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特集

今月のおすすめ文庫「お仕事小説」 仙川環が語る、お仕事小説の魅力とは?

取材・選・文:皆川ちか

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月は読者にもなじみ深い、街の仕事をテーマとした「お仕事小説」!
働くことは大変だけれど、何物にも代えがたいやりがいがある。毎日の仕事や生活がちょっと楽しくなる、心に残る5作を紹介します。
また、2024年4月25日に発売された『カナリア外来へようこそ』の著者、仙川環さんに、本作について、また人の悩みに「寄り添う」ことの難しさ、“仕事”によって得ることができた経験などさまざまなお話を伺いました。

今月のおすすめお仕事小説

『カナリア外来へようこそ』仙川 環(角川文庫)



「その辛さ、あなただけのものではないかもしれません。一緒に考えましょう。」香料や化学物質のにおいに悩む花菜は、その貼り紙に背中を押されて保泉クリニックの扉を開ける。待っていたのは不愛想な院長先生と、愛らしい看護師レン君。ぶっきらぼうな口調と態度とは裏腹に、保泉先生は患者たちの悩みに真摯に対応する。

『これは経費で落ちません!』青木祐子(集英社オレンジ文庫)



「だいたいの社員は、入社するとすこしずつずるくなる。」経費として落ちるか落ちないか、天天コーポレーション経理部の森若沙名子(27)は入社以来、経理一筋。落ちる経費と落ちない経費を冷静かつクレバーに判断し、ときにはトラブル解決にひと役買うことも。経理部社員の目線から働くことの意義を問う、TVドラマ化、コミカライズもされた人気シリーズ。

『オレたちバブル入行組』池井戸 潤(講談社文庫)



「だが、やられたらやり返す。泣き寝入りはしない。」東京中央銀行・大阪西支店で融資課長を務める半沢直樹は、不渡りを出した会社の5億円もの融資回収を命じられる。支店長・浅野の策略に追い詰められながらもリベンジを図るが――。バブル後の日本社会で格闘する銀行員、半沢直樹の姿が熱い池井戸小説の代表作。

『和菓子のアン』坂木 司(光文社文庫)



「私も、みつ屋のお菓子を大事にしていきたいです。」高校卒業後、特にやりたいこともない杏子はデパ地下の和菓子店「みつ屋」の販売員になる。店長の椿さんをはじめ個性的な同僚に囲まれて、次第に和菓子の奥深さに魅せられていく――。自分のペースでゆっくり学び成長してゆく主人公が微笑ましい、ほの甘和菓子ミステリ。

『この世にたやすい仕事はない』津村記久子(新潮文庫)



「ただ祈り、全力を尽くすだけだ。」新卒で就職して以来ずっと働き続けてきた“私”は力尽き、失業保険が切れたのち職業紹介所から変わった仕事を斡旋される。それは、モニターである人物の生活をひたすら監視し続けるというもので……。さまざまな仕事を転々とする“私”を通して見えてくる、仕事をする意味、あるいは無意味とは。


医師ではないからこそ見えてくるものもある
『カナリア外来へようこそ』仙川環さんインタビュー

元医療系ジャーナリストという経歴を活かし、数々の医療ミステリやお仕事小説を発表している仙川環さん。新作『カナリア外来へようこそ』は、最近よく耳にするようになってきたけれど、なかなかその実態が知られていない化学物質過敏症に焦点を当てた作品で、持ち味である骨太な作風から一転してユーモア小説の妙味も醸しています。この“病”に目を向けたきっかけと物語に込めたメッセージ、そして自身にとって働くことの意味について伺いました。



――合成洗剤や柔軟剤などに含まれる合成香料(化学物質)によって体調不良になる“香害”をはじめ、“夫源病”“日光アレルギー”に“味覚障害”“シックハウス症候群”と、現代社会ならではの“病”に悩む人たちが登場します。執筆のきっかけは何だったのでしょうか。

仙川:数年前に、ご縁をいただいて日本消費者連盟の機関誌『消費者リポート』にエッセイを連載したんです。同連盟は環境や香害問題に熱心に取り組んでいて、送られてきた掲載誌を読んで初めて香害の存在を知りました。香害って世間的にはあまり知られていませんよね。柔軟剤やヘアワックスのにおいで頭痛がすると言っても、なかなか理解されづらい。それは当事者からすると本当に苦しいことで。今回、香害に苦しむ方々や化学物質過敏症の方に取材をしたのですが、周囲に打ち明けても、「気のせいじゃないか」と言われるのがとてもつらい、という言葉が印象的でした。


――オフィスの空気環境に苦しむ花菜(1章)がまさにそうですね。思いきって上司に相談しても、分かってもらえるどころか面倒くさい人、みたいな目を向けられてしまいます。

仙川:最近「寄り添う」という言葉をいろんなところで聞きますが、それって実はすごく難しいことですよね。同情ではいけないし、ただ共感すればいいというわけでもない。本当の意味で「寄り添う」って何だろう……と考えつつ書いていきました。やはりその人の話を聞いて理解することなのかな、と。


――舞台となるクリニックの保泉先生は「寄り添い」を体現しているお医者さまです。患者のつらさを理解して一緒に考えてくれる人ですが、キャラクター設定において、今回あえて仏頂面・無愛想な人物とした理由はありますか。

仙川:自分にとって信頼できない医師像の逆張りにしたんです。例えば、一見感じがいいけれど、耳ざわりのいいことしか話さない人。人当たりがいいから最初は「いい先生」だと思うのですが、毎回同じことしか言わないから、患者はだんだん失望していく……。こういうお医者さまっていませんか。私自身、年齢を重ねるにつれ病院へ行くことが増えて、さまざまなお医者さまに診てもらいました。その経験から分かったのは、出会うお医者さまによって患者の安心感はずいぶん違ってくること。


――では、仙川さんから見ていいお医者さまとは?

仙川:それを考えて書いていったら保泉先生になりました。信頼がおけない医師の逆張りなので、仏頂面で無愛想(笑)。だけど患者を一人の人間として対等に扱ってくれる。


――医療小説の書き手には医師の方も多いですが、仙川さんの場合は患者の立場から見える医師像を大切にしているのですね。

仙川:医師ではないからこそ見えてくるものもあるんじゃないかと思います。病院内の描写や、実際の医師の仕事内容といった点ではもちろん医師兼作家の方々にはかないませんが、そのぶん一般人、すなわち読者に近い視点から書いているんじゃないかな。


――保泉先生の姿からは、自分の仕事に誇りと責任をもつ人の職業意識が伝わってきます。
医療やジャーナリズムの世界で働く人びとの物語に取り組んできた仙川さんにとって「仕事」とは何でしょうか。

仙川:かつて私は新聞記者だったのですが、特に組織のなかで働いていると、自分について意外な発見をすることがあるんです。


――それはどんな発見でしたか。

仙川:学生時代は理系を専攻していたので、新聞社では科学技術部に所属していました。それがある日、企業の取材をする産業部に配属されまして。最初はずいぶん落ち込みました。なんでそんな畑違いのところで働かないといけないんだろう……と。でも次第に産業部での仕事がおもしろくなっていったんです。科学技術部では、科学的な事実を追究する内容の記事を書いていましたが、産業部では、これからの社会をどう作っていくかということを考えて取材したり記事を書いたりするんです。つまり未来をイメージすること。未来について想像を巡らす楽しさに目覚めましたね。ひょっとしたらその気持ちが、小説を書くことに向かわせたのかもしれません。


――記者だった経験は小説を書くうえでどのように活かされていますか。

仙川:判断する目でものを見ない、ことでしょうか。これが正しい、これが間違っている、というふうに考えるのではなく、異なる意見の落としどころを探りつつ書いているとは思います。たとえば本作の1章では、柔軟剤を愛用している人物が、そのにおいに苦しむ花菜に対してきつい態度をとります。だけど、その人を単なる悪役にするのではなく、柔軟剤を使っている理由も書き込みました。


――その人の言い分も花菜の言い分も、どちらももっともです。だから読んでいる側も悩みます。どうすればこの問題を解決できるんだろう……と。

仙川:結局、どんな問題であれ相手をやっつけるのではなく、互いに譲歩できる部分を探っていくしかないと思うんです。少数の人に我慢を強いたり、攻撃の矛先を向ける悪役を作ったりするのではなく。それだと根本的な解決にはなりませんしね。異なる意見の者同士が互いに話を聞いて、相手を理解しようとする。大変だし面倒くさいけど、でも、そうするしかないと思う。そんな気持ちで本作を、いえ、本作も書きました。ぜひさまざまな方に手に取っていただけたらうれしいです。

プロフィール

仙川 環(せんかわ・たまき)
東京都出身。大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了。2002年に『感染』で第1回小学館文庫小説賞を受賞して作家デビュー。他作品に『終の棲家』『処方箋のないクリニック』「中央新聞坂巻班」シリーズなど多数。


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