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特集

内藤 了『タラニス 死の神の湿った森』刊行記念インタビュー ウェールズの風景が生んだホラーミステリ

2014年に『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』で日本ホラー小説大賞〈読者賞〉を受賞して作家デビュー。同作から続く「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズや、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」、「よろず建物因縁帳」などのシリーズで幅広いファンをもつ内藤了さん。9月16日に発売された『タラニス 死の神の湿った森』(KADOKAWA)はイギリス・ウェールズのお屋敷を舞台にした、ゴシックテイスト濃厚な本格ホラー×ミステリです。法医昆虫学者ジョージ・C・ツェルニーンの知られざる過去を描いた物語は、読む者を幻惑の迷宮に誘います。内藤さんにお話をうかがいました。

取材・文=朝宮運河



『タラニス 死の神の湿った森』書誌情報はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000481

内藤 了『タラニス 死の神の湿った森』刊行記念インタビュー


――『タラニス 死の神の湿った森』はイギリス・ウェールズの森の中に建つお屋敷を舞台にした、ゴシックテイストの強いホラーミステリです。代表作である「藤堂比奈子」シリーズとはがらりと違った雰囲気の長編ですが、執筆の経緯を教えていただけますか?

内藤:わたしは『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』で日本ホラー小説大賞の読者賞をいただいてデビューしたのですが、その割にこれまでホラーを書いていないなということがずっと気になっていて。いつか書かなければいけないなと思っていたんですね。これまでホラーを書いてこなかったのは、シリーズものの執筆で忙しかったのもありますが、ホラー特有の後味の悪さみたいなものがどうも苦手で。自分の考える理想のホラーを書きたい書きたいと思っているうちに、デビューから8年も経っていた、という感じなんです。


――物語の主人公ジョージ・クリストファー・ツェルニーンは、名家ツェルニーン家の次男。後に「藤堂比奈子」シリーズのスピンオフ作『パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子』に法医昆虫学者として登場することになるイギリス人男性ですが、彼の少年時代を書こうと思ったのはなぜだったんでしょうか。

内藤:パンドラ』では日本にやってきたジョージが、“死神女史”こと石上妙子に自分の生い立ちを語るシーンがありますよね。自分はウェールズ出身で、兄と妹がいた。そうした少年時代の経験がその後の言動に影響を与えているのは間違いないんですが、『パンドラ』ではそれを詳しく書く余裕がなかった。これは別に一冊分の物語が必要だろうと。一体どのような事件を経てジョージの精神世界が生まれたのか、そこを今回じっくりと書いてみようと思ったんです。


――もともとウェールズの文化や地理には関心をお持ちだったんでしょうか。

内藤:いえ、まったく(笑)。なんとなく直感的にウェールズ出身と書いたんですよ。これまでは漠然としたイメージしか持っていなくて、今回初めてちゃんと資料を集めて勉強しました。わたしはどの作品もそういう書き方なんです。書きたいものが先にあって、後から知識を補強していく。毎回知識ゼロからスタートするので、調べ物にはすごく時間がかかります。割合でいうと執筆時間が2で、資料を読んでいる時間が8という感じでしょうか。
 今回は外国が舞台なので、とにかく現地を見ないと始まらない、空気を感じないとすべて嘘になると思いまして、2019年に現地取材に出かけました。ツアーではない個人旅行は初めてだったんですけれど、研究者などが使う専門の旅行業者さんに手配してもらって、幽霊が出ると言われているホテルに泊めてもらいました。作中のタラニス屋敷も、ホテルとして改修されている古いマナーハウスがモデルになっています。


――そのホテルでは怪異に遭遇した、とカドブン掲載のエッセイ「幽霊を求めてウェールズへ」にお書きになっていましたね。本当に幽霊が出るんだな、と驚きました。では現地で見聞きしたものが、作品に生かされているんですね。

内藤:そうですね。現地で個人的に感じた空気の冷たさや風の音、ウェールズの人たちの人柄や暮らしぶりなどが、そのまま作品に反映されています。印象的だったのはあちこちに放置されている廃墟ですね。向こうの家は石造りなので、何十年と放置されていても柱や壁は残っているんですよ。わたしの小説はキャラクターをうまく配置すれば、あとはひとりでに物語が進んでいく。配置するまでが一苦労なんですけど(笑)、その舞台を作り上げるうえで、今回はウェールズで見聞きしたものの影響は大きかったですね。取材しなければ浮かばなかった部分は多いです。


――父と離れて暮らす8歳のジョージと兄のアルフレッドは、古い屋敷の廃墟部分にある〈死者の間〉に冒険に出かけます。日系人家政婦のミツコによれば、その部屋ではかつて少女が〈死の神〉にかまどで焼き殺される、という恐ろしい事件が起こっていました。

内藤:先ほど申し上げたように、向こうの建物は石なのでとても長持ちする。13世紀くらいに建ったお屋敷がいまだに残っていて、入れ替わり立ち替わり、いろんな人がそこで生活している。そしてそこには、かまどで人が焼き殺されたとか、不幸な記憶も染みついている。イギリス人はそういう歴史を隠さないですね。怖がってはいるんだけど、忌み嫌っているという感じでもない。「この家は幽霊が出るのよ!」と日常会話の延長で話す感じですね。


――屋敷の周辺に暮らす人々は、キリスト教以前から伝わる古い神々を信仰しています。家政婦のミツコが口にする〈ゲッシュ〉(魔法の取り決め)という言葉の響き、庭師のトムがひそかに行う儀式。タラニスというのも、村人に畏怖されているケルトの死の神ですね。

内藤:そうです。音の響きから決めたんですが、イメージ的にもぴったりでしたね。ウェールズの人たちは自然崇拝で、太陽や月や草木に神が宿っていると考えるようで、八百万の神がいる日本の感性に近いところもありますが、もっと信仰が生活に根付いている感じです。ウェールズの人たちはみんな明るくて親切ですが、どこかどっしりしていて、揺るぎない。素朴で美しくて、野生の蘭のような人たちだなと感じました。


――やがて出産で家を空けていた母が、生まれたばかりの赤ん坊を連れ、ジョージの父と屋敷に戻ってきます。しかし幸せな日々は長く続かず、不穏な気配がじわじわと屋敷を覆っていきます。

内藤:“しみじみ怖い”という感じの小説が好きなんです。ただ今回はゴシックホラーを書きたかったわけではなく、あくまで人間の怖さがメインです。ツェルニーンという苗字はイギリスでもかなり名門の響きですが、そういう人たちがどんな暮らしをしているのか。一見幸せそうな家庭内にどんな秘密が隠されているのか。『パンドラ』を書いた時点では詳しく考えていませんでしたが、いくつかの設定がパズルのようにつながって、ジョージを取り巻く人間関係が浮かび上がってきた、という感じです。


――この物語では、さまざまな死が描かれています。動物や虫の死、屋敷に染みついた悲劇の記憶、そして近しい人との別れ。それらがジョージの心に深い印を刻み、彼の人生を変えていきますね。

内藤:死を描くことで生を描きたい、というのはこの作品に限らず常に考えていることです。生き物は必ず死ぬわけですけど、死によってすべてが無になるかというと、そんなことはありません。生まれて数日で死んでしまった赤ん坊だって、命には大きな意味があり、それは周囲の人に影響を与えます。ホラーでもミステリでも、人の死を描くからには、そのことは忘れないようにしたいと思っています。


――やがてある“衝撃の展開”を経て、ジョージを取り巻く環境は決定的に変わってしまう。この小説はホラーミステリであると同時に、幸福な少年時代の終わりを描いた成長小説でもあると思いました。

内藤:ありがとうございます。自分では成長小説という要素はそこまで意識していませんでしたね。ジョージが将来どんな大人になるかは決まっているので、そこに向けてエピソードを組み立てていったら、自然とこういう流れになった。“仕掛け”についても同様ですね。


――内藤さんはジョージのことを、どんな人物だと思っていますか。

内藤:結晶のように純粋で、でもどこか歪んでいる。そういう人物です。その歪みが血筋のせいだとは言いたくないですが、家族環境含め彼を形作ってきた環境のせいではないとは言い切れない。彼は一生かけて、その呪いから逃れようとした。その姿に人間の恐ろしさや悲しさを感じてもらえたら、この小説は成功じゃないかなと思っています。


――物語が進むにつれて、タラニス屋敷と村に隠された秘密が明かされていく。この舞台でなければ成り立たない事件全体の構図に、思わず唸りました。

内藤:ウェールズは本当に美しい土地なんですよ。魂を吸い寄せられるほど美しい。でも近づいていくと、奥から怖いものが気配を現す。そういう土地の気配を書くことができればいいなと思いました。コロナ禍によって海外旅行が難しい時代になりましたけれど、本の中には広い世界が閉じ込められています。活字を読むことで、行ったことのない土地の空気や、匂い、手触りまで感じる。この作品を読んだ方が、ウェールズを少しでも身近に感じていただければ嬉しいです。


――出口のないおぞましい物語なのに、なぜか救いがある。それが『タラニス』の魅力だとも思います。先ほど「自分の考える理想のホラーを」とおっしゃっていましたが、『タラニス』ではそれが実現できたのではないでしょうか。

内藤:それはどうでしょう(笑)。個人的には理想はまだまだ遠いな、という気がしますが、自分の書きたい物語が書けたのは間違いありません。内藤がホラーを書いたらこうなる、という形を見せることはできたと思います。『パンドラ』ですでにジョージに出会っている人にも、そうでない人にも楽しんでいただきたいですね。

著者プロフィール

内藤 了(ないとう・りょう)●長野県長野市出身、在住。2014年、日本ホラー小説大賞読者賞受賞作『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビュー。同作からつづくシリーズのほか、著書に「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」「よろず建物因縁帳」「夢探偵フロイト」「憑依作家 雨宮縁」「警視庁異能処理班ミカヅチ」各シリーズ、『ゴールデン・ブラッド』『メデューサの首 微生物研究室特任教授 坂口信』など。『きっと、夢に見る 競作集〈怪談実話系〉』『てのひら怪談 こっちへおいで』にも参加している。
2022年11月には、新シリーズ第1巻『FIND 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』を角川ホラー文庫より刊行予定。

作品紹介



タラニス 死の神の湿った森
著者 内藤 了
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年09月16日

少年は、真実を知り大人になる。死の神屋敷に隠された悲しき少女の過去と謎
ドラマ化もされた「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズ、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズで人気の内藤了。
初の単行本はあの男の少年時代を描く「お屋敷」ホラー&ミステリ!

 イギリス・ウェールズで少年ジョージが暮らす「タラニス屋敷」。「タラニス」とは「死の神」を意味するケルトの神だ。
 夜遅く目覚めたジョージは家政婦のミツコに物語をねだる。彼女が、秘密の話ですよと「ゲッシュ」(ケルトの魔法の取り決め)を交わしながら語ったのは、屋敷に伝わる、メリッサという少女の物語だった。メリッサは、子どもを食べる死の神に生きたままかまどで燃やされたという。そのかまどがお屋敷の廃墟部分『死者の間』にある、近づいてはいけない――。けれども、一緒に話を聞いた兄のアルフレッドは、今度マムと戻ってくる赤ちゃんへの贈り物を探しに『死者の間』に行こうと言い出し……。
 廃墟の秘密の扉を開けてしまったことで、夜な夜な現れるようになったメリッサの亡霊。そこに隠された真実と、ツェルニーン家の秘密とは。
 やがて法医昆虫学者として日本を訪れることになる、ジョージ・クリストファー・ツェルニーン。
 彼の少年時代に秘められた悲しく凄絶な物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000481/
amazonページはこちら

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