遠藤周作『怪奇小説集 恐怖の窓』新装版発売!
息子・龍之介さん特別寄稿「遠藤周作さんと日本ホラー小説大賞にまつわるエピソード」をお届けします
『海と毒薬』『沈黙』など数々の名作を生みだした遠藤周作さんは、人一倍怖がりなのに、怪談や怖いお話、奇妙なお話が大好きでした。幽霊屋敷があると聞けば足を運ばずにはいられず、留学先や旅先でもなぜか怪異に遭遇してしまう――。
そんな遠藤周作さんの怪談・ホラー作品を収録した『怪奇小説集 蜘蛛』と、ミステリ・サスペンス作品を収録した『怪奇小説集 共犯者』は、2021年8月に角川文庫より新装版が刊行され、多くの読者に読まれています。その第3弾となる『怪奇小説集 恐怖の窓』が 2022年4月に刊行されます。
遠藤周作さんと言えば、角川書店が主催した第一回日本ホラー小説大賞の選考委員のお一人。
『怪奇小説集 恐怖の窓』に推薦コメントを寄せてくださった荒俣宏さんからは「読んでいて、日本ホラー小説大賞の第一回目に選考委員としてお目にかかった時のことが思い出されました」と、当時の思い出とともにコメントが届きました。
それを読んだ龍之介さんが、「日本ホラー小説大賞の選考会といえば……こんなことがありました」と、楽しい思い出を教えてくれました。
文豪・遠藤周作のホラー愛! 遠藤周作と日本ホラー小説大賞の思い出
執筆者:遠藤龍之介
第一回日本ホラー小説大賞の応募締め切りは 1993年の8月31日でした。
その頃、私ともう何人かで「世にも奇妙な物語」というオムニバスホラーの担当をやっていました。
60分で3本のショートドラマなので沢山企画が持ち込まれ、企画の選定、決まった企画の脚本家決め、本直し、制作会社の選定、俳優さんのキャスティングと本当に忙しかったです。
8月が始まったばかりのある日、遅くまで本打ちをやって深夜に皆で飯を食っていると後輩が言いました。
「遠藤さん、角川で日本ホラー小説大賞っていう賞ができたんですって」
「ああ、そうだよ。俺、フジの担当」
「是非僕らも応募しましょうよ。『奇妙』でたくさん企画やってるんだから、きっと大賞取れますよ」
「いや、さすがに時間なさすぎでしょ」
「だったらここにいる4人で50枚ずつ書きましょう」
「うん、それならできるかもな」
「ペンネームで投稿しますから、僕らだとは最後までばれません。受賞パーティで壇上に僕らがいる事がわかったら、ウチの社長、きっと腰を抜かしますよ」
「確かに。ではやってみるか。でも文体がまちまちだと後で大変だから、文体はパトリシア・コーンウェルという事で決めていいかな」
「了解です」
後輩も私も馬鹿ですよね。若いというのは本当に恐ろしいものです。
それから数日して角川書店の宍戸さんから電話があり、「選考委員長の森瑤子さんが急逝されました」と告げられました。
「えっ、それは何と申し上げていいか……。それで選考会どうするんですか」
「至急、新しい選考委員長を当たります」
突貫工事でやった作品ができ、応募もすんだ9月のある日。宍戸さんからまた電話が。
「遠藤先生が選考委員長を引き受けてくださいました」
――驚きましたね。私は意図せずに父が選考委員長をやる賞に自ら応募してしまったわけです。
その事を話すと、気の早い後輩は「もう天は私たちに賞を取れと言っています」と舞い上がりました。「私が銀行口座を新設しますから、大賞の賞金は一旦そこに入れて、後で書いた4人に分配します」
日にちが流れて、最終選考会は銀座の本店浜作で行われました。
私はフジテレビの担当として宍戸さんと共に末席にいます。上席に、荒俣宏さん、景山民夫さん、高橋克彦さんとお歴々が全員揃った中に、ウチの父が登場!
開口一番私に「お前が何でいるんだ?」
「いや、映像化のフジテレビの担当ですから」
仕事の場に息子が来るのが嫌だったのでしょうね。不機嫌そうな顔で中央に座り、私のせいで(?)少し重い雰囲気で始まりました。
選考会は議論百出で尋常ではないほどに楽しく、むしろこちらがお金を払いたいくらいなのですが、私は内心で「勉強になるねー。できれば応募前に知っておきたかった。これ次のチャンスに活かそう」と、どこまでもめでたい人間です。
夢中になって聞いていましたが、気がつけば2時間が経過。未だ決まりません。場が膠着状態になって一瞬雰囲気が緩んだ時に父が「編集の下読みで良いのを落としとらんだろうな」と、悪戯っぽい目で宍戸さんの方を向きます。
遠藤家では定番のシニカル・ジョークなんですが、そんな事をいきなり言われても外の人は受け身なんて取れませんよね。困っておられましたが、もちろん宍戸さんも父も私が応募したことなんか知りません。
でもこの時私は「まずい。これで私たちの作品がもう一度掘り起こされて大賞を取ってしまっては、世の中に疑われてしまう」と本気で心配しました。
救いがたい馬鹿です。
議論の末、結局第一回は大賞の該当作品は無しという事になりましたが、翌年の第二回選考で大賞に選ばれた瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』を読んで、物が違う事を思い知らされました。
その後調査して私たちの作品は二次選考から三次選考に行くプロセスで落とされていたことがわかりました。天狗の鼻がへし折られた若き日の懐かしい想い出です。
プロフィール
遠藤龍之介
1956 年、東京生まれ。遠藤周作の長男。81 年フジテレビ入社。広報局長や専務などを経て 2019 年6月に社長就任。21 年6月からフジテレビ副会長。日本棋院理事。日本将棋連盟非常勤理事。
作品紹介・あらすじ
『怪奇小説集 恐怖の窓』遠藤周作
怪奇小説集 恐怖の窓
著者 遠藤 周作
編者 日下 三蔵
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2022年04月21
この世は、奇妙なできごとで満ちている――遠藤周作の怪奇譚集!
”モテさせ屋”をしながら飄々と生きていた青年が巻き込まれた、殺伐とした計画を描く「悪魔」。登山客が突然消えるという伝説がある悪魔の地点――ガイドと一緒に訪れた男が恐ろしいものを目撃する「爪のない男」。ガラパゴス諸島で採取した化石が思わぬ騒動を巻き起こす「枯れた枝」など、円熟した筆致で綴られる小説と、幽霊屋敷や実在の事件やサド侯爵をめぐるエッセイを収録。著者の興味の幅広さがうかがえる、ミステリ・ホラー風味のある作品を集めた魅力的な作品集!日下三蔵氏による、オリジナルアンソロジー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000465/
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