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特集

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ、超弩級のミステリ短編集『素敵な圧迫』刊行記念 呉勝浩インタビュー

取材・文:若林踏
写真:鈴木慶子



『素敵な圧迫』刊行記念
呉勝浩インタビュー


――素敵な圧迫』は呉さんにとって初めてのノンシリーズ短編集です。以前、別のインタビューでお会いした際に「短編を書くのはちょっと苦手です」とおっしゃっていたことを覚えています。それだけに今回このような形で呉さんの短編がまとまって読めるのは本当に嬉しく思いました。

呉:ありがとうございます。短編については「苦手意識がある」というより「マルチタスクができないから、なかなか書けない」と自分では思っています。長編作品を書いている最中に、短編作品を同時並行で書くということがどうしても難しく感じてしまうんですよね。特にデビューから2年くらい経った頃は「長編作品をしっかり完成させて、作家としての自分の立ち位置を確保しなければいけない」という思いに囚われていた面もあったので、長編の執筆に集中しがちでした。
ただ、こうやって一冊にまとまってみると、執筆当時に自分が感じていたことや悩んでいたことなどが各作品に反映されていて、結果的に短編集を刊行できて良かったと感じています。



――「デビューから2年くらい」というと、今回の収録作でいえば「ミリオンダラー・レイン」を書いた2017年頃のことでしょうか?

呉:はい。長編作品でいうと『白い衝動』(講談社)を刊行した後くらいのタイミングです。『白い衝動』が重い題材を扱った作品だったことも重なり、「今後どうしたら良いのだろう」と作家としての行く末に色々と悩んでいた時期でした。自分の殻を破ろうと思い、試行錯誤を繰り返していた記憶があります。


――なるほど。ただ、その試行錯誤があったからこそ、本書は様々な趣向の短編が集まったのではないか、と思います。

呉:ああ、それはあるかもしれません。誤解を恐れずに言いますが、雑誌の特集やアンソロジー企画に寄せる短編って「与えられたお題さえクリアしていれば、後は何を書いても良いんだ!」と、ある意味で自由なスタンスで書くことができると思います。本書に収録されている「ミリオンダラー・レイン」と「パノラマ・マシン」と「Vに捧げる行進」は編集側からテーマを与えられて書いたものですが、今まで長編作品でチャレンジしたことがない趣向にもチャレンジできました。題材が設けられていたからこそ、却って伸び伸びと執筆できたのかもしれません。


――表題作の「素敵な圧迫」は異様な心理を扱ったスリラーで、「屋根裏の散歩者」などの江戸川乱歩の短編にも通ずるフェティシズムを感じさせる作品です。

呉:「素敵な圧迫」は、冒頭の一文がまず頭の中にあって、そこから連鎖的に場面を思い浮かべながら書いていった小説ですね。


――「いいすきを見つけると、心がおどった。」という出だしですよね。確かに印象的な一文です。

呉:自分自身が結構、狭い空間に嵌まるのが好きなんです。大きなベッドで手足を伸ばして寝るよりも、ソファーで小さくうずくまって寝てみたり。そういう隙間に挟まる快感を求める性癖を主人公にも持たせて、色々なシーンを積み重ねていった結果、ああいう変な話がいつの間にか出来上がった感じです。「小説現代」からは特にミステリを書いて欲しいなど具体的な要望はなく、プロットをしっかり立てないまま書き始めた小説なのですが、逆にそれが良かったのかもしれませんね。


――2編目の「ミリオンダラー・レイン」は、かの「三億円事件」を題材にしたストレートな犯罪小説です。事件が起きた1968年が舞台になっていますが、読者が生きている現代の光景とも重なるものが浮かび上がる構成が見事です。

呉:この作品についてはもともと「三億円事件」をテーマにしたアンソロジー企画があって、それに合わせて書いたものです。事件が発生した時代背景については依頼を受けてから調べて書いたのですが、先ほど申し上げた通り執筆当時の自分の関心事が反映されているせいか、現代的な問題も孕んだ短編になりましたね。


――現代性という意味では、3編目の「論リー・チャップリン」もインパクトの強い作品です。一種の風刺小説で、途中で昨今の“論破文化”を象徴するようなユーチューバーが出てくるところが笑えます。

呉:これも執筆当時に自分が抱えていた違和感というか、モヤモヤとした気持ちから生まれたものなんです。“論破文化”って、自分の賢さを証明したいが為に結局は人の揚げ足を取ったり馬鹿にしたりすることへと繋がってしまう。何か人が驚くようなことをずばり断言してしまう短絡さもあるでしょうか。そうしたものに対する抵抗感が、2018年にこの作品を書いていた時はありました。それは後年、『爆弾』(講談社)の執筆にも繋がってくるわけですが。


――この短編は社会に対する皮肉な面を描くだけで終わらない部分も素晴らしいと思いました。

呉:ラストについては、ロジックを重視することへの不信感の裏返しにもなっています。いまの社会は合理性を重んずる風潮が強いけれど、ではその果てに何があったのかというと“論破文化”なんですよ。屁理屈のような話で人々がねじ伏せられる光景を見ていると、「本当にロジックが人間を幸福にするのだろうか?」という疑問が浮かんできます。だから「論リー・チャップリン」のラストは、ロジック重視の世の中に対する自分なりの抵抗ですね。



――本書はバラエティに富んだ物語が揃っている短編集ですが、4編目の「パノラマ・マシン」は何と幻想SFです。これは「小説現代 特別編集」2019年10月号の乱歩賞特集に寄せたものだったんですよね。乱歩を題材に呉さんがSFを書いたので吃驚しました。

呉:実は「パノラマ・マシン」も「論リー・チャップリン」と似たような問題意識が自分の中にあって書いた作品なんです。ちょうど執筆依頼をいただいた時に、「ポケモン GO」など拡張現実が話題になっていたんです。それに対して私は「現実とそっくり同じ空間を構築できたとして、人は幸福を感じるのか?」という疑問を抱いていました。理屈で考えれば、最適化された世界を再現できるのだから幸福なのでしょう。しかし本当にそうなのかな、という気持ちが拭えず、その疑問を何とか小説にしようと考えた時に、SFの形を選んだんです。


――5編目の「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について」は、収録作の中では唯一の書き下ろし作品です。こちらは短編集刊行の企画が決まった段階で執筆されたものでしょうか?

呉:いえ、実は誰から依頼されたわけでもないのに書いたものなんです。ある時、長編作品の執筆が難航していて、それを打破するために「よし、気分転換に自分の書きたい話を書いてみよう」ということで短編を二つ書いて、それを以前から短編集刊行の企画を持ちかけてくれていたKADOKAWAの担当編集に送ったんです。「短編を書いたんですが、良かったらこれを採用して短編集を出しませんか?」と(笑)。その内の一つが「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について」なんです。


――本作はボクシングを題材にした二人称小説です。これも今までの呉さんの作品とはイメージの異なる小説です。

呉:執筆当時、ちょうどボクシングに興味を持ち始めた頃だったので、そのまま自分の関心事を反映させるようにボクシング小説を書いた感じです。ただ読んでいただければ分かる通り、単にボクシングを描きたかっただけではなく狙いはもっと別のところにあります。これも短編でしかできないような趣向に挑戦した話ですね。


――最後に収められた「Vに捧げる行進」は、コロナ禍と真正面から向き合った警察小説です。

呉:おっしゃる通り、この作品は「どうにかしてコロナの記憶を小説の中に留めておきたい」という思いから書いたものです。新型コロナウイルスが感染拡大した2020年、やはり私も精神的に参ってしまった時があったんですね。「世間では大勢の人が亡くなって、書店も閉まっている中で小説を書く意味って何だろう」という思いに囚われてしまったんです。それでも、自分がいま見ている光景は残しておきたい。そういう気持ちが前面に出ている小説だと思います。自分がその時々で感じた思いが滲んでいる短編集として、この作品が掉尾を飾るのは自身でも非常に納得しています。


――こうして全体を通してみると、各編の趣向はバラバラでも、呉さんが現代社会に対して抱いている抵抗感が通底している気がします。

呉:確かにそうですね。自分でも読み返していて、やはり抑圧に対する関心が強いんだなと感じました。表題作を書いていた時は、「自分たちは知らず知らずのうちに色々な圧迫を受けているのではないか」という予感めいたものを感じていました。「論リー・チャップリン」で描かれたような“論破文化”であったり、SNS上での単純化された発言であったりと、上手くは表現できないのだけれど「何か不味いよね」という空気が流れているなと思ったんです。書いている最中は全く意識していなかったのですが、こうして各編を並べてみると2010年代から最近に至る中で社会に対して「何か不味いよね」と感じていたんだな、と改めて気付きました。


――今後の予定を教えてください。

呉:今年11月に小学館より長編作品を刊行する予定です。これは本書の「Vに捧げる行進」を書いている時に感じた問題意識の延長線上にある作品ではないか、と自分では思っています。書き上げるまで本当に苦労したのですが……是非ともお楽しみいただければ幸いです。


プロフィール

呉 勝浩(ご・かつひろ)
1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。18年に『白い衝動』で第20回大藪春彦賞、20年に『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。22年に『爆弾』で『このミステリーがすごい! 2023年版』と『ミステリが読みたい! 2023年版 国内篇』で第1位を獲得し、23年に同作で本屋大賞ノミネート。他の作品に『ライオン・ブルー』『おれたちの歌をうたえ』など。

書籍紹介



素敵な圧迫
著者 呉 勝浩
発売日:2023年08月30日

『爆弾』『スワン』の気鋭が放つ、超弩級のミステリ短編集
「ぴったりくる隙間」を追い求める広美は、ひとりの男に目を奪われた。あの男に抱きしめられたなら、どんなに気持ちいいだろう。広美の執着は加速し、男の人生を蝕んでいく――(「素敵な圧迫」)。

交番巡査のモルオは落書き事件の対応に迫られていた。誰が何の目的で、商店街のあちこちに「V」の文字を残したのか。落書きをきっかけに、コロナで閉塞した町の人々が熱に浮かされはじめる――(「Vに捧げる行進」)。

ほか全6編を収録。
物語に翻弄される快感。胸を貫くカタルシス。
文学性を併せ持つ、珠玉のミステリ短編集。

詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000843/
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