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特集

死者の声なき声をすくいあげるヒロインたち 内藤了×小松亜由美 スペシャル対談〈前編〉

ドラマ化された「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズなどで人気の内藤了さんと、解剖技官とミステリー作家の二足のわらじを履く小松亜由美さん。お互いの作品を愛読し、メールでやり取りをしてきたというお二人がついに顔合わせ! それぞれの新刊『LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』(角川ホラー文庫)と『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』(角川文庫)のことを中心に、たっぷり語り合いました。スペシャルトークの模様を〈前編〉〈後編〉にわけてお届けします。

取材・文=朝宮運河

内藤了×小松亜由美対談〈前編〉


ミステリー好きが高じて法医学の世界へ


内藤:やっとお会いできましたね。メールでの交流はありましたが、直接お会いするのは今日が初めてで。

小松:内藤さんの作品はずっと拝読してきたので、がっちがちに緊張しています(笑)。

内藤:そもそものきっかけは『恙なき遺体』が掲載された雑誌『小説幻冬』を幻冬舎さんから頂戴して読んだことでした。こちらが小松さんのデビュー作ですね。大学の法医学教室の様子がリアルに書かれていて、聞けば作者は現役の解剖技官だという。これは第一級の資料だなと思って、当時書いていた『パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子』という検死官もののミステリーの参考文献にさせていただきました。

小松:本をお送りいただいてびっくりしました。巻末の参考文献リストにわたしの小説があがっていて、仰天しましたよ。

内藤:それからのご縁ですよね。年に数回、季節が変わるごとにメールのやり取りをするという感じで。

小松:内藤さんは刊行ペースが早いので、新刊を送っていただいてお礼をお送りしたら、またすぐ次の本が届くという感じ……(笑)。わたしは遅いので恥ずかしいです。

内藤:小松さんの作品には本当にお世話になりました。解剖室の匂いとか、解剖の手順とか、ちょっとした描写に本職の方ならではの視点があるので。

小松:いえいえ、わたしは職場で見たままを書けばいいんですけど、どうして内藤さんは資料と想像力だけで法医学教室をリアルに書けるのか。本当に不思議です。ひょっとして闇の稼業でもされてます?

内藤:時々ね(笑)。小松さんはなぜ法医学の道を選ばれたんですか。

小松:それは完全に小説やドラマの影響です。昔からミステリーを読むのが好きで、法医学にも漠然とした憧れを抱いていました。若い頃、上野正彦先生の『死体は語る』(文春文庫)という本を読んで、ますます興味を抱くようになって、医療系の短大に進み、臨床検査技師の免許を取得しました。

内藤:じゃあミステリーに憧れて進路を決めたんですか。

小松:馬鹿のひとつ覚えみたいで恥ずかしいですけど。どうせ生まれてきたなら、好きなことをやろうと思いまして。

家族はもっと自由であっていいと思う

内藤:新作の『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』は、主人公の解剖医・加賀谷千夏と新人の解剖技官・久住遼真のコンビがすごくいいですね。初々しい久住君はひょっとして小松さんご自身がモデル? と思ったのですが。

小松:はい。若い頃の失敗を思い出しながら書きました。そもそも解剖技官というのは、大学の法医学教室で司法解剖の補助などをおこなう技術職です。新人のうちはご遺体の扱いに慣れていなくて、ミスすることもあるんですよ。切ってはいけない場所を切ってしまったり。

内藤:誰でもそうやって仕事を覚えていくんですよね。千夏が長いポニーテールというのがまたいいです。自分のことをあまり語らないキャラクターですが、彼女のきりっとした佇まいが伝わってくる。あのヘアスタイルは何かの伏線ですか?

小松:全然大した理由じゃなくて、単なる作者の好みなんです。自分がくせっ毛なので長い黒髪に憧れがあって。趣味がだだ漏れですみません(笑)。

内藤:この本を読むと、法医解剖医というあまり馴染みのない仕事について深く知ることができます。千夏は京都府警から要請を受けて遺体の発見現場まで出かけていきますが、小松さんの日常もこんな感じですか。

小松:ほぼ一緒ですが、現場には行きません。ニュースを見ていて、人が亡くなるような事件が起きたのを知ると、「明日当番だからうちに回ってくるだろうな」と思うんですよ。

内藤:千夏でなければ見抜けないような珍しい事例が登場して、そこがミステリーの謎解きとうまく絡んでいますが、これは実際にある事例なんですか。

小松:守秘義務もありますし、小説はあくまで現実逃避のための娯楽だと思っているので、自分が担当した事件をそのまま書くのは控えています。

内藤:マル暴(捜査四課)の刑事、鬼窪も味があるキャラクターですね。強面で、最初は千夏を「小娘」扱いしているけど、やがて素直にその実力を認めるようになる。彼はあのままレギュラーになってほしい。

小松:警察も医学部もまだまだ男性社会ですから、目立った活躍をする女性は「女のくせに出しゃばるな」と言われてしまう。千夏にはそんな環境で働く女性の悲哀と強さを担ってもらっています。内藤さんも男性社会で戦うヒロインをよく書かれていますよね。

内藤:わたしは男性女性ということはそこまで意識していなくて。性別がどっちでも仕事ができる人はできるし、できない人はできないと割り切っているんですよ(笑)。「警察庁特捜地域潜入班」のシリーズも女性刑事が主人公ですが、気負わずに書いています。

小松:最新シリーズの主人公・鳴瀬清花は、警察庁直属のチームで未解決事件を捜査するかたわら、夫や義母との関係に悩んでいる、人間くさいキャラクターです。

内藤:家族のあり方って、もっと自由でいいと思うんですよ。妻だから、夫だから、これだけの責任を負わなきゃいけないと思うと苦しくなる。家族の形は千差万別だし、もし駄目になりそうだったら誰かに救いを求めてもいい。清花というキャラクターもそういう気持ちで書いています。でも読者人気はいまいち(笑)。

小松:信じられない! こんなに共感を呼ぶキャラクターはいないのに。

内藤:シリーズの1、2巻目は仕方ないんです。読者はまだ前のシリーズの主人公に愛着がありますから。でもそのうち絶対に清花のことを好きになってもらうぞ、という意気込みで書いています。

横溝正史ファンにはたまらない「鳴瀬清花」シリーズ

小松:わたしは今回のシリーズがダントツで好きなんです。民俗学や土着信仰に関わる事件が、清花を中心とした人間ドラマと絡み合って、横溝正史ファンのわたしにはたまりません。最新刊の『LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』も最高でした。おどろおどろしい事件を描いているのに、どこか悲しさと救いがあって。

内藤:そう言ってもらえると嬉しいです。これまで凶悪犯罪者を追いかけて逮捕するというミステリーばかり書いてきましたが、犯罪について調べれば調べるほど、罪を裁くのは難しいことだなと感じるようになりました。今回のシリーズでは犯罪者側の内面も描くことで、どうしてそんな事件が起きてしまったのかを掘り下げようと思っています。

小松:毎回、土井班長の運転するキャンピングカーで現場に向かうのがいいですよね。『LIVE』の舞台は青森県ですが、取材に行かれたんでしょうか。

内藤:行きましたよ。津軽弁などはかなりがんばって書きましたが難しいですよね。でも書ける機会に書いておかないと、言葉がすべて標準語に塗りつぶされてしまって、地方独自の暮らしが失われてしまう気がするんです。

小松:わたしは秋田出身なので、東北のことばは読んでいて心地よかったです。今後どんなシリーズになっていくのか、すごく楽しみですね。

〈後編〉に続く

プロフィール

内藤了(ないとう・りょう)

2月20日生まれ。長野市出身、在住。長野県立長野西高等学校卒。デザイン事務所経営。2014年、日本ホラー小説大賞読者賞受賞作『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビュー。ほかの著書に『ON』につづくシリーズの『CUT』『AID』『LEAK』『ZERO』『ONE』『BACK』『MIX』『COPY』『BURN上』、スピンオフ『パンドラ』『サークル』『OFF』、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズの『MASK』『COVER』『PUZZLE』『TURN』『DOUBT』『EVIL』『TRACE』『LAST』、『タラニス 死の神の湿った森』など著作多数。

小松亜由美(こまつ・あゆみ)

秋田県大仙市生まれ。東北大学医療技術短期大学部衛生技術学科を卒業し、臨床検査技師免許取得。現在、某大学医学部法医学教室にて解剖技官を務め、これまで多くの異状死体の解剖に携わる。『誰そ彼の殺人』でデビュー。

書籍紹介



『LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』(角川ホラー文庫)
著者:内藤了
定価: 792円 (本体720円+税)
発売日:2023年05月23日

奇妙な花嫁人形に隠された秘密に迫る、警察シリーズ第2弾!
取り調べ中に被疑者を自死させてしまい県警捜査一課を追われた鳴瀬清花。出向先の「警察庁特捜地域潜入班」はくせ者の集まる新設部署だった。青森で起きた「花嫁人形」事件の謎を追う、新シリーズ第2弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000530/
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『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』(角川文庫)
著者:小松亜由美
定価: 792円 (本体720円+税)
発売日:2023年02月24日

事故か、殺人か――彼女のメスは、死体が見た最後の風景を蘇らせる。
研ぎ澄まされた観察眼と、卓越した指先を持つ法医解剖医・加賀谷千夏。彼女のもとに持ち込まれるさまざまな異状死体には、意外な「死の真相」が隠されている。圧倒的なリアリティで描き出す、法医学ミステリー!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210000682/
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