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特集

【小泉武夫×高野秀行】世界一臭い納豆から170年物のチーズまで 発酵食品を追求してきた2人が、世界のくさ~い食べ物を語る

くさいはうまい』(角川ソフィア文庫)に第3章として収録された、小泉武夫氏と高野秀行氏の対談の一部を公開!

対談は西アフリカの納豆から始まる


高野:ここ7年ほど、僕はずっと納豆の調査をしているのですが、今日はぜひ、先生にこれをご覧いただこうと思いまして。



小泉:いったいなんでしょうか。


高野:西アフリカのブルキナファソの納豆です。黒色の豆を集めて、野球のボールくらいの大きさに固めたものです。


小泉:これ、納豆の香りがしますね。


高野:そうなんです。ところが、実は大豆ではありません。「パルキア(アフリカイナゴマメ)」という現地のマメ科の植物です。大きな木で、約20メートルの高さになります。その木にサヤができます。


小泉:複雑ないいにおいがしますね。アンモニアのにおいもする。珍しいものを拝見しました。


高野:この納豆を使った料理の写真がこちらです。皿の上の鯉が見えなくなるぐらい、納豆を入れています。納豆をつぶして、鉄板の上でぐつぐつ煮て、焼き浸しにするんです。仕上げはトマトソースを使います。


小泉:納豆がグルタミン酸、魚はイノシン酸ですから、ものすごく美味しいでしょうね。


高野:はい、相乗効果ですね。ブルキナファソは旧フランス領のため、バゲットがあります。ご飯にも合いますが、バゲットにつけて食べるのも美味です。


小泉:それは美味しそうだ。


ブルキナファソの鯉の納豆焼き浸し(写真提供:高野秀行)


高野:世界中でいろいろな納豆料理を試しましたが、これは最高です。他の地域では、納豆をだしや調味料に使っているところが多いのですが、ここはどかんと鉄板に入れて、納豆そのものを味わっていますね。


小泉:それはいいですね。


高野:機会があれば、ぜひ先生もお連れしたいです。

世界一臭い納豆の登場


高野:もう一つ持ってきました。これも納豆の一種です。


小泉:これもアフリカですか。


高野:そうです。ナイジェリアのものですが、世界でいちばん臭い納豆と思われます。


小泉:わ、本当ですね……。これは何というものですか。


高野:「オギリ」と言います。中身はとても小さいですが、非常に臭い。そのため、バナナの葉っぱで厳重に、ぐるぐる巻きにしてあります。


バナナの葉に包まれたオギリ(写真提供:小林健一)


小泉:どのようにして食べるのでしょうか。スープにするのでしょうか?


高野:スープに入れます。だしの素のような使い方ですね。


小泉:これ、堆肥のにおいがします。


高野:そうなんです。ウォッシュタイプのチーズみたいなにおいですよね。僕の日本人の友だちは、最初にこのにおいを嗅いだときに吐いたと言っていました(笑)。


小泉:それほど強烈だったんですね。においがなんとも不思議で、植物系の発酵したにおいでもなく、動物系の発酵したにおいでもなく……。どのように作られているのでしょうか。


高野:半野生のスイカから作ります。見かけは普通のスイカですが、割ると中は種ばかりなんです。その種を茹でて潰します。



小泉:このクリーム状のものが本体ですね。アンモニアのにおいもします。このにおいは、くさやにも近いですね。


高野:実は、納豆菌が検出されています。これは納豆菌の発酵のにおいだと、僕は思います。ナイジェリア三大民族のひとつにイボ族がいますが、彼らはオギリが大好きで、毎日料理に入れて食べているんです。


小泉:アクセントの強い料理になりますね。


高野:ええ。でも少ししか入れないので、ムチャクチャ臭いというものではありません。


小泉:小さいときから食べていたら、やみつきになりますね、きっと。


高野:日本在住のイボ族の女性に会ったときに「オギリを知っていますか?」と言って、持っていたオギリを出そうとしたんです。すると、出す前に「あ、オギリのにおいがする!」と言われました。日本にはオギリが無いため、彼女は代わりに納豆を使って料理を作ってみたそうです。


小泉:納豆では力不足でしょうね。


高野:やっぱり違ったそうです。ただ、納豆には近いものを感じたと言っていました。


小泉:日本でオギリを再現するなら、日本の納豆を細かく潰して、それにクサヤの漬け汁と銀杏を生のまま潰したものを混ぜたら近くなるかもしれません。ところでこれ、だんだんいいにおいになってきましたよ。


高野:慣れていきますよね。最初はムチャクチャ臭いですが。



強烈な熟鮓は日本全国にあった


小泉:臭い発酵食品といえば、紀州の熟鮓なれずしはすごい。ひょっとしたら、世界でも臭みのベスト10に入るかもしれません。


高野:さばの熟鮓ですか?


小泉:そうです。今でも和歌山県の御坊で作られているので、取り寄せもできます。普通、鯖鮓というと、酢でしめたシメ鯖のことを指しますが、紀州の鯖鮓はくされ鮓、本熟鮓というんです。半年ぐらい漬けて、それを厳重に包んで送ってくれるのですが、開けなくても届いた時からもう臭い。


高野:密閉しているはずなのに、不思議ですよね。


小泉:宅配便の人は何が入っているのかとびっくりしている。それぐらい臭い。しかし、これを酒の肴にすると、もう最高です。


高野:どうして海沿いなのに、わざわざ発酵させたものを作るのでしょうか。


小泉:やはり、においには人間の本能に訴えかけるような、忘れられない魅力があるのだと思います。本能的なにおいとは、例えばわれわれの体臭が挙げられます。男女関係だったら性器のにおいも言えるでしょう。そういうものを、人は自然と求める。だから、においのするものを本能的に食べたくなった、と言えるのではないでしょうか。


高野:たしかにそうですね。


小泉:もう一つ、保存上の理由もあると思います。日本の熟鮓は、縄文時代からあると言われ、すでに奈良時代には一般的に作られていました。ご飯のおかずにもなるし、酒の肴にもなる。いつでも魚が獲れるわけではありませんから、熟鮓などの発酵食品も用意しておいたのだと思います。

 日本は世界一川の魚の種類が多い国です。実は、沖縄以外の四六都道府県に、その土地ごとの熟鮓が見つかっています。しかも、それが全て本熟鮓、つまりくされ鮓です。昔から、日本人は臭いものを食べてきたんです。発酵させることによって、長持ちさせられるうえに、生の魚とは全く違う味になる。これは発酵の大きな魅力です。

樽から出てきたのは真っ黒いチーズだった


小泉:先生に一つ質問があります。トルコで170年前のチーズを食べたというのは、どのあたりのことでしょうか。


小泉:トルコというより、もっと北のジョージアに近いところです。国境にあるアララト山を右に見て、手前に人口40万人くらいのエルズルムという大きな町があります。そこから少し先へ行ったところです。なぜ行ったのかというと……べつに十字軍とか、オスマントルコを研究してきたわけではないのですが。


高野:もちろんわかっています(笑)。


小泉:トルコのアララト山の手前から、ジョージアのトビリシの少し北に南オセチア(ツヒンバリ)という地域があって、そこがワインの発祥地なんです。


高野:そうですね。


小泉:国境地帯からトビリシまで約200キロ、そこから南オセチアまでは約100キロです。その間の農家を訪ね歩きました。農家はブドウ畑を持っていて、家でワインを造っています。彼らは土の中に大きな甕を埋めて、その中へブドウを搾って入れて仕込む。そのワインの調査に行ったのです。

 話はここからですが、どの家でも牛を2頭から3頭飼っています。牛から牛乳を搾って、自分の家でチーズを作って、町へ持って行って売るんですね。

 ある農家を訪れたら、チーズの話題になり、俺の家にチーズ蔵があると言うんです。蔵といっても納屋みたいなものですが、興味はあるかと聞かれたので、あるあると言って、その蔵へ連れて行ってもらいました。1階には、麦やじゃがいも、トウガラシ、玉ネギなどが置いてあり、穀物倉庫になっています。その2階が、チーズ置き場なのです。木の箱がたくさんあって、それは町に出荷するためのチーズで、今はここで寝かせているということでした。

 すると農家のおじさんが、俺の蔵に村一番の古いチーズがある、と言うんです。これはいい話を聞いたと思い、どれくらい前のものですか、と尋ねたら、ナポレオン戦争の時だという。


高野:ナポレオン戦争ですか!


小泉:なぜわかるのかというと、農家のご主人のお父さんが全部書き残していたんです。ナポレオン戦争だから、今から200年ぐらい前。それがここに、いま87個あるという。普通200年も置いたら、まず虫が入るのではないかと疑います。それから、カビだらけということも考えられる。ところが、かしの樽に入れていて、それで虫が来ないと言うんです。



高野:樽に入れているんですか。


小泉:樫というよりも、虫よけ効果のあるくすのきみたいな木じゃないかと思うのですが、それでピシーッと内蓋をしていました。すると、おじさんが樽を開けて、1個取り出してくれました。それを見て、ギョッとしたんです。大きさは硬式野球のボールをひと回り小さくしたくらいで、なんと、黒かったんです。


高野:黒いチーズですか。


小泉:200年近く経っているから、表面が空気酸化したのでしょう。持つと、ずっしりと重い。

 こんなチャンスはないと思って、このチーズを研究したいので、分けてくれないかと尋ねました。お金はあなたの言う通りに支払いますと。すると、おじさんがニコニコと笑って、2個売ってくれました。これが40リラ、1個だいたい1000円です。

 その日の夜、1個を割ってみることにしました。ホテルの庭石の上に置いて、ハンマーを借りてきて……。


高野:カチカチに堅いんですね。


小泉:そうなんです。ゴンッと割ったら、ぐずぐずっと崩れて、中はあめ色でした。


小泉:飴色ですか。


小泉:驚くことに、よほど堅かったのか、中の表面が黒曜石を割ったようにテカテカしていました。

 舐めてみたら、強烈な塩味です。塩で劣化を防いでいたのでしょう。しかし、新たな疑問が湧きました。これほど塩を加えたら、普通は発酵しません。微生物が活動できないのです。現地の人に尋ねたり、トビリシの大学の先生にも聞いたりして、やっとわかりました。これは、いざという時に持って逃げられる、保存食としてのチーズだったんです。塩がないと人間は生きていけません。同時に、タンパク質の確保も重要で、チーズにはタンパク質が豊富に含まれています。一度チーズを作った後に、それをほぐして塩と混ぜて、練り固めたものが、このチーズだったのです。だから、虫もつかなかったんだということがわかって、大変驚きました。


高野:もとは牛乳で作られたチーズなんですよね?


小泉:いえ、山羊やぎの乳でした。私も牛かと思ったのですが、これは山羊だと言っていました。あの辺りは山羊だけでなく、羊の乳でもチーズを作るようです。


高野:においはどうでしたか?


小泉:あまりなかったですね。ひたすらしょっぱくて、チーズの味もほとんどわかりませんでした。だから保存用であり、持出し用なのです。ただ200年近く経っているからか、塩角は取れていました。


高野:すごい話ですね。


――対談はまだまだ続きます。ぜひ本書でお読み下さい。

知っておきたい滋養たっぷりの発酵食品と、世界のくさ~い食べ物のエピソードも収録した『くさいはうまい』(角川ソフィア文庫)は、紙版・電子版ともに5月22日(金)発売です。ぜひお手にお取り下さい。



小泉武夫『くさいはうまい』詳細はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000060/


小泉 武夫

農学博士。東京農業大学名誉教授。専攻は醸造学、発酵学、応用微生物学。国や地方自治体で食に関するアドバイザーを務め、執筆、テレビ出演など多方面に活動する。著書に『日本酒ルネッサンス』『発酵』(中公新書)、『発酵食品礼賛』(文春新書)など。

高野 秀行

ノンフィクション作家。辺境地をテーマとしたノンフィクションや旅行記を多数発表している。著書に『アヘン王国潜入記』『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)、『謎のアジア納豆』(新潮社)、『間違う力』(角川新書)、『辺境メシ』(文藝春秋)など。

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