著者あとがき 比奈子シリーズうら話


「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズは、第二十一回日本ホラー小説大賞の読者賞受賞で始まったデビュー作である。
 公募作品だった『ON』が受賞したとき、私は、(やった! 次は何を書こう)と考えていた。
 ところが初めての顔合わせで編集部が出した条件は、シリーズ化だった。
『ON』を書いたきっかけは純然たる怒りだ。無差別殺人や快楽殺人のニュースを見るたび、私は犯人に激しい怒りを覚えた。作中では猟奇犯罪捜査班を率いる厚田刑事が『罪を憎んで人を憎まず』というスタンスに言及するシーンがあるが、私自身は人間ができていないので、事件の理不尽さに歯がみする想いでいた。
 どうしてこんな事件を起こすのか。自分に何ができるのか。そして、せめて小説でなら、被害者の怨みを晴らせるのではないかと考えた。三人殺せば三回死ぬとしたならば、どれほど冷酷な犯人も罪を犯せないのではないか。
 中島保という主人公が、私の中に立ち上がった瞬間だった。
 そう。当初、主人公は中島保こと野比先生だったのだ。けれども当時の私には書ききる力がなくて、藤堂比奈子という女刑事を登場させた。作者同様に警察内部のことを知らず、経験もなく、技術もなく、情熱だけしか持ち合わせていない新米刑事。おおよそ刑事らしくなく、どこにでもいる普通の女の子という立ち位置だ。
 私自身は元々ミステリー好きだったわけではない。警察小説に明るいわけでもない。ただ怒りの発想を物語にするために、警察や、カウンセラーや、検死官や、そういう人たちを書かなければならなかった。下調べだけに一年半を費やして、ようやく書き上げたのが受賞作の『ON』だった。
 話を戻すが、そんな作品をシリーズでといわれ、頭の中が真っ白になった。
「警察のことなど何も知らないのです。警視庁と警察庁の違いから調べたくらいで。しかも地方在住で都内に土地勘もありません(厚田班の本拠地が八王子にあるのも、八王子ならば多少知っていたという理由からだ)。作中に出てくるシーンは、すべてグーグルマップのストリートビューを見ながら書いたんです」
 恥を忍んで告白すると、編集長は微笑みながら、即座に言った。
「わかりました。では、明日にでも警察関係の資料をお送りします」
 げ。そうなんだ……私は三〇秒で覚悟を決めた。
 作品というものは、マーケティングのプロや、デザイナー、編集、校閲、校正、営業など、多くの縁の下の力持ちによって生み出される。作者はその一部を担うのであり、互いによい仕事を提供し合った作品が読み手に届いて何かを起こすのだと、後にわかった。何も知らない新人作家は、その後は自由に書かせてもらえた。何年か後にまだ作家をしていられたら、読んで赤面することがたくさんあるだろう。
 けれども今の作品が、今の私に書ける総てであることに噓はない。
 また別に、オンで始まった物語はオフで終えたい気持ちがある。当時は力不足で書けなかった中島保主人公の物語を、『OFF』と題して書いてみたい。新人だった比奈子同様、私も少しは成長したし、今なら書けると思うから。
 刊行時期は未定だが、反転する同じ物語を書き切れたなら、私も比奈子と同じように次のステップへ行ける気がする。

 これを書いている今は、最終巻『BURN』の刊行を前に、ゲラを確認しながら不思議な感覚に陥っている。所々に、自分で書いたとは思えないシーンがあるからだ。
 いや、もちろん私が書いたのだけど。
 藤堂比奈子シリーズは本当に幸せな作品だった。シリーズ化を望んでくれた書店員さん、それを許してくれた版元さん。企画に英断を揮ってくれた編集長、伴走してくれた二人の編集さん。装丁を手掛けてくれた舘山さん。校閲さん、校正さん、印刷所さん、営業さん、取次さん。見守ってくれた家族と友人たち。八幡屋礒五郎さん(比奈子の七味缶は公募段階で私が勝手にモチーフにした)、そして、手紙やSNSなどを通して感想をくれた読者のみなさん。ありがとう。
 本作を書かせてくれたのは、あなたです。

 もう一人、お礼を言いたい人がいる。名前をH君と言う。
 中学校で陸上部だった彼は、成績優秀で性格もよく、時間をまったく無駄にしない人だった。対して、何者にもなりきれず、体力にも能力にも自信がなかった私は、努力もせずに、H君はもともと出来がいいのだと決めつけていた。そして彼が大人になったらどれほどのことを為し得るだろうと、眩しい気持ちで見上げていた。
 ところが高校一年の夏休み。H君は死んでしまった。
 知らせを受けた時の衝撃は半端じゃなかった。なぜ彼のように丈夫で能力の高い人が死に、自分のようにつまらない人間が生きているのかと考えた。自分が代わりに逝けばよかった。H君が生きていた方が、ずっと世の中の役に立ったはずだと。
 言葉には出さずとも、その後も随分考え続けた。考えても考えても彼が生き返ることはなく、それでも考え続けていたら、
「それじゃ、きみがやればいい」
 と、あるとき頭の中で声が聞こえた。
 ぼくがやろうとしていたように、ぼくならしたであろうことを、きみが代わりにやればいい。そうすれば、短かったぼくの人生にも意味が生まれる。
 自分がH君になる。そんなことはできないけれど、その瞬間から、私は彼を背負って生き始めた。問題にぶち当たるたび、H君ならどうするだろうと考えた。考えたからといって彼のように健康な体、優秀な頭にはなれなかったけれど、大きな手術をした時も、死ぬことではなく生きることに目がいった。本業だったデザイナーは体力がいるので、もうできないかもしれない。でも、作家ならベッドで仕事ができる。どこかさえ動けば文章を書ける。死ぬまで続けられる上に、作品は作者よりも少しだけ寿命が長い。そうして私は作家になった。
 明日はないと思って生きるなら、人は今日を無駄にはしない。そして人生が短いとしても、何倍かの濃さの命を生きることができるのだ。シリーズ化のオファーを三〇秒で決めたのも、私の中にいるH君だったのかもしれない。
 比奈子本編は完結しても、キャラクターたちは私の中に生き続けている。何人かは次の物語を語っているし、他社で出版している別作品に出張していくキャラもいる。彼らは生身ではないけれど、命というものは、それを愛してくれる人がいれば肉体と関係なく存在し続けるものなのだと知って、感慨深い。さて。
 警察小説やミステリーを書く人になるとは夢にも思わなかった私だけれど、不思議なことに、次もまた資料に埋もれつつ、警察官(の卵)の物語を書いている。
東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズは、本作の翌月に一巻目の刊行が決まっていて、こちらは比奈子よりも、もう少し……
 そうか。今はまだ話せないのだ。
 人は必ず死ぬものだ。だからこそ生きることが大切なのだと、そういう話を今後も書いていこうと思う。本当にありがとう。また会えますように。

内藤 了


>>『BURN 上 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』
>>『BURN 下 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』

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