『四畳半タイムマシンブルース』の発売を記念して、著者である森見登美彦さんを皮切りに、いま注目の作家たちにエッセイを寄稿していただきました。タイムマシンは99年までの過去・未来に行けるという設定。さて、あなたならいつの時代に行きますか?
タイムマシンがあったら「セルシー」へ行きたい。
セルシーというのは、1972年から約半世紀にわたって、大阪・千里ニュータウンで親しまれてきた商業施設である。万博記念公園のそばで暮らしていた幼少期、ときどき親といっしょに出かけたことがある。小さなコンサートが開かれる屋外広場を、くねくねした何層もの廊下が取りかこんでいる不思議な眺めは、レトロフューチャー的というか、メルヘンチックというか、子ども心に忘れがたい印象を残した。残念ながら老朽化のため2019年に閉館してしまったが、たとえば80年代末、バブル期のセルシーへ行くのはどうだろう。屋外広場の人混みにまぎれてチョコミントアイスを舐めながら、子どもの頃の自分とすれちがってみたい。
私は知らない土地へ旅行するのが苦手だし、新刊書を読むのも苦手である。旅行するなら一度行ったことのある場所へ行きたい。本を読むなら一度読んだものを再読したい。この引っ込み思案で非積極的な性格は、タイムマシンを使うにあたっても遺憾なく発揮される。遠い未来にも太古の昔にも用はない。かつて自分が見ていた世界、今は失われてしまったものに再会したい。
ここまで書いたところで思いだしたが、万博記念公園の近くに今では珍しい「ドライブ・イン・シアター」があった。一度だけ家族で出かけたことがある。上映中、トイレへ行こうとして車から出ると、あたりはシーンと静まり返っていた。自動車が行儀良く広場にならんで、大きなスクリーンが無音で光り輝いている様子は、なんだか神秘的にさえ感じられた。ちなみに上映作品はアニメ「スーパーマリオブラザーズ ピーチ姫救出大作戦!」と山田洋次監督「キネマの天地」。
もしもタイムマシンがあったら、日が暮れるまでセルシーで遊んでから、あのドライブ・イン・シアターへ出かけてみたい。
>>第2回 岩井圭也
>>第3回 阿川せんり
>>第4回 深緑野分
»同じ頃、京都で書かれた2つの作品が融合した理由は? 『四畳半タイムマシンブルース』発売記念対談 森見登美彦(著者)×上田 誠(原案)