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特集

謎多き作家の正体を徹底追及! 編集部に届いた怪文書を独占公開

「川井そら」と名乗るライターから、編集部に突如届いた一通のメール。業界を揺るがしかねないその怪文書の中身を、ここに全文公開する。

謎の作家・前野ひろみちの正体に迫る

 前野ひろみちという作家がいる。商業出版物としては、『ランボー怒りの改新』(2016年)といういささかふざけたタイトルの一冊だけしか刊行していない、よくわからない作家である。そのふざけたタイトルの本が、なんとこのたび、信頼と実績の角川文庫に、『満月と近鉄』と改題のうえ収められることとなった。



 前野氏の登場以降、その正体をめぐっては様々な説が提出されたが、本人は頑なに「かつて作家志望であった畳屋である」旨を主張しており、この点今に至るまで必ずしも読者の納得を得ていない。しかし、かつての作家志望者が幸運に恵まれて商業出版にこぎつけたとして、文庫化までされるであろうか? 筆者は、そこに何がしかのきな臭いものを感じずにはいられない。

 そこで本記事では、前野ひろみちの正体をめぐる諸説を改めて検討し、読者諸氏の判断材料をいささかなりとも増やすことを試みたい。

 まずは以下に、主要な説を列挙しよう。

  1. 本当に畳屋説
  2. 松尾芭蕉リスペクト説
  3. 複数人説
  4. 夜は短い説

 まずは1であるが、これは本人の主張である。デビュー時のプロフィール以来一貫して畳屋と述べるが、何人かの読者が指摘するとおり、奈良市およびその周辺に「前野」を冠する畳店は確認されていない。仮に前野氏がなんらかの形で畳と関連する生業を営んでいたとしても、彼が作中で本名であるとする「前野弘道」は実のところペンネームと考えざるを得ない。

 しかしそうすると、本当に畳屋なのかという疑問がむくむくと頭をもたげてくるのである。

 そこで2の検討に移ろう。「前野ひろみち」が何らかの暗号なのではないか、という話は、デビュー当初から囁かれていたところである。また、すでに指摘したように、本名ではない可能性もある。では、なぜ「前野ひろみち」などという、売れそうもないペンネームをつけたのか。

 アナグラムではないかといろいろと頑張った人もいたようだが、結論から言えばそれは違う。もっと小学生のようにピュアな心で考えることで見えてくる。そう、反対にすればいいのである。

 「前」は「奥」、「ひろ」いを「ほそ」い、に替えるとどうだろう……そう、「奥野ほそみち」=『奥の細道』である。前野ひろみち氏は、松尾芭蕉をリスペクトしている可能性が高い。

 ここまでで二説の検討を終え、「前野ひろみち」にペンネームの可能性があること、松尾芭蕉をリスペクトしている可能性があることを明らかにした。しかし、依然としてその正体は謎のままである。引き続き検討しよう。

 3はなかなかに有力な説である。その根拠となるのは『満月と近鉄』収録作品の多彩さである。冒頭の「佐伯さんと男子たち1993」は阿呆な男子の青春小説、怪作「ランボー怒りの改新」は古代日本とベトナム戦争がシームレスにつながり、「ナラビアン・ナイト」は『千一夜物語』の高度な翻案……と、「一人の作家がこれを書けるのか?」という疑問を持つのも当然であろう。

 しかし、この説にも問題がある。末尾の「満月と近鉄」によってそれまでの三編が統合され、有機的に連作として機能する仕掛けが施されているのである。「複数人でこれを作業する方が難しい」というのが、複雑な分岐を持つゲームシナリオ専門家の意見でもある。尊重すべきであろう。

 最後に残されたのは「あの説」である。この説は出版直後から噂があったが、作家・仁木英之氏の解説では、わざわざ強く否定されている。そのことが逆にアヤシイというわけで、以降、あらゆる面から検討された。今でも最有力な説といってよい。しかし、未だに決め手がないのである。

 なぜなら、正体を疑われる本人と前野氏が、直接対談を行い(『満月と近鉄』巻末に収録)、雑誌『ダ・ヴィンチ』(2016年12月号)にも前野氏が請われてコメントを寄せるなど、「夜は短くない」という雰囲気もまた漂っているからである。


 さらに、もしも仮に「夜は短かった」と仮定してみよう。そうであったならば、あの純情京都系作家が、なぜ一人二役をやる必要があったのか? 「前野ひろみち」なるペンネームをでっち上げてまで、初版部数を一桁減らす必然性は全くもって思い当たらないのである。

 そろそろ与えられた紙幅が尽きそうになっている。しかし未だに決め手がなく、さらにこのタイミングで友人より、「前野ひろみち氏と思しきInstagramアカウント(@hiromichi_maeno)が開設され、延々と畳の画像を投稿している」という一報が舞い込んできた。頭が痛い。

 どうやら本件は、筆者の手には余るようだ。正体を追求しようとすればするほどヘンテコな挙動で我々を煙に巻く前野氏。もしかしたら、「前野ひろみち」という存在そのものが、一種のファンタジーノベル(矢来町的な意味で)なのかもしれない。



前野ひろみち『満月と近鉄』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000284/

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