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特集

楡周平×鷹匠裕 ビジネスパーソンは今こそ「経済小説」に学べ『ヘルメースの審判』『ハヤブサの血統』刊行記念対談

撮影:後藤 利江  取材・文:編集部 

現代の戦闘機はコンピューターの塊


楡:ハヤブサの血統』はF35(戦闘機)がモデルということもあり、ワクワクして読みました。私は元々30代くらいまで飛行機オタクだったので、結構詳しいんですよ。


鷹匠:そうなんですね。


楡:日本では軍事産業が禁止されていると言いながら、世界の軍事産業は日本の技術力なくしては成り立たない部分があります。素材であったり塗料であったり、日本の産業はやっぱりまだまだすごいんですよ。『ハヤブサの血統』では、そうした社会情勢やごくごく近未来の戦闘機開発の姿が描かれており、とても面白かったです。


鷹匠:ありがとうございます。


楡:特に面白いのは、現代の戦闘機はソフトが肝だっていう部分。あれはその通りだと思いました。飛行機は第五世代型って言われるようなものになってくると、とどのつまりはソフトなんですよ。コックピットに入るとびっくりするのは、昔のようなアナログな計器はなくて、パネルが一つ二つ三つあるだけ。それをスイッチで画面切り替えするんですね。


鷹匠:僕自身は超文系で、ミリタリーオタクでもなんでもないんです。この世界って詳しい方は楡先生も含めていっぱいいらっしゃるわけだから、恥ずかしいものは書けないぞというのもあって、いろいろ取材や経験をさせてもらってようやくなんとか書いたって感じですね。


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鷹匠 裕さん


楡:航空産業だけでなく、自動車産業もそうなんです。要はiPhoneが車に変わったようなもので、ソフトがリアルタイムでいつでもどこでもアップデートされ、車の機能がいつの間にか向上している。飛行機も同じで、特に戦闘機はソフトをいかにして充実させていくかですね。衛星回線を通じてリアルタイムに、その上でAIの分析も取り入れ、機能をアップデートしていく。そういう形になっていくと思います。

日本人の危機意識は甘すぎる


鷹匠:戦闘機1機で約200億円もかかるのを、100機買うと何兆円という金額になります。経済的にも当然無視できない規模ですが、でもそれに興味を持つ人は特別な人という雰囲気があるように思います。


楡:僕はね、要は日本人の防衛に対する態度がはっきりしてないから高いものを買わされていると思うんですよ。国産でそういうものを開発しようっていうと必ず反対の声があがって、武器輸出だっていうとすぐストップがかかる。


鷹匠:うんうん。


楡:その気持ちはよく分かります。だけど、世界ってそんなに平和じゃないんですよ。正直、中国は今、完全に敵です。尖閣も含めて侵略しようとしている。国内でも、中国人が北海道なんかの土地をすごい勢いで買いまくっている。これが一体何を意味してるのか。


鷹匠:はい。


楡:世界の覇権を握る野望を持ってる国が隣にいて、今我々は現実に危機として直面しているわけですね。隙あらばっていう国はたくさんあるわけで。


鷹匠:9条があるからって、防衛問題を見て見ぬふりしている人たちに(『ハヤブサの血統』で)なんとか注意喚起したいなという思いはありました。戦闘機に関しても、何兆円という金額が全部税金で賄われているし、みんな実情を知ろうよと。


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楡:大変意味があることだと思います。それだけ高い戦闘機を買っていることを、まず事実として知るべきだと思います。そのうえで、なぜそうなっているのか、読者が考えるきっかけになってほしいですね。


鷹匠:高校の同級生と飲んでた時に、戦闘機の話を書こうと思っていると言ったら、「自分より喧嘩が強いと思ってる相手に対して、喧嘩しかけるやつはいないからな」と言われたのを覚えています。


楡:ほう。


鷹匠:それは全くその通りだと思いますし、それが抑止力になれば平和は保たれるのかもしれません。ただ、それだと果てしない軍拡競争につながるともいえるわけです。それでいいのか、と。たとえば、日本が武器を輸出したり戦争したりできる普通の国になるのは良いのかもしれないし、悪いのかもしれない。でもやるなら覚悟してやれよ、っていうところは同時に言いたかったところですね。


楡:どちらにしても、日本人はもっと覚悟を持つ必要がありますね。

原発の「タブー化」はなぜ問題なのか


鷹匠:現実から目をそらしてはいけないという意味では、原発もそうですね。


楡:僕は、原発なんかない方がいいと思ってるんですよ。だけど現に、原発はある。原発を廃止しましょうと言うのは簡単なんですよね。だけど問題は、原発を先のない技術にしてしまうこと。


鷹匠:はいはい。


楡:福島のあれは、第二世代の原発だったのが不幸でした。原発そのものは第四世代まで進んでいて、安全性は全く別物なんですね。さらに言うと、今世界の発電は小型原子炉に向かってます。ビル・ゲイツが一生懸命やっていますが、これはメルトダウンが仕組み的に起こりえない。そして同時に水素を作ることもできる。これが恐らく世界の主流になると言われてるんですよ。でも、日本ではほとんど報道されない。


鷹匠:私も基本は反原発なんですが、友人に高速増殖炉「もんじゅ」の関係者がいて、廃炉になるから見に来いよと誘われたんです。それで僕も友達を誘っていこうとしたら、嫌だと断られまして。そのとき思ったのは、そういうものを見たり知ろうとしたりすること自体が、賛成の意思表明と思われてしまうんだなと。


楡:たとえば東芝も、環境に優しくて本当に安全な原子炉を作る素晴らしい技術を持ってるんです。あとは劣化ウランを燃料にできる技術っていうのもあります。原子力といっても技術はどんどん先に行ってるのに、日本では今「原発」って聞いた途端みんな耳を閉ざしてしまう。世界をリードする技術を持ってるのに、その芽を摘んじゃっていいんですかと問いたいですね。


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楡 周平さん

なぜ日本企業はダメになってしまうのか


楡:ヘルメースの審判』では、原発も一つのネタですが、なぜ日本の大企業はダメになってしまうのかっていうことを書きたかったんです。


鷹匠:一人一人の会社員は本当に一生懸命、真面目に頑張っていると思うんですよ。でも、これが企業となるとなぜか企業人格みたいなものが生まれて、不正に手を染めたり、間抜けなことをやったりする。


楡:そうなんです。


鷹匠:『ヘルメースの審判』を読ませていただいて、企業の意思は最終的にリーダーの意思であり、そのリーダーに恵まれるか否かが企業としてはすごく大きいんだなと痛感しました。


楡:大企業がなぜダメかというと、適材適所がすごい難しいんですよ。あと、上司と仕事が選べないっていうのもサラリーマンの宿命ですよね。どんな仕事でも文句を言わないでやれ、と。これくらいやらないと○つけないぞと。じゃあ何が○か×かの基準になるかっていうと、そつなく仕事をこなしているかどうか、それから勤務態度とかね(笑)。


鷹匠:うんうん。


楡:たとえば大企業の新入社員なんて、一流の大学を出てきて経歴はほとんど同じ。そっからよーいどんで出世レースが始まるわけですよ。自分の代わりなんていくらでもいるんですね。評価を落とせないと思ったら、なんでもやってしまう。僕はそこが問題だと思うんです。


鷹匠:なるほど。


楡:今の企業環境って、出世レースから外れたらそこで終わりですからね。銀行なんか特にそう。前後五年くらいの人間と争って勝ち上がり続けないといけない。よく銀行は堅いとこだと言われますけど、社員人生考えたらちっとも堅くない(笑)。そういうところで働く人たちのプレッシャーってすごいと思うし、だからおかしなことしちゃうんですよね。


鷹匠:僕の後輩に銀行志望の男が二人いて、一人は第一勧銀に入って、一人は富士銀行に入ったんですよ。どっちもものすごく考えて選んだはずなのに、結局同じ会社になっちゃった。


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小説はビジネスの企画書


楡:『ヘルメースの審判』に限らず、僕は企業小説でビジネスモデルを提示しているものが多いんです。こんな批判をしておきながら実はサラリーマン、大好きだったんです。サラリーマンの何がいいのかって、会社のお金を使って個人ではできないような面白いことができる。


鷹匠:どちらの会社にいらっしゃったんですか?


楡:コダックにいました。会社時代の延長線で、今こういうビジネスやったらおもしろいんじゃないのっていうのを小説の中でシミュレーションして遊んでるんですよ。


鷹匠:なるほどなあ。


楡:最近だと、今空きビル増えてきてるじゃないですか。あの空きビルを一棟まるまる買い取って、ワンフロアずつ地方の名店を入れて、それを定期的に入れ替えていくっていうものを書きました。たとえば、一か月間一階は寿司屋、二階は中華で、三階はフレンチで、四階はイタリアンで……。


鷹匠:ほうっ。


楡:地方の名店ってたくさんあるけど、行くには旅費も掛かるし時間もかかる。それを東京に居ながら一棟のビルで色々と楽しめる……みたいなビジネスです。つまり、いわゆる催事なんですよね。北海道物産展とかすごい人来るじゃないですか。それと同じコンセプトです。


鷹匠:小説がビジネスの企画書になっているということですね。


楡:あとは、日本の冷凍食品を世界に……というものも書きました。そうやって、ビジネスモデルを描いて遊んでるんですよ。でも、できないなら理由を教えてほしいっていうくらいのものを書いているつもりです。


Netflixで従来の広告モデルは崩壊する


鷹匠:ビジネスモデルでいえば、僕はNetflixって本当にすごいことだなと思ってて。『愛の不時着』をNetflixオンリーにしたことで、日本で有料会員数が200万人増えたじゃないですか。


楡:僕もこのコロナ禍で、朝から晩までNetflixしか見てない(笑)。『愛の不時着』は7、8回見たかな。『椿の花咲く頃』は10回以上見てる。


鷹匠:あれって広告業界にとってはめっちゃくちゃ脅威なわけですよ。基本的には放送って、有料で広告が入らないモデルと、無料でその代わりCM見てねって二つのモデルがあります。それが、Netflixが面白くてみんなそっちに流れていっちゃうと、ついでに見てもらってる広告モデルは崩壊するんですよ。民放崩壊です。


楡:ある番組のMCやってる方に聞いたんですけど、局から『愛の不時着』のことに触れるなって言われているらしいです。確かに仰る通り、広告がないことの快適さはありますね。それと、異常に質が高いです。韓流見てると日本の音楽とドラマは絶対追いつけないと思います。


鷹匠:今度Netflixが値上げするという発表がありましたけど、それぐらい強気のことができるってことですよね。


楡:だって価値ありますもん。これだけ見られてあの固定料金はもう絶対安いです。


鷹匠:民放ヤバいですよね。


楡:逆に、小説家としてはNetflixに映像化してもらうことを期待したいですね。


鷹匠:そうですね。そうやってビジネス小説を若い世代や女性にも広めてもらいたいです。


書誌情報


楡 周平

1957年生まれ。米国企業在職中に『Cの福音』で衝撃デビューし、一躍脚光を浴びる。著書に『Cの福音』『クーデター』『猛禽の宴』『クラッシュ』『ターゲット』『朝倉恭介』の6巻からなる「朝倉恭介VS河瀬雅彦シリーズ」のほか、『フェイク』『クレイジーボーイズ』『プラチナタウン』『修羅の宴』『ミッション建国』『砂の王宮』『和僑』など多数。

鷹匠 裕

1956年、兵庫県生まれ。東京大学文学部卒業。80年、大手広告代理店入社。コピーライター、CMディレクター、デジタルプロデューサーなどを歴任し、2016年に退職。12年、第4回城山三郎経済小説大賞最終候補。16年、第2回藤本義一文学賞・特別賞受賞。18年に『帝王の誤算 小説 世界最大の広告代理店を創った男』でデビュー。

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