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特集

年齢を重ねると「こういうやり方もある」と考えることができるんです。――作家・伊与原新が新作小説『オオルリ流星群』で描く「隠れた幸せの見つけ方」

取材・文:瀧井朝世 撮影:後藤利江

『月まで三キロ』『八月の銀の雪』著者の最新長編!
『オオルリ流星群』著者・伊与原新さんインタビュー

2022年2月18日、伊与原新さんの最新長編『オオルリ流星群』が刊行されます。輝かしい青春時代の思い出を心に抱きながら「普通」の大人になった5人の同級生。そんな主人公たちが太陽系の果てを観測する天文台作りに挑みます。『オオルリ流星群』刊行を記念して著者・伊与原新さんにインタビューしました。



▼見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
伊与原新『オオルリ流星群』特設サイトはこちら!

https://kadobun.jp/special/iyohara-shin/

星と宇宙のロマンに触れたとき、ままならない人生に輝きが蘇る。
『オオルリ流星群』著者・伊与原新さんインタビュー



――新作『オオルリ流星群』は神奈川県の秦野市が舞台。種村久志をはじめ高校時代の同級生たちが、28年ぶりに地元に帰ってきたスイ子こと山際彗子の、手作りで天文台を建てるという計画に協力する物語です。最初にどのようなイメージがあったのですか。

伊与原新(以下、伊与原):以前刊行した短篇集『月まで三キロ』や『八月の銀の雪』の流れを汲んで、「科学と縁がなかった人と科学との出会い」みたいなことを題材にした長篇を書きませんか、と声をかけていただいたのがはじまりでした。
ちょうどその頃、小説にしたいなと思ったニュースがあって。2019年に京都大学と国立天文台などの研究グループが比較的安価な小型望遠鏡を用いた観測で、エッジワース・カイパーベルトの極めて小さな天体を発見したという報告があったんです。


――エッジワース・カイパーベルトは作中でも言及されますが、太陽系の外縁部の天体が密集したベルト状の領域ですね。

伊与原:天文学って今はビッグサイエンスになっていて、いろんな国が共同で何億、何十億かけて巨大な望遠鏡を作ったりしている。なのに彼らは小さな望遠鏡を使って、アイデアと工夫で大きなことを成し遂げた。そのニュースを知った時、とても物語っぽいなと思いました。それともうひとつ、高校時代の同級生同士というのも、書きたかったモチーフでした。


――久志や同級生の千佳や修たちには、高校3年生の夏休み、文化祭で展示するために空き缶を集めて大きなタペストリーを作った思い出があるんですよね。

伊与原:実は自分も、高校時代に実際に空き缶でタペストリーを作ったんです。今日は写真を持ってきたのですが……。


――わあ、すごい! 大きなタペストリーが校舎の壁につり下げられている。作中ではオオルリの絵が描かれていましたが、伊与原さんたちは宝船の絵を描いたんですね。


一万個の空き缶で作られたタペストリー(『オオルリ流星群』著者・伊与原新さんインタビュー)

一万個の空き缶で作られたタペストリー


伊与原:空き缶を一万個集めて、校舎の4階から2階くらいまでの大きさのものを作りました。高校3年生の夏にこれを作ったことが自分の中で強烈な思い出になっているんです。受験勉強があるので熱心にやる人も少なく、数名で作りました。僕は言い出しっぺではないんですが、受験勉強をする気もなかったし、残りの高校生活を勉強に費やすのはもったいない気がして参加したんです。本当に大変だったんですが、やってよかったですね。そういう思い出があったので、高校時代に一緒にタペストリーを作った仲間が大人になって天文台を作る話という大枠ができました。
舞台はなんとなく、関東近郊の場所にしようと思って。丹沢のあたりは関東のなかでは星の名所と言われていて、条件が整えば天の川も観られるということで選びました。


――彼らは現在45歳。物語の舞台が2018年なので、年齢設定はご自身と重なりますね。

伊与原:この物語を考えはじめた頃に自分がその年齢で、人生の折り返し地点だなと感じていたんです。これくらいの歳になると、人それぞれ「こんなはずじゃなかった」と思うことがちょっとずつあるんですよね。結婚していたりいなかったり、離婚していたり、子どもがいたりいなかったり、子どもが小さかったり思春期になっていたり……。仕事に行き詰まっている人も、転職した人もいますし。「こんなはずじゃなかった」にいろんなバリエーションが出てきている。
以前は、40代で転職を考えるなんて遅いと言われていましたが、今は40代の人がばんばん転職していますよね。それと、自分の場合、子どもが小さくてまだ保育園に通っているんですが、他のお父さんたちも年齢が高いんですよ。結婚して子どもを持つ年齢も上がっていて、40代はまだまだ不惑になれない。むしろ惑いざかりじゃないかな、と(笑)。



――親が経営していた薬局を継いだ薬剤師の久志や、教師になった千佳は、どこか満たされない思いをしながら生活していますね。

伊与原:久志はいちばん感情移入しながら書きました。経営は苦しくなっているとはいえ実家のお店を継いで、家庭もあっていいじゃないか、と言う人もいるかもしれない。でももし自分が彼だったら、いろんな思いを抱く気がします。今はネットもあって、自分のポジションと世間のいろんな人の生き方を見比べて落ち込んだりすることもあるだろうし。


――一方、修は離婚し、会社を辞めて法科大学院に通って弁護士を目指している。前向きな彼が唱える、自分たちの世代に対して、現状に満足していないなら新しい道を進むべきだという、「45歳定年制」というのが興味深かったです。

伊与原:実際に45歳で司法試験に挑戦して弁護士になった知り合いが「45歳定年制」を言っていて、ひとつの意見としてアリだなと思っていたんです。でも、この原稿を書いた後で、企業の社長が「45歳定年制」を導入する必要性を唱えて炎上していたんですよね。「そんな途中でキャリアを変更してうまくいくはずがない」という意見が圧倒的に多いんだと分かりました。ただ、昔に比べて転職することが普通になっているのは確かですし、40歳を過ぎてからでも転職したいとか、改めて勉強したいという人はたくさんいますよね。


――会社から否応なしに解雇されるのと自分から積極的に転職することはまた違いますよね。さて、彼らには和也という仲間もいましたが、彼は今は実家に引き籠っていて、久志たちとも会おうとしません。ただ、コミュニティFMというその地域だけで聞けるラジオを開局して、古いポップスを流し続けている。

伊与原:僕の高校時代の友人に、70年代、80年代のポップスのよさを教えてくれた奴がいて、彼と話すと今も当時の音楽のことで盛り上がります。あの頃はよかったな、と(笑)。戻りたいというか、あの時代にひたっていたいという気持ちは僕にもわかる。そこからイメージを膨らませて、昔の時代に引き籠っている人として設定した人物です。僕たちの世代は高校生の頃にコンポといったオーディオがブームで、僕にとっては時代を象徴するアイテムなんです。


――そしてスイ子は、タペストリー作りには参加しなかったけれど、有益なアドバイスをくれた存在だったという。優秀だった彼女は理系の大学に進んで国立天文台の研究員になりましたが、職を失って地元に帰ってくる。そして、自分で天文台を作って、エッジワース・カイパーベルトの小天体をとらえたいと言い出すわけです。

伊与原:天文学者ではないんですが、スイ子にはモデルがいます。高校時代にタペストリーを作った時、パソコンが得意な奴がふらっと来て、「お前たち何やっとるんや。要領が悪すぎる」と言って、ばーっとプログラムを組んで何段目にどの順番で何色の空き缶を並べるか、一目で分かるファイルを作ってくれたんです。あのファイルがなかったら完成しなかったと思うので、とても感謝しています。彼はタペストリー作りには参加せず、ぱっと自分のできることだけやって去っていったところも格好よかった。彼をモデルとして、スイ子の高校時代のエピソードを作りました。
彼女のように、どんなに優秀でも巡り合わせが悪くてキャリアパスに乗れない人は沢山いるんですよね。その時に、ある程度年齢を重ねていると、「こういうやり方もある」と考えることができる。スイ子にはそれを体現してもらいました。「こうじゃなきゃいけない」という思い込みは若い頃のほうが強い気がします。


――スイ子の帰郷によって、彼らの心の中でずっとひっかかっていた、恵介という仲間のことも浮かび上がります。その記憶と向き合うと同時に天文台建設の計画が進行していきますが、土地探しから始まり、土地の持ち主との交渉や建設作業など過程がとても面白かったです。天文台って、自力で作ろうと思えば作れるのかと驚きました。

伊与原:藤井旭さんの『白河天体観測所』が参考になりました。建設過程に関してはいろいろ調べたので細かく書きたかったのですが、あまり書き込むとDIY小説になるので省きました(笑)。僕の中では図面もきちんと考えたものがあります。


オオルリ天文台図面(伊与原さん作)


――スイ子以外の人たちは、それまでまったく宇宙には興味なかったけれど、彼らも少しずつ変わっていきますね。

伊与原:天文台作りに協力するとなった以上、無理やり視点を宇宙まで引っ張り上げられる瞬間がやってくるんですよね。久志はいつも自分が半径10mくらいの世界にいると感じていますが、そこからいきなり何億キロまで視点が引っ張り上げられる経験をするんです。


――読者も小説を通してその体験をする。人生にそういう経験があると、自分の生きている場所がちょっと広がる感覚が持てるだろうなあ、と。

伊与原:そうですね。それと、自分の身体を動かして天文台の建設を手伝うことが大事だなと思っていました。僕も作家になる前は地球惑星科学の研究をしていましたが、机の上で何億年も前の地質について学ぶことと、実際にフィールドワークでアフリカやオーストラリアまで行って採掘して、何十億年も前にあったものの痕跡を触って「本当にあったんだ」と実感することとは、全然違ったんです。都市生活をしていたら味わえないことってあるように思いますね。久志たちはそういう経験をしたんだなと思います。


――最後の場面は非常に美しかったです。

伊与原:あのラストシーンを書きたかったがために書いた小説だといえます。


――この先、また人と科学との出会いを描くとしたら、どんな題材を選びますか。

伊与原:ええと……。どういう小説になるのか全然想像できませんが、興味があるといえば、生命の起源というモチーフです。ただ、そこに一般の人たちが巻き込まれる設定を作るのは難しいですね(笑)。それではなくても、科学にあまり縁のなかった人たちが科学と触れ合っていく小説は、これからも何かしら書いていこうと思っています。



プロフィール

伊与原 新(いよはら・しん)
1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年、『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。19年、『月まで三キロ』で第38回新田次郎文学賞を受賞。20年刊の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、2021年本屋大賞で6位に入賞する。

作品紹介・あらすじ



オオルリ流星群
著者 伊与原 新
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年02月18日

見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
「あのときのメンツ、今みんなこっちにいるみたいだぜ」「まさか、スイ子か? なんでまた?」スイ子こと、山際彗子が秦野市に帰ってきた。手作りで太陽系の果てを観測する天文台を建てるというのだ。28年ぶりの再会を果たした高校時代の同級生・種村久志は、かつての仲間たちと共に、彗子の計画に力を貸すことに。高校最後の夏、協力して巨大なタペストリーを制作した日々に思いを馳せるが、天文台作りをきっかけに、あの夏に起きたことの真実が明らかになっていく。それは決して、美しいだけの時間ではなかった。そして久志たちは、屈託多き「いま」を自らの手で変えることができるのか。行き詰まった人生の中で隠された幸せに気付かせてくれる、静かな感動の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000343/
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見えない星が、人生の幸せを教えてくれる。
伊与原新『オオルリ流星群』特設サイトはこちら!



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