「そうそう、うちもそうだよ! 分かるよ、兜!」
「あっ、だめだ兜! カモフラージュされてるけどそこは地雷だ! あーーーっ!!」
とりあえず妻に聞こえないように、思わずつぶやいてしまう。
こんなにも主人公に共感してしまう作品は初めてかもしれない。
愛する妻、一人息子の克己と暮らす文房具メーカーの営業員、兜のもう一つの顔は凄腕の殺し屋。
だが、最強の殺し屋の表の顔は、恐妻家だった。
大変失礼な話だが、私は伊坂氏の「殺し屋シリーズ」を読んだことがない。
この『AX アックス』がはじめてだ。
だから額面通り一流の殺し屋が活躍するハードなストーリーを勝手にイメージしていた。
しかし、読み始めてみると……、どうも様子がおかしい。
いや、確かに主人公の兜は殺し屋には違いないのだが……。
兜の行動原理の全ては「妻の機嫌を損ねないこと」である。これがまた徹底している。
仕事で夜遅く帰ったときは、妻を起こさないよう細心の注意を払う。
結果、魚肉ソーセージという究極の夜食に到達する。(理由はぜひ本編で確認してほしい。)
妻の愚痴には魔法の言葉「それは大変だね」一択で対処する。
「晩御飯なにがいい?」という問いかけには頭をフル回転させ、妻の負担にならないメニューを考える。残念ながら妻のお気に召さない回答をしてしまった場合は、つい今、口にしたばかりの自分の意見を覆すことに一瞬の躊躇もしない。
まさにプロの恐妻家だ。
兜に同情を寄せながらも一定のスタンスを保ち、深入りしようとしない息子の克己もなかなかリアルで味のある役どころだ。

書籍

『AX アックス』

伊坂 幸太郎

定価 1620円(本体1500円+税)

発売日:2017年07月28日

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