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特集

「当時を思い出しながら感情を落とし込んだ作品です」(窪) 「読みながら、妻に謝りたくなりました」(カツセ)『ははのれんあい』刊行記念対談(前編) 窪 美澄×カツセマサヒコ

撮影:中林 香  取材・文:高倉 優子 

女性の性や人生、そして家族をテーマにした小説を精力的に発表し続けてきた窪美澄さん。そして、ツイッターのフォロワー数14万人超の人気ウェブライターであり、昨年『明け方の若者たち』で鮮烈な小説デビューを果たしたカツセマサヒコさん。窪作品のファンでもあるカツセさんと窪さんのお二人が、リモート対談を行いました。窪さんの最新刊『ははのれんあい』の感想や執筆秘話、またそれぞれの家族観やコロナ禍における小説家の役目など、さまざまなテーマで語り合っていただきました。前後編でお届けします!

母はいつか解放されて自由になれる


窪:『ははのれんあい』を読んでくださったそうですね。ありがとうございます。


カツセ:ひらがなのタイトルが印象的でした。シングルマザーの由紀子が恋愛して再婚するまで、といった単純な話ではなく、母親がわりである長男・智晴の成長や恋愛も描かれています。後半になるにつれ、タイトルの意味がどんどん大きくなって……。「だから、ひらがななのか!」と。とてもいいタイトルですね。


窪:おっしゃる通りで、小さな「ははおや」である智晴の恋愛という意味も含んでいます。


カツセ:僕は結婚していて、子どももいるんですけど、読みながらひたすら妻に謝りたくなりました。夫の智久が小児科の先生から「お父さん、がんばってくださいね」と言われて、〈もうがんばってるんだけどな、俺〉と思うシーンがありますが、まさに自分もそう。頑張っているつもりでも及んでいないことが多いんでしょうね。由紀子が寝ている夫に布おむつを投げるシーンがありますが、僕にも似たような経験があったなと。反省です。


窪:翌日は仕事もあるし、父親と母親では立場も違うので仕方ないんですけどね。私自身、子育ての記憶は遠くなりつつありますが、息子が乳児の頃は本当に辛かった。当時は夫もいて手伝ってくれていましたが、全然足りなくて。だから昔のことを思い出しながら感情を落とし込みました。

 智晴にモデルはいませんが、息子の小さいころのエピソードから引っ張ってきたこともあります。たとえば智晴が保育園で蝶の羽化を見ているシーン。うちの息子も保育園で給食やオヤツを食べずにずっと羽化するのを見ていたことがあったんです。


写真

窪美澄さん


カツセ:そうだったんですね。後半、成長した智晴が母を蛹にたとえる描写があるじゃないですか? 「芋虫が蛹になり、やがて蝶になる。今の母をたとえるなら、蛹だ。智晴が幼い頃、母はふわふわの芋虫みたいにやわらかかった。今の母はなんだか硬い。まるで木の枝と同化しているみたいに」。智晴の感性、つまりそれは窪さんの感性ということだと思うのですが、それがすごくいい、素晴らしいなと思いました。蛹は羽化し、やがて蝶になって飛べるようになる。母はいつか、母から解放されて自由になれるということを表しているんだろう、と。すごく好きなシーンですね。

夫婦がチームになった瞬間にグッときた


カツセ:夫の立場から見ると、智久には、好きな縫製の仕事がやれないのに生きている意味はあるんだろうかという葛藤があったと思うんですよ。でも、生活のためや家族のために受け入れざるを得ない。その瞬間、大人になったというか、人生の主役を降りなければいけなかったんです。だからこそ彼が「ずっと、一生ミシンを踏んで生活していきたかったんだ」と秘めていた夢を語ったとき、由紀子が「二人で頑張って働こう」と応えるシーンにはグッときましたね。しんどい生活の中で見えた唯一の光。「どうか報われてほしい」と願ったけれど、かなり前半部分だったので、このままでは終わらないんだろうな……と。


窪:確かに、すれ違っていた夫婦がチームになった瞬間でしたね。


カツセ:この小説のテーマは「形を変えていく家族」だと思うんですが、その意味でいうと、智久の母が亡くなってしまったことも大きな変化だったんじゃないでしょうか。智久の父・茂雄にとっては仕事を引退してやっと楽になれる、自由な時間ができると思った矢先に、妻が亡くなってしまって……。人生、うまくいかないことだらけですよね。老後、人生を楽しみたくても健康でいられるかはわからないんだということをリアルに感じ、未来を予知されたようで怖くなりました。


窪:怖がらせるために書いているわけではないんだけど、人生って得てしてそういうもの。だから小説家としては、やっぱりそういうことを書きたいんですよね。これまで茂雄の目線で読んでくれた方がいなかったのでとても新鮮です!


書影

窪美澄『ははのれんあい』
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


小説家の仕事は「物語を終わらせる」こと


カツセ:新聞連載は大変じゃないですか? 途中で直したくなったり、伏線を回収しなくてはならないと思っても引き返せない怖さがある。僕にはとても想像もできないです。


窪:私はいつも「物語はいつか終わる」というおまじないを自分にかけているんです。終わらない物語はないし、小説家って物語を終わらせるのが仕事だと思っていて。ミステリー作家だったら伏線を回収する必要もあるかもしれないけれど、私たちってそこまで考えなくてもいいじゃないですか。カツセさんが印象的だったと言ってくださった蝶の羽化の話も、思いつきで書いたものではあるけれども、それが後半でも活きてくるなんて思ってもいませんでしたから。


カツセ:えっ、あれって決め打ちで書いたわけじゃないんですか。


窪:そうなんです。そういえば前半に書いたから後半でも触れてみようかな、というくらいの軽い気持ちです(笑)。


カツセ:すごい! 手が止まったり、困ったりしたことはなかったんですか?


窪:この物語はどこに向かっていくのかしら? というベクトルを見失ったり、希望のあるラストにするためにどう舵を切ればいいのか迷ったりしたことはありました。最近はコロナ禍ということもあって、明るい物語にしたいと思っているんです。


カツセ:たとえば終盤、智晴が親友の大地とケンカするシーンがありますが、どこに着陸させるか、決めずに書いていたということですか?


窪:そうですね。ふたりがケンカするなんてまったく想定していませんでした(笑)。ただし、ぼんやりとしたエンディングは見えているから、そこに向かって軟着陸していく感じです。


カツセ:ケンカのあと、別れた父・智久の家で過ごして帰宅した智晴が、母の前で泣くじゃないですか。あのシーンが、まさに後半の山場ですよね。担っていた役割から解放されて、感情が爆発する。智晴の強さやたくましさが怖くもあったので、やっと子どもらしさが見られて安心しました。


窪:丁寧に読み込んでくださって、本当にありがとうございます。


キャプチャー

リモート対談の様子
(写真左から)カツセマサヒコさん、窪美澄さん

体中から涙があふれる小説


窪:カツセさんのデビュー作『明け方の若者たち』を読ませていただいたとき、とてもクオリティが高くて驚きました。1作目からこんなに上手で大丈夫ですか? と(笑)。

 私は二十歳過ぎからずっと杉並近辺に住んでいて、登場人物と生活圏がほぼ同じなんですよ。明大前や下北沢の猥雑さや、高円寺の駅前の焼鳥屋さんの雰囲気とか、妙に生々しくて(笑)。主人公と、相手の女性にだけ名前がありませんでしたが、それは意図的なものですか?


カツセ:そうですね。読者にとって彼らを自分の友だちくらいに思ってほしかったんです。


窪:なるほど。その分、他の固有名詞が際立っていますよね。キリンジの「エイリアンズ」をここで使っちゃうのか! とか。舞台設定である2010年代を生きた人に刺さらないはずがない。体中の毛をむしられるような切なさに満ちていて、私自身も古傷を剥がされるような痛みを覚えました。若い方はもちろんですが、人生の「マジックアワー」を過ぎた人が読むと体中から涙があふれると思います。

 あと、男性が風俗に行く心理状態がわかったことも収穫でした。風俗業で働く女性を取材して小説を書いたときに、知人男性たちにも話を聞いたけれど、動機については語ってもらえなくて。「こんなテーマで男性作家が書いてくれないかな」とずっと思っていたんです。男の人が連れ立って風俗に行くのはこういうことなのか、とよくわかりました。


カツセ:僕は男子校出身ですが、飲んだ勢いで「風俗に行こう」というムードになるようなホモソーシャルがすごく苦手で。風俗にも明るくないので、いったん書いたあと詳しい友人に読んでもらったんです。そしたら「全部違う」と言われました(笑)。「おまえは見聞きした情報をちょっとずつつまんで書いているだろう」と。2010年代の渋谷にはもう店舗型風俗店はほとんどなかったとか、いろんなアドバイスをもらいました。


窪:主人公は失恋でドロドロになっているわけですが、そこを描くことで、根強く残る「男の人は泣いちゃダメ」とか「男らしさ」といった価値観から解放してくれる物語だと思いました。そんなものは取っ払っていいんだよ、と。


カツセ:智晴が母親の前で泣いたシーンもそうですが、こうした「解放」みたいなことが時代に求められているのかもしれませんね。

母は母である前にひとりの人間なんだと気づいた


窪:『「今夜は夕飯いるの?」と尋ねてくる母親にも、嫌気がさしていた』という一文にはグサッときました。母親からすると聞きたくないけど聞かざるを得ないんだよ、と。でもこういった細かい描写が主人公の性格付けに活きていると思います。


カツセ:窪さんは息子さんとはどんな関係性なんですか?


窪:息子はいま26歳なんですけど、高校生の頃に夫と別居したので、そこから大学でひとり暮らしをはじめるまで、息子と二人で暮らしたのはたった3年間だけです。早いうちから親離れ、子離れができて、距離感は取れているほうだと思います。息子は聞いてもいないのに自分の恋愛についてベラベラしゃべるタイプなので、小説のネタに使わせてもらうこともあります。恋愛ができない、したくないという人が増えているなか、臆せず、恋愛する人間になったことはよかったと思いますね。きっと私から受ける影響より、恋人から受ける影響の方が大きいと思いますね。

 カツセさんとお母さんはいかがですか? 小説は読んでくれましたか?


カツセ:読んでくれたんですけど、具体的な感想は聞いていません。フィクションとはいえ、登場人物に僕のキャラクターが投影される部分はあるので、読んでいて恥ずかしいだろうし、嫌だなと思ったりもするかもしれないので。ただ、母は読書家なので、読む小説のラインナップに自分の子どもの作品が加わったことで純粋に応援してくれていると思います。

 じつは僕自身、母に対してミソジニーというか、「母親」を強いる子どもだったんです。中学生くらいのとき、それまで専業主婦だった母がパソコン教室の先生をやることになって。僕はそれがすごく嫌で、「これまで通りきちんと家事をやってほしい」と罪悪感もなく口にしたんです。父はひとりでなんでもできたし、協力的だったのに。嫌な歴史です(笑)。ただ、時間をかけて徐々に受け入れていき、大学生になった頃には「母親はひとつの役割にすぎない」と気づきました。


窪:恋愛をしたことでそう思うようになったんですか?


カツセ:恋愛よりもアルバイトの影響が大きいかもしれません。いろんな人と出会って、自分の親もこんなふうに社会とつながっているんだと感じたときに、母は母である前にひとりの人間なんだと思ったんですね。高校生になった智晴が由紀子のことを俯瞰して見ていたように、僕も遅ればせながらそう思えるようになったんです。

 ただ、親離れした今でも、ときどき母に子どもの顔を見せてしまう瞬間があって、自分でも驚きます(笑)。窪さんが『ははのれんあい』で書かれていたように、家族は形を変えても、やっぱり家族なんでしょうね。


(後編に続く)

窪美澄『ははのれんあい』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321612000240/

★こちらもオススメ:辛いことも多かったけど、あの頃がいちばん無責任で楽しかった【デビュー作が6万部の大ヒット!カツセマサヒコ『明け方の若者たち』インタビュー】


窪 美澄(くぼ みすみ)

1965年、東京都生まれ。フリーの編集ライターを経て、2009年「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。11年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位に選ばれた。12年、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。19年、『トリニティ』で第36回織田作之助賞を受賞。その他の著書に『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『いるいないみらい』『たおやかに輪をえがいて』『私は女になりたい』などがある。

カツセ マサヒコ(かつせ まさひこ)

1986年、東京都生まれ。大学を卒業後、一般企業勤務を経て、2014年よりWebライターとして活動を開始。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)は7万部のヒットを記録し、Apple Books 「2020年ベスト新人作家」を受賞。2022年に同作の映画化を控える。共感を呼ぶツイートや記事もたびたび話題になり、Twitterフォロワーは14万人超に。

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