田中圭一さんの『うつヌケ』発売と重版を記念した、吉田豪さんとの対談第3回。「うつヌケ」というタイトルの本を出しながらも、実はまだ憂鬱な気分に襲われるときもあると明かす田中圭一さん。それでは「うつを抜ける」とはどういうことなんでしょうか? また、多くの人間をインタビューしている吉田さんが人間関係に疲れない理由とは? イベント内容を再構成した最終回です。
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「抜けるまであとどのくらい」がわかると気がラク
吉田: 田中さんは、最近心の調子はどうですか? もう、うつではない?
田中: 抜けてはいますけど、実はここ1週間くらいの調子はあまりよくないですね。『うつヌケ』が売れているといううれしいニュースがあるのに、何か不安でしょうがないっていう。でも、週間予報を見ると、ここ1週間は気温の上がり下がりが激しいんですよ。
吉田: ああ、気温差が苦手なんでしたよね。
田中: そうそう。「ああ、このせいか」とわかってるので、だいぶ気楽ですね。一度トンネルを抜けてるから「抜けるまであとどのくらい」というのもわかるようになるんです。それがわかるかどうかで全然気の持ちようが違う。
吉田: わかっていれば違いますよね。
田中: 結局、うつであるかどうかの明確な境界線というものはなくて、ぼくはグラデーションがあるだけだと思っています。『うつヌケ』という名前の本を出してはいるけど「うつが治る」というのは元の状態に戻るわけではないんですね。
吉田: 理解して、うつと上手くつきあっていけるようになるというか。
田中: マンガではぼくも、転職をすすめられた日に気分よくなって帰ったと描きましたけど、今回のように上がり下がりしていますし。ただ、自分の不安とのつきあい方がわかって、つらくなるごとにトンネルを抜ける方法を探れるようになるのが「うつを抜ける」ということなのかなと思ってます。来年も再来年もうつはやってくるけど、やってきても、ひとつずつマイナス要素をなくして、なんとか過ごせるならいい。
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「うつヌケ」P16より
吉田: 田中さんはもう薬は飲んでない?
田中: もう飲んでないですね。
吉田: ぼくが以前、福本伸行先生にインタビューしたときは、「一時期パニック症候群みたいになってたけど、デパスを飲めば大丈夫ってことがわかったから、いまは大丈夫」とか言ってましたけど、回復してきた後のつきあい方も人それぞれですよね。
田中: AV監督の代々木忠さんも、ときどきはデパスを飲んでると言ってますね。そういうつきあい方もアリですね。ぼくは、うつが深まってくると呼吸が浅くなるので、とりあえずめいっぱい息を吸い込んで30秒くらい止めてからガーッと吐き出すというのを非常手段にしてます。これをやって少しすると、ふわーーーっと気持ちが落ち着くんですよ。脳がクラクラするし、人によっては血管切れたりする可能性もあるので、万人におすすめできないんですが(笑)。
吉田: 呼吸は重要ですね。ボクは昔タバコ吸ってましたけど、これは強制的に深呼吸させられてるから落ち着くんだなと思いました。
田中: タバコってダウナー系の麻薬ですしね。
吉田: 深い呼吸しながらダウナー系の麻薬を吸ったら気持ちいいに決まってますよね(笑)。田中さんはタバコ吸ってたことあります?
田中: 昔、吸ってました。でも、やめたくてやめたくてしかたなくて、2000年ごろにやめました。2万円くらいするニコチンパッチを使ってなんとか禁断症状を乗り切ったんですけど、今にして思えばタバコをやめてからうつになった気も?(笑)タバコは一長一短あるなあと、常に思ってます。
プロインタビュアーがうつにならない理由
田中: 吉田さんは、何がきっかけで『サブカル・スーパスター鬱伝』を連載しはじめたんですか?
吉田: リリー・フランキーさんやら杉作J太郎さんやら、自分の周りの40歳を超えた先輩たちに病んでる人が多かったから、自分がそのまま40歳を迎えるのが怖かったんですよ。それで、先輩たちがどうやってしんどさとつきあってるのか知りたいと思って連載を始めた。
田中: いつか自分がなったときのための対策を知りたかったんだ。
吉田: 今のところ自分は意外と大丈夫だし、周りの同世代も大丈夫ですね。
田中: 10人が10人うつになるわけじゃないからね。ならないにこしたことはない。それでも、サブカルの人もうつになるという話は画期的でした。みんな楽しく人生を送っていたようでそうではないと。
吉田: 子供みたいに現実から逃げてきた人たちが40歳前後で現実に直面するんですよね。
田中: つらいわ〜、それ。吉田さんは、日常や仕事でしんどくなるときあります?
吉田: バランスとれてるかは自分でもわからないですけど、仕事で反響あるときが一番うれしいですし、仕事自体には何の苦痛もないです。嫌な仕事を受けない、というのは大事ですよね。自宅でずっと一人で仕事してるのもストレス溜まるから、ライブとか楽しそうな現場で原稿を書いたりもしてます(笑)。
田中: 「給料入るとご褒美〜」とか、自分を楽しませることに全力を尽くしてる人はうつになりにくいですよね。ぼくは休日についつい仕事を入れちゃうのでそれは反省してます。でも、吉田さんはいろいろな方にインタビューしてるので、それにまつわる気苦労とかありません?
吉田: ボクはちょっと人との距離感が特殊なので、とにかく距離を置いてコミュニケーションするタイプなんですよ。距離感を間違えたら大変だと思いますね。
田中: 「プロインタビュアー」のプロたるところはそこですか。でも相手から距離を詰めてくるときもあるでしょう?
吉田: ありますね。相手から詰めてきたときは、基本かわさないです。中山一也さんとかとも、いろいろありましたね。軽く説明しますと、もともとある映画の主演をするはずが降板させられたことを恨んで監督を刺して、その後倉本聰の作品に感動して倉本聰の家の前で切腹して、さらに自分の仕事が増えないのは日本の映画界が悪いと言って松竹のビルにつっこんで……という人で。
吉田: すごい人物だ。
吉田: でも、その方の20年ぶりの主演作品の際にインタビューしたらすごく気に入っていただいた。しかも、ボク、インタビューする前にその人の本の書評を書いてたんです。その書評を彼の奥さんが、彼が中国でテロを仕掛けようとしたときに見せたらしいんですよ。「あなたにこんなに期待してる人もいるのよ」って。
田中: 命の恩人じゃないですか。
吉田: 以降、ボクに「ぼくと豪さんは梶原一騎と大山総裁の関係なんですよ」とよく言ってくれますね。「何か一緒にやりましょうよ!」と言われても「実際の梶原一騎と大山総裁は揉めてますよ!」と断ってますけど。
田中: いい話だ(笑)。
SNSはうつにきくのか悪いのか
吉田: そういう例もあるし、たまに「ずっと私のブログ見てますよね。ずっとアドバイス送ってくれているのはわかってるんです。この間私に結婚するよう言いましたよね。一度お会いしたいです」みたいな味わい深いDMをいただくこともある。当然、その人のブログなんて見たこともないんですけど。
田中: こわい! SNSも良し悪しがありますよね。ぼくはTwitterでネタ画像上げてリツイートが増えていくと、手っ取り早く気持ちが上がるのでうれしいです。pixivのランキングがうまく上がりやすいタイミングでイラストをUPするとか、そういうせこい工夫もしてますね。誰にでもできることではないですけど、Twitterでフォロワーが増えて「この人達を笑わせたい」と思うのは励みになります。
吉田: 炎上は慣れました?
田中: 慣れましたねー。何度も炎上した末に、「あ、こういうことか」と思えるようになりましたね。最初は世界中からフルボッコにされてるような気持ちでしたけど、『中国嫁日記』の井上(純一)さんと仕事したときに「炎上、炎上っていうけど中心は4〜5人ですよ」と言われまして。炎上の火つけをやる人は毎日いろいろな人をパブリック・エネミー扱いして火をつけてまわっているだけで、炎上している範囲もさせている人も限られていると。
吉田: 最近だと「松本伊代は許さない!」とか息巻いてるようなタイプですね。
田中: はは(笑)。
吉田: 『うつヌケ』のSNSでの反響はどうですか?
田中: 好意的なものも多いですけど、一方で、「あの本に出てる人たち仕事してるじゃん」「仕事にすらつけない人には役立たない」というものも見かけます。抜けてる人を対象にすると、やっぱり仕事してますし。哀しいかな、そういう人たちの期待には応えられなかったという。
吉田: そもそも、本としてまとめるなら、取材相手にも肩書は必要ですからね。「無職で抜けてない◯◯さん」の話だと難しい。
田中: それはありますね。ただ、取材対象としてたどりつけなかっただけで、無職だけどうつから抜けられたという人もいるはず。「こんな本役に立たないよ」という発想自体は、ぼくもうつだったら持ってただろうな……と思えるので、そういう人に響かないのは歯がゆいですね。『うつヌケ』の中で何か見つけてくれればうれしいですけど。
吉田: 『サブカル・スーパースター鬱伝』も、読んだことでうつが再発したと言ってくる人がいました。菊地成孔さんのパニック発作の描写がリアルでこわいとか。
田中: 「こうじゃなきゃ!」ということを書いているわけではないから、あくまで「今こうですよ」「今はこういうつきあい方をしてますよ」ということであって、ライトな気持ちで読んでもらえるといいですよね。
『サブカル・スーパースター鬱伝』女性編はあるのか?
田中: もし、もう一冊うつの本を出すとしたらどういう内容にします?
吉田: 女性編をやりたいなとは思ってますね。西原理恵子さんとかに取材する話もあったので。
田中: 『サブカル・スーパースター鬱伝』にも、香山リカさんは出てましたよね。
吉田: 香山さんは総括をお願いしたかったんだけど、とにかくサブカルの話をしたくてしょうがなかったみたいで、全然医者としてコメントしてくれなかったですね(笑)。
田中: 全員女性でまとめると、またちょっと違うかもしれないですね。
吉田: それはそうですね。女性は、男たちが逃げ続けてきたものと10代の時点から向き合ってますから。第二次性徴が起きるともう毎月気が重くなったりするわけで、精神年齢が決定的に違うでしょう。男女の第二次性徴の違いって決定的に大きいと思っていて、10代の男の悩みなんて1日3回オナニーしてたらバカになるんじゃないかとかそういうことばっかだし。
田中: 圧倒的にバカですよね(笑)。リスカするのも女性が多いというし、社会的な不安も多いし。先日、吉田さんが出演していたNHK番組でも、地下アイドルたちの信じられないエピソードが披露されてましたよね。ストーカーとか住居特定とか本当に大変そうと思ったもん。あれは病むわ。
吉田: なので、まったく違う本になるでしょうね。
田中: それも楽しみですね! 今日はありがとうございました。
(おわり)