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特集

【対談】『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』総監督 中村健治×脚本・ノベライズ担当新 八角 映画公開記念対談

アニメシリーズ公開から18年、今もなお根強い人気を誇る「モノノ怪」シリーズ。3月14日(金)の劇場版第二章の公開を記念して、総監督である中村健治氏と、今回から脚本も担当している公式ノベライズの著者・新八角氏による対談が実現。
「女の園」である大奥で、家を背負った戦いと陰謀に巻き込まれる女たち。
彼女たちの心に渦巻く苦しみはやがて業火のように燃え上がり、モノノ怪へと姿を変える――。
薬売りを通じて描かれた「大奥に生きる人々」の姿について、お話を伺いました。

取材・文:立花もも

『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』総監督 中村健治×脚本・ノベライズ担当新 八角 映画公開記念対談


Ⓒツインエンジン


――第一章「唐傘」に続き、第二章のテーマは「火鼠」。どこからこのモチーフは生まれたのでしょうか。

中村健治(以下、中村):第二章を制作するにあたって、まず話し合ったのが「情念」についてでした。人がモノノ怪と化すからにはそれなりの理由があるはず。つまずいて転んだとか、誰かにぶつかったとか、そんなライトな痛みではやはり説得力が生まれないんです。観る人の心に訴えかける、強い情念を描かなくてはならないが、それはいったいなんだろうと何度も打ち合わせをするなかで、毒のように蝕んだり、煙のように包み込んだり、エフェクトしていくものというイメージの延長で、「火」が生まれました。

新八角(以下、新):そこから脚本を書いていくなかで、火にまつわる妖怪を調べているうちに「火鼠」に行き当たったんです。鼠は子宝や子孫繁栄の象徴でもあるし、天子の子を産まねばならぬ大奥の女性たちの物語とも重なるのではないか、と思いました。前作にあたる第一章の「唐傘」が水をモチーフにした物語だったので、反転してつながるものを描けるかもしれないな、とも。

中村:「火の粉」を「火(鼠)の子」とするとか、新さんがノベライズを書きながら思いついたことも、脚本を修正する段階で取り入れられたのはよかったですよね。新さんをすごいなあと思うのは、書き直せば書き直すほど、どんどん脚本がおもしろくなっていくことなんですよ。ふつうは、もっとこうしてほしいとお願いするたび、最初の勢いが削られて、小さくまとまってしまうことのほうが多いんです。でも、新さんは絶対に期待を超えてくる。

新:それは、監督が指示してくださる内容が「それは絶対、もっとおもしろくなるだろう」と思えることばかりだからです。無理難題を言うなあということも多いですが(笑)、監督の粘り強さに引っ張られて、自分もアイディアを絞り出そうと思えるし、結果、目に見えてどんどんよいものが生まれていくから、どこまでもついていこうと思えるんです。

中村:僕はこのシリーズを通じて、いわゆる「合成の誤謬」……一つひとつの行動は間違っていなくても、重なり合ったときにとんでもなく悪い結果を引き起こすことがあるということを、章ごとに角度を変えて描きたいと思っているんです。今作ではフキとボタンという二人の女性を対比的に描き、その内面を深掘りしたことで、テレビシリーズでもできなかった演出ができたなと思います。それは、新さんのおかげですね。


大友ボタン:老中大友の娘で気位が高い。大奥の最高職位・御年寄となり、規律と均衡を重んじて厳格な采配を振るう。Ⓒツインエンジン


――新人女中として下働きをする女性たちを通じて、大奥という社会を映し出した第一章「唐傘」に対し、第二章「火鼠」は、天子の寵愛をかけた女性たちの、ひいてはその背後にある家同士のバトルが描かれています。

新:大奥と聞いて多くの人が想像するのは、きっと第二章の物語だと思うんですよ。でも、劇場版モノノ怪は決して、女性たちが情念をぶつけあう、どろどろの感情ドラマだけではありません。まず第一章で、大奥という、女性官僚たちが働く場を舞台にしたお仕事ドラマが描かれていたからこそ、第二章は情念の重みが伝わる物語になったんじゃないかと思います。

中村:第一章と第二章の順番を逆にしても、物語としては成立するんですよね。でも僕は、絶対にそれはしたくなかった。新さんがおっしゃるとおり、僕が本シリーズを通じて描きたかったのは、感情ドラマだけではなく社会の構造。物語で起きる悲劇は大奥ならではの特別なものなどではなく、僕たち、あなたたちの直面している現実とも重なるんだということを伝えたかった。だからこそステレオタイプ的な「母と子の物語」にもしたくなかった。


――本作では、フキという女性が天子の子を身籠ったことが家格ゆえに歓迎されず、子の命さえもが政争の道具であり、簡単に捨て去られるものなのだということも、描かれています。


時田フキ:町人出身。天子に見初められて御中臈となり、寵愛を一身に受けている。規律を重んじるボタンとの間には深い溝がある。Ⓒツインエンジン

中村:そこには確かに怒りと悲しみはあるけれど、だからといって、愛する子を守るために母は強くなるのだというお話に着地することだけは避けたかったんですよ。新さんにもずっと、母性に逃げないでほしいというお話はしていましたよね。

新:御子を身籠ったフキは、モノノ怪の「許せない」という情念に憑かれてしまいます。でも本当に許せないのは誰なのか、何だったのかということが明かされるラストは、監督のその想いがあったからこそ生まれたもの。物語の核ともなるそのセリフにたどりつけたときは、私も、正しい道筋を見つけられたような気がして、安堵しました。

中村:加えて本作では、一人の悲しい亡くなり方をした女性が登場します。彼女のことが、僕は最初に脚本を読んだときから、かわいそうでならなくて……。どうしたら彼女は生きられただろう、彼女のような人がどうすれば死なずに済んだんだろうということを、ずっと考え続けてしまいました。僕は基本的に、登場人物はすべて愛しているんだけれど、娘を大奥に入れて利用するだけの父親はどうしても許せなくて。いちばんラクな場所にいるお前がどうしていちばん傷ついているような顔をしているのだと、憤りがおさまらなかった。だからこそ、その理不尽を生き抜く彼女たちの姿を「母は強し」なんて言葉ではおさめたくなかったというのもあります。

新:理不尽な現実を前に、美しく解決できることなんて一つもないんですよね。みんな、苦渋の選択を吞みこんで、前に進んでいくしかない。権力争いの道具に使われることを、女性たちも快くは思っていないだろうけど、大奥という場に身を置くことで、彼女たちも父親たちの思考を踏襲して、構造に与する存在となっていく。そうでなければ生き抜けない現実の中で、どうすればいちばん大切なものを守れるのかということも、本作における大きなテーマなのだと思いました。

中村:どんなに心根の清らかな人でも、そんなもがきのなかで、ピュアさを貫くことなんてできない。純潔の白でも、漆黒の悪でもない、灰色の選択を重ねるしかないんですよ。きれいな水の中を生きる熱帯魚ではなく、泥の中でも生き抜ける鮒のように、汚れていても輝く命を描くことが、本作では重要でした。そして、そんな彼女たちを救う存在として、薬売りを描くことも。恨みを連鎖させるだけでは何も解決しないけれど、彼女たちの痛みを無視することは絶対にできない。犠牲になった人たちの想いに寄り添うため、薬売りは存在しているのだと本作を通じて改めて感じました。


薬売り:モノノ怪を斬り祓う力を持つ「退魔の剣」を携える謎多き存在。Ⓒツインエンジン

新:薬売りが斬るのは、社会のしがらみなんですよね。世の中、構造をぶっ壊せばすべて解決する、なんてことにはならないし、私たちはどうしたって構造の一部として生きていかなくてはならない。だからこそ、歪みの中で生まれる人の想いを受け止め、祓ってくれる薬売りは、物語における治療薬であり、観客である私たちの背中を押してくれる存在なのだろうと思います。テレビシリーズと比べて、劇場版の薬売りは人に優しいというか、一歩踏み込んで寄り添ってくれるところがあると感じたので、ノベライズではそのあたりも書き込みました。


――個人の幸せと、社会の秩序は、どうしたって相反してしまうところがある。それは、第一章でも描かれていたことですね。

中村:目線の高い人たちが勝手に決めたルールを一方的に押しつけられるのは、やっぱり腹が立ちますよね。でも、個人の意見をすべてくみあげていたら、社会は崩壊してしまう。その折り合いのつけ方を、僕は本シリーズを通じて描きたいんですよね。もしかしたら偉い人たちは、必死で考えた末でギリギリいいと思える選択をしてくれているかもしれないし、逆に、もう少しちゃんと考えればどうにかなっただろうということもあるでしょう。みんなが不幸になる未来を防ぐために、どうすればいいのかということを考えていきたいんです。

新:そういう社会的なまなざしを、ここまでしっかりとエンタメ作品に盛り込める機会はあまりないので、私も書いていて楽しいというか、やりがいがあります。

小説版『モノノ怪』の魅力



中村:新さんは新さんで憂いていることがある、というのはノベライズを読んでいても伝わってきました。改めて、ノベライズは本当におもしろかったです。脚本ももちろんすごくよかったんだけど、新さんの本領はやっぱり小説にある。第一章の小説もよかったけど、第二章の小説はさらによかった。新さんは進化してます。小説を読んでいて、「あぁ、こうなるのか!」と読者の視点で最後まで読めました。本作ではフキと対比してボタンという女性が描かれます。フキと違って家柄もよく、大奥でも最高職位につく女性ですが、映画では描かれていないそれぞれの過去を通じて、その対比がより鮮明になっている。とくに江戸の大火がそれぞれにもたらした影響、というのがよかったです。

新:ありがとうございます。やはり江戸もので「火」をモチーフにするからには火事は欠かせないな、と。自分でも書けてよかったと思っている部分です。

中村:『モノノ怪』は、コミカライズも含めて、それぞれのメディアに最適化した物語表現ができていると思うんですよ。映画を観て、もっとこの奥が知りたいと思ったら、新さんの小説を読むのが正解。物語の核となる部分も、設定も、しっかりと共有されているので、映画を追体験しながらも「そうだったんだ!」と新たに発見できるところがたくさんある。一読者として、第三章のノベライズを読むのも、とても楽しみにしています。

書誌情報



書 名:小説 劇場版モノノ怪 火鼠
著 者:新 八角
発売日:2025年02月25日

公式ノベライズ第2弾。親と子をめぐる奥女中たちの想いに迫る――。
モノノ怪・唐傘との壮絶な戦いからほどなく、再び七つ口に現れた薬売り。大奥では、奥女中たちを率いていた御年寄・歌山の不在をきっかけに、大きな変化が生じていた。叩き上げの御中臈・時田フキは相変わらず天子様の寵愛を独占するものの、新たな総取締役である大友ボタンの厳格な采配によって苦境を強いられることに。両者の溝が深まる中、フキに訪れたとある事態によって大奥にさらなる激震が走る。過熱する御家争いは、表の政治を巻き込み、数多の策謀によってフキを追い詰めていくのだった。時を同じくして、突如人が燃え上がり、消し炭と化す騒ぎが起きる。モノノ怪の仕業とにらんだ薬売りは事態の収拾に動くが、モノノ怪を斬るためには、退魔の剣が求める三様――形、真、理――を示さねばならない。薬売りは大奥に巣食う更なる闇へと足を踏み入れていく。映画では語りつくせなかった、フキの苦悩やボタンの葛藤を深掘りする、監督全面監修の公式ノベライズ第2弾。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000332/
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映画情報

『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』
キャスト:神谷浩史、日笠陽子様、戸松遥、梶裕貴、チョー、堀内賢雄
総監督:中村健治、監督:鈴木清崇、脚本:新八角
3月14日(金)全国ロードショー
映画公式ホームページ:https://mononoke-movie.com

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