お化け好きに贈るエンターテインメントマガジン『怪と幽』の創刊号から連載された高橋葉介さんの『魔実子さんが許さない』が完結し、単行本化された。
魅力あふれるヒロイン・魔実子さんはどのように生まれたのか? 創作の裏話と新たな連載について高橋さんにうかがいました。
取材・文:中野晴行 写真:内海裕之
『魔実子さんが許さない』高橋葉介インタビュー
魔実子は魔実也の女性化?
高橋葉介さんの『魔実子さんが許さない』は、レトロな団地の住人で霊や魔物を封じる力を持つ魔実子さんが、さまざまな怪事件に絡む連作ホラー短編集だ。まずは連載の経緯から――。
「ベースになったのは怪談専門誌『幽』の連載をまとめた作品集『拝む女』の最初に収録した「拝む女」と最終話の「妻を捜しています」です。これをもう少し続けようかな、と思っていたら、『幽』がなくなっちゃった。『怪と幽』として再出発したとき、今度は一話16ページもらえたので、タイトルも変えて毎回共通のキャラクターで少し長いものを描いてみよう、と考えました。私の作品は、短編が連なって最後にはひとつの話にまとまることが多いので、12回で単行本一冊になる構成を考えたんです。『怪と幽』は年に3回刊行されるので、4年かけてまとまりました。連載開始前に『怪と幽』編集部からは〈夢幻紳士 妖怪編〉を、と提案されたのかな……。でも、すでにほかの雑誌で『夢幻紳士』の新シリーズが始まっていましたから、「妻を捜しています」に登場した女性キャラクターを活かしつつ、『夢幻紳士』の主人公・夢幻魔実也を女性化したら面白いんじゃないかと考えたんです。ふたりの関係について多くは語りませんが、女性目線で魔実也を描いてみようと……。それが魔実子さんでした」
舞台は、古い団地がある架空の町。時代は昭和30~40年代あたりか。高橋さんが暮らす東京の面影もあるが、令和の現代とは違っている。それにしても、なぜ、団地?
「私が描くものはだいたい子供のときの記憶や当時好きだったものから出来上がっています。無意識のうちに描いてしまうのでしょう。中学の途中まで、我が家も団地住まいでした。4階建てで、エレベーターはなし。階段の両側にそれぞれの家の扉があって、途中には踊り場がある。階段を一番上までのぼると、鉄の梯子があり、天井の鉄扉を跳ね上げると子供でも屋上に行くことができたんです。私も学校から帰ると、屋上で友達と走り回っていました。フェンスなんてないんです。よく事故が起きなかったなあ、と思います。最上階に住んでいる人は、足音でうるさかったでしょうけど」
現実世界と魔界を結ぶ重要な存在となるのは押し入れだ。これも若い読者は見たことがないかもしれない。襖で仕切られた空間の中には畳んだ布団のほか、季節外れの扇風機や衣類などが詰まっている。
「今風に言えばクローゼットですけど、それだとイメージが違いますね。私は畳と押し入れのセットが絵として面白いと思うんですよ。畳も今の家にはあまりないのかなあ。家の中で魔界との通り道というと、押し入れくらいしか思いつかないんです。私が幼児の頃は、悪さをすると親から押し入れに閉じ込められたものです。中は真っ暗で、怖くて泣きました。ところがある日、偶然両足でけってしまったら襖が倒れて、“なんだ、襖って外れるんだ”と。子供だから、閉じ込められたら許してもらえるまで絶対に外には出られない、と思い込んでいたんですね。それが簡単に外れるとわかったものだから、役に立たなくなってしまった」
登場する魔物や化け物たちも、怖いだけでなくてどこか懐かしい。
「それも子供のときに観た特撮ものの影響です。子供時代、オリジナル怪獣を描いては、これを円谷プロで実写化してもらえたらいいな、と本気で考えていました。第1話の「お父さんがぶつの」は、完全に東宝特撮映画へのオマージュですね。巨大化したお父さんの怪物を、この部分で切り取って風景とはここで光学合成したら、みたいな視点で描きました。画面がうまくはまったとき、これなら続けられるな、と思いましたね。背景になる町の風景は、昔撮った写真から起こしているので、いまとは違います。公園も昔撮った井の頭公園の写真ですけど、あそこはあまり変わりませんね」
背景はレトロだが、テーマは新しい。連載中に起きた事件を思わせるようなエピソードも出てくる。魔実子さんが女性を助け、男を挫く展開も多い。
「最初のうちは社会派っぽいネタを入れていたんですけど、描いているうちにだんだん重くなってきたので、コメディ要素も入れました。逆に、魔実子さんは前半が優しくて途中から厳しくなっています。優しいだけだと男はつけ上がるから冷たくして(笑)。彼女は自分が暮らしている狭いエリアの保安官を自認しているわけで、自分の縄張りで変なことは許さないよ、ということなんですね。特に男に厳しいのは、女たらしの夢幻魔実也が女体化したら、男たらしになるのではなく、女の味方になるだろう、と考えたからです。第4話「昔殺した女」では、恋人を殺して埋めた男が、掘り起こした彼女の死骸を背負いながら“許してくれる”と甘いことを考えている。すると、死骸が「ンなわけねぇだろが!!」と凄む場面があります。あそこは、当時の女性担当編集者にすごく受けたんです。相当共感できるものがあったらしいです。さすがに詳しくは聞けなかったけど、何かあったんでしょうね(笑)」
視える少年と視えない少女
中盤からは新たなキャラクターも加わる。化け物が視える少年・九鬼と、憑かれやすい体質なのに全く視えていない少女・黄華だ。
「九鬼少年は『拝む女』にも登場しましたけど、キャラクターは全く違います。あっちはシリアスだけど、『魔実子さんが許さない』では、コミカルなキャラクターです。私自身にはそもそも霊感がないので、“視える人”はフィクションです。でも、視える人と視えない人が一緒になったら面白いんじゃないか、と考えてふたりを登場させました。最終回には、新たに幼い子供のキャラクターが登場しまして、次の連載は彼女・魔美華が主人公になる予定です。『魔太郎がくる!!』という藤子不二雄A先生のマンガがありますから、『魔美華ちゃんが来る!』というタイトルにしようかなって」
新連載は、4月26日発売予定の『怪と幽』13号からスタート予定。いまから楽しみだ。最後に、高橋さんからファンの皆さんへのお知らせを聞いてみた。
「お知らせはふたつあります。ひとつは、『拝む女』のフランス語版が出ることです。自作がフランスで翻訳されるのは初めてですし、私はフランスの風刺画家でブラックユーモア作家でもあるローラン・トポールが好きで、画集『マゾヒストたち』などから影響を受けているので、仏語圏の人の反応がとても楽しみです。もうひとつは、ファンの人が運営している『高橋葉介ウヱブサイト』で、私のデビュー45周年を記念して、ファンの皆さんから私への質問を募りました。それに私がひとつひとつに答えたものが公開されています。作品に関する質問が多いのですけど、プライベートなことにもお答えしています。ぜひご覧ください」
※「ダ・ヴィンチ」2023年5月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
プロフィール
たかはし・ようすけ●1956年、長野県生まれ。77年「江帆波博士の診療室」でデビュー。面相筆を多用した独自の画風で怪奇幻想マンガを描き続け、「夢幻紳士」「学校怪談」「もののけ草紙」などのシリーズで数多くのファンを魅了する。著書に『怪談少年』『師匠と弟子』『拝む女』など多数。初の画集に『にぎやかな悪夢』がある。
書籍紹介
『魔実子さんが許さない』
高橋葉介 KADOKAWA
迷える魂の水先案内人は、救いの天使か、地獄の使者か!? 気まぐれな彼女には、安易に近づいてはならない。児童虐待、通り魔、いじめ、殺人、自殺――。社会が抱える闇を「もののけ使い」があぶり出す。デビュー45周年の奇才が贈る、次代のアンチヒロイン!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000667/
『拝む女』
高橋葉介 KADOKAWA
怪奇浪漫、不条理ホラー、学園ラブコメ――異能のマンガ家のエッセンスを一冊に濃縮。15年間の連載を一挙収録した決定版として、ここに登場。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000362/
【怪と幽紹介】
2023年4月26日発売予定!
『怪と幽』vol.013
KADOKAWA
特集1 怪奇大特撮
特集2 民俗写真家 芳賀日出男
小説:京極夏彦、有栖川有栖、山白朝子、恒川光太郎、澤村伊智、織守きょうや
漫画: 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介
https://www.kadokawa.co.jp/product/322201000342/