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レビュー

その男、正義か悪か――対暴力団のエース刑事を巡りいくつもの謎が絡み合う『悪玉 熱海警官殺し』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:熊くま切きり 和かず嘉よし / 映画監督)

 もう二十年近く前になる。ちょうど僕が初めての商業映画を十と勝かちで撮ろうと画策していた頃、故・相そう米まい慎しん二じ監督が同じく北海道で新作を撮っているとの噂を耳にした。しかもその作品の原作者が僕と同じ帯おび広ひろ市の出身で、同じ高校を卒業している大先輩と知り、嬉うれしい気持ちになったのを記憶している(確か、相米ファンの友人に自慢したっけ)。
 完成した相米監督の映画『風花』の素晴らしさについては今更言うまでもないが、何より僕が惹ひきつけられたのは、そこに映った風景だ。それは僕が子供の頃に見ていたものと同じ色をしていた。
 それまでも道内でロケした映画は無数に観てきていたが、そのほとんどが絵葉書的な風景を切り取っていて、「北海道は広いべさ!」と笑顔を強要してくるような感じがし、萎なえた。しかし、さすがは中学・高校時代を北海道で過ごした相米監督である。『風花』ではまるで荒野のように寒々しい、灰色の国道沿いを切り取っていた。
 原作の力もあるのかしら、と思い、映画館併設の小さな本屋で文庫本を買って読んだ。いい本だった。人間の弱さ、後ろめたさ、温かさが描かれていた。寄る辺なき男女に向ける作者の眼まな差ざしがどこまでも優しかった。
 鳴なる海み章しよう。その名前を意識したのは、この時だったと思う。鳴海さんが『ナイト・ダンサー』や「ゼロ・シリーズ」といった航空サスペンスの旗手であり、皮膚感覚に迫る戦場シミュレーション『闇の戦場』や、疎外された者たちの運命を描くスリラー『真夜中のダリア』といった様々なジャンルの小説を次々と発表し、どちらかというと『風花』の方が異色作であることも知った。
 それ以降も気になった鳴海作品は時々読むようにしていて、中でも僕が特に好きだったのは、『瘦蛙』と『凍夜』だ。
 四回戦ボーイの営業マンを主人公にした異色のボクシング小説『瘦蛙』は、当時よく一緒に遊んでいたミュージシャンの竹たけ原はらピストル君と「いつかこういうのを映画でやりたいね」と話していた(ピストル君は学生時代、ボクシングをやっていたのだ!)。
 東京での生活にどん詰まった男が故郷帯広での同窓会に出席するという『凍夜』に関しては、そこに描かれている場所も人も空気も既視感があり過ぎて、「これは僕のストーリーだ!」と勝手に思っている。読み返す度に、あの町のしんとした夜の匂いが蘇よみがえってきて、僕にとってはかけがえのない小説だ。
 ばんえい競馬の厩きゆう舎しやを舞台にした小説『輓馬』の撮影が帯広で行われていると知った時には、複雑な思いにかられた。だって、ばんえい競馬が行われる帯広競馬場は子供の頃から慣れ親しんだ場所で、調教師をやっている親しん戚せきもいれば、従兄弟いとこの一人は騎手でもある。はっきり言って悔しくて悔しくて。完成しても絶対に観てやるものか、と思った。でもそれが元々、亡くなられた相米監督のやろうとしていた企画で、その遺志を引き継いだ根ね岸ぎし吉きち太た郎ろう監督による映画化だと聞いて、納得がいった。
『雪に願うこと』と改題されて完成したその映画は、人間の営みがしっかりと描かれたとてもいい映画だった。しばれた朝に馬の身体から立ち昇る湯気、それを捉とらえた荘厳なショットの美しさに息をのんだ。
 やはり鳴海作品は映画との相性がいい。そこには題材、舞台設定、人物造形と様々な要因が関係しているとは思うが、それ以上に、作品内に静かに立ち籠こめる「死」のイメージが、映画の本質と通底するところがあるのだと思う。
 今回の『悪玉』を読んだ時にもそれは強く感じた。明らかに『風花』や『輓馬』とは系譜の違う、鳴海版パルプ小説とも言えるぶっちぎりのエンタテインメント作品であるにもかかわらず、そこには不思議と「死」の匂いが立ち籠めていた。
 ここに冒頭の一文を引用する。

 大粒の雨が落ちてきて、男の開ききった左目で王冠状にはじけた。

 完全なる死が、雨粒が落ちる一瞬に集約されているようで、シビれた。
 こんな鮮やかな出だしで始まる『悪玉』は、熱あた海みを舞台にした警察小説である。物語は主に二人の若い語り部べを通して描かれる。一人は熱海署刑事課で組織暴力を担当する住すみ田た。出世欲もなければ、酔ってつい「刑事って仕事にもあまり興味がない」ともらしてしまうような、どこかゆとり世代を感じさせる受け身な刑事である。
 そんな彼が新たにバディを組まされるのが、冒頭で死を遂げる刑事・國くに貞さだである。県警本部組織暴力特別捜査班(通称・組暴班)から熱海署に出向してきたマルボウのエキスパートで、いわばこの作品の「顔」である。
 かつては警察官募集ポスターのモデルをつとめたほどの端整な容姿だが、現在の姿は、生成りの麻のジャケット、紫色を基調としたアロハシャツに真っ白なスラックス、肩にかかりそうなほど長い髪をポニーテイルにまとめている、というもの。おまけに両の二の腕には、蜘く蛛もの刺青いれずみまで入っている。
 刑事に見えない刑事といえば、かつて映画『セルピコ』でアル・パチーノ扮ふんする刑事セルピコがヒッピーまがいの恰かつ好こうをしていたが、國貞の場合は完全にヤクザである。それもそのはず、自らを「黒い警官」と呼び、「クソの中からクソを摑つかむ」というその捜査方法は裏社会にどっぷりと浸かった犯罪スレスレのやり方で、ホシをあげる為なら平気でルールなんか無視するタイプのデカである。当然、黒い噂も絶えない(ちなみに乗っている車は、フォード・マスタングGT390のファストバック、ボディはダークグリーン……映画『ブリット』でスティーブ・マックイーンが乗っていた車である。『セルピコ』じゃなくて『ブリット』であったか!)。
 黒い警官と聞いて思い出さずにいられないのが、二○○二年七月に北海道警察の現職警部が覚かく醒せい剤ざい取締法違反容疑や銃刀法違反容疑などで逮捕・有罪判決を受けた事件、いわゆる「稲いな葉ば事件」である。
 現職の警部によるまるで劇画の中の出来事のような大胆な事件は、世間に衝撃を与えた。ましてや北海道在住の鳴海さんにとって、この事件が強烈なインパクトを与えたことは想像に難くない(実際、鳴海作品の中にはこの事件にもろにインスパイアされたと思われる『街角の犬』という傑作ノワール小説もある)。
 刑事モノの王道らしく、物語はこの二人のバディものとして展開していく。
 國貞の情報を元に、老人介護施設を隠れ蓑みのにした闇カジノに捜査の矛先を向けていく住田。そこで働く十八歳の若者、タクがもう一人の語り部だ。
 タクは、特殊詐欺グループの首謀者からこの施設の陰のオーナーになったリョウという先輩に誘われ、この施設で働いている。住田よりも一回り下の世代になるが、タクの場合はゆとりとは縁がなく、覚醒剤中毒の母親に育児放棄され、児童相談所から鑑別所、少年院と、不良の王道を渡り歩いてきた。そうかと言って根っからのワルというわけでもなく、人生をサバイブする為にやむなくそういう生き方をしてきた、寄る辺なき者だ。
 住田とタク、対極する二つの若い視点を通して描かれるこの物語は、バカラ、半グレ、チャイナマフィア、チェーンソー、ベイビィブラウニング、日本刀……と、まるで鳴海さんのおもちゃ箱をひっくり返したような過剰さを持って一気にボルテージを上げていくが、にもかかわらず、いざ読み終わってみるとそこには思いの外、静かな読後感が待っている。それは冒頭と終盤に登場する死んだ國貞の眸ひとみの印象が強いせいだろう、まるでこれら全ての出来事を、死んだ國貞の眸に透かして見たかのような奇妙な錯覚を覚える。それこそがこの小説全体に立ち籠める「死」の匂いの源泉なのではないだろうか。
 彼の眸は、一体何を見てきたのか?
 そこには彼の死を巡るミステリとしての仕掛け以上に、作品全体に影響を及ぼす何かがある。現実に対する諦てい観かんと皮肉、そして寄る辺なき者に向ける優しさ。それは死者の眸を借りて現世を見つめる、鳴海さん自身の眼差しなのかもしれない。

ご購入&試し読みはこちら▶鳴海章『悪玉 熱海警官殺し』| KADOKAWA


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