家事や子育てや親の介護などなど、アラフィフの日常はストレスでいっぱい。そんな日々を生き抜くコツを、神社へのお参りや美味しいご飯を食べることを通じて軽やかに描いた椰月美智子さんの『ご利益ごはん』。その刊行を記念して、同世代の作家・藤岡陽子さんと対談していただきました。
共に子を持つ母であり、家事に追われる主婦であり、慌ただしい日々のなか書き続けてきたお2人が、50代からの生き方や子どもとの関係性、自分自身の楽しませ方などを存分に語らいます。
構成・文:皆川ちか
『ご利益ごはん』刊行記念 椰月美智子×藤岡陽子 特別対談
藤岡:『ご利益ごはん』とても面白く読ませていただきました。面白いし、刺さりました! 主人公の早智子さんは、そろそろ50代。この年代は親の介護は迫ってくるし、子どもはまだまだ手がかかるし、夫はもう頼るべき存在ではなくなってきている。いろんなことを自分ひとりで回していかなければならなくて、それができるようにもなっています。頼れるのは自分だけ。だからストレスがたまる……なんともリアルでした。そんな早智子さんが癒やされる場所が神社仏閣というのが、またリアルですね。私も50代になってから、お寺や神社へ行くのが好きになってきたんです。
椰月:ありがとうございます。私はもともと神社仏閣巡りをよくしていたのですが、50代を迎えてからいっそう好きになりました。どこかへ観光するとしたら、もう神社かお寺だけでいいです、っていうくらいに(笑)。子どもたちが小さい頃、神社仏閣へ一緒に行ったこともありましたが、退屈なのかすぐに騒ぎ出すので、ゆっくり参拝できませんでした。今はようやく自分ひとりで、心ゆくまでお参りを楽しんでいます。
藤岡:早智子さんが神社で心がすーっと楽になる背景には、そういうのもあるのでしょうね。お寺や神社というのは自分がひとりになれる空間だから。
椰月:まさに。忙しい人ほどそういう場所が必要だと思います。日常をいったん忘れて自分自身を取り戻す場をつくっていかないと、心身共にくたびれちゃう。そして神社仏閣というのは、そういう場として理想的なんですよね。
藤岡:それにしても主人公の早智子さんは高校生の長女に中学生の双子の男の子がいて、計3人の子育ては本当に大変です。子どもたちがケガをしたり病気になったり、そのたび対応に追われる姿と日々の慌ただしさには非常に共感しました。家族や子どもがいると、そちらを優先せざるを得ず、自分のことは後まわしになってしまう。椰月さんもお子さんがいらっしゃいますが、育児と作家業をどのように両立されてきましたか?
椰月:両立は……できなかったですね。私は息子が2人いるのですが、彼らが小さい頃は息子たちが入り乱れる部屋のなかで書いていました。10秒に1回叱り、1行書くという具合に。もう集中力も何もあったもんじゃありません。自宅が仕事場ですので、物理的に切り替えることもできなくて。ずっと子どもたちが隣でわちゃわちゃしている環境で書いてきました。両立というより、その場その場で対応してきた感じです。
藤岡:私は今、朝の9時から夕飯を作るまでの間を“勤務時間”としているのですが、やっぱり子どもたち――娘と息子が小さい頃はてんてこ舞いでした。30代後半で作家デビューしたのですが、当時は育児の只中でした。それで、子どもがまだ小さいうちは母親業を中心にしようと決めたのです。作家としては「年に1冊、本を出す」を目標にして。低めのハードルを立てることで、焦らないように。
椰月:やはり両立するのは難しいですよね。分かります。
藤岡:育児がひと段落するであろう50代になってから、作家のピークを迎えられるようにしようと考えてやってきました。
椰月:すばらしい! そのとおりになっていますね。藤岡さんはお子さんが生まれてから作家になられましたが、私の場合は作家になってから子どもが生まれたので、まずは書くことありきでした。子どもがいるからといって書くことをセーブしようとは思わなかった。だから育児はほんとうに適当で、その場しのぎでした。息子たちにも感情的でダメな母親だよね、って言われます。よく分かっているなあ、と。
藤岡:ちなみに、お子さんたちは椰月さんの本を読まれたりは?
椰月:1冊も読んでないと思います(笑)。
藤岡:そうなんですね……! うちは長女が私の作品を読んでくれて、娘の進路から着想を得て書いた『リラの花咲くけものみち』がNHKでドラマ化された際は、とても喜んでくれました。
椰月:普通そうですよね。私もそう思ってたんです。親がどんなものを書いているのか、子としてはさすがに気になるだろう……と。だけどうちは夫も含めて全然で。『明日の食卓』が映画になっても家族は誰も観ていなかったと思う。同じくNHKドラマになった『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』は、かろうじて長男と夫は観てくれました。次男は自分の部屋でゲームをしていました。
藤岡:男の子ってそういうところ、ありますよね。ある程度育つと母親と距離を置きたがるようになる。
椰月:私も私で仕事の話は彼らにしないので。ただ、自分が最優先していることとはいえ、〆切に追われて必死になって書いている母親の姿を小さい頃からずっと見ているので。そこから何かを感じとってくれていたら、と思いますね。
藤岡:椰月さんとは逆に、私はわりと仕事の話を子どもにしています。彼らがだんだん成長し、仕事や将来について考えるようになってきた頃から。私は新聞記者、東アフリカのタンザニアへの留学、看護師……といろんな道を歩んで、38歳でようやく作家になる夢を叶えられました。どうせ人間、働くのなら自分の就きたい仕事に就くのが幸せなんじゃないかな、なんてことを話しています。
椰月:藤岡さんは作家になった時点で、親の視点を持っておられるんですよね。私は親になったことで失った視点があるような気がしていて。『しずかな日々』という作品に出てくる男の子はすごく“いい子”なんです。当時の自分にとって理想の男の子像を描きまして、賞もいただき、代表作のひとつになりました。その後、実際に息子を持つ身になったら、現実の男の子って全然ちがうなあ~、と。
藤岡:(笑)
椰月:今の自分にはもう『しずかな日々』のような男の子は書けないかもしれません。よりリアルな、いかにもいそうな子どもたちは書けるようになりましたが。
藤岡:私は年を重ねることで、上の世代を書けるようになってきたかなと思います。先ほどの『リラの花咲くけものみち』で、70代の女性(主人公の祖母)を書いたのですが、すんなりとおばあちゃんの気持ちになれたんです。動作が鈍くなってきたという身体的なことだけではなく、あとどれくらい生きられるかという心情的な面でも。こういうのは40代のときはなかなか実感を持てませんでした。
椰月:そう。自分の親世代を、“お年寄り”というフィルターを外して人間として見ることができるようになりましたよね。これも自分が年をとってきたから。同時に、健康のありがたみを若い頃より感じるようになりました。最近、水泳を始めたんです。目標は週三回、最低でも週に一回は泳ぐようにしています。
藤岡:すごいですね。確かに、50代に差しかかると健康維持は欠かせませんね。「50代の壁」を乗り越えるために私も“勤務時間”が終わると30分筋トレをしていますが、そのあとビールを呑んでいます(笑)。今日も一日がんばったね、と自分へのご褒美に。
椰月:それはとっても大切。自分にご褒美をあげること、自分をいたわることを、皆さんもっとやっていいと思うんです。とりわけこの世代の女性たちは。家事や育児や介護や仕事、しなければならないことはたくさんあるけれど、いえ、あるからこそ自分をもっと優先させていいんですよ、と。趣味や好きなことや自分だけの時間をつくると、ほんとうに気持ちが楽になるから。神社仏閣好きな私としては、神社やお寺参りをおススメします。
藤岡:『ご利益ごはん』を読んで、神社ごとに役割というか、こんなお願いがしたいならこの神社へいけばいい、ということまで書かれていて新鮮でした。私は今まで目的ごとに参拝をする、というふうに考えたことがなかったので。私の周りでも、やはり神社やお寺に興味を持ち始めた同世代の友人が多いんです。それぞれの神社の意味を知ると、もっとお参りが楽しくなるよ、とこの本を薦めたいですね。旅の本としても楽しいですし、更年期で悩んでいる人やイライラしている人、なんとなく元気がない人にも手にとってほしい。本当に楽しく読ませていただきました。
椰月:ありがとうございます。嬉しいです。
作品紹介
大好評発売中! 『ご利益ごはん』椰月美智子
書 名:ご利益ごはん
著 者:椰月美智子
発売日:2025年02月25日
アラフィフ姉妹のきまま旅!お参りして美味しいもの食べてパワーチャージ!
「全員皆殺しっ」。物騒な言葉を吐きながら毎朝起床する前田早智子は48歳。中高生3児を抱え、日々の家事に追われる毎日だ。ある日、見かねた姉から三嶋大社へ行こうと誘われる。信仰心を持たない早智子も、日々の愚痴を神様に盛大に打ち明けてすっきり。その後に食べたうなぎのおいしいことといったら。反抗期の子ども達、夫の浮気、親の介護問題……休まらないアラフィフの日常を生き抜くコツ、ここに詰まってます。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000633/
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大好評連載中!『青のナースシューズ』藤岡陽子
“超”女性社会の看護師業界に飛び込む、若き男子大学生の青春小説!
子どもの頃、父と弟とともに交通事故に遭った成道は、自身を助けてくれた男性看護師に憧れ、特待生制度を利用して看護大学へ進学する。事故で父を亡くし、就職予定だった成道にとって悲願の進学だった。看護師の男女比は1対9とされ、成道のクラスでも男子学生はわずか5人で、どこか張り詰めたムードすら漂っていた。期待と不安を抱えながら、成道は夢の実現へ向けて一歩を踏み出す。
現在、雑誌『野性時代』にて連載中。
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