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特集

【鼎談】映画「悪い夏」公開記念 染井為人×向井康介×城定秀夫 スペシャルトーク!

 北村匠海さんが「闇堕ち」する公務員を、河合優実さんが育児放棄寸前の母親役を熱演していることでも話題の映画「悪い夏」が2025年3月20日(木)に公開されます。原作者である染井為人さんと脚本家の向井康介さん、さらに監督の城定秀夫さんのお三方が集結! 映画化を記念したスペシャル鼎談が実現しました。原作小説や映画の感想、撮影秘話をはじめ、自身の小説や映画の楽しみ方についてなど。さまざまな切り口で熱く語り合っていただきました!

取材・文=髙倉優子 写真=種子貴之

映画「悪い夏」公開記念 染井為人×向井康介×城定秀夫 スペシャルトーク!

ブラックコメディ感&疾走感あふれる
サスペンスエンターテインメント映画の誕生


――まず染井さん、映画の感想からお聞かせいただけますか?

染井:一瞬もダレることなく息をもつかせぬ展開が続き、最後にはカタルシスを得られる。そんな疾走感あふれるサスペンスエンターテインメントに仕上がっています。2時間があっという間に感じ、一観客として非常に興奮しました。

 全体にジメっとした空気感が漂う、すごく好みの作品ですね。表現の自由という意味で、我々クリエイターにとって厳しい時代になってきましたが、そんな中でもこういったチャレンジングな作品を撮っていただけたことが何より嬉しいです。

城定:ありがとうございます。原作もすごく面白かったです。プロデューサーから手渡された日に一気読みしたほど。「どういうテイストの映画にしようかな」とワクワクしながら読んだことを覚えています。

 映画化に際し、「ブラックコメディ感」は残しつつ、とはいえ、あまり社会問題に切り込むようなテイストにはしたくないと考えました。原作が出版された2017年と現在では貧困ビジネスの事情なども違っていますし、そこをアップデートしたとしても5年後には古くなってしまう。それよりももっと普遍的な部分に着目したかった。そのあたりをすり合わせるために、プロデューサーや向井さんとはけっこう時間をかけて議論しました。

向井:僕自身、サスペンスや暗い話が好きですが、城定さんもこういったダークなテイストの作品を撮られるんだなと少し意外でした。城定さんとは業界の同じような場所にずっといて同志のように思っていたけれど、これまでなぜか仕事をすることがなかったんですよね。原作がめちゃくちゃ面白くて好みだったこともあり、ぜひご一緒したいと思って脚本を担当させていただきました。

 クランクイン前にお会いしたら染井さんはすごくおしゃれな方で。最初、衣装部のスタイリストさんかと思いました。「この人があの小説を書いたんだ!」と、いい意味でギャップがありましたね(笑)。

染井:それはありがとうございます(笑)。


「試写を見終えた瞬間、『すげー映画だね!』と主演の北村くんと握手しました」(染井為人)

生活保護の不正受給がテーマの原作は
知人との会話がきっかけで生まれた

向井:それにしてもこれがデビュー作とは思えないほど構成力とエンタメ力のある小説ですよね。夏に汗だくになりながら生活保護ビジネスをやっている人たちに、公務員が巻き込まれていく……。読みながら映像が脳内に浮かび、これはいい映画になるぞという予感がしました。

城定:小説の文章から映像が浮かんだ感じ、よくわかります。まさに夏がテーマ。不快な暑さの中で狂っていく究極の人間のドラマです。そもそも染井さんはなぜこの物語を書かれたんですか?

染井:30歳くらいのとき、小説家になろうと思い立ってネタを探していました。某市役所で働いている知人と食事をしていたときに、生活保護の不正受給の話になりまして。ちょうど芸人の母親が生活保護を受給しているというニュースが流れている頃で、「本当にあるんですか?」と聞いてみたんです。すると「市役所の入り口に置いてある車いすに乗って申請に行き、終わったあと車いすを降りてスタスタ歩いて帰っていく人がいるんです」と。そんな話を聞いたことがきっかけで、生活保護をテーマにした小説を書こうと思ったんです。ただし当初から説教くさい話ではなく、ヒューマンドラマ寄りのエンターテインメント作品として仕上げたいと思っていました。


――向井さんは原作を読んで、映画監督の今村昌平さんのような世界観があると感じたそうですね。

向井:今村監督は自作のことを「重喜劇」と呼んでいます。軽喜劇や軽演劇をもじった今村さんの造語なのですが、人の滑稽さや欲望さえも喜劇として捉えている。そんな「重喜劇」のテイストが染井さんの小説にもあると感じました。登場人物たちは必死なんだけど、なんだかクスッと笑える滑稽さが見て取れて。原作のあとがきにも悲劇と喜劇についての思いが綴られていましたが、それを読んだときも「本当にそうだな」とすごく共感したんです。

染井:僕も向井さんの脚本を読んだとき、人間くささというか「生っぽさ」のようなものを感じました。また試写を見たとき、映画の中にもその「生っぽさ」がちゃんと生きているのを感じました。おふたりとクリエイターとして根底にある部分で通じ合うことができた気がして、すごく嬉しかったですね。


「『重喜劇』のテイストが染井さんの小説にもあると感じました」(向井康介)


――女性関係に免疫がない公務員を好演した北村匠海さん、飛ぶ鳥を落とす勢いの河合優実さん、ヤクザ役の窪田正孝さんと、その子分的な役回りの竹原ピストルさんなど、実力派かつ大人気のキャストが集結したことでも話題になっています。

向井:北村くんはあんなにイケメンなのに、この映画ではちゃんと「童貞感」があって、さすがだと思いました。一方、河合さんとはこれまでがっつりと仕事をしたことがなかったので、「これが噂の河合さんか……」と(笑)。演技力はもちろん、ものすごく存在感がある方ですね。

城定:僕は河合さんとご一緒するのは3回目でした。初めてお会いしたのは某作のオーディションでしたが、ひとこと台詞を読んだ瞬間、「天才が現れた!」と思ったものです。きっとその場にいた全員が思ったはず。彼女のどこがどう素晴らしいか言語化するのは難しいですが、向井さんがおっしゃった通り、存在感がすごくある俳優だと思います。

向井:10年にひとりくらいの割合で、その世代のミューズが現れるもの。たとえば蒼井優さんとか。まさに河合さんは今の時代のミューズなのでしょう。

染井:確かに、凜とした佇まいなのに儚さや脆さも感じられる、希有な俳優ですよね。

向井:じつは初号試写のとき、ふたつ隣の席が河合さんだったんです。でも恥ずかしくて目も合わせられませんでした(笑)。

染井:僕は北村くんが隣にいたので、「すげー映画だね!」「絶対ヒットするし、話題になるよ!」と大興奮しながら握手しました(笑)。

向井:窪田くんの演技も光っていましたね。裏社会に通じる金本は、演じる人によってはステレオタイプになってしまいそうだけど、窪田くんなりに咀嚼した結果、あのやばくて怖い人物像になったのでしょう。竹原ピストルさんも素晴らしかったです。

城定:竹原ピストルさんといえば、映画に出演する前から原作のファンだったそうですよ。

染井:そうそう、竹原さんがSNSで「『悪い夏』が面白い」と書いてくださっていると読者さんが教えてくれて。当時、ものすごく嬉しかったことを覚えています。そんな流れもあってキャスティングされたのかと思っていましたが、関係ないんですよね?

城定:はい。それは偶然ですね。それでいうと北村さんはミュージシャンとして竹原さんの大ファンで、ライブにも通っていたらしいんです。結局、いろんな縁があって、集まるべくして集まった人たちなんだと思います。映画を撮り終わってみて、「このメンバーじゃなきゃダメだったんだな」と思うことがよくあります。それは、キャストのみならず、染井さんや向井さんをはじめ、裏で頑張ってくれたスタッフたちにも言えること。このメンバーじゃなければ、こんなにいい映画にはならなかったと思います。

 ところで皆さんは、登場人物への罪悪感みたいなものはありますか? 僕にはあるんです。最初はとんでもなく嫌な目に遭わせようと思っている役でも、「こんなに頑張っているのに、僕のせいで不幸になっちゃうのか……」と。

向井:ああ、確かに。別の作品で子どもを殺すシーンを描かなきゃいけないことがあったんですが、ある残虐な殺し方を思いついたんです。でもそんな殺し方をしたら呪われてしまうかもしれない……と、別の方法に替えたことがありました。染井さんはいかがですか?

染井:めちゃくちゃありますね。原作の『悪い夏』でもある人物たちを死なせてしまい、すごく後悔したんです。だからこそ映画では彼らを死なせずにいてくれたことを知ってホッとしました。

城定:映画化に際し、染井さんが「設定など自由に変えてください」と言ってくださったので変更させてもらいました。

染井:このことを教訓にして『悪い夏』以降、人の死を描くときは慎重になりました。


「このキャストとスタッフじゃなければこんなにいい映画にはならなかったと思う」(城定秀夫)

まず好きな俳優が出ている映画の原作本を読む
そこから小説もいいと思ってもらえたら嬉しい


――普段、皆さんが小説や映画をどのように楽しんでいらっしゃるかお話しいただけますか?

染井:僕は本を読むより映画を見ることのほうが多いですね。仕事柄、ずっと文字を追い続けているのがしんどいので。

城定:本は自分で読み進めなければならないのに対し、映画は勝手に情報が入ってくるので、少し気楽に見られるかもしれませんね。僕も染井さんと同じ理由で、映画を見るのは「仕事」という感覚がどうしてもあります。しかもサブスクだと集中できないので映画館でしか楽しんで見られないんです。僕は映画が好きなんじゃなくて、映画館にいるのが好きなんだと思います(笑)。

 読書に関しては「仕事」とは思わないから、気分が乗ったときはけっこう読みます。次々と読みたくなって何冊も読む月もあれば、まったく読まない月もあるという感じです。

向井:僕は仕事で読まなきゃいけない本が多いので、読書も「仕事」だと感じることがありますね。プライベートで読みたい本は「積ん読」しているけれど、増える一方です。

城定:それでいうと僕も、「映画化できるかどうか」という視点で読んでいるかもしれない。もはや職業病ですね(笑)。


――小説や映画をどのように楽しんでほしいと思いますか?

城定:小説に関しては、短編でもラノベでもいいから1冊をまず読み通してみる。意外と読めるじゃんと思ったら、また別の1冊を読んでみる。そんなことしているうちにいつの間に読書が好きになっているということもあると思うんですよ。自分の脳内に情景が浮かんでくるという、読書のだいご味をぜひ知ってほしいですね。

向井:僕の子ども時代は、「読んでから見るか、見てから読むか。」という角川映画のキャッチコピーの通り、両方を楽しんでいる人が多かった。僕自身も「なぜこの小説がこんな映画になるんだ!」とか、「映画はめちゃくちゃ面白いのに小説は全然違う話じゃん!」とか、比べるのが好きでした。違いを探すという楽しみ方をしてみてほしいです。

染井:同感です。小説に抵抗がある人は、好きな俳優が出ている映画の原作本を読んでみるのがおすすめ。映画から入った上で「小説も悪くないじゃん」と好きになってもらえたらすごく嬉しいです。映画「悪い夏」に関してもすでに、キャストのファンの方たちが原作を読んでSNSに感想をアップしてくれたり、僕の別の小説や、違う作家さんの作品を読んだと報告してくれたりしています。

 今、エンタメのコンテンツがあふれかえっているし、まとめサイトで読んだ気、見た気になっている人も多いと思う。でも今後どうにかしてそういう風潮に抗いながら小説を書き続けていきたいと思っています。

プロフィール

染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。2017年、「悪い夏」で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し、デビュー。その他の作品に『正義の申し子』『震える天秤』『正体』『海神』『鎮魂』『滅茶苦茶』『黒い糸』『芸能界』などがある。

向井康介(むかい・こうすけ)
1977年徳島県生まれ。大阪芸術大学映像学科の卒業制作として作られた、山下敦弘監督の「どんてん生活」に脚本家として参加。2007年「松ヶ根乱射事件」で菊島隆三賞を、23年「ある男」で第46回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞する。その他の主な脚本担当作品に、「リンダリンダリンダ」「もらとりあむタマ子」「聖の青春」「愚行録」「君が世界のはじまり」「マイ・ブロークン・マリコ」などがある。

城定秀夫(じょうじょう・ひでお)
1975年東京都生まれ。武蔵野美術大学在学中から8㎜映画を制作。卒業後、フリーの助監督として成人映画、Vシネマなどを中心にキャリアを積む。03年に映画「味見したい人妻たち(押入れ)」で監督デビューを果たし、ピンク大賞新人監督賞を受賞する。その後、Vシネマ、ピンク映画、劇場用映画など100タイトルを超える作品を監督。2020年「アルプススタンドのはしの方」がヒットし、第12回TAMA映画賞特別賞、ヨコハマ映画祭と日本映画プロフェッショナル大賞の監督賞を受賞する。その他の作品に、「愛なのに」「女子高生に殺されたい」「ビリーバーズ」「夜、鳥たちが啼く」「恋のいばら」「放課後アングラーライフ」「セフレの品格(プライド)」がある。

書誌情報



書 名:悪い夏
著 者:染井為人
発売日:2020年09月24日

第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作! 戦慄のノワールサスペンス
26歳の守は生活保護受給者のもとを回るケースワーカー。同僚が生活保護の打ち切りをチラつかせ、ケースの女性に肉体関係を迫っていると知った守は、真相を確かめようと女性の家を訪ねる。しかし、その出会いをきっかけに普通の世界から足を踏み外して――。生活保護を不正受給する小悪党、貧困にあえぐシングルマザー、東京進出を目論む地方ヤクザ。加速する負の連鎖が、守を凄絶な悲劇へ叩き堕とす! 第37回横溝ミステリ大賞優秀賞受賞作。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000370/
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