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特集

知られざる病理医の仕事と作家の創作の秘密に迫る――知念実希人×市原真(病理医ヤンデル)『傷痕のメッセージ』刊行記念対談

取材・文:タカザワ ケンジ 

傷痕のメッセージ』の著者で、医師として働きながら意欲作を精力的に発表し続ける知念実希人さんと、病理医として働きながら、医療についてのわかりやすくも深い解説やエッセイを発信する市原真さんの御二人が、病理医を主人公とする本作の魅力を語り合います。

「胃の中の文字」に世界で一番驚いた


市原:今日は対談相手に選んでいただき光栄です。Twitterで交流させていただいていますが、直接お話しするのは初めてですね。

 僕は知念先生の大ファンなんです。最新刊の『傷痕のメッセージ』を拝読してまず思ったのは知念先生のワールドが炸裂していること。僕が病理診断医であり、登場人物の一部が病理を専門にしていることを超えて、物語が大変に面白かったです。1人の読者としてまずそのことにお礼を申し上げます。


知念:ありがとうございます。そう言っていただけてホッとしました。病理の専門家に読んでもらうということで、緊張して今日の対談に臨んだので。内科なら、僕の専門なので怖くはないんですが、ほかの科の先生に「ここは違う」と言われるのがすごく怖くて(笑)。楽しんでいただいたようで本当に嬉しいです。


市原:『傷痕のメッセージ』にはご遺体の胃に刻まれた文字、という驚愕の設定がありますよね。発売前のいま、あのくだりを読んで世界で一番震え上がったのは僕ではないかと思います。すでにお読みになっている数多くの書店員の方々や、KADOKAWAの関係者一同も、さぞかし「うわー!」と思われたと思いますが、みなさんとは段違いの衝撃を受けたと思います。

 病理解剖は神聖な行為です。緊張しながらご遺体を外から見て、傷が残らないようにきれいに開いて──作中の知念先生の描写は完璧です──そこから臓器を一つひとつ取り出し、3、4時間かけてじっくり検索します。心臓、肺……何があったのか、なぜ亡くなったのかを問い続けて、最後の最後に胃を開きます。

 外から見てなんともない。これを切って終わりだと思って胃をシャーッと切って展開して、そこにパッと文字が出てきたら言葉を失います。失禁しますよほんとに。

 そもそも作中に描かれている様子からすると、「典型的な胃潰瘍があるような場所じゃない」んですよね……。


知念:その通りです。さすがですね。


市原:なぜ? で頭がいっぱいになるでしょうね。そして、表面を軽く洗う。するとそこに壁画のように文字が出てくる。たとえると、ピラミッドの新しい部屋を開けて入ったら壁に文字が書いてあるようなものです。しかもそれがひらがなだというような。それくらいの衝撃があるわけですよ。


知念:実はそのシーンを思いついたところから『傷痕のメッセージ』が始まったんです。病理で何が一番驚くかなと思ったら、内臓に何かが書いてあったということじゃないか。それも消化管の中に書いてあるのが一番衝撃じゃないかなと。


市原:しかもこの設定はあとあとまで効いてくる。胃の中に(なんらかの手段で)残された文字が読みやすいわけないんですよね……技術的に。このことが、古今東西のミステリのツッコミどころである「ダイイングメッセージをなんでそんなにわかりにくく書くんだ!」に対する強烈なカウンターパンチになっている。まさに豪腕。同じことを考えつく人はいないでしょう。


知念:そう言っていただけると作者冥利に尽きます。


書影

知念実希人『傷痕のメッセージ』(KADOKAWA)
※画像タップでAmazonページに移動します。


内科の診断学とミステリの共通点


市原:最初は病理医が主人公と聞いて、単純に、病理解剖によって謎が解き明かされるストーリーなのかなと予想しました。

 ところが先生は、病理医自身が思考に入っていく過程をちゃんと描いていらっしゃいます。執刀中だけが解剖ではなくて、ご遺体を閉じてお返ししてからもずっと検索が続いていくということをお書きになっていますね。一般の方にはなかなかおわかりいただけない部分を、こんなにきれいにミステリのプロットにはめていただけるとは驚きです。

 たとえば、病院や医療を題材にした小説で、身体のどこかの臓器に異常があって、それが解決のヒントになった、というところでネタを終えてしまうミステリはよくあると思うんです。ところが先生の場合は、序盤から傷痕のシーンが提示されて、ドッカンドッカン盛り上がったあと、終盤になっても、病理医の思考の過程を通じて「そんなことが!?」――っていう仕掛けがどんどん出てくる。情報がだんだんと増えていくプロセスは、医療における診断のそれと重なっているように思います。


知念:それは僕が内科医だからかもしれません。内科医の特徴って診断だと思うんですよ。とくに僕は総合診療科ってところで後期研修をやったので、そこにいると、なんだかよくわからないけど調子が悪いという人が来るんですよね。鑑別診断をいくつもあげて、可能性の高いものから潰していく。最後に、ああ、この病気なんだな、と確定診断し、ようやくそこから治療が始まる。内科の診断学ってミステリみたいだなとずっと感じていました。


市原:先生のいまのお言葉を引き出せたのは僕のファインプレーですよ(笑)。先生の医師として診断に向かう姿勢が、小説の中にバリバリ入っているんですね。


知念:そのために内科医になったわけじゃないんですけど、やってみたらすごくいい選択だったと思いますね。

『傷痕のメッセージ』で題材にした病理の場合、本当に詳しい情報が得られるのは、臓器の切片をプレパラートにして顕微鏡で見た時だと思うんです。マクロからミクロへと視点を移していき、最後に真実にたどり着く。それもミステリに合っていますよね。


市原:すごい。本職の病理医ですら、病理診断にミステリの可能性があるとは気づいていませんでした(笑)。


知念:病理医は、僕たちからすると、真実を教えてくれる医師。ドクターズ・ドクターです。悪性腫瘍か良性腫瘍かという判断にしても、最後に頼るのは病理医。最後に答え合わせをしてくれる医師として尊敬しています。


市原:大変うれしいお言葉です。ありがとうございます。

10ページごとに事件が起きるミステリ


知念:先生が「病理医ヤンデル」としてTwitterで発信され、ご著書を出されているおかげで、医療を身近に感じる方が増えていると思います。病理医がどういう仕事をしているのかが、わかりやすく楽しんで読める。時にはギャグも入れて(笑)。医療と一般の人との距離を縮めてくれる希有な存在です。医療関係者としてだけではなく、一読者として楽しく読める本をたくさんお書きになっている。すばらしいです。


市原:ありがとうございます。僕の場合は優秀な編集者との出会いがあり、彼らのサポートで書けているだけなんですが、知念先生にご評価いただけるのは、単に作家の先生とか、Twitterでよくお目にかかっている方に褒めていただいた以上の喜びがありますね。

 知念先生は小説を書くことで医療のブラックボックスを開けている方です。知念先生のように医療をからめた面白いストーリーをズドーンと出してくれる存在は憧れです。

 今日はせっかくなので、先生が魅力的なストーリーをつくる上で気をつけられていることをぜひうかがいたいですね。


知念:物語の最初から最後までずっと先が気になるように、ということでしょうか。プロローグで思い切り衝撃的なことを提示して、その後は10ページごとに事件を起こしていく。これどうなるの? を最後まで続けていって、最後に大きな謎を解く。作家として10年やってきて身につけたテクニックです。

 このテクニックは医療情報を提供する上でも有効だと思います。最初に衝撃を与えて興味を引きつけ、最後まで少しずつつねに意外な情報を伝え続け、最後に一番伝えたいことを伝える。


市原:それはいいことを聞きました。今日のファインプレーその2です(笑)。


スクリーンショット

対談風景(左から、知念実希人さん、市原真さん)

病理医の日常を描いた小説とエッセイ


知念:小説からはちょっと外れますが、いま、新型コロナウイルスの影響もあって、いままでになく医療に対する関心が高まっていると思うんですよね。


市原:たしかにそうですね。先生はそこで、医師であることと作家であることのギリギリのバランスを保ちながら、報道に対してこれは必要だと判断された時にはTwitterで発信されていますね。


知念:こんなことは100年に1回ですから。宇宙人が攻めてきたのと同じで、医療関係者とマスコミが対立するのではなく、手と手をとりあって難局を乗り越えたいですよね。

 言葉には力があります。言い方一つで伝わり方も違う。強い言葉を使うだけじゃなくて、硬軟取り混ぜて伝わるように発信していきたいと思っています。

 ところで、市原先生の新刊も出たんですよね。


書影

市原真『ヤンデル先生のようこそ! 病理医の日常へ』(清流出版)
※画像タップでAmazonページに移動します。


市原:『ヤンデル先生の ようこそ!病理医の日常へ』という本です。病理医の日常という一面と、僕自身の哲学みたいなものを書いた本なんです。編集者の方から「幸福論みたいなものは書けますか?」というお題をいただいて、自分1人では思いつかなかったようなことまで書きました。

 ただ、病理医の日常に関しては、『傷痕のメッセージ』に登場する紫織先生の日常をご参照いただくのもいいと思います。友達が泊まりにきた時にドライヤーの場所がわからなくて探すなんて、病理医の日常そのものですよ(笑)。


知念:本当ですか(笑)。病理医の先生にそう言っていただけてお墨付きをいただいた気分です。ミステリとエッセイ、2冊を読み比べて病理医の世界を知ってほしいですね。

知念実希人『傷痕のメッセージ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000193/


知念 実希人(ちねん・みきと)

1978年、沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。内科医。2004年から医師として勤務。11年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を『レゾン・デートル』で受賞。12年、同作を改題した『誰がための刃 レゾンデートル』で作家デビュー。新潮文庫nexで刊行する「天久鷹央」シリーズが人気を博し、15年、『仮面病棟』が啓文堂書店文庫大賞を受賞。18年より『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』で本屋大賞に3年連続ノミネート。他の主なシリーズ・作品に「神酒クリニック」シリーズ、『祈りのカルテ』『十字架のカルテ』など。

市原 真(いちはら・しん)

1978年生まれ。2003年、北海道大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)で研修後、札幌厚生病院病理診断科へ(現在、同科主任部長)。医学博士。Twitterでは「病理医ヤンデル (@Dr_yandel)」として人気を博す。著書に『いち病理医の「リアル」』『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと 常識をくつがえす“病院・医者・医療”のリアルな話』『どこからが病気なの?』など。病理医としての日常と思考を綴った最新刊『ヤンデル先生の ようこそ!病理医の日常へ』が好評発売中。

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