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特集

誰も、すべての企みを見破ることはできない。――神永学、20年目の挑戦。

神永学さんの書き下ろし長編『ラザロの迷宮』(新潮社)が刊行されました。構想・執筆に約4年の歳月を費やしたという新作は、どんでん返しが炸裂する驚愕の本格ミステリー。作家生活20周年を迎え、ますます作風を広げる神永さんにインタビューしました。

取材・文=朝宮運河 写真=後藤利江

神永学『ラザロの迷宮』インタビュー


――9月19日に刊行された『ラザロの迷宮』は、神永さんの新境地ともいえる本格ミステリーです。完成まではご苦労があったそうですね。

 ええ、トータルで4年くらいかかりました。最初に取材に行ったのがコロナ以前ですから、はるか昔の話という気がしますね。メインのアイデアは早い段階に決まっていたんですが、作品全体の構造がなかなか見えなくて、3年くらいは書いては消して……をくり返していました。作家になってこんなに苦労した作品は初めてですし、同時にこんなに楽しかった作品も初めて。楽しいと思えるようになったのは、全体の構造が浮かんで、第1稿が仕上がってからで、それまでは苦しみの連続でしたけどね。何度担当さんに電話して「この話、なかったことにしませんか」と言いそうになったことか(笑)。


――洋館での謎解きイベント中に起こった殺人事件と、警察署に血まみれで現れた記憶喪失の青年をめぐる謎。ふたつのストーリーが交互に語られていく、という構成になっています。

 初期の原稿では、謎解きイベントが一切出てこないんですよ。警察署内の取り調べシーンだけで物語を展開させていたんですが、何度書き直してもしっくりこなくて。それで思いついたのが、山奥のペンションで開催される謎解きイベントです。このアイデアは藤巻亮太さんの野外音楽フェス「マウントフジマキ」を楽しんだ帰り、ワインディングロードを運転していてふっと思い浮かびました。第1章の冒頭で主人公の月島が山道を運転しているシーンは、その日の状況をそっくり生かしたものですね。どこにアイデアの種が転がっているか分かりません。


――世田町署捜査課の刑事・美波紗和は、ナイフを手に警察署に現れ「ラザロ」「助けて」と口にした青年の取り調べを担当することになります。

 美波のキャラクターもしばらくブレブレだったんです。当初は彼女にもトラウマがあって、心が揺れ動くという展開を考えていましたが、たまたま仕事で知り合ったある女性が、まったく悩むことなく己の道を突き進むというタイプで、その方のキャラクターを借りようと思いついたことで、一気にストーリーが動き始めました。


――美波とともに取り調べにあたるのは、警視庁から派遣されてきた警部・久賀瑛人。元精神科医で催眠術にも詳しいという変わり種の刑事ですね。

 催眠術を扱うことは早い段階で決まっていて、専門家に取材に行きました。学問として催眠を研究している方で、取材で得たことがそのまま久賀のセリフになっていたりします。作中、美波の指が開かなくなるというシーンがありますが、あれも取材で教えてもらったテクニック。ショーアップされた催眠術ではなく、科学的な催眠の知識を盛りこんだことで、作品に説得力が生まれたと思います。


――一方、作家の月島理生が参加している謎解きゲームの会場では、メンバーが次々と殺されていく。館、密室殺人、クローズドサークル。ど直球の本格ミステリーですね。


 いや、楽しかったですね(笑)。本格ミステリーを書くのってこんなに楽しいんだなと、初めて知りました。館の見取り図も入れていただいて、長年楽しんできた本格の世界に、作者として関わることができました。
 ただ新潮社の編集者のお二人がミステリーマニアなので、細かいところに鬼のようなツッコミが入るんです(笑)。それも「こうすればもっとミステリーファンが喜ぶんじゃないですか」という具体的な指摘なので、直さないわけにはいかない。その頃には作品の全体像が見えていたので、ブラッシュアップする作業が楽しかったですね。


――『ラザロの迷宮』はじっくり謎と向き合うタイプの作品で、派手なアクションなどは一切ありません。神永作品としては異色といえますね。

 映画でも小説でもそうですが、ストーリー展開に不安が生じると、つい派手なアクションを入れたくなってしまうんですね。そろそろ誰か殺した方がいいんじゃないか、車を爆発させた方がいいんじゃないか、と思ってしまう。でもそれは逃げでしかないし、アクションを起こしたからといって、面白くなるわけではないんです。京極夏彦先生の作品なんて、会話が何十ページも続くのに面白いじゃないですか。この作品では小手先のアクションに逃げることをやめて、事件そのものを描くことに力を注ぎました。


――館での殺人事件と、記憶を失った青年の取り調べ。繋がりがなさそうな2つのエピソードがどう重なっていくかが大きな読みどころ。ネタバレになるので語れませんが、驚きの展開が何度も待ちかまえています。

 執筆中、編集者から「想定外を起こしましょう」とアドバイスをいただいて、大きなモチベーションになりました。どうすれば「想定内」を裏切ることができるのか、ずっと考えていましたね。20年近い作家生活の中で、忘れられない編集さんの言葉がいくつかあるんですが、「想定外を起こせ」というアドバイスも一生忘れられない一言になりました。


――めくるめくどんでん返しによって、登場人物たちの内面が浮き彫りにされていきます。各キャラクターの過去や動機を丁寧に描く、という姿勢はデビュー当初から一貫していますね。

 そこは今回とても気をつけたところです。本格ミステリーに真剣に向き合うのは当然として、キャラクターの書き分けや人間ドラマの部分も大切にしたい。僕の読者もそれを望んでいるでしょうし、作品自体の説得力を高めることにも繋がりますから。『ラザロの迷宮』というタイトルの意味は、最後まで読んでいただくと分かるようになっていますが、キャラクターが薄っぺらだと、その効果が弱くなってしまうんですよ。
 これも忘れられない一言ですが、以前ある編集さんに「神永さんは何を書いても神永さんの作品になります」と言われたことがあって、すごく心強かったんですね。今回もいつも通りに書いていれば、僕なりの本格ミステリーになるだろう、という確信はどこかにありました。


――逆にこれまで書かれてきた作品と、『ラザロの迷宮』の違いはどんな点ですか。


 ミステリーから逃げなかった、ということですね。これまではキャラクターや読みやすさを中心に据えていたんですが、今回はガチでミステリーに挑んでいます。神永学といえばキャラものの人だよね、というイメージを覆すような作品になったと思いますね。『ラザロの迷宮』を書き上げたことで、やっと「僕はミステリー作家です」と名乗りをあげられた気がします。


――『ラザロの迷宮』は遊び心のあるカバーも面白いですね。表裏を入れ替えられるどんでん返し仕様で、しかもカバー内部にはショートストーリーが掲載されています。

 これも僕からお願いしたわけじゃなくて、新潮社の皆さんから提案してくれたんです。熱量をもって作品に向き合えば、関係者もそれに応えてくれるんだ、ということを今回は肌で実感しました。売れないと悩んでいる若い作家には、もっと熱量を込めて作品を書いてごらん、必ず状況が変わるから、とアドバイスしたいですね。


――2024年はデビュー20周年のメモリアルイヤーです。記念企画が目白押しだそうですね。

 ええ。各社から本が出るので、詳しくはSNSなどをチェックして欲しいんですが、KADOKAWAでは『怪盗探偵山猫』を復活させます。『山猫』をしばらくお休みしていたのは、セキュリティ技術の変化もあったんですが、山猫が懲らしめるべき悪党がいなくなった、という事情もあったんです。ところが日々ニュースを見ていると、悪い奴らが出るわ出るわ(笑)。これまでは裏社会の悪と対決してきましたが、ブラック企業など表社会の悪を描くのも面白いかなと思っています。
 他にも「悪魔」シリーズの新作、「浮雲心霊奇譚」の新作、ホラー作品「オオヤツヒメ」など、各社で企画が進行中です。


――どれも楽しみにしています。ではこれから『ラザロの迷宮』を手にする読者に、あらためてメッセージを。

 時々「自分はデビューが早すぎたんじゃないか」と思うことがあるんですよ。今さら言ってもしょうがないんですが、もっとプロのスキルを身につけてからデビューしていたら、作家人生も違っていたかもしれない。それが今回『ラザロの迷宮』を書き上げたことで、プロだと名乗れるレベルに到達できたと思います。だから気分はデビューしたての新人作家ですよ。20年もキャリアがある新人ですけど(笑)。そのくらいの心の変化がありました。
 4年間、本格ミステリーを真剣に追い求めたのがこの作品。ある部分は見抜けても、全体の仕掛けをすべて見破るのは難しいと思います。神永学の本格ミステリーをぜひ楽しんでください。

プロフィール

神永学 かみなが・まなぶ
1974年、山梨県生れ。日本映画学校(現日本映画大学)卒。自費出版した「赤い隻眼」が編集者の目に留まり、大幅に改稿の上、2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』として刊行され作家デビュー。「心霊探偵八雲」シリーズとして人気を集める。小説の他、舞台脚本の執筆なども手がけている。他の著作に、「怪盗探偵山猫」「天命探偵」「確率捜査官 御子柴岳人」「革命のリベリオン」「浮雲心霊奇譚」「悪魔と呼ばれた男」の各シリーズ、『コンダクター』『イノセントブルー 記憶の旅人』『ガラスの城壁』などがある。


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