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レビュー

最注目作家・伊与原新を読むならこれだ! おすすめ3選(杉江松恋・選)

科学と人生のロマンが交差する静かな感動の物語。
伊与原新『オオルリ流星群』

話題作を立て続けに発表し注目の作家・伊与原新さんの最新刊、『オオルリ流星群』。新たな代表作の発売を記念して、書評家の杉江松恋さんに伊与原新おすすめ3作品の魅力を熱く解説していただきました。

▼見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
伊与原新『オオルリ流星群』特設サイトはこちら!

https://kadobun.jp/special/iyohara-shin/

伊与原新の本、おすすめ3作品

1.『オオルリ流星群』(KADOKAWA)



 星よ、この頼りなく震える心を受け止めてくれ。
 たまらない気持ちで夜空を見上げたことがあるすべての人に、伊与原新『オオルリ流星群』(角川書店)をお薦めしたい。この小説で作者が与えてくれるのは、天体望遠鏡にも似て、どこまでも遠くを見通すことができる一つの視点だ。遥か彼方に目を凝らしているうちに、いつの間にかいつか見た懐かしい光景や、自分でも忘れてしまった思い出が浮かび上がってくるだろう。
 中心にいるのは六人の男女だ。種村久志、勢田修、伊東千佳、梅野和也、槙恵介、山際彗子、かつて県立秦野西高校の三年D組に在籍していた六人。高校生活最後の夏休みを丸々費やして、彼らは九月に開催される文化祭のために巨大な作品を制作した。一万個の空き缶をつなぎ合わせて作ったタペストリーだ。丹沢山地の清流に棲むオオルリを見事に表現した。
 描かれるのは四十五歳になり、人生の途中で閉塞状態に喘いでいる彼らの姿だ。四十五歳定年制を唱え、職を辞して司法試験に挑戦し始めた修は自分たちが中年の危機に突入したことを察知したのだろう。家業の薬局を継いだものの大手チェーンが進出してきたために、行く末にぼんやりとした不安を感じている久志、高校時代に抱いた夢がありながら、何者にもなれなかったという失意を抱える千佳、会社での出来事がきっかけで引きこもりになった和也。そして、恵介はもういない。十九歳の夏に事故死してしまったからだ。
 六人の中では突出した知性の持ち主であり、国立大学に進んで地元を離れていたはずの彗子が町にいるらしい、という情報が伝わることから物語は動き出す。噂は本当で、彗子は国立天文台の職を辞して地元に戻っていた。かつての仲間に彼女は、丹沢の山に自前の天文台を作るという帰郷の目的を話す。元の級友たちは彗子に力を貸すために動き始めるのだ。
 突飛な行動が停滞した世界を動かし、それに関わった人々の心が賦活されていくという物語である。彗子の計画には天文観測を巡る大きな夢がある。それがどういうものかわかったとき、すうっと目の前が広がっていくような感覚があった。人はそこまで大きな世界を思い描くことができるのか。知性に裏打ちされた想像力と言うべきか。人間は、思考によって無限に広がる宇宙や、悠久の時の流れとつながることができるのである。
 誰もが個体としては孤立しており、心は本質的に孤独なものだ。だが人間は個として存在するのではなく、世界とのつながりの中で誰もが生きている。この二つの原理を同時に描くのが伊与原新の小説だ。地球惑星科学専攻という出自から理系作家という呼ばれ方をすることもある伊与原だが、彼は世界の成り立ちを突き詰めることにより、人を孤独のままにしない道を見つけようとしている作家なのだと思う。伊与原はことわりによってなさけを描くのだ。
 今立っている場所は時に見通しが悪くなり、ひどく息苦しいもののように感じることがある。行き詰った関係は永遠に変わらず、失われた希望は二度と取り戻せないのだと。ちょうど『オオルリ流星群』の久志たちのように。だが少し高いところから眺めてみれば、世界はもっと広いものだということがわかる。自分たちを取り囲む壁の高さなど知れたもので、越えることは決して不可能ではない。伊与原はその視点の転換を、地球物理学や生物学など、世界の理を解き明かそうとして先人たちが築いてきた学問の中に求めるのである。太陽系の果てを観測しようとする山際彗子の望遠鏡は、仲間たちに新しい視点を与えるだろう。
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000343/

2.『月まで三キロ』(新潮社)



 伊与原のデビュー作は純然たるミステリーだったが、二〇一一年に発表した第二作『プチ・プロスフェール』(角川書店)で、すでに理と情のテーマを描いていた。文庫化時に『リケジョ!』(角川文庫)と改題された同作が発表時あまり話題にならなかったのは思い返しても残念だが、二〇一八年の『月まで三キロ』(新潮社)で見事に一矢報いてくれた。同作はさまざまな瞬間に訪れる救済を描いた書き下ろし短篇集である。挫折の果てに死を覚悟した男性、人生の伴侶に巡り会うことができずに憔悴する女性、学校に行けなくなった小学生といった人々が、自分の知らなかった理の突き詰め方、世界との遊び方を知り、重荷から解放されるのである。少々毛色の変わった物語の「天王寺ハイエイタス」は音楽で生きることを諦めた哲おっちゃんというキャラクターが強烈な印象を残す物語で、ブルースギターと地球環境学が大阪南港で出会うという奇抜な発想が素晴らしい。伊与原は同作で第三十八回新田次郎文学賞を獲得した。

3.『八月の銀の雪』(新潮社)



 二〇二〇年の『八月の銀の雪』(新潮社)も書き下ろし短篇集で直木三十五賞、山本周五郎賞、本屋大賞の候補になったことは記憶に新しい。表題作はコンビニエンスストアで働くベトナム人女性と進路に悩む青年の出会いを描いた作品で、仕事のできない外国人と見下していたグエンが、実は地震の研究をする博士課程一年制だということを知った〈僕〉が、自身の目を見えなくしていたものの正体に気づくくだりが素晴らしい。『月まで三キロ』が個の物語だとすれば、『八月の銀の雪』は社会全体に視野を広げた作品集で、「十万年の西風」では人類が辿って来たある哀しい歴史が語られる。人間の知性は時に愚かな失敗をもたらすこともあるのだ。

 二つの短篇集の後に満を持して伊与原が放ったのが長篇『オオルリ流星群』なのである。本作を読んで気づくのは人物配置の自然さである。十代で残酷な死を迎えた恵介を含め、かつての仲間たちは違った方を向いてそれぞれに生きている。輝かしい夏休みの思い出も、実はそれぞれに見ていたものが異なっていたことがわかるのである。各々違った思惑を持っていた者たちがなんとなく始めた計画が、確固とした形に結実する。ラストシーンは実にいいものだ。人は誰もが違う心を持っているが、同じ方向を向いて空を眺めることはできる。その美しさを伊与原は描く。空を見上げる人々の横顔が目に浮かぶ。静かな夜空と共に。

作品紹介・あらすじ



オオルリ流星群
著者 伊与原 新
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年02月18日

見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
「あのときのメンツ、今みんなこっちにいるみたいだぜ」「まさか、スイ子か? なんでまた?」スイ子こと、山際彗子が秦野市に帰ってきた。手作りで太陽系の果てを観測する天文台を建てるというのだ。28年ぶりの再会を果たした高校時代の同級生・種村久志は、かつての仲間たちと共に、彗子の計画に力を貸すことに。高校最後の夏、協力して巨大なタペストリーを制作した日々に思いを馳せるが、天文台作りをきっかけに、あの夏に起きたことの真実が明らかになっていく。それは決して、美しいだけの時間ではなかった。そして久志たちは、屈託多き「いま」を自らの手で変えることができるのか。行き詰まった人生の中で隠された幸せに気付かせてくれる、静かな感動の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000343/
amazonページはこちら

『オオルリ流星群』著者・伊与原新さんインタビュー



年齢を重ねると「こういうやり方もある」と考えることができるんです。――作家・伊与原新が新作小説『オオルリ流星群』で描く「隠れた幸せの見つけ方」
https://kadobun.jp/feature/interview/f4zbsgetgjk0.html

伊与原新がおすすめする「星と宇宙のロマンを感じる5冊」



https://kadobun.jp/feature/readings/85n6th6hg204.html

見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
伊与原新『オオルリ流星群』特設サイトはこちら!



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