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特集

一冊まるごと「横溝正史」がテーマの最新作を著者と横溝研究者が深堀!? 『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』刊行記念対談

撮影:小嶋 淑子  構成:皆川 ちか 

文芸ファンとミステリーファンから熱烈に支持されているベストセラー・シリーズ「ビブリア古書堂の事件手帖」の約2年ぶりとなる新刊『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』が、いよいよ発売。今回はミステリー小説界のレジェンド、横溝正史を一冊まるごと扱っています。その刊行を記念して、著者の三上延さんと、横溝研究の第一人者・山口直孝先生の対談が実現。小説家と研究者、それぞれの視点から横溝正史について語ります。

なぜ『雪割草』を取り上げたのか?


三上:山口先生には昨年秋に取材をさせていただきましたね。2018年に、横溝正史が戦時中に書いたという新聞連載小説『雪割草』が初めて単行本化され、その存在を突き止めたのが山口先生であると知って、お話を伺うならこの方だと思ったのです。その節は大変お世話になりました。


山口:実はあのとき『雪割草』を題材にした小説を書きたいとお聞きしても、ぴんとこなかったんです。私の専門分野は近代小説で、普段は資料を調べて作家とその作品の過去の足跡を辿っています。自分の研究が今現在の、リアルタイムで書かれる小説とどうつながるのかが、よくのみこめていませんでした。


三上:そうですよね。実は僕も山口先生にお会いするまでは、次回は『雪割草』をメインにして横溝正史を扱おう、くらいにしか決めていなかったんです。


山口:そもそも、なぜ横溝正史を扱うにあたって『雪割草』を選ばれたのですか。


三上:専門家の方の前でこんなことを言うのも口幅ったいですが(苦笑)、横溝は非常に有名な作家ではありますが、世代によって認知のされ方がだいぶ異なると思うのです。1970年代の横溝正史ブームを記憶している世代なら、代表作はだいたい知っていると思います。だけどそれより下の世代からは、『金田一少年の事件簿』の主人公のおじいちゃんだな、なんて誤解されていそうな気もして。


山口:私の教えている大学生には、両方いますね(笑)。


三上:さらにもっと若い世代になると、横溝正史という名前だけは知ってるけれど、具体的には何も知らないくらいになっているんじゃないかなあ、と。イメージのばらつきが激しい作家だと思うんです。その中でどの作品を取り上げるかとなると非常に難しくて。それと、ミステリー作品を取り上げたらネタバレになってしまいかねないという危惧もありました。


山口:そうでしたか。『雪割草』は横溝が書いた唯一の家庭小説ですからね。ある意味、異色作ともいえる。ミステリーではないけれど、達者な話で読ませますね。


三上:ええ、驚きました。推理小説じゃないんだ……と、ちょっぴり残念な気持ちで読みはじめたのですが、これがすごくおもしろい。こういうのも書ける人なんだと、改めて横溝の凄さを思い知りました。



家庭小説に込められた思い


山口:『雪割草』には当時の横溝自身の心境や家族のことが、よく書き込まれていますね。異色作ではありますが、横溝について考える上で重要な作品だと思います。1935(昭和10)年ごろから、小栗虫太郎、甲賀三郎といった探偵小説作家たちが新聞小説に進出するようになります。けれども、時局にそぐわないという理由で、本領である探偵小説を発表する場がなくなっていきます。そうした状況の1941(昭和16)年に『雪割草』は書かれました。


三上:状況的に考えて、好きでやった仕事ではなかったという。


山口:新聞は文芸雑誌より原稿料はよかったでしょうし、長編小説ですから長い期間収入が見込める。職業作家として家族を養わなければいけないという事情は切実だったと思います。中味も工夫する必要があったでしょう。新聞で連載される小説である以上は子どもにも読みやすく、かつ女性の興味も惹きつけるようなものが望ましい……という具合に、メロドラマ的な要素も求められたのでしょうね。



三上:それで家庭小説になったのですね。横溝にとって初挑戦のジャンルですが、それにしては上手い。冒頭の時点で主要登場人物たちが出そろっていて、話の進み方に迷いがありません。作家が自分のなじんでいないジャンルで書こうとなったら、まず自分自身の引き出しの中から引っ張り出して書くことが多いのですが、横溝の場合もそうだったんでしょうか。


山口:そう思います。ただ、この『雪割草』に関して、横溝正史は何も語っていないんです。多作家だったので本作に触れる機会がなかっただけかもしれません。それでも400字詰め原稿用紙で約800枚もの長編であるにもかかわらず、一切発言がないのは、心のどこかで本意の仕事ではなかったという意識がはたらいていたのかもしれません。


三上:金田一耕助のプロトタイプみたいなキャラクターも出てくるのに。色々な人から金田一のキャラクター造型に関する質問をされても、『雪割草』の話は出てきませんからね。忘れたい作品だったのかな。


山口:敢えてふれなくてもいい、くらいの思いだったかもしれません。しかし、探偵小説よりも執筆時の作者の思いは強く反映されていますね。特に、家族に対する思いが非常にストレートに出ている。


三上:家族にこうあってほしい、という願望が如実に出ていますね(笑)。



『雪割草』と『獄門島』は似ている


山口:三上さんが『雪割草』の感想をおっしゃったとき、序盤の時点から横溝の中でおおよその構想は固まっていたのではないか、登場人物の配置的にも、と指摘されました。やはり小説家の方はそういうのが分かるのですね。


三上:あ、いえ、もちろん想像なのですが。『雪割草』は、後の代表作のひとつ『獄門島』とちょっと似た感じがあって、『獄門島』もごく最初の方で主要人物たちがすべて登場する構成になっているんです。後から重要なキャラクターが加わるということがなく、非常に整合性がとれていて、『雪割草』と同じような書き方をしていると感じたのです。


山口:そのご指摘は興味深いです。たしかに『雪割草』は物語の始めで、ヒロインの有爲子、金田一耕助の原型的な準主人公の仁吾をはじめ、主だったキャラクターたちがすでにそろっていますね。


三上:引き合いに出すのもなんなのですが、江戸川乱歩のうまくいってない小説を読むとよく分かるのです。物語の途中で唐突に出てきた人物が大活躍したり、前半でとても盛り上がっていたエピソードが急に尻つぼみになったりと、構想がきちんと固まっていない状態で書きはじめると、往々にしてそういうことが起こるんです。『雪割草』にはそういう感じがしませんでした。


山口:そのあたりに横溝正史の作家としての特質が現れていますね。


三上:横溝は執筆するときに、構想帳といったメモ類を作らなかったそうですね。それであんなに何十人も出てくる話を矛盾なく組み立てることができたなんて……いったいどういう書き方をしているのか、正直いって想像がつきません。引き出しの在り方が普通の作家と違うのではないか、としか思えない。


山口:そういったものが、みんな頭の中にあったのですね。横溝は記憶力が抜群に優れていたようで、蔵書にもほとんど線を引いていないのです。資料を預かっている立場からしたら、ちょっと物足りない(笑)。創作ノートやメモ帳とか、もっとあったらよかったのに、と。


三上:山口先生が編集された『横溝正史研究5』(戎光祥出版)で、横溝が『犬神家の一族』の家系図を何枚も書き直して作っていた原稿用紙が紹介されていて、少しほっとしました。横溝も悩むことがあったんだ、と(笑)。



山口:「犬神家」では例外的に作っていたんですね。ちなみに三上さんは小説を書かれる際、登場人物の家系図は作られますか?


三上:作ります。家系図でなくとも毎回なにかしらの人物関係図は作りますね。ミスを防ぐためというのもありますし、図にして書くうちに設定が深まっていくんです。この人物とこの人物は年齢が近いので、会話するときこんな話題が出てくるんじゃないか、とか。この年代の人が子どもの頃はこういうものに接していただろう、とか。イメージがしやすくなります。


山口:では年表も?


三上:そうですね、簡単なものですが作っています。



現実との関わり方を小説家は作品を通して示さなければ


山口:三上さんの今作の主な舞台は2021年となっていますね。


三上:本当は今年の設定で書いてたんです。それがコロナウイルスが発生したので、お客さんでにぎわっているお店の情景などに違和感が生じてしまうな……と悩みまして、思いきって一年後の世界にしたんです。冒頭がさらに未来の、扉子が高校生になっている時代ですので、二重に未来が舞台というややこしい設定となってしまいました。


山口:そうだったんですか。このシリーズは作中に年事がしっかり書かれてありますから、現実の影響を受けてしまいますね。


三上:一番最初の頃は、2011年の震災の前の年という設定でした。いつの時代か特定しないで書くという方法もあったのですが、「ビブリア古書堂」ではそういうやり方は採らなかったんです。


山口:本作の第二話『獄門島』の回では、ブックカフェを併設している古本屋さんが出てきますね。昔ながらの古本屋がだんだんやりにくくなっている現状が描かれていて、作品世界で古本屋の今と向き合っておられるなあと感じました。


三上:神保町界隈にもブックカフェが増えていますし、2020年代を舞台に古本屋業界を描くとなると、そうした現状にふれざるを得ないといいますか、無視してはいけないと思うんです。


山口:現実と向き合う姿勢は、いつの時代の物語なのか常に明らかにする語り方にもあらわれていますね。


三上:そうかもしれません。実在する古書を題材にしている以上は、小説世界の中にも現実をある程度、反映させなければならないんじゃないか、と。



山口:フィクションであっても、現実とどう関わろうとしているのかというのを小説家は常に問われるものなのですね。そういえば最近『本陣殺人事件』と『犬神家の一族』の英語版が出版された関連で、横溝正史のお孫さんの野本温さん(次女で児童文学作家・野本瑠美さんの息子さん)がFive Booksという読書家に向けた英文サイトのインタビューを受けています(Best Classic Japanese Mysteries,recommended by On Nomoto, https://fivebooks.com/best-books/classic-japanese-mysteries-on-nomoto/)。温さんは『雪割草』を読んで、これは祖父・横溝正史の自己語りだと感じられたそうです。ご存じのように横溝は1933(昭和8)年に結核を患い、約5年間、長野県の上諏訪で療養生活を送っていました。


三上:『雪割草』のヒロインの地元も上諏訪ですね。あと、男性主人公の仁吾は結核にかかり、健康面でも仕事面でも苦しむというあたりには横溝自身を思わせるものがあります。


山口:温さんは、戦時下で言論の自由がなくなっていく中で、それでもそんな状況に服従するだけでなく、なにがしかの思いを反映させようとして書いているのが伝わってくる……ともおっしゃっていました。これまで横溝の孫であることを、人に言ってはこなかったけれど、もっと積極的に横溝正史という小説家について語るべきではないかと思い直すきっかけになったのが『雪割草』だったそうです。インタビューも、それで受けられたとのことです。


三上:ご家族に訴えかけるものをもっている作品なんですね。


山口:そうだと思います。新潟の地方新聞で連載され、横溝正史の本筋の仕事ではまったくなく、70年以上埋もれていました。でも、瑠美さんも“『雪割草』は母に宛てた父からのラブレターのようだ”とおっしゃって、見つかったことを本当に喜ばれています。その上、三上さんの作品に取り上げていただくことになった。ひとつの小説の運命の不可思議さというものを感じます。

横溝正史を扱うなら戦争は避けて通れない


三上:山口先生も間接的に登場しているんです。横溝の幻の作品の掲載紙を突き止めた研究者として。


山口:拝読してびっくりしました。まさか自分が出てくるなんて思いもしなかった。栞子さんが『雪割草』を発売当日に買って、読んでくれていたのが嬉しかったです(笑)。『雪割草』を全然つまらないと言ってのける横溝ファンも出てきて、横溝像の対立をめぐるドラマという側面もありますね。横溝に関する情報がぎっしりと詰まっていて、読みごたえがありました。ミステリーとしても、家族をめぐる物語としても素晴らしかったですね。一気に読み終えました。



三上:そうおっしゃっていただけると、ほっとします。


山口:この作品を読みながら、横溝正史の小説には戦争の傷、爪痕というものが刻まれていることを再確認しました。『雪割草』と『獄門島』、ほかに『病院坂の首縊りの家』も取り上げられていますが、『雪割草』は戦争中の話ですし、金田一耕助が復員兵として登場する『獄門島』はある種の戦後文学といっていいでしょう。『病院坂の首縊りの家』も、空襲で家族が喪われてしまったがためにすべての歯車が狂っていく物語です。三上さんの新作は、横溝小説における戦争の持つ意味を踏まえて書かれていて、同時に家族の役割を問う物語ともなっている。戦争と家族の問題は、横溝にとって大きな主題だったのだなと改めて感じさせられました。


三上:横溝正史を扱うなら戦争は避けては通れない。それを肝に銘じて書きました。戦争によって家族を亡くしたり、近しい人を喪ったり、そういうことが当たり前に起きていた時代を生きた作家だったんですよね。戦争それ自体を描いていなくとも、横溝正史の小説には戦争を背景に持つものが多い。今作を書いて、強くそう思いました。若い世代はもちろんのこと、太平洋戦争前後に生まれたシニア世代の方にも読んでいただけると嬉しいですね。

「ビブリア古書堂の事件手帖」特集サイト
https://biblia.jp/



三上 延

1971年神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後、藤沢市の中古レコード店で2年、古書店で3年アルバイト勤務。「ビブリア古書堂の事件手帖」がミリオンセラーとなる。

山口 直孝

1962年兵庫県神戸市生まれ。二松学舎大学文学部教授。専攻は日本近代文学で、横溝正史は研究の柱の一つ。『横溝正史研究』(戎光祥出版)を共同で編集している。

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