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特集

教育の第一歩「言語化する力」はどこで身につくのか【『「教える」ということ』特別対談:試し読み⑥】

出口治明さん(立命館アジア太平洋大学<APU>学長)が「教える」「教育」の本質について考察した最新刊『「教える」ということ』。本の中には、各界の専門家との対談が収録されています。今回は早稲田大学准教授で教育社会学をご専門にされる松岡亮二先生との対談を試し読みしてみましょう。

著書『教育格差(ちくま新書)』(「新書大賞2020」で1500点以上の新書の中から3位に選ばれた)で、膨大なデータを用いて「日本は、〝生まれ〞によって最終学歴が異なる『教育格差』社会」であることを提示した松岡亮二先生。事実に基づいて教育を考えていくことの重要性について、議論を通して考えます。【第3回目】

>>【第1回】日本の学校教育には「厳然たる格差」がある
>>【第2回】「機械的平等主義」が教育をダメにする

日本人はなぜ、新しいことを学ぶのが苦手なのか


出口:わが国の2019年の4年制大学進学率は53・7%(文部科学省が発表した令和元年度の学校基本調査/速報値)ですから、高校卒業後、およそ半分の人は大学に行かないわけです。偏差値序列によって高校間に大きな学力格差がある上に、半数が大学に進学しないとなると、その後の教育機会と結果の格差はさらに広がってしまいます。

 高校生に対して、教師や大人はどのように向き合っていけばいいのでしょうか。


松岡:公立校に勤務する教師であれば、高偏差値の進学校から低偏差値の「教育困難校」に異動することがあります。そのときに教師が自身の出身家庭の社会経済的地位に自覚的でないと、「低偏差値校の生徒は、やる気がない」と決めつけかねません。子どもたちの学力や言動の背景に何があるのかを考えなければ、対立的な関係にもなり得ます。教師の多くは進学校を経由して大卒となっているわけで、低偏差値のいわゆる「教育困難校」は異世界なわけです。進学校の生徒はかつての自分自身と重なるでしょうから生徒が何をどう感じているのか想像しやすいでしょうが、教育困難校ではかなり難しいはずです。それこそ『フリーダム・ライターズ』のエリンのように、子どもたちがどんな日常を潜り抜けて学力と意欲が低いまま教育困難校に進学してきたのかを理解するよう努めることが求められます。そうでなければ、劇中に出てきたエリンの上司や先輩教師のように子どもたちの可能性をあきらめ、「次の人事異動まで、ただ我慢しよう」と日々の教育実践へのやる気を失ってしまっても不思議ではありません。

 子どもたちからしても、低偏差値校にしか入れず、教師からも期待されず、勉強する気がない同級生に囲まれていたら、高校生活の中で学習意欲を持つのは現実的に難しいはずです。

 すべての子どもたちには可能性があるのですから、どのように育ってきたのか子どもたちの話をきちんと聞くことが重要だと思います。そうしないと教育困難校は、学習成果が出ずとも最低限の出席で卒業させる装置になってしまいます。もっとも、中退させない努力をしているだけ生徒の人生に役立っているという見方もできますが。


出口:行政にできることもありそうですね。極端なことをいえば、「同じ処遇」という呪縛を取り払って、教育委員会が優秀な先生たちを低偏差値校に集めるという知恵があってもいいと思いますよね。

 社会全体のコストを低くして、安定した社会をつくろうとするのであれば、たとえば、「東大に何人入ったか」を競うような教育委員会の方針ではいけないと思います。底辺を上げるほうが、社会的コストははるかに安くつきますし、平和ないい社会がつくれます。


松岡:おっしゃる通りです。子どもの数も減っているので、これまでのように進学校のような一部の層にばかり投資するのは賢明とは思えません。


出口:子どもたちの意欲を搔き立てるしくみを社会全体でつくっていく必要がありますね。


松岡:貧困によって生活が安定せず、朝ご飯を食べずにお腹を空かせている子どもに「なんで集中できないんだ!」と叱っても結果に繋がりません。精神論を説くのではなくて、どう具体的に支援すれば結果が出るのか考えるのは大人の仕事ですよね。一人でも多くの子どもたちが、小さな成功体験を積み重ねて学習することの楽しさを実感するようになることは、将来的に納税を含む様々な形で社会に貢献する成人が増えることを意味するわけで、そこまで視野に入れて教育に投資したいところです。



家庭と学校の親和性


松岡:社会経済的に恵まれていない子どもにとって、学校は特別な空間です。たとえば、本はわかりやすい例です。蔵書がたくさんある家庭で育った子どもは、学級文庫や図書室に対して違和感を覚えることはないでしょう。家庭と学校に境目がないわけです。

 反対に、本がほとんどない家庭で育った子どもにとって、家庭と学校は異世界なわけです。この階層的な差を自覚して言語的に説明できる子はおそらくいません。漠然と学校との親和性を感じないわけです。


出口:人間は言語によって考える生き物ですから、子どもたちに、自分の状況を言語化させることが教育の第一歩ですね。言語化させないと、「自分には能力がない」「自分には向いていない」と子どもたちは勝手に思い込んでしまいます。だからこそ、彼らの声を聞いて、言語化させて、考える習慣をつけさせることが大切なのですね。


松岡:言語化する力の基礎は会話によって身につけます。スポーツなどと違って、言語能力の訓練をどれだけ受けたのかは意識しづらいですよね。ですから、〝個人の能力〞だと思われがちです。

 中流家庭の子は、大人から「なんで?」のような説明を求められることが多いと報告されています。学校で問われることも同じですよね。理由付けや自分の考えを表現することが高く評価されます。親と日常会話をすることが、学校での評価に繋がる言語的な訓練になっているわけです。

 一方、社会経済的に恵まれない家庭では、親から「これ、食べなさい」「早く寝なさい」「お風呂に入りなさい」という指示が比較的多く、子どもが何をどう考えているのか言語化して説明することを求めない傾向にあります。日常的な訓練ができていないので、大卒の教師から「なんでそう思うの?」と聞かれてもうまく答えることができないわけです。

「先生に当てられても答えられない理由は、目には見えづらい訓練をあまり受けていない家庭環境にあるのではないか」、と自分で考えられる子どもはおそらくいません。自分の親と教師に求められる会話が異なることに混乱しながらうまく返答できない負の経験を積み重ねていけば、学校への適応感や自己効力感が失われても不思議ではありません。

 一方で、恵まれた家庭環境の子は、習い事でも指導者である大人相手に言語訓練を積み重ねますし、親とご飯を食べながら、「これ、どう思う?」であるとか「お父さんが大学生のときは」といった会話を日常的にするわけです。そういう小さな積み重ねがあれば、学校でも緊張することなく自分の考えを口に出すことができるはずです。

 こういう経験値の差を自覚できていない子どもを手放しで教師が褒め称えると、「自分は特別だ」と強い特権意識を持ってしまいかねません。


出口:「自分は優れている」と思ってしまうわけですね。

大学に進学するのが正しい選択か?


松岡:大卒者の大半は自分の子どもに対して大学進学を期待します。この期待格差を問題にすると、全員が大学に進学することを求めているのか、と問われることがあるのですが、出口学長はどう思われますか?


出口:僕は次のように考えているのですが、「全員が大学に行く」ということは、人間の体にたとえて考えてみると、「全員が脳味噌になれ」といっているような話です。どんな社会でも、リーダーもいればフォロワーもいるわけですから、全員が脳味噌になる必要はないと思います。

 ですが、才能というのはいろいろなところで生まれますから、社会にたくさんの梯子をかけて複数のチャネルをつくって、できるだけ多くの才能を埋もれさせることがないような社会をつくっていくことが大事だと思っています。

 学校だけではなく社会も含めて、いろいろな可能性を持つ子どもたちを救い上げることのできる社会をつくっていきたいですね。大学に行かなくても経済的に安定することはいくらでもできるわけですから。


松岡:教育と就業、どちらの機会も豊富であってほしいですよね。

 OECDの国際成人力調査の結果によると、日本は、「新しいことを学ぶのが好き」な人の割合が低い国の一つです。教育でも仕事でも、分野や役割を問わず、一定の成果を得るには学習と努力の継続が求められます。義務教育を終えるまでの期間にすべての人が「学ぶことは楽しい」ということを実感できるようになり、各々の人生最期の瞬間まで学び続ける自律的学習者で溢れた活気のある社会になれば、と思います。

出口治明『「教える」ということ 日本を救う、[尖った人]を増やすには』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000004/(KADOKAWAオフィシャルページ)


出口 治明(でぐち・はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。

松岡 亮二(まつおか・りょうじ)

ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、同大学准教授。国内外の学術誌に20編の査読付き論文を発表。日本教育社会学会・国際活動奨励賞(2015年度)、早稲田大学ティーチングアワード(2015年度春学期、2018年度秋学期)、東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)を受賞。

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