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特集

「心霊探偵八雲」文庫版完結記念 神永学ロングインタビュー

取材・文:朝宮運河 写真:川口宗道 イラスト:鈴木康士

「心霊探偵八雲」文庫版完結記念 神永学ロングインタビュー

※本記事は、「ダ・ヴィンチ6月号」に掲載されたインタビューを転載したものです。



大人気ミステリー「心霊探偵八雲」の文庫最終巻が5月24日についに刊行される。15年以上にわたるシリーズの大きな節目に、いま何を思うのか―。

「『八雲』を書き進めることで僕自身が救われたんです。」

人気シリーズ「心霊探偵八雲」の完結編、『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の文庫版が発売される。2004年のシリーズ開始から15年以上にわたって書き継がれ、アニメ化などのメディアミックス展開もされてきた「心霊探偵八雲」は作家・神永学さんの代表作にして原点。神永さんの歩みが刻まれたシリーズのこれまでを、振り返ってみたい。

「心霊探偵八雲」とは?

多くの人気シリーズを抱える神永学の代表作。赤い左眼を持ち、死者の魂を見ることができる大学生・斉藤八雲が、その特殊な能力を生かし、奇怪な事件を次々と解決していく姿を、同じ大学に通う小沢晴香などとの人間関係を交えて描く。読む者の魂を揺さぶる、スピリチュアル・ミステリーだ。

書店員さんの熱意に支えられたシリーズ

「心霊探偵八雲」は赤い左眼を持つ大学生・斉藤八雲が、その不思議な能力と優れた洞察力を駆使して、奇怪な事件を解決していくというミステリーだ。
よく知られているように、シリーズ第1作『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』は、2003年に神永さんが自費出版した小説『赤い隻眼』を改題・改稿したもの。自費出版した小説が編集者の目にとまり、商業作品として大々的に売り出される。そう聞くと華々しいサクセスストーリーのようだが、神永さんは「決してそんなものじゃなかった」と回想する。

「今でこそミステリーと超常現象を絡めた〝特殊設定ミステリー〟は珍しくありませんが、当時はほとんどありませんでした。ミステリーのルールを破っているとか、小説の形をなしていないとか、ぼろかすに批判されましたよ。当時の担当者は笑っていましたが、心が折れそうになることもありました。営業さんと書店まわりもやりましたよ。書店をまわって、本を置かせてくださいと頭を下げるんです。全く相手にしてもらえない事もありました。こんな経験をした作家、日本で僕くらいじゃないですか(笑)」

しかしシリーズの魅力にいち早く気づき、面白さを広めようとする読者もいた。

「一部の書店員さんが気に入って、無名の新人の作品にもかかわらず、大量に仕入れてくれたんです。そのお店でランキング上位に入っているのを見て、『この本は何だ?』と他の書店も注目する。そうしてじわじわと輪が広がっていきました。当時プッシュしてくれた書店員さんがいなければ、『八雲』は続いていなかったでしょうね」

僕の人生が「八雲」には投影されている

デビュー翌年には3冊、その次の年には2冊という驚異のハイペースで刊行された「心霊探偵八雲」シリーズ。ぶっきらぼうで孤独を抱えた青年・八雲の魅力と、猟奇犯罪やオカルトを扱ったストーリーの面白さは、巻を重ねるごとに強まり、次第に読者をつかんでいった。
2006年にはテレビドラマ化、07年には最初のコミカライズがおこなわれ、08年には角川文庫版の刊行がスタートする。こうした動きもあって、「心霊探偵八雲」は人気シリーズへと成長していく。しかしシリーズの知名度が高まるにつれて、神永さんはある悩みを抱えることになったという。

「自分は『八雲』だけの作家で終わるんじゃないか、シリーズが終わったら消えてしまうんじゃないか、という不安がありました。並行して『怪盗探偵山猫』を書かせてもらったのも、そういう焦りの表れだったんです。スランプを抜け出せたのは読者のおかげ。作品を熱心に読んで、人生が変わった、支えになったと手紙に書いてくれる人たちがいる。そんな人たちに対して、いい加減なことはできないと思ったんです。毎回ベストを尽くさないと、読者に失礼だなって」

不遇な生い立ちと赤い左眼のために、他人に対して心を閉ざしてきた八雲。しかしある事件を通して知り合った小沢晴香や、八雲に協力する刑事・後藤や石井との関わりによって、少しずつ変化していく。出会いによって人は変わる。それが「心霊探偵八雲」を貫くテーマだった。

「八雲は自分に存在意義がないと思い込んでいて、幽霊が見えるという能力も余計なものだと感じています。しかし彼の左眼を『きれい』だと言った晴香と出会い、さまざまな事件に関わることで、徐々に自己肯定できるようになる。それはいろんな人に影響を受けて生きてきた、僕の人生を色濃く投影したものでした。読者もこの部分に反応してくれる人が多かったですね。自己肯定感が低くて、生きづらさを抱えている人が、八雲の姿に共感してくれたんです」

家族への思い、そしてシリーズの結末

八雲の宿敵ともいえるのが、八雲の出生に深く関わっている〝両眼の赤い男〟と、彼に心酔する凶悪犯罪者・七瀬美雪だ。八雲を執拗につけ狙う二人との緊迫したエピソードが、シリーズ中盤から後半にかけて、物語に大きなうねりを生み出した。

「今だから言いますが、両眼の赤い男は僕の両親への印象が元になっています。『八雲』を書き始めた頃は両親の考えていることがわからなかった。だから両眼の赤い男も、何を考えているのかわからない、理解不能の存在として描いています。でもストーリーが展開するにつれて、両眼の赤い男の過去に向き合う必要が出てきて、自分の家族についても考えるようになった。そうすることで少しだけ家族との心の距離が縮まった。『八雲』を書き進めることで、僕自身が救われた部分があったんです」

そしてシリーズは20年6月、『心霊探偵八雲12 魂の深淵』で堂々のフィナーレを迎えた。七瀬美雪の罠によって絶望の淵に落とされた八雲。希望を失いかけた彼が、晴香のために選んだ道とは? 生きることの苦しみと悲しみ、そして先にあるほのかな光。「心霊探偵八雲」が一貫して描いてきたテーマが、この巻には凝縮されている。

「ここに到達するまでに12巻かかりました。最初は3冊で終わるつもりだったんです。八雲が死んで、晴香との間に生まれた子どもが、父親の幽霊を見るという結末を考えていました。当時は生きることに対して、僕がまだ悲観的だったんですね。でも書き継いでいくうちに、『八雲』のラストはそうじゃないなと思った。それはいろんな経験を経て、僕自身が変わったからだと思います」

新たな展開を見せる「八雲」ワールド

シリーズ完結から約2年、「八雲」ワールドはすでに新たな局面に突入している。
昨年には「確率捜査官・御子柴岳人」シリーズの御子柴と八雲が共演する『心霊探偵八雲 INITIAL FILE 魂の素数』、八雲の高校時代の事件を描いた『青の呪い 心霊探偵八雲』というスピンオフが連続刊行され、話題を呼んだ。

「自分には文学賞を受賞するような、繊細な文章を書く才能はありません。でも最後まで読ませる力とストーリーテリングだったら誰にも負けない。小説の才能はひとつではないし、与えられたポジションで、自分らしく戦えばいいんだと最近では思えるようになりました。『INITIAL FILE』はまさにそういう書き方をした作品。絶対面白くなるという自信がありました。『青の呪い』では、いくつかのシーンに知人の体験談を取り入れています。自分の過去には向き合えたという実感があるので、これからは他の人の過去を小説に取り入れていきたいと思っています」

最近ではブログやツイッター、YouTubeを活用し、読んだ本の感想を積極的に発信している神永さん。その活動にはある思いが込められているという。

「作家にとって作品が読まれないのは何より辛いこと。せめて『自分は見ているよ』と伝えたくて、本の感想をアップするようにしました。そしたら思いのほか作家さんたちに喜んでもらえて、自分でも役に立てるんだと実感できた。ツイッターで声をかけてくれたら、時間の許すかぎり読みますよ(笑)。作風の幅を広げるために、新しい才能に触れていきたいですね」

こんなデビューをした自分だから、劣等感を抱えてきた自分だから、できることがきっとあると神永さんは語る。その言葉が、傷ついた魂の再生を力強く描き続けた「心霊探偵八雲」の世界と重なった。「心霊探偵八雲」は神永さんの作家人生そのもの、といっても過言ではないだろう。

「スタートが自費出版だったことで、ずいぶん苦労しましたが、今となってはいい経験だったと思います。ジャンルや文学賞のしがらみがなかった分、自由に作品が書けましたから。最近は小さくまとまりかけていましたが、またデビューの頃の気持ちに戻って、大胆でスケールの大きな物語を書いていきたいと思います。『八雲』もスピンオフなどの形で、書き継いでいくことになるでしょうね」



プロフィール

神永学(かみなが・まなぶ)
1974年山梨県生まれ。2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』でプロ作家デビュー。同作から始まる「心霊探偵八雲」シリーズで人気を博す。他の作品に「怪盗探偵山猫」「確率捜査官 御子柴岳人」「浮雲心霊奇譚」「悪魔と呼ばれた男」などのシリーズ、『コンダクター』『ガラスの城壁』などがある。

神永学オフィシャルサイト(https://kaminagamanabu.com/
小説家 神永学Twitter(@kaminagamanabu

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