があるという理由で、監視カメラが町中に設置されることに私たちの社会が寛容になってきていることだろう。支配されることは安心と安全を保障されることと紙一重だ。チュオニアンのような学校が絶対に現れないと誰が言い切れるだろうか。
 結衣は拘束され、自由を奪われたことに本能的に反抗する。だがそれだけではない。チュオニアンを運営する大人たちの「支配」というシステムそのものに対して牙を剝くのだ。しかし、どうやって? 第一作で結衣は武装集団と戦ったが、それは学校という勝手知ったる「ホーム」でのこと。しかも、女子高生一人に何ができようかという侮りが相手にあった。第二作では敵陣に乗り込み「アウェイ」で戦ったが、それも結衣の身体能力の高さと、武器や戦闘についての知識の豊富さ、戦術の的確さを知らない相手の油断があった。
 しかし、今回は日本の法律などおかまいなしの無法地帯。生徒を管理するのは武装した元兵士たち。結衣が過去に起こした事件についても知られている。監視カメラと盗聴の網に掛けられた状況で、丸腰の結衣に何ができるのだろう。「絶体絶命」とはこのことである。
 だが、チュオニアンで結衣はこれまで持たなかった「武器」を手にする。彼女に協力する生徒たちである。その中には第一作に登場した女子生徒や、同じく第一作に登場した人物の息子もいる。いつの間にか、彼女の周りに人が集まり、協力し合う関係ができてくるのだ。
 そこで思い出すのは、作中で登場人物たちが触れている『十五少年漂流記』だ。過去二作では犯罪映画について言及され、それが結衣のキャラクターと結びつくほか、小説そのものに二重写しになることで説得力を増していた。今回は一九世紀に書かれたジュール・ヴェルヌの古典的小説である。『十五少年漂流記』とは、舞台が離島であること、子供たちがそこから出られないこと、そして、銃を持った大人たちと戦うという共通点がある。また、結衣が作中で指摘するように、『十五少年漂流記』の少年たちの手にもまた銃があった。『十五少年漂流記』は少年少女向けに書かれた物語だが、一九世紀の大作家、ジュール・ヴェルヌは生き延びるためには武器が必要だと知っていたのだろう。そして、武器とともに団結こそが生き残るために必要なことを『十五少年漂流記』は教えてくれる。
「高校事変」シリーズはいずれも平和ボケの日本をぶっ飛ばすようなエッジの効いた設定と、キレのいいアクションが楽しめるエンターテインメント小説である。しかしそれだけではない。戦うヒロインの精神的な成長もこのシリーズの大きな魅力であり、作者にこの先を書き続けてほしいと願う理由なのだ。

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