第31回電撃小説大賞 《メディアワークス文庫賞》&《川原礫賞》W受賞という快挙を成し遂げた東堂杏子さん。長い交友歴があるという作家の紅玉いづきさんとのスペシャル対談が実現しました。受賞作の魅力や創作秘話をはじめ、旧知の仲だからこそ知る過去のエピソードなどをたっぷり語り合っていただきました!
構成・文/高倉優子
『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』刊行記念 東堂杏子×紅玉いづき 対談
出会いはオンラインノベル
サイト主宰者と熱心な読者だった
――おふたりは以前から面識があったそうですね。まず、交友歴からお聞かせいただけますか?
紅玉:高校の終わりから大学入学直後くらいの頃、自分専用のパソコンを手に入れたのを機にオンラインノベルを読みあさっていました。そのとき、東堂先生が運営していた小説サイト「ONLYONE」を見つけ、東堂先生の作品を読み始めたんです。
東堂:よくweb拍手を送ってくれていましたよね。
紅玉:送っていました!! ちなみにweb拍手というのは、サイトの管理者に対して匿名で応援の意を示せるサービスのことで、一方的にメッセージを送ることができたんです。私は「更新ありがとうございます」「大好きです」といったメッセージや作品の感想を長文で送っていました。それに対してときどき、東堂先生が日記ページでお返事を書いてくださるのが嬉しくて。
東堂:web拍手はすごく励みになりました。ありがとうございます。ところで、紅玉先生はその頃にはもう小説を書いていたんですか?
紅玉:はい。当時は、大学の漫研と文芸部を掛け持ちしながら書いていました。東堂先生はいつ頃から書き始めたんですか?
東堂:小学生高学年くらいですね。中学生になると大学ノートに書いた小説を友だちに見せるようになりました。その後、高校から大学にかけて、ひとりの友だちと交換日記形式で1冊のノートにそれぞれが小説を書き、感想を伝えあっていました。それがすごく楽しかったこともあり、小説を書くのが趣味というか日課になっていったんです。
インターネットと出合ってからは、世界が一気に広がりました。小説サイト「ONLYONE」を立ち上げ、自作のオンラインノベルを発表するようになったんです。
紅玉:私は「ONLYONE」で読んだ短編「星降る夜に逢いましょう」で、「この作家さん好き!」と思ったのが、東堂先生のファンになったきっかけでした。女性が書く女性向けの、かつ性描写がある「らぶえっち小説」というジャンルが出始めた頃で、東堂先生はその名手だったんですよね。「こんな世界があるんだ」とドキドキしながら読んでいたことを覚えています。一番人気だったのは小学6年生が主人公の「高梁さん大いに語る」ですか?
東堂:ねえ、私の作品のこと詳しすぎません?(笑)。確かに一番人気は「高梁さん大いに語る」でした。
紅玉:好きなので……。東堂先生にはサイトを閉鎖して消して姿を消す「逃亡グセ」がありましたが(笑)、ネット検索を続けていると「これって『高梁さん大いに語る』の東堂杏子先生が書いた小説じゃない?」という書き込みが必ず見つかる。「ああ、よかった。また書いてらっしゃる!」と。ネットストーキングを続ける上で頼りにしていた小説でもあるんです。それくらいファンの間では人気の作品でした。
逃げても必ず帰ってくる
そう信じて待っていました
――「逃亡グセ」とは?
東堂:その時々の気分で「もういっか」と諦めちゃうんですよ。とにかく自分に自信がなかったので、サイトを閉鎖して姿をくらますわけです(笑)。紅玉先生のデビュー作『ミミズクと夜の王』を買った日、バスのなかで泣きながら読んで、「インターネットをやっている場合ではない。もっとちゃんと書かなきゃ!」と、サイトを閉鎖したこともありました。
紅玉:まさかの私が原因だった!? でも逃亡している間も映画を観てレビューを書いたり、他の趣味にハマられたり、活動的ではあったんですよね?
東堂:そうそう、まさに映画レビュアーになろうと思ってみたり、写真をやろうと一眼レフを買ったり、野球を観に行ったり、婚活したり。いろいろやりましたね。そしてそれらに全部飽きてまた小説に戻ってくる、という(笑)。
紅玉:そのたびに私は「先生どこで何してるんですかー?」って泣いていましたよ。でもいつだったかサイトで、100の質問のひとつ「もし恋人(夫)から小説を書くのを辞めろと言われたらどうしますか?」に対して「中島みゆきを歌いながら家を出て行きます」と答えられていましたよね。それを見た私は「よっしゃー!」と勝どきを上げました。東堂先生はどんなときも小説を書き続けてくれる。逃げても絶対に帰ってくると信じて待つことができました。
――小説より奇なりというか、かなりドラマティックな関係性ですね。そういった断続的な交流を経て、現在の関係性になられたきっかけは?
紅玉:数年前、大阪で開催された文学フリマに東堂先生が同人誌版の『高梁さん大いに語る』を出品されると知り、乳飲み子の手を引いて会いに行ったんです。「覚えてくれているだろうか?」と少し緊張していたのに、私の顔を見た瞬間、「先生、何してるんですか?」と。いろんな感情が入り混じり、思わず泣いてしまいました。
そこから交流が復活して、私が主宰している同人アンソロジー「少女文学」に、三つ指ついて「書いてくださいませんか?」とお願いしたのです。
東堂:最初は荷が重いのでお断りしようと思ったんですけど……(笑)
紅玉:参加しているのがプロの作家さんばかりだから、気が引けるだろうとは思いつつ、どうしても書いていただきたかったし、どうしても東堂先生の小説が読みたかった。とにかく書き続けて欲しかった。見えるところで! それに尽きます。
東堂:お誘いいただき、本当にありがとうございます。
紅玉:これまで定期的に小説新人賞に応募されていたことは知っていました。実力があるので二次・三次までは進まれるけど、なかなか最終選考には残らない。私も応募をしていた身なのでよくわかりますが、受賞するのは作品の善し悪しだけではなく、そのときどきの時流や編集さんとの相性もあると思うんです。
東堂先生には諦めないでほしかったし、なんとしても商業作家になってほしいと願っていました。だからこそ、電撃小説大賞 《メディアワークス文庫賞》と《川原礫賞》をW受賞したと聞いたときは、言葉も出ませんでした。本当に嬉しかったです。東堂先生が受賞を知ったのはいつだったんですか?
東堂:最終発表の前に、編集者さんから「改稿について一度お話しましょう」という連絡をいただいたんです。打ち合わせだと思って出向いたら、「《メディアワークス文庫賞》受賞ですよ」と伝えられて。個人的には《メディアワークス文庫賞》が大本命だったので最高に嬉しかったです。後に《川原礫賞》までいただくことになって、ただただ感無量でした。
紅玉:礫くんは見る目があります! よくぞ選んでくれました。彼もずっと自分の小説サイトでオンラインノベルを書いてきた方ですからね。以前、お茶したとき「オンラインノベルを書いていた大好きな先生がいるんだけど、今どうしているのかわからない……」と東堂先生の名前は伏せて話したことがあったんです。あれから数年が経ち、彼の名を冠した《川原礫賞》に選ばれたのがまさに東堂さんだったというのが、ドラマのようだと思いました。
かっこいい&かわいい
双子たちの恋愛が描きたかった
――受賞作『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』を読まれた感想をお願いします。
紅玉:推薦文を書くにあたり、ところどころメモを取りながら読んだんですが、「滅茶苦茶だよ!」と思いました。何度も「助けて!」と叫びました。この作品に《メディアワークス文庫賞》をあげて大丈夫なの? って(笑)。東堂先生のことも受賞作のことも大好きだけど、そんなことを考えました。そもそも、どんな風に組み立てていったお話なんですか?
東堂:ベースになったのは、自分が彼らと同じくらいの年齢のとき、滅茶苦茶な話が書きたいと思って考えた作品です。そこから月日が流れ、主人公たちの親世代になった今、少し客観的になって構築しなおしました。滅茶苦茶な話といっても、本当に世界が滅びるといった荒唐無稽な物語ではなく、二十歳の主人公たちにとって世界滅亡レベルな出来事が書きたかったんです。
それと、双子を描いてみたかった。かわいい女の子・真魚とかっこいい男の子・勇魚の兄妹それぞれの恋愛について書けたらいいな、と。
紅玉:この作品を語る上で避けては通れない話題だと思うんですけど、性描写があるじゃないですか? しかも愛し合う2人がラブラブハッピーで結ばれる、つまり読者にとってはご褒美シーンとして描かれるばかりではなく、なりゆきのセックスや、望まぬセックスも含まれます。そこに衝撃はありつつ、一方で「らぶえっち小説」の名手であった東堂先生が、強い武器を使われて書かれたんだなという嬉しさもありました。
東堂:私はいつもそうですが、思いついたままバーッと書き進めるんです。今作もプロットを作ることはせず、あまり深く考えずに勢いで書いたところがあります。
紅玉:ネタバレになってしまうので詳細は省きますが、性搾取をしたキャラクターが、倒すべき悪として描かれていませんよね。たとえば、その人物が法で裁かれたとしても被害者の人生が救われるわけではないのですが、現在、人権を無視したことを行った人間は必ず報いを受けなければならないという風潮がある。それを書き手としても強く感じているので、この話の運び方には衝撃を受けたんです。そのあたりに対して、編集者から何か意見はありましたか?
東堂:改稿するとき、編集さんと「グレーでいこう」という話になりました。被害者が加害者を心底、軽蔑したという感情はしっかり描きつつ。
紅玉:そうだったのですね。冒頭にも男性同士の性描写があって、いわゆるBL小説と思われ、読者を狭める可能性があるんじゃないか……と、気にする方ももちろんいたと思います。
東堂:冒頭については、フィギュアスケートでいうところの4回転半かもしれませんね。転んで減点となっても仕方ないし、引き込まれる方もいるかもしれない。このシーンがあっても続きが読みたいともらえたら嬉しいな、と。また40~60代の女性読者を想定して書いた作品なので、大人ならば意外と受け入れてくださるのでは? という思いもありました。編集さんには「なぜこれをうちに送ってきたの?」と聞かれましたけど(笑)。
紅玉:このテイストなら完全に「女による女のためのR-18文学賞」ですよ。なんで電撃小説大賞に送ったんですか!(笑)。それでも長年の東堂先生のファンとしては、《メディアワークス文庫賞》を与えてくださったことに感謝しかないですし、読者の皆さんには「度肝を抜かれてくださいね」と伝えたいです。賛否があってしかるべき作品です。どんな形であれ、盛り上げてもらえたら話題にもなると思うので。
東堂:はい、どんな風に読んでいただいてもいいです。私は好きなように楽しく積み木を好きな形に組み上げただけなので。お城に見える人もいるだろうし、廃墟に見える人もいるだろうし。
紅玉:何より、軽快な会話とメロウな地の文が魅力の作品なので、そこをぜひ味わってほしいですね。
こんなにすごい人が言ってくれるなら
大丈夫なんじゃないかと思えました
――ここからは、おふたりが創作の軸にしていることについて教えてください。
紅玉:私は「少女のために少女を書く」ということですね。少女といっても年齢は関係ありません。理念としての少女性です。私が書くのは、少女の美しさではなく、少女の面倒くささであったり、軽やかさであったり、もっというと「きらめき」です。一番多感であり、感情の震えだけが世界のすべてだった少女の頃の尊さを、ライフワークとして書き続けたいんです。
東堂:本当に少女は概念ですよね。男性の中にも少女性はあると思いますし、私の小説サイトに感想を送ってくださる男性もたくさんいましたし。「少女文学」にも男性読者は多いですよね。
紅玉:感情が揺さぶれるのが気持ちいいと感じる人に向けて、私たちはチューニングを合わせて書く。それでいいんだと思います。ところで東堂先生は「少女文学」に性愛の話は書かれませんね? 国が滅んだり、地球が滅亡したりする滅茶苦茶な話ばかり書かれていますが(笑)。
東堂:性愛の話は、格調高い「少女文学」では書きづらくて……。なんなら怒られるんじゃないかと思っていました(笑)。もともと滅茶苦茶な話を書くのが好きなんですよ。私の創作の軸と言えるかもしれません。
紅玉:滅茶苦茶な話といっても、たとえば不幸な環境に身を置きながらも、私たちと同じような感情になる人たちもいるんだよ、ということが書かれてるんだと思います。いろんなことが起こったとしても、みんな「ただの人間だよ」と。人間って、ちょっとキモくて、愛おしいねって。
東堂:まさにそう。さすが紅玉先生、よくわかってらっしゃいます! アマチュア時代、何度も何度も自分の小説に絶望しましたが、紅玉先生というひとつ星が「東堂先生なら大丈夫」と励ましてくださったことで書き続ける勇気をもらえました。こんなにすごい人が言ってくれているなら信じてもいいんじゃないか、と。
紅玉:ここまできたからには、楽しんじゃいましょうよ。私も17年やってきたのでアドバイスできることもあるんじゃないかと思っています。もう全然、ずっと、ただのいちファンですが。
東堂:今後ともよろしくお願いします。
――最後に、今後はどんな作品を書きたいですか? また紅玉さんは東堂さんのどんな作品が読みたいですか?
東堂:ジャンルにとらわれず、いろんなものが書きたいです。
紅玉:私はお姫様の話が読みたいです! ここぞとばかりに落とされる地獄を自らの剣で切り拓いていくようなお話が。そんな魂を持った人が活躍する現代小説でもいいけれど、やっぱり美しい姫が活躍する華々しい装丁のハイファンタジーが書店で売られているのもいつか見てみたいなぁ。
東堂:「ハイファンタジーはいったん置いておいて」と編集さんに言われていますから(笑)。でもいつかは紅玉先生に喜んでいただけるようなお姫様の話も出版できるように、これからも楽しく書き続けていきたいと思います。
著者プロフィール
東堂杏子(とうどう あんず)
福岡県北九州市生まれ。2000年頃より個人サイトを運営するも閉鎖。長い沈黙を経て、2019年より紅玉いづき主宰の同人誌『少女文学』に参加し文筆活動を再開。2024年、『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』で第31回電撃小説大賞 《メディアワークス文庫賞》・《川原礫賞》を受賞し商業デビュー。冷めやすく飽き性で、趣味は浅く広く。
紅玉いづき(こうぎょく いづき)
石川県金沢市出身。『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞 《大賞》を受賞しデビュー。
その後も、同作の姉妹作『毒吐姫と星の石』や、『MAMA』『雪蟷螂』、『ガーデン・ロスト』『聖獣王のマント』等を刊行。
逆境を跳ね返し、我がものとしていく少女たちを描き、強固な支持を得ている。
作品紹介
書 名:古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象
著 者:東堂杏子
発売日:2025年04月25日
レーベル:メディアワークス文庫
二十も離れた弟の誕生――それがすべての始まりだった。
斉藤勇魚と斉藤真魚。男女の双生児でともに二十歳の大学生。二人の人生は、年の離れた弟の誕生で一変した。
広島の大学に通う勇魚は親友に恋人を奪われ荒んだ日々を送り、北九州の実家で暮らす真魚も最愛の人に突然捨てられ世界に絶望する毎日。
そして二人は、奇しくもそれぞれの隣人との奇妙な交流に救いを求めていく……。
やがて気付いてしまった家族の真実。親子、恋人、親友――すべての日常が絶望と綯い交ぜとなった双子の青春の行き着く先とは?
大人になることの「痛み」をリアルに描き、第31回電撃小説大賞で《メディアワークス文庫賞》《川原礫賞》をW受賞した、ままならない愛と青春の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322410001612/
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書 名:ミミズクと夜の王 完全版
著 者:紅玉 いづき
発売日:2022年03月25日
レーベル:メディアワークス文庫
伝説は美しい月夜に甦る。それは絶望の果てからはじまる崩壊と再生の物語。
伝説は、夜の森と共に――。完全版が紡ぐ新しい始まり。
魔物のはびこる夜の森に、一人の少女が訪れる。額には「332」の焼き印、両手両足には外されることのない鎖。自らをミミズクと名乗る少女は、美しき魔物の王にその身を差し出す。願いはたった、一つだけ。「あたしのこと、食べてくれませんかぁ」
死にたがりやのミミズクと、人間嫌いの夜の王。全ての始まりは、美しい月夜だった。それは、絶望の果てからはじまる小さな少女の崩壊と再生の物語。
加筆修正の末、ある結末に辿り着いた外伝『鳥籠巫女と聖剣の騎士』を併録。
15年前、第13回電撃小説大賞 《大賞》を受賞し、数多の少年少女と少女の心を持つ大人達の魂に触れた伝説の物語が、完全版で甦る。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000396/
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