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特集

『心霊探偵八雲』シリーズ完結記念! 藤巻亮太・神永学対談 僕らを育てた街と、僕らの物語

撮影:ホンゴ ユウジ  構成:朝宮 運河 

大人気シリーズの完結巻となる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』刊行を記念して、
ミュージシャン藤巻亮太さんと神永学さんとの対談が実現しました。
レミオロメンのフロントマンとして活躍後、現在はソロアーティストとして日本の音楽シーンをけん引し続ける藤巻さんは、神永さんと同じく山梨県出身。
八雲12巻と同時発売となるファンブック『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』より、同郷対談を一部抜粋してお届けします!

一番濃密な時期を過ごしていた


――お二人とも山梨のご出身で、年も近い。土地柄がそれぞれの創作に影響を与えた部分も多くあると思うんですが。


神永:あらためて地元が創作に与えた影響と問われると、一言であらわすのはなかなか難しいんですけど。藤巻さんも山梨は高校まででしたよね。


藤巻:高校までです。当時からバンドをやっていて、僕は大学が群馬県だったんですが、ベースは東京で、ドラムは山梨。自分たちで「遠距離バンド」と呼んでいました。練習もライブもままならなくて、あれよあれよという間に、このままでは無職で大学卒業か、となったんです。それで三人で覚悟を決めました。一回、山梨に帰ろう、卒業から八月までの間に結果が出なかったら、解散しよう、と。お金もある訳ではないのでスタジオ代を浮かすために、空き家を借りたんです。ちょうど近所に神社があって、その母屋を水道代ぐらいで貸してくれるって言われました。


神永:のっけから山梨らしい話ですね(笑)。


藤巻:その家の一番奥の畳敷きの部屋をスタジオに改装して、みんなで機材を持ち込んで、月曜日から金曜日まで、朝から夕方までひたすら曲作りをしました。ちょうど僕の家の近所だったので、ギターを背負って家を出て、ギター弾きながら神社に向かってました。石垣があって、苔むしていて。ああ、春って気持ちいいなあ、って思いながら。いま思うと、大丈夫か、って感じなんですけど(笑)。神社に向かうときに目にした風景のひとつひとつが、曲になったり、歌詞になったりして、特にデビューアルバムには色濃く反映されています。



神永:僕の作品も、舞台は東京になっているのに、山梨が溶け込んでいるパーツはたくさんありますね。じつはこのお寺は山梨のこのお寺で、とか、これはじつは母校の部室がモデル、とか。やっぱり一番濃密な時期を過ごしていたと思うので、そのころみた風景とか、話したこと、感じたことというのは、必ず頭に浮かぶんです。山梨って盆地で、山に囲まれていて、海がない。いま思うと、ちょっと特別な風景だと思います。


藤巻:そう、三六〇度山に囲まれて。僕自身は、世界はこんなに小さいはずがない、あの山の向こうにはいったいなにがあるんだろう、と思っていました。そういう好奇心を育むような環境はあったと思います。


神永:たしかに都会への憧れは強くありましたね。あと、身内の仲間意識が強い。


藤巻:無尽に代表されるような、いまでいう自助グループのようなものが昔からあります。もともと農家が多かったので、天候不順とか、不作のときに互いに助け合うために生まれたと聞いています。グループでお金を出し合って、その年にいちばん大変だった人にお金をあげたり。それが原点ですけど、いまは完全な飲み会のグループになっています(笑)。


神永:僕が地元を離れてしまっても、参加している無尽のグループがあります。地元では店が限られていて、居酒屋なんて三軒くらいしかないのに、必ずその三軒のどれかで飲んでいる(笑)。僕は作品で、血のつながり以上に仲間の大切さや絆を描くことが多いんですけど、ふと考えると、そういった土地で生まれ育ったということが、影響しているのかな、と思います。



藤巻:たしかに仲間に対して非常に親身になるところがありますね。


神永:僕が自費出版でデビューしたときに、地元の友人が近所中の書店から買い集めてくれたと聞きました。


藤巻:いい話ですね。お互い助け合うという精神は、山梨の文化として根強く存在していると思います。


神永:都会育ちとは違った感性を身に付けているのかもしれませんね。

劣等感がバネになった


――高校時代の思い出はありますか。


藤巻:僕は山梨で過ごした高校時代に、やりたいことがなかったので、友達とずっと無益な時間を過ごしていたんです。でも、その無益さが、いま思うと大事だったんだと思います。毎日友達の家に行って、なにをするでもなく話したり、漫画読んだり。一見無駄と思えるような時間のなかで、なにか磨かれていくものがあったのかもしれません。神永さんは、どんな高校生活だったんですか。



神永:高校まで、片道十五キロを自転車で通学していました。行きは下りだったからよかったんですが、帰りは上り坂。当時付き合っている子が反対方向だったんですけど、送っていってから帰ったりしてましたね。


藤巻:若いですね。


神永:若さですよね、パワーがみなぎっていたというか。


藤巻:本をまったく読んでいなかったそうですね。


神永:そうなんです。国語の成績も最悪でした。いま振り返ってみると、強要されることがとにかく嫌いだったんですね。国語には苦手意識があって。


藤巻:僕も国語の成績は悪かったんですけど。高校生までは、僕はなにか強くやりたいと願っていることっていうのはなくて、いろんなことを流されるままにやって、中途半端で終わって。劣等感しかないような気持ちのまま、大学受験も失敗したんです。劣等感を丸ごと抱えるようにして大学に入ったんですけど、結局その劣等感が僕のバネになって、初めてそこで音楽を作りました。自分の内側に刃のように刺さっていた劣等感が、音楽の力で肯定されたと感じたときに、あらためて音楽に魅せられて、そこからもう圧倒的にはまってしまって、音楽生活が始まっていくんです。十九歳のころでした。


――劣等感というのはお二人に共通するキーワードですね。


神永:僕も強烈な劣等感があったからこそ、作家になれたんだと思っています。それはものすごい力でした。



藤巻:なにものでもなかった時代を経て、デビューしてすぐの二十五歳ぐらいのころ、ありがたいことに「粉雪」がヒットしたんです。でも、それは早過ぎたんじゃないかと思うんです。それで、三十歳になって、レミオロメンではなく、藤巻亮太としてソロ活動を始めたら、また劣等感を感じ始めて。その劣等感とは、いまだに戦っているんですけど。


神永:せっかく藤巻さんにお目にかかるので、ちょうど昨日、音楽と文学の違いについて考えていたんです。「おんがく」と「ぶんがく」、同じ「がく」といっても、音楽は「楽」で文学は「学」ですよね。この違いが大きくて、僕みたいなひねくれ者は学問と言われるだけで、拒絶反応を起こしてしまう。だから、小説は楽しむものっていう認識がなかったんです。本もそもそも読まなかったし、国語の授業も面白いと思えなくて。本を読み始めたのも、小説を書き始めたのも遅いんです。


藤巻:ミュージシャンは逆に、早くから音楽を始める人が多い。僕もそれについて考えてみたことがあるんですが、小説家というのは、自分の言葉というものが熟成されるまで、待つ時間って必要なんじゃないかな、と思います。一方、音楽は、衝動的なものを瞬発力で表現するっていうところの違いかな、とも思うんですけど。

音楽と小説の違い、創作を重ねるうちに変わってくるものとは――。
更にディープな対談の続き、そして八雲12巻の「その後」を描く書き下ろし短編を収録した『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』は、こちらから。



藤巻 亮太

山梨県笛吹市出身。2003年にレミオロメンの一員としてメジャーデビューし、「3月9日」「粉雪」など数々のヒット曲を世に送り出す。2012年、ソロ活動を開始。

神永 学

山梨県南巨摩郡増穂町(現富士川町)出身。2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』でプロデビュー。

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