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特集

やっぱり僕はお化けより人が怖い。『黒い糸』染井為人インタビュー

取材・文:編集部
撮影:佐野美樹

結婚相談所で働くシングルマザーと、息子の担任の小学校教師。
二人の周囲で次々と起こる事件は、「黒い糸」で繋がっていた――。
横溝賞出身作家・染井為人による初のホラーサスペンス『黒い糸』。
担当編集者が染井さんにインタビューを行いました。



『黒い糸』染井為人インタビュー

結婚の理想と現実


――主人公の一人が、小6の息子を育てるシングルマザーの亜紀。私、彼女が大好きです。まず結婚相談所のアドバイザーという職業設定が絶妙ですね。

染井:今の時代、マッチングアプリが流行っているなかで、逆にアナログな結婚相談所を書いてみようかなと。結婚なんてしなくてもいいという風潮もあるけれど、それでもまだ親からの圧力とか、本人としても一人で老後を過ごすのは寂しいという思いもあるだろうし。結婚する・しないの選択はそれぞれにしろ、30歳ぐらいになればみんな一度は意識しますよね。


――作中に「女は男に学歴と収入を求め、男は女に若さと容姿を求める」とあって、これは非常に言いづらいけれど現実だなと。結婚相談所には身も蓋もない現実が詰まっている。

染井:今、すごく言いづらいことですよね。作中にも書いたとおり、女性は収入がなくても結婚相談所に登録できるらしいけど、男性は無職ではダメだし、デート代も男性が払わなきゃいけない。男女平等にしようという今の世の中に全然合っていないんだけど、現場レベルではそうせざるを得ない。そういったことがまだまだあるんだなと。今はおそらく価値観の転換期で、変わりきれていない世の中の現実もある。


――理想と現実といいますか、建前と本音の乖離という言い方もできますよね。

染井:小説の中ですらなかなか言いづらい世の中になってきているけど、実際には変わっていない現実がたくさんある。だから僕は頑張って声を上げ続けたいなと思っています。


――この作品には「見なかったことにしておきたいもの」とか、あるいは「みんな知っているけれど、触れないことが暗黙の了解になっているもの」がいくつも出てきますよね。全体のテーマとなっている遺伝の問題が最たるもので。

染井:大きな声では言えないことを、物語の中にまぶして書くところが僕の小説にはありますね。目を背けたくなるような問題を描くというのが僕のスタイルかもしれない。


――蓋を開けてやりたい、といった気持ちがあるんですか?

染井:社会に対して何か言ってやろうといった気持ちはあんまりないんですよ。どちらかというと、「僕はこんなことを思うんだけど、皆さんどう?」と、小説を通してプレゼンテーションしているような感じ。みんなが賛成してくれることではないと思うけど、共感してくれる人がいたらいいなと思います。その人に楽しんでもらえたらいいなという感じかな。


人間がいちばん怖い


――「本音」の部分には触れないことが社会の暗黙の了解だとして、触れずに生きられる人はそれでいいのでしょうけれど、自分が当事者になってしまったらそうもいかないですよね。前作『滅茶苦茶』では、困難に巻き込まれていく主人公たちの方にも自業自得な部分があったと思うのですが、『黒い糸』の亜紀と祐介は至って普通というか、特に悪いこともしてないけれど事件に巻き込まれてしまって、恐ろしい現実を突きつけられることになる。

染井:世の中にはいろんな人がいて、一度関わり合ってしまうと、そちらに引っ張られて酷い目に遭うとか、巻き込まれてしまうということもあると思うんですよね。その極端なケースを書いてみようと思いました。


――「極端な悪」の方にフォーカスしてみようということでしょうか。

染井:この物語を書いた最初のきっかけとしては、僕の出身である「横溝正史ミステリ大賞」が「日本ホラー小説大賞」と合併して、「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」になったことで、この賞に自分が応募するんだったら何を書くだろう、自分なりに書いてみようかなというのが発端ですね。


――染井さんにとってのホラーはこれだということですね。お化けとかは出てこなくて、怖いのは意味のわからない人間。染井さんらしいなあと思いました。

染井:僕がお化けとかゾンビを書いても絶対面白くないと思うし(笑)。でもこういう理解不能な人がいちばん怖いかな。やっぱり僕はお化けより人が怖い。


――どうしてそう思うんでしょうね。

染井:人の悪意って、悪意自体も怖いんだけど、悪意を抱く仕組みを理解できないことが怖い気がします。例えば、すごく怒ってる人がいたときに、なんでこんなことで怒るんだろうって思うとか。普通怒るよねっていう状況だったらいいんだけど、なんでこれで、って。そういう時、世の中にはいろんな人がいるなあと思います。作中に、バスのシーンがあるじゃない?


――祐介がバスに乗っているときに、赤ちゃんが泣き出すところですね。乗り合わせた老人が苛立って、「母親なら静かにさせろ」と怒鳴りつける。さらに、近くにいた中年女性が、赤ちゃんは泣くのが仕事でしょうと老人を咎めた結果、激しい口論になってしまう。

染井:些細なシーンなんだけど、ここに僕の描きたいことがあるんですよ。
 こういう場面で怒る人って時々いるじゃないですか。多くの人は、この老人はどうしようもないと思って放置する。こんな人に何を言ったって通じないし、だから母親もすみませんと謝っていて、もうそれでいいじゃんって僕は思うんだけど、我慢ならない人がいるんですよね。本来は老人が降りてから「赤ん坊は泣いて当然って、みんなわかってるわよ」って声をかけてあげればいいんだけど、それができない。自分の正義感で言いたくなっちゃう人がいる。


――その様子を見ていた祐介は「世の中にはいろんな人がいるな」と思うわけですが、ここで念頭にある「いろんな人」とは老人よりも中年女性の方なんですね。

染井:そうそう、本当に世の中いろんな人がいるなあって僕も思っていて、それが反映されていると思います。いろんな人がいることに疲れちゃうっていうこともあるじゃない? そういう煩わしい人付き合いから逃れるために作家になったという部分もあるんですよ。


――逃れて作家になって、その煩わしさを書いているんですね。

染井:逃れたことで、逆に書けるようになりましたね。


蓋をされている現実に気付いたとき


――亜紀の息子・小太郎は、DV気質のある父親に自分が似てしまったのではないかと悩みますね。母親の亜紀の方も実は同じ懸念を抱いていながら、小太郎を気遣って何も言っていないのですが、小太郎は自分で気がついて悩んでしまいます。

染井:気づいてしまう子はつらいですね。あんまりそういう問題を考えずに生きていける子の方が、きっと楽だと思うんだけれど。
 親が子供のことで悩むように、子供も親について悩むんだと思うんですよ。子供って案外いろいろ見てるじゃないですか。


――でもそういう感覚って、忘れてしまいませんか。私の場合は、自分が大人になるにつれて、本当はこういうふうに思っていたのにとか、子供の頃の感覚をどんどん忘れていっている気がして。小説を読んで思い出させられることがよくあります。染井さんはちゃんと覚えている人なんだなって。素敵なことだと思います。

染井:僕も忘れちゃうんですよ。子供の頃の気持ちを否定したくないんだけど、その頃の感覚はどんどん失われている。でも僕自身も、親に対してどこか冷静な目を向けていた子供だったと思うんです。もちろん幼かったんだけど、幼いなりにこの人達ってこうなんだろうなと冷静に見ていた自分がいて。そういう感覚だけはずっと残ってるんじゃないかなと思います。
 あと、どこかで親に対する諦めというのもありますよね。普通の家庭で愛情を受けていても、親に対する諦めを子どもはどこかで持っている、持つときが来るんじゃないかと思います。


――小太郎も親のことがよく見えているばかりに悩みを打ち明けられず、抱えきれなくなってしまう。

染井:遺伝の問題は亜紀がいちばん触れたくないタブーで、だからこそ小太郎に言わないけど、お母さんはそこ絶対気にしてるよな、ということまで小太郎はわかっている。


――すごくいいシーンだなと思うのが、小太郎がその悩みを担任教師である祐介に打ち明けるところで、こういう時に親じゃない誰かが横で寄り添ってくれるのってとても大事なんだなと思いました。親にはできないことを祐介がやっているんだなって。

染井:そうそう、絶対に第三者の方が冷静に見えると思うし。小太郎の方も、お母さんにもお父さんにも気を遣って生きている。そういう繊細さや悩みも、この作品で書きたかったところですね。


――小太郎の悩みの種である遺伝の問題は本当に難しくて、まず学校で教えてくれるものじゃないですよね。そもそもそういう性質の問題じゃないようにも思いますし、生きていくなかで察していくしかない、世間知みたいなことなのかなと。

染井:でも例えば、親がなにか病気を持っていて、子供もなりやすいという統計があるんだとしたら、ちょっと生活習慣に気をつけなきゃいけないなという意識を持てるかもしれないし、知識として知っておいた方がいいこともあると思うけど……、難しいですよね。遺伝する性質がよくないものだったときが、特に難しい。


――社会的な排除に繋がりかねないことは特に気をつけないといけないですね。でも、むやみに蓋をするとかえって良くない場合もあるかもしれない、とこの作品で思いました。

染井:性質上できないことがあるなら、できないなりに他のことで頑張ればいいと思える、そういう世の中であってほしいなと思います。

プロフィール



染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。2017年、『悪い夏』で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し、デビュー。その他の著作に『正義の申し子』『震える天秤』『正体』『海神わだつみ』『鎮魂』『滅茶苦茶』がある。

書籍紹介



黒い糸
著者 染井 為人
発売日:2023年08月30日

横溝賞出身、『悪い夏』の著者による初のホラーサスペンス
千葉県松戸市の結婚相談所でアドバイザーとして働くシングルマザーの平山亜紀は、仕事で顧客とトラブルを起こして以降、無言電話などの嫌がらせに苦しめられている。
亜紀の息子・小太郎が通う旭ヶ丘小学校の6年2組でも、クラスメイトの女児が失踪するという事件が起きていた。
事件後に休職してしまった担任に替わり、小太郎のクラスの担任を引き継いだ長谷川祐介は、クラス委員長の倉持莉世から、クラスの転入生の母親が犯人だという推理を聞かされて戸惑うが、今度はその莉世が何者かに襲われ意識不明の重体となってしまう。
特定のクラスの周辺で立て続けにおきる事件の犯人は同一なのか、またその目的とは。

詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/322304001094/
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