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売上げランキング1位獲得! タイBL『Manner of Death』人気の理由にせまる

「タイBLドラマ」をご存じでしょうか。 SNSでのクチコミをきっかけに、日本のエンタメ界に彗星のごとく現れ、一大ブームを巻き起こしています。現在、大ヒット中なのが『Manner of Death』。そのタイ語の原作小説がKADOKAWAから翻訳発売されました。発売前から話題となり、Amazonでもカテゴリランキング1位を記録しました。( 1/20 ボーイズラブノベルスカテゴリ)。そこで、小説とドラマ、どちらも人気となっている理由を堀あきこ(大学非常勤講師)さんにご紹介いただきます。

『Manner of Death』人気の理由にせまる

 タイBLドラマの原作は、タイで作られたBL小説であることが多い。90年代に日本のBL作品(当時はヤオイと呼ばれていた)がタイに伝わり、それを読んだタイの女性たちが自分たちでBL小説を書くようになり、タイで商業出版されるまでに広がった。
 そのため、タイではBLをYワーイ(ヤオイの頭文字)と呼び、BLドラマはYシリーズと呼ばれている。
 2014年ごろからドラマ制作会社がその人気に目をつけ、若くチャーミングな男性俳優を中心に、高校や大学を舞台としたドラマを手掛けるようになった。
 実際に学校に通う年齢の俳優を起用して、いきいきとした学園ドラマが作られているが、一方、多くの作品舞台が学校に集中することは、エピソードや人間関係の取り上げ方にある種のパターン化をもたらしている。



 そうしたタイBLドラマの状況に一石を投じたのが、『Manner of Death』(2020年11月30日から日本語字幕付きでRakuten TVビデオマーケットで配信中)だ。
 主役のバン(Pakorn Thanasrivanitchai、ニックネームTul/トゥン)は司法解剖を行う30歳の監察医、もう1人の主役テーン(Nattapol Diloknawarit、ニックネームMax/マックス)は謎めいた26歳の塾講師。
 舞台は学校でないばかりか、首都バンコクのような都会でもない。タイ北部地方の山に囲まれた小さな田舎町で、雲と霧、緑の美しさ、字幕が入る地元言葉が印象的だ。そして、展開されるストーリーはクライムサスペンス。異色のYシリーズである。



 トゥンとマックスはともに、筋骨隆々とした180センチを超える身長を持つ俳優で、これまでにも『Together with Me』シリーズなどで恋人役を演じ、タイBLドラマのレジェンドとも言われている。
 大人の男性同士の恋愛を堂々と演じ、見事に演技を響かせあっている彼らを見ていると、本作が当て書きされたのではないかと思うほどだ。




 目の演技や相手に触れる手の動きだけでなく、たびたび現れるキャプチャー画面のような動作のシンクロは、まだはっきりと意識されていないキャラクター間の繋がりが表現されており、その自然な雰囲気から彼らのキャリアを感じる。

 ドラマの監督は、男子高生同士の深い友情と恋を描いた映画『ミウの歌』(2007)で国際的な評価を得たチューキアット・サックウィーラクン(Chookiat Sakveerakul)。迫力あるアクションシーンや、アップで捉えられるバンとテーンの表情のあわいは、映像作品であるからこその味わいといえる。
 原作者のSammon自身が医師であり、医学的な専門用語や、解剖室の様子も詳しく、医師バンに職業人としてのリアリティがあることも特徴だ。タイの電子出版サイトでもベストセラーになっている。
 タイだけでなく、日本でも大ヒットとなっている本作だが、ドラマはかなり原作をアレンジしている。ドラマのファンでもある筆者の感想は、「どちらも素晴らしく、どちらも強力プッシュできる作品」。



 小説『Manner of Death』の魅力は、サスペンス、バディ(相棒)の関係、男性間の恋愛、という欲張りな設定を、社会批判をくわえながら見事にまとめあげ、ページをめくる手を止めさせない点にある。
 物語は、ジェンジラーという一人の女性の死から動き始める。バンの検案で出た他殺という結果を、自殺に変えさせようと何者かの力が働くが、バンは自身の危険を顧みず正義を貫こうとする。
 誰がジェンジラーを殺したのか。真実を求め、犯人を推理し、追いつめていくハンターのようなバンの周囲で、失踪事件と殺人が連続して起こる。



 バンは頑固といえるほどの強い意志と勇気、先を見通す能力に長けている。だが、彼を襲うマフィアや影の権力者、検察や警察といった法の番人までもが関わるクライムの闇は、あまりに巨大だ。
 そんな彼の戦いをテーンが支える。テーンはバンの頭の回転の速さに伴走できる人物で、地元のネットワークも持っている。しかし、謎が多く、バンは不信感を消すことができない。
 疑念を抱きながらも、ともに時間を過ごし、危機的状況をくぐり抜けることで、二人の間に親密さが生まれ、そして、バンを長く封じ込めていた「鎖」がテーンとの関係によって外される……。



 スリリングなクライムサスペンスのスピード感は物語の終わりまで失速しない。鮮やかなバンの頭脳戦に説得力を持たせているのは、監察医という職業柄、鋭い観察眼が備わっているという設定と、読者にバンの「鎖」の重さを想像させる細やかな描写である。
 常に何かを演じている役者のようにバンは振る舞う。偽物の自分。だが彼自身が、分厚い殻の中にうずくまっている本当の姿を探し出せなくなっていた。社会の要求は彼に根深い疎外感を抱かせ、感情を奪ってしまったのだ。

 世間と折り合いをつけて生きるバン。彼の目を通して語られる重く苦しい物語は、現在の社会と地続きのものだ。その視線は、テーンによって語られるパートでも共通している。
 彼らは「普通」ではないと一方的に烙印を押され、自分で自分を守るほかない日々を過ごしてきた。その深い孤独感と「家族」の関わりは、この作品のもうひとつのテーマとなっている。



 「家族」を象徴するものに食事のシーンや育っていく植物の描写があるが、それだけでなく、思いやりや心配しあう関係が人と人の食べ物のやり取りを通して描かれていることも重要だ。
 こうした関係を広く「家族」ととらえると、キーパーソンであるソラウィットがバンとテーンの「次の世代」であることが、さらに意味深いものとして立ち上ってくる。

 事件を追う二人は抜群のバディ感を見せるが、そこに挟まれるのが、成立しそうでなかなか成立しない恋愛関係である。そもそも、殺人事件を発端とした相棒という極端な状況で、しかも、バンはテーンへの疑いを持ち続けている。殺人犯と戦いながら、テーンとも戦う。一筋縄ではいかない、揺れ動くバンの感情。
 対するテーンは、一歩も引かないやり取りをするだけでなく、足をジタバタさせてしまうようなキザな台詞を決め、バンへの熱い思いを口にする。このバランスは、BLならではの醍醐味だ。

「君は僕のことを本当に愛しているんだよな」バンは僕のひとみを真っ直ぐにみつめた。
「それは、僕が最初にあなたに伝えた本当のことです」僕はためらうことなく答えた。

 バディと恋愛の両立。BLというジャンルが長く求めてきたものの一つに「対等な関係性」があるが(求めないものもある)、『Manner of Death』は、なぜそれが求められるのかを十二分に描いた作品といえる。
 また、Sammonが幾たびか触れるのが、社会における女性の立場、つまり、女性が現代社会の構造基盤である「男同士の絆」に入れないのは、女性という性別を理由に、社会的に男性と非対称な位置に置かれていることの指摘である。それに怒りを持ちつつ、だからこそ、「対等な関係性」という恋愛ストーリーを楽しめるのが、BLの魅力なのである。

 『Manner of Death』は、男性同士の恋愛に対する差別だけでなく、多数派による価値判断でマイノリティとされる人びとが肩身の狭い思いをしたり、社会に深く埋め込まれている非対称性や、バイアスがものを見る目を歪めてしまうことを、彼らのストーリーを通して見つめられる奥行きを持っている。
 ドラマと小説の表現に違いはあるが、その点が共通していることが、「どちらも素晴らしく、どちらも強力プッシュできる作品」と考える理由だ。

*    * *

 タイの文化や言葉、考えの背景は、日本と異なる点もあり、いくつか不思議に思う箇所もあったが、夜明けまで夢中になって読んだのは、素晴らしい翻訳のおかげだと感じた。KADOKAWAはタイに現地法人を持つため、今回のタイ語から日本語への翻訳出版が進んだと聞く。
 このようなパワフルな作品を生み出しているタイのYカルチャー。日本に源流を持つ文化が、タイBLドラマとして日本で多くの人を魅了している現象としても興味深いが、なにしろ言葉の壁が高い。タイBLファンとして、今後もYカルチャーを、タイカルチャーを紹介し続けてくれることを強く願っている。

(画像提供/Rakuten TV)

Sammon『Manner of Death』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000492/


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