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特集

「機械的平等主義」が教育をダメにする【『「教える」ということ』特別対談:試し読み⑤】

出口治明さん(立命館アジア太平洋大学<APU>学長)が「教える」「教育」の本質について考察した最新刊『「教える」ということ』。本の中には、各界の専門家との対談が収録されています。今回は早稲田大学准教授で教育社会学をご専門にされる松岡亮二先生との対談を試し読みしてみましょう。

著書『教育格差(ちくま新書)』(「新書大賞2020」で1500点以上の新書の中から3位に選ばれた)で、膨大なデータを用いて「日本は、〝生まれ〞によって最終学歴が異なる『教育格差』社会」であることを提示した松岡亮二先生。事実に基づいて教育を考えていくことの重要性について、議論を通して考えます。

>>【第1回】日本の学校教育には「厳然たる格差」がある

「誰」が何を「選択」するのか


出口:教師がどれほど名講義をしても、学生本人に興味がなかったら、単位を取った瞬間にすぐに忘れてしまいます。ですから、APUにおける教職員の役割は、一方的に教えることではなくて、学生のやりたいことを後押しすることなのです。

 APUでは、レストランのビュッフェのようにたくさんのプログラムを用意して、その中から学生に好きなものを選んでもらうように努めています。


松岡:「学ぶことは楽しい」と興味を持てるようになることが大事だと私も思います。そのためには、少しずつ成功体験を積み上げていって、「ああ、自分でもできるんだ」と自己効力感(self-efficacy)を高めていく必要があります。


出口:本人が「勉強しよう」「これをやろう」と思わなければ何を教えても無意味ですよね。


松岡:義務教育段階で実際の経験に基づいて学ぶことが楽しいという動機付けができていれば、と願います。ただ、すべての子どもに成功体験の積み上げを手助けすることは現実的にかなり難しいです。授業中に手を挙げる子どもというのは、出身家庭の社会経済的地位が高く、塾に通っている子どもたちが多いのが実情かと思います。

 アメリカの高校は大学のように自分で履修科目を決めるのですが、出身家庭に恵まれた生徒は大学進学につながる科目を履修する傾向にあります。出身家庭の社会経済的地位によって授業の履修パターンに偏りが出てしまうわけです。難易度の高い授業ばかりを履修し大学進学する層もいれば、高校を卒業するのに最低限必要な科目を履修する層もいます。後者の場合、高校の最終学年で大学進学を希望したとしても、選抜制の高い大学に合格することは難しくなります。

『フリーダム・ライターズ』でも描かれていたように、同じ教科であっても学力上位層向けクラス(映画ではHonors class/日本でいう特進クラス)を履修している生徒とエリンが担当する基礎クラスでは生徒の社会経済的背景が大きく異なります。アメリカの場合は出身家庭の社会経済的地位と肌の色が重なっているので、「生まれ」によって履修している授業の難易度に差があることが可視化されます。学力上位層向けコースの教室は白人ばかりで、エリンの教室に来る生徒のほとんどは様々な有色人種です。

 出身家庭の社会経済的地位によって学力や大学進学を望むかどうかに格差があるので、「個人の選択」を介して、結果の差がより大きくなることになります。「健康」を例に考えてみても明らかです。アメリカの場合、出身家庭の社会経済的地位が低い子どもは、カフェテリアに行くと、野菜を避け、フライドポテトのような料理を選択する傾向にあります。


出口:それで太るんですよね。


松岡:はい。自己選択の帰結としての肥満なわけですが、その個人の選択には社会経済的な背景があります。そもそも子どものころにファーストフードばかり与えられている子どもは、野菜をおいしく食べた経験が少ないため、自分から選ぼうとはしません。どうしても食べ慣れたファーストフード的な味に引っ張られて、フライドポテトなど、カロリーの高いものばかり選んでしまうわけです。「誰」がなぜ特定の「選択」をするのか、社会経済的背景を見据える必要があります。


出口:ということは、そこにこそ教師の存在意義があって、出身階層別に細かく子どもを見て、「やさしいクラスばかり取っていたら大学に行けないから、この科目を2つくらい取ってごらん」などといった個人指導をしないといけないわけですね。個人の自由選択に任せるだけではいけない、と。


松岡:はい。ただ、階層性のある価値や信念に対して、どこまで教師が「押し付けるのか」というのは、非常に難しい問題だと思います。「大学進学がよいことだ」という価値観を教師が子どもに強制していることになるので。



機械的平等主義が日本の教育をダメにする


出口:1クラスに30人の生徒がいる場合、先生はクラスの平均的な子どもたちに合わせて授業をしますよね。ですがそれだと、習熟度が高い子どもにはもの足りないし、低い子どもはついていけません。

 でも、たとえばAIを上手に使えば、子どもの習熟度に合わせて知識を与えることができると思うのです。教育現場におけるAIの活用について、松岡先生はどう思われますか?


松岡:AIがもっと進化して、子どもたちが、「他者ときちんと会話をしている」という実感が得られるのであれば、活用できると思います。


出口:きちんと会話をすれば、子どもたちの背景も全部わかるわけですからですね。


松岡:はい。背景がわかるし、話も聞けるし、個別的状況に合わせた助言もできますから。ですが、現在利用できるレベルでは、格差はなくならない気がします。

 できる子はどんどん先に進んでいって楽しいかもしれませんが、できない子は学習動機を獲得できないまま、「もういいや、こんなの」と放り出してしまう可能性があります。


出口:でも逆にいえば、できる子はAIに任せて、先生はできない子どもに力を注ぐという使い方もできますよね。


松岡:それを日本の教育でやってしまうと、建前が崩れてしまうんです。


出口:建前? どんな建前ですか?


松岡:イコール・トリートメント(equal treatment)――「同じ処遇」が平等である、という建前です。


出口:でも、イコール・トリートメントを形式的、機械的に捉えるのではなくて、実質的な平等を重視して、実質的な意味で捉えれば問題がないのではありませんか?


松岡:おっしゃる通りですが、日本の教育では扱いを変えると差別感の温床になるので形式的な「同じ処遇」を平等と捉えてきた、と論じられています。全員が同じカリキュラムで、同じ量の宿題であれば差別「感」は出てこないわけです。もちろん、実態に合わないという批判はあると思います。


出口:まずはそういった画一的、機械的な平等主義を、壊さなければいけませんね。


松岡:そうですね。「生まれ」によってスタートラインに格差があるので、「同じ処遇」では差が縮小することはないと思います。

 日本で「機械的平等主義」ができあがった背景の一つは、「みんな同じ」という一億総中流の意識があったことだと私は解釈しています。ただ、そもそも実態としての年収格差などは景気が良かった80年代にだってありました。社会階層論の研究者が指摘してきたように、格差そのものは近年広がったというより、昔からずっと存在してきたわけです。近年は社会意識も階層化されてきたと指摘されています。


出口:僕流にいえば、高度成長していたので、それが見えなかっただけだと。みんなが相対的にハッピーだっただけだと。

 ところが成長しなくなるとそこに目がいくようになって、「格差が拡大した」といっているだけで、実体は昔から変わらないんだと。そういう理解ですよね。


松岡:はい、時代によって多少の変動はあっても、概ね、そういうことだと思います。

(つづく)

出口治明『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000004/(KADOKAWAオフィシャルページ)


出口 治明(でぐち・はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。

松岡 亮二(まつおか・りょうじ)

ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、同大学准教授。国内外の学術誌に20編の査読付き論文を発表。日本教育社会学会・国際活動奨励賞(2015年度)、早稲田大学ティーチングアワード(2015年度春学期、2018年度秋学期)、東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)を受賞。

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