対談
トークライブ「精神科医と2人の生きづらいベストセラー漫画家たち」前編
撮影:渡辺 愛理 構成:平松 梨沙
「生きづらさ」を根本テーマにした話題の2作品『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(田中圭一)と『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』(細川
誰にでもある「生きづらさ」との向き合い方
岡映里(以下、岡):イベントにお越しのみなさま、ありがとうございます。本日司会をつとめる岡映里です。今回は1月に刊行されて大ベストセラーとなっている『うつヌケ』、そして6月に刊行された『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』の著者のみなさんをお呼びして、うつや心の不調との向き合い方についてお話しできればと思います。
一同:(拍手)
岡:なぜ私が司会かというと、以前はノンフィクションを中心にやっていた記者だったんですけど、仕事のストレスなどから2013年に双極性障害の診断を受けました。そこで医師の治療を経て、どん底から立ち上がるまでを『自分を好きになろう うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ』(瀧波ユカリとの共著)という本に書いています。今回は私自身の体験談もまじえつつ、お三方にいろいろ伺えればと思います。
田中圭一(以下、田中): 今日はよろしくお願いいたします。おかげさまで『うつヌケ』が33万部を突破しました。
岡:すごい!
田中: こんなに売れると思ってなかったんで、これで過去の悪行が帳消しになるかなという感じですね(笑)。それだけ困っている人がいるということですから、なかなか手放しでは喜べないですけれども。
細川貂々(以下、貂々): 『それでいい。』はまだ3刷ですよ……。
田中: いやいや、3刷だってすごいでしょう(笑)。
水島広子(以下、水島): 共著者の私から付け加えておくと「発売後48時間で重版!」です(笑)。私は医者としての立場からいろいろ単著も出しているんですけれども、今回『ツレがうつになりまして。』を描いた貂々さんとあんなに楽しく作業できたうえに本まで売れてうれしいなと思ってますね。
うつを初めて「ビジュアル」で表現した
岡:読み手の方からの反応は、お三方に届いてますか?
田中: 『うつヌケ』については、うつがビジュアルとして表現された初めての本だと言われました。「脳みそが寒天に包まれる」とかね。その甲斐もあったのか、「うつの人がうつじゃない人にすすめるのに向いている」と言われます。
岡:1匹だと軽そうだけどたくさんいるとつらい、という表現もわかりやすかったです。
田中: 以前雑誌でレポートマンガを連載していたのですが、そのときに読者の方から「起きたことを単に絵に起こして時系列で語ってるだけ」と言われて悔しかったんですよね。今回は「マンガにする意味」や「読んでおもしろい」というのを意識して話を組みたてたのが功を奏したのか、「読んで泣いちゃった」という方もいて、うれしかったです。
岡:「うつの人の気持ちがわからないアシスタントのカネコさん」との掛け合いで、ゲストに取材する見せ方もいいですよね。
田中: これは担当編集さんの発案で、彼の名前が「金子」なんです(笑)。実在の人物ではないんです。 うつの人の気持ちがわからない読者の方が感情移入できる相手を登場させようということで創作したキャラなのですが、成功でしたね。
岡:なるほど。貂々さんは『うつヌケ』を読んでどう思いましたか? 貂々さんの大ヒット作『ツレがうつになりまして。』にも登場し、うつを患った経験のあるツレさんの感想も知りたいです。
貂々: 私はおもしろく読みました。でもツレは「手塚治虫先生がうつについて書いてる〜!」という感動で、内容が頭に入ってこなかったと言ってました(笑)。
岡:(笑)。そういえば、一読者としての感触なんですけれど、『ツレうつ』と『うつヌケ』は、メンタルの不調と仕事上の悩みを結びつけた話が多かったですが、『それでいい。』は、もう少しプライベートに寄った話になってますよね? 不調の主体が男か女かによって、不調とかかわる問題も変わってくるんでしょうか。
水島: 私は対人関係療法を行っているんですけれど、うつが理由でいらっしゃる方は男女問わず、人間関係に悩んでいる方が多いですよ。会社がブラックでうつになる人も、身近な人に「大変だね」って言われれば、うつにはならずに済むことも多い。でも「え、男のくせに?」って言われると、それが刺さってうつになったりする。表面的には仕事上の問題に見える場合でも、じつは身近な人との関係がかかわってることがあるんです。存在を尊重してくれる人がいるのが大切。
岡:水島先生がよく言われている「重要な他者」ですね。
「ドクターショッピング」って、していいの?
岡:いま対人関係療法の話が出ましたけど、『うつヌケ』のなかで「ドクターショッピング」という問題が書かれていました。いざ不調になったときに、信頼できるドクターに出会えるかどうかというのも本当に重要な問題。ただ一体どこまでドクターショッピングしていいのかも悩みどころ……。私は一度もお医者さんを変えなかったんですけど、担当医が診察中に寝る人だったので、結構困りました。
田中: ええ!?
岡:診察時間は10分くらいなのに。でも、寝ている先生に驚いて思わず黙ると、その雰囲気を察するせいか目を覚まして「絶対、元の岡さんに戻りますから」っていかにもずっと聞いてましたよと言わんばかりの励ましの言葉を言うんだけど、こちらが話すとまた寝る。
田中: なんか、コントみたいだな(笑)。
岡:でもその先生には、ものすごく助けられたんです。双極性障害によるうつ状態がひどくなったころ、仕事にも行けなくて、飼い猫の世話もできなくて、もう家が猫のゲロとうんこまみれになってたんです。それで、「自殺とかする以前に、食事もとれないし餓死するかして、もう死んでしまうかもしれない」と友達にメールしたら「家から這って行けるぐらい近くに、精神科があるなら、今すぐ行け」と言われて、出会ったのがその先生で。当時の状態をそのまま話したら、「私の目の前で今すぐ会社に電話して休職するように言ってください。家帰ったら、一人だともう電話できなくなっちゃうから」と言ってくれたんです。そう言ってもらえたおかげでちゃんと休職することができました。
水島: なるほど。
岡:ドクターショッピングしようかなと迷ったこともあったんですけど、結局変えなかったです。
田中: 私の場合は2度ドクターショッピングをして、3人目でうまくいきました。うつ状態って、だいたいネガティブな気持ちじゃないですか。精神状態がよければそんなにジタバタしないんですけど、最初の先生に「あなたのうつは一生ものです」と言われたのがずっと引っかかりまして。問診のときもずっと目の前でタバコ吸ってるし、これはちょっとなあ……と思って、まず一度病院を変えてみました。
岡:タバコ。すごすぎますね。
田中: で、2人目にいろいろ話したら、「あー。あなたはこの薬だめですよ。こっち」とキツイ抗うつ剤を出されまして。結果、うつが悪くなったんですよ。それでネットで調べてみたら「慣れるのに1ヶ月かかる」「やめるときも大変」という薬だったんですね。そういう薬を説明なしに処方してくるのはちょっとな……と思って、もう一度医者を変えました。その3人目の人に初めて、「じゃあ、田中さんの思うようにやりましょう。サポートしますよ」と言ってもらえて、信用することができました。待合室も、前のところに比べて雰囲気が良かった。
「味方」だと思えない医者は、変えていい
岡:うんうん。患者にとっては先生というのは絶対的な存在だというふうに思っちゃうけど、でも人間同士ですから、相性はありますよね。水島先生、いかがでしょうか?
水島: うーん。田中さんの話を聞くと、それは相性の問題以前の、質の問題ですよね。
岡:なるほど(笑)。
水島: 私は治療者にトレーニングする機会もあるんですけど、いつも「相手の味方だということが伝わるように接してください」と伝えています。それって、専門に関係なく、医者としてのもっとも基本的な姿勢だと思っています。この姿勢ができている人を見つけるために医者を変えるのは、悪いことではないですね。「あ〜自分がだめだな」と思う医者のところには行く必要がないですから。一般的にも、精神科の場合、3回までは変えてOKと言われています。 ただ、タバコ吸ってる人とかはその3回にもカウントしなくて大丈夫です(笑)。
岡:「だめだな」と思う医者のところに行く必要はないと言い切ってもらえると安心しますね。うつ状態の人は自己否定の気持ちがすごく強くなるせいか、医者を変えるだけでも罪悪感がわきますもん。
水島: もちろん、うつは一朝一夕に改善するものではないですけれど、悪化するのはまずいですからね。私、よく「医療トラウマ」の患者さんにお会いするんです。
田中: 医療トラウマ?
水島: いろいろな病院で適切ではないコミュニケーションを受けて、傷ついてしまった患者さんですね。悪いのは医療者のほうなんだけど、患者さんが自分の問題としてひきとってしまっている。身近にうつの方がいたら、ちょっと病院について話を聞いてあげて、「その先生よくないと思うよ」と客観的な視点で言ってあげるといいかもしれません。
岡:さっき田中さんが待合室の雰囲気について話してましたけど、そこは自分の直感を信じた方がいいと私も思います。私も、病院内が不潔なところはだめだと思います。あと個人的には先生に怒られたり、ダメだしされるところ。行動をこう変えたらどうですか? という提案ではなく、「その生き方だから病気になるんだよ」みたいな、存在そのものを否定してくるような先生に以前遭遇したことがあります。「あなたみたいな人ってほかにもたくさんいるから、自分だけ大変だと思ってるなんて大げさだしある意味うぬぼれてる」とか言われたり。そのときは帰ってから寝込みました(笑)。
水島: 「ドクターショッピング」と呼ぶとネガティブに聞こえるけれど、セカンドオピニオン、サードオピニオンを求めてほかの病院にも行ってみると考えると違いますよね。それに最初から正しい診断を受けられているとも限らない。とくに双極性障害の人の場合、正しい診断を受けるまで10年かかるとも言われますからね。医者の側も「自分のダメなところに気づいてない」パターンも多いので、一度勇気を出して「ここにくると自分がダメだと思っちゃう」と言ってみるのもアリだと思います。態度を変えてくれればありがたいし、逆ギレされたら去るべき。
「自分を好き」アレルギーを克服するには?
岡:『うつヌケ』と『それでいい。』との対比に戻るんですけど、どちらの本も「自分を認めよう」という話ですよね。「自分を好きになる」というのは私も自著で書いたことがあるんですけど、これには「えー、なんか、きもい」、「ナルシスト!」という反応もありました。どうしてみんな「自分を好きになる」ということにアレルギーがあるのかなと感じたのですが、貂々さんはどう思いますか?
貂々: えーと……私は友達がいないので、あまりそういうふうに言われたことがないんですよ。
岡:なんと(笑)。じゃあちょっと質問を変えます。「自分の中の自分」に言われたりはしないですか?
貂々: それはいっぱいありましたね。「急には無理!」って。でも、むりやり言い聞かせました。「自分を否定する私はだめなんだ」、「死んだ方がマシだ」とかは考えるんですけど、それでも「それでいい」と、とにかく自分に言い聞かせました。
岡:それは口に出したり……?
貂々: そうですね。口に出しましたね。何回も何回も。
岡:ツレさんには何か言われましたか?
貂々: 「あ〜、がんばってるなあ」という感じで見守ってくれましたね。基本的に、ツレはなんでも受け入れてくれるんです。最大の敵は自分です。
岡:人から「重版かかって妬ましい」って言われて、「あ、重版ってうれしいことなんだ」とホッとしたというエピソードが印象的でした。
貂々: そうなんですよ、性格が悪いところがあるのは私だけじゃないんだって、本当にホッとしたんです(笑)。
岡:水島先生は、人を妬ましく感じることはありますか?
水島: 「なんでこんな『偽物』がベストセラーになってるんだろう」と思うことはありますね。『本物』だと思えるものが売れているなら、自分のことのようにうれしいです。
岡:今日、挙げている本のなかでは田中さんの本が一番売れ行きが良いですよね(笑)。
田中: いままでは売れてなかったので、「なんでこんながんばってるのに売れねえんだよ!」とは思ってましたね。ただ、お下劣パロディー漫画が売れないのはわかるっちゃわかるので、「今回の漫画が売れなかったらどうしよう……」とずっと心配でした(笑)。
岡:田中さん、Twitterの名前がいまだに「はぁとふる売国奴」なのがすごいですよね(笑)。
田中: ぼく、お下劣なギャグで人気になったお笑い芸人が、売れたあとに個性派俳優のようなポジションに転向するのが嫌いで。お笑いをちょっと下に見ている感じがするじゃないですか。だから自分も、『うつヌケ』が流行っても初心を忘れずにいたいんです。 妬みや「こんちくしょう!」という気持ちはぼくも常に持っていますね。でも『それでいい。』を読んで、そういう気持ちを認められるだけでもずいぶんラクになるんだなと思いました。そのうえで、「誰かを楽しませたい」というような気持ちに集中したほうが、ものづくりにつながる。
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田中圭一さん
「自分を認める」と「自分を好きになる」の違い
岡:クリエイターには2パターンあって、ダークサイドの気持ちから創作する人と明るい気持ちから創作する人がいますよね。前者は長く続かないのかなあとは思います。私は以前、殺人事件の取材記者だったのですが、同じ業界で長いことやってる人というのはあまりいなかったですね。いても心か身体を壊したことがある人がほとんどですね。
田中: ネガティブな気持ちになることは誰にでもあるし、一時的な発散にはなるけれど、続くとしんどいですよね。
岡:それでも、自分のセルフイメージに引っ張られてネガティブ状態から抜け出せない人も多い。
田中: さっき貂々さんが言ったように、アファーメーション(肯定的自己暗示)をするのも効果があるように思います。全面的には認められなくても「ここは認められるかも」というところをちょっとずつ増やしていくんです。
岡:貂々さんは、自分がちょっとずつ変わっていったことで、人間関係は楽になりましたか?
貂々: 私はいま、PTAで人間関係を学んでますね。PTAでの人間関係は楽しいです。コミュニケーション能力の高い方たちなので……。会長さんが融通の利く人で私の好きなようにやっていいと言われてるので、好きにやってます。
岡:すごいですねえ。私は子供とかいないですけれど、PTAってめんどくさいものという固定観念がありました。「楽しい」と言っている人、初めて見ましたよ。
貂々: 会長がおもしろい人なのはありますね。
岡:それこそ相性。
貂々: ボランティアなので自分がやったことで、ただ喜んでもらえる。それが楽しいです。 私、昨年11月に、PTAの顔合わせでコミュニケーションとったときは一言もしゃべらなかったんです。「自分の『素』の部分なんて出しちゃいけない」と思っていて。でも、活動が始まる4〜5月にはだいぶ自分を出せるようになっていて。まわりの人からは「全然しゃべらない人だと思ってた!」と言われました。私は「まわりの人がこわい」と思いこんでたんだけど、まわりは私のことを「こわい」と思っていたんですよね。
岡:『それでいい。』を書いて、自分を客観視できるようになったということですよね。
貂々: そうなんです。こういったイベントのときにあんまり積極的にしゃべれない自分のことも嫌だったんですけど、最初に「しゃべれなくてごめんなさい」と前置きするようになりました(笑)。
水島: 本のなかで、「言い訳しよう」と書きましたよね。
岡:そうすると、どんどん自分を認められるようになってくる。
水島: ちなみに、岡さんの本を否定するみたいになるんですけど(笑)、私、自分のことは認めてるんですけど、好きではないです。
岡:ええっ!
水島: 私、自分のことをあまり考えてない。透明なんですよ。誰かとの関係をこじらせて自分に罪悪感を持つときって、「だめな自分」にばかり視点がいってますよね。でも、それじゃ相手もさびしいじゃないですか。ひどいことをされたうえに背中を向けられてるわけなので。あんまり自分を「好き」とか「嫌い」とかまでは考えてないんですよね。
岡:いろいろな選択肢があってもいいのかもしれないですね。私にとっては「好きになる」のほうが受け入れやすいし、「それでいい」のほうが受け入れやすい人もいるんだなと思います。
(つづく)