コラム「告白します」
ハナコ・秋山寛貴
この記事は「小説 野性時代 第225号 2022年8月号」より転載しました
僕はMr.マリックさんに助けられたことがある。小学校低学年頃のことだった。恥ずかしい話だが僕は食べ物の好き嫌いが多い。今年31歳になろうというのに未だに多く、貝類は存在が奇妙で苦手だし、牡蠣を喜んで食べる人全てを「初めての時あの見た目にも拘わらず勇気を出して食べてみた勇敢な人達」として尊敬する。きのこ類も苦手。飲食店の期間限定メニューが高確率できのこを絡めたものになる秋は恐怖の季節。みんなが喜ぶウニやイクラも得意ではなく、残りの人生で僕に回ってくる分を一度にまとめられるなら配り歩いてなくしておきたい。そんな好き嫌いは幼少期は更にひどく、ピーマンやネギや茄子にレバーも。とにかく苦手だの食わず嫌いだのが多い子供だった。
そんな幼き頃の僕の嫌いな食べ物ラインナップの中には「天津飯」もあった。〝とろみをまとったご飯ものは変〟というような理由でなんとなく食わず嫌いだったそれと給食で出会った際、渋々食べた結果少し吐いてしまった(体調なのかなんなのか運悪く)。その体験のせいで「天津飯=吐くほど嫌い」という苦手意識が強固になってしまっていた。そしてその天敵と給食で再会することとなる。小学校入学以来、二度目の天津飯。1ヶ月の給食献立表を見てそのことを知ってから、秋山少年は「天津飯中止」という奇跡を願い続けていた。歴史的大渋滞で給食のおばちゃんがお昼になっても誰一人到着せず中止。前日の献立のカレーがうますぎて明日もカレーだ! となりカレーに変更で中止。何者かに献立表の天津飯のところだけ黒く塗り潰されそこがなんだったか誰も思い出せず中止。なんでもよかった。とにかく避けたかった。
残される手は勝機のない仮病芝居一本勝負だと思い始めた頃、救世主は前触れもなく現れる。「マルナカの懸賞当たったで。マジックショーじゃって」。母が近所のスーパーの懸賞に当たった。Mr.マリックショー。なんとその日時が天津飯の日の午後だった。これはまさかと思いきや願い通り、その日は午前中の授業のみ受けて早退して良しという奇跡が起きたのだ。唐突だった。まさかのマリックさん。マリックさんがタネも仕掛けもなく天津飯を消してくれた。僕は何度もマリックさんの顔を思い浮かべ感謝の言葉を唱えた。こうして地獄の時間だと思われていた給食の時間は、岡山市のホールでマリックさんを見るという至福レア体験にすり替わったのだった。あれから二十数年、今では天津飯を美味しく食べられる大人になった。僕が天津飯を食べる時のスプーンには、今でも必ずMr.マリックさんの顔が映る。蓮華の時は映らない。
あきやま・ひろき/1991年岡山県生まれ。ワタナベエンターテインメント所属。
菊田竜大、岡部大とともにお笑いトリオ・ハナコを結成。TBSテレビ「キングオブコント2018」優勝。
小説 野性時代 第225号 2022年8月号
「小説 野性時代」電子版
・小説 野性時代 第225号 2022年8月号 配信開始日:2022年07月25日
・配信日:毎月25日
・ダウンロード型の電子書籍に加えて「角川文庫・ラノベ読み放題」や、「カドブン」「カクヨム」「note」などのサイト内でも作品を展開予定。
・希望小売価格:350円
https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000343/
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