現在角川文庫から全3冊が発売されている、山本渚さん『吉野北高校図書委員会』。地方の高校の図書委員会を舞台に瑞々しい青春を描いた本作は、刊行時、大きな話題を呼びました。文庫の装画を担当した今日マチ子さんによるコミカライズ(全3巻)も、好評発売中です。
今回「カドブン」では、この「吉北」のスピンオフ・ショートストーリーをお届け。
3作をそれぞれ複数回にわけて公開いたします。
2編目は、本編の主人公たちの下級生・高野くんの物語です。
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「委員長になる日」後編 山本 渚
「向いて、ないけんです」
「そうかな?」
首を傾げて、じっと俺を見る岸本先輩から目をそらすことしかできない。
「向いとるって思ったけど。誰とでも気負いなく話せとるやろ?」
「……それと、みんなをまとめていくんはまた違うでしょう」
「それは、そうかも」
岸本先輩がそう言って頷いたから、だから無理ですと続けようとしたら、
「じゃあ、それは他のメンバーにやってもろたらええやん」
と言われた。
「え?」
「やけん、高野が言う、みんなをまとめるっていうんが、例えばー……上手く声かけて当番に来させる、とか? イベントのときに士気を高める、みたいなことをいうんだったら、そんなん僕もしてないしー」
それは、僕らの代では川本さんと大地の仕事、とにこにこしたままで言う。
「僕が思ったんは、高野は人の話聞くん上手いけん、そういうんでいろんな意見汲み取れるんちゃうかなって」
「ほんなことないです!」
つい大きな声が出た。だって、あの時はそれが一番できなかった気がする。
「俺、前、部長だったんです……。けど誰の話もちゃんと聞けなかったし、なんのアドバイスもできんかった……!」
誰にも話さなかったことを、話そうと思ったのは、岸本先輩だからかもしれない。
岸本先輩は、一年間、ここの委員長だった。武市先輩や川本先輩の方がなんか色々動き回って、目立つような気がするのに、委員長が岸本先輩だということがすごくしっくりきていた。そして、俺が聞かれたくないことを自分からは聞こうとはしなかった。そういう人だから。
「……治る、怪我やったんです。ていうか、多分もうスポーツ普通にできるんやと思います」
辞めたのは、怪我のせいじゃない。
分からないことから、逃げた。それだけだ。
バスケは好きだったけど、部長っていう立場が重くて。
怪我のせいだと思って、みんなが気を遣ってくれるのをいいことに、本当のことを言わないままで。だからずっと後ろめたくて。
「聞かれたくなかったんは、自分がずるかったからです。怪我のこととかじゃないんです」
中学時代の部活のことをほとんど話してしまって、フウと息をはく。どう思われたか不安だった。
「分かるなぁ……」
「え……?」
「あ、いやいや、スポーツのこととか、怪我のこととかでないよ? 僕運動できんし」
ぽかんとしている俺に、そう付け加えて、岸本先輩が笑う。
「そうでなくて、気負うとあかんようになるよなぁ。僕も思ったことあったよ。委員長って大地でもようない? って。そういうこと考えん方がいいんやと思う。あと、もっとみんなの話を聞かなきゃ! って思いつめてるときって、かえってなんも聞けんのよ。焦ってしもて」
すごい分かるわぁ! ってしみじみ言われて、なんか、肩すかしというか、ほっとするというか、……力が抜けた。
「すとんって力抜いてな、できんことはできる奴に任せたらええし。高野は話聞くん上手いと僕は思うよ。のめり込むんやったら、抑えてくれる奴に頼ったらええし。それでええと思う。……面白いよ、うちの委員。やけん、もうちょっと考えてみて」
そう言って、岸本先輩が立ち上がる。鞄をもっているから、帰ろうとしているんだと気づいた。
待って、待ってくれ、もうちょっと先輩と話していたい。
「……やります!」
言ってしまって自分で驚いて、固まってしまった。
「ええっ?」
今度は岸本先輩が驚いた顔をした。
「……今決めんでも、ええんやけど」
「やって、みます。……先輩たちもおるし」
体はまだガチガチのままだったけど、かすれた声で何とか言えた。
できんことは誰かに頼ったらええ。そう言ってくれた先輩は、いつでも話を聞いてくれるんだと思う。間違いなく。
「ありがとう」
岸本先輩はそう言ってにっこり笑った。まだ少し心配そうに。
「俺、ここが好きなんです。ほとんど一年、誰もなんも聞かんかったから」
「噂、はじめはすごかったもんなー。怪我で推薦取り消されたとか? 真実?」
「違いますよ! 推薦とか来る前に辞めてますから、俺!」
完全に悲劇のナントカ的なものに自分がなってるのは知ってたけど、それほどまでとは思わなかった。がっくりきて俯いていると、岸本先輩が笑う。
「状況だけ見たら、そう思うかもなぁ。去年までバリバリバスケしとった奴がさ、ここのカウンターで座っとったら。なんかあったって邪推するんが普通かも。みんな悪気はないって」
岸本先輩にかかったら、悪気のある人なんていないんじゃないだろうか。
「……けど、ここのみなさんは、そうは思わなかったんやから」
「そりゃあなあ、みんな高野の一生懸命さを見とるけんよ。……バスケの代わりにここにおるって感じ全然なかったもん。ちゃんと参加しとったやろ?」
ああそうか。
やたらと居心地が良かったのは、何も聞かれなかったこともあるけど、ちゃんとその時々の俺を見てくれていたからだ。噂で、悲劇のナントカ的な高野になってしまった俺じゃなく。そういう空気を作ってくれてたからだ。
「頑張ります」
今度は心をこめてそう言うと、後ろから、
「頑張らんでええけん!」
っていう声が聞こえて、慌てて振り向く。武市先輩と、川本先輩、そして藤枝先輩が立っていた。
「ごめんねー! みんなで来たら、『やります!』って声が聞こえて、あかん、重要なとこや! ってなってね、ほんで……」
あわあわ、と立ち聞きの言い訳を繰り出す川本先輩に、「はいはい、もうなんも言うなー」って藤枝先輩が苦笑する。さっき頑張らんでええ、って言ったのは、藤枝先輩だったようだ。
「高野はさー。自分のポテンシャルが高いことにもうちょっと気づこうか。嫌味やから! ソレで、デキテマセン的なあれこれは! ……何させてもできるし、可愛くないったら!」
と言って藤枝先輩は、ふい、とそっぽを向く。
「頑張らんぐらいで、ちょうどええんちゃうん?」
そっぽ向いたままでそう言うから、おかしくて噴いた。
「……失礼やな、ホンマに!!」
笑っている俺にそう言って、怒っている藤枝先輩を、今度は川本先輩が「まーまー」となだめている。
「……そうそう、図書委員は運動部と両立もできるけど? 俺もそうやし。ハンドボール部、どうや? 一回見学来て」
そう言って、にかっと笑うのは武市先輩。これまで一度だって、俺のこと勧誘したことなかったのに、ここにきて初めてそういうこと言うから、なんか逆に悔しくなって、
「行ってもええですけど。見学だけですよ? ……ハンドがどうとかでなしに、あっちもこっちもで、先輩の直属の後輩っていうんはイヤです」
って返したら、一瞬目を丸くして「言うなぁ」って笑った。先輩の彼女である上森さんに入学当初、憧れてたこともあって、ちょっと溜飲が下がった気がした。
「やったね! ワンちゃん。ミッションコンプリート!」
そう言って、岸本先輩とハイタッチしている川本先輩は満面の笑みだ。
「これで、次期幹部全員そろったね!」
「え!」
川本先輩の一言にびっくりして、
「他のメンバーも決まってるんですか?」
と聞くと、
「当たり前!」
と先輩たちはみんな強気の笑みだ。
「高野、引き受けてくれるか分からんけん、黙っとったけど、もう言えるな。他のメンバーも」
岸本先輩がそう言って、にこにこする。「私言うてもええー?」と川本先輩が手をあげる。
「あのね、あのねえ。まず一人目はねー」
「上森さん、……ですよね?」
「当たり! あゆみはね、書記よ。藤枝の跡継ぎ」
俺と同じくらいの頻度でここにいる委員だ。武市先輩の彼女だから、大抵ここで待ち合わせしている。すごく可愛くて、真面目な子だ。
「後の二人……一人はね、臣くん!」
「臣ー!?」
びっくりして、大きな声が出た。先輩たちがみんなニヤニヤしている。
「なんとね、立候補してくれたんよ」
臣は……なんというか、うちの高校に珍しいタイプで、ちょっとちゃらい。俺とは違った意味で、なんで図書委員になってるんだろう、って思ってたけど。
「……あいつ、本読むんですか?」
聞いてみたら、川本先輩がふふふーっと意味ありげに笑う。「自分で聞いてみたらいいと思う!」って嬉しそうに言うから、気にはなりつつも頷くと、先輩が「残りの一人はね」と言って、うふんと笑う。
「すっごい、大変やったんよー! 高野君以上に『無理です、無理です、無理です』って。私、口説いて口説いて、口説いた。頑張ったわー。恥ずかしがりやさんやけど。でも絶対、力になってくれるから。……有野綾乃ちゃん。私の後をお願いしたんよ」
「有野……?」
言われても、なんとなくしか分からない。いつもみつあみで、眼鏡の人という印象しかない。喋ったことがない……ような気がする。きっと大人しいんだろうな。
「最後は、川本の勢いに負けて、涙目で『ハイ……』って言よったぞ……可哀想に」
「ううう、……でも絶対いいと思ったんだもん!」
恒例のように始まる、藤枝先輩と川本先輩の口げんかを聞きながら、どうやら色々くせがあるメンバーだなって思う。けど、全然不安とか、嫌とかじゃなくて、むしろ楽しみに思えてくるのは……きっと、先輩たちが選んだメンバーだからだと思う。
一年後、俺もきっと誰かを選ぶ。
その時に、「先輩たちが選んだメンバーなら」って思ってもらえるのだろうか。
そうか、俺、もう先輩にならんとあかんのやな。
はっとするように、その実感が急に訪れた。
校門の近くにある梅の花はもう咲いているし、吹奏楽部は「マイウェイ」の練習をしている。卒業式で演奏するのが恒例なんだとクラスの奴が言ってた。俺がこの高校に入学してもう一年が経とうとしているのだ。
そろそろ、前を見なくてはならない。
「今後とも、よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げると、先輩たちは全員笑って頷いた。
春はもうそこまできている。
(おわり)
シリーズ紹介
『吉野北高校図書委員会』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404000306/
『吉野北高校図書委員会2 委員長の初恋』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002403/
『吉野北高校図書委員会3 トモダチと恋ゴコロ』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002404/
今日マチ子さんによるコミカライズ
『吉野北高校図書委員会』(1)
https://www.kadokawa.co.jp/product/301502000196/