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特集

宮部みゆき、久しぶりの現代小説は俳句から生まれた短編集

句会で生まれた俳句をタイトルにして、原稿用紙30枚から40枚前後の短編小説を書く。宮部みゆきさんの『ぼんぼん彩句』(角川文化振興財団)は、そんな発想から生まれた短編集です。胸を打つ家族小説から、ぞっとするホラー、ちょっと不思議なSF……。俳句と響き合って生まれた、彩り豊かな12の物語について宮部さんにうかがいました。

取材・文 朝宮運河
写真 後藤利江



俳句から生まれた短編集『ぼんぼん彩句』
宮部みゆきインタビュー


――宮部さんは11年ほど前から、親しい人たちと句会を開かれているそうですね。俳句に興味を持たれたきっかけは、作家・倉阪鬼一郎さんの『怖い俳句』(幻冬舎新書)という本だったとか。

 そうなんです。2012年の夏、倉阪さんの『怖い俳句』をたまたま本屋さんで見かけて、それまで俳句のことなんてまったく知らなかったんですけど、“怖い”なら大の好物ですから(笑)、読んでみたらまあこれが素晴らしい本で、面白かったんです。

 よく短編こそ小説の粋だと言われます。確かに人生のある部分を鮮やかに切り取った短編を読むと、「いいなあ」と感動するんですけど、俳句は小説よりはるかに少ない言葉で、花鳥風月を詠みながら、そこにさまざまな人の気持ちを織り込んでいる。傑作とされる俳句からは、17音の向こうに豊かなストーリー性を感じることがあります。俳句ってこんなにすごい文芸なんだということにあらためて驚きまして、それで自分でもひねってみたい、と。


――「BBK」と呼ばれるこの集まりは、もともとカラオケを楽しむ会だったそうですね。

 そうなんです。誰が言い出したか、「これからはボケ防止が大事よね」ということになって、14年ほど前からカラオケを歌って、美味しいものを食べて、という活動を続けています。ボケ防止カラオケを略してBBK(笑)。2012年以降、この会のメンバーで句会を催すようになりました。幸いにも学生時代に俳句をやっていたとか、句会に出た経験があるというメンバーが何人もいて、まったくの素人のわたしを助けてくれました。



――句会で詠まれた俳句をタイトルに短編を書くというアイデアは、どのように生まれたのですか。

 せっかく俳句という新しい試みをするなら、それを小説に生かしたいですね、という話は早くから編集者さんとしていたんです。それで俳句甲子園を題材にした小説はどうかとか、俳句結社のことを書いてはどうだろうとか、いくつか案が浮かんだんですが、どちらもすでに優れた作品が書かれていますし、今さらわたしが書くのはどうなんだろうと。それで思い切って“俳句そのものをタイトルにした短編”を書くことにしたんです。さすがにこれはあまり例がないのでは、と思います。


――句会では毎回、多くの俳句が詠まれると思います。その中で、小説にしたいと感じるのはどんな句なのでしょうか。

 それは自分でもよく分からないんです。句会の段階で、絶対これは書かせてもらいたいという句に出会うこともあります。たとえば「プレゼントコートマフラームートンブーツ」がそうですね。この作品に触れた瞬間、若い女の子の履いているムートンのブーツが浮かんできて、書ける、と思いました。
 プリントしていただいた句会の記録を読み返していて、小説にしたい句が目に飛び込んでくることもありますし、作者の方が「へぼ句で恥ずかしい」とおっしゃる作品であっても、お願いして書かせてもらうこともあります。


――取りあげる句の作者とは、事前に打ち合わせをするのですか。

 小説にする許可はいただきますが、それ以上作品についてインタビューするようなことはしていません。句会の席の簡単なやり取りを参考に、何ならそこで話されたことも忘れて、17音から物語を作っています。
 わたしが勝手な想像を膨らませてしまって、作者の皆さんが気を悪くするんじゃないかと心配だったんですけど、「こんな話になるとは思わなかった」と喜んでくださったので安心しました。この企画が続けられたのは、ご自分の句を快く提供してくださった句会の皆さんのおかげです。


――たとえば「枯れ向日葵呼んで振り向く奴がいる」は、婚約者に裏切られた女性があてもなくバスに乗り、向日葵畑にたどり着く、という物語。宮部さんの小説を読み、あらためてタイトルの俳句を鑑賞することで、鮮やかなイメージが浮かんできます。

 俳句をタイトルに小説を書くのは、解釈とも鑑賞ともまた違うんですよね。ひとつの独立した作品をもとに、また別の作品を生み出しているので、もしかしたら小説やマンガを映像化する行為に似ているのかもしれません。
 小説の末尾にもう一度俳句を掲載しているのは、編集者さんのアイデアです。西村ツチカさんの挿絵も素晴らしいですし、いい本にしていただいたと嬉しく思っています。


――嫁ぎ先で孤立する主人公の心情が描かれる「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」、不実な夫に騙され続ける娘の人生を、母親の立場から綴った「散ることは実るためなり桃の花」など、女性の悲しみや苦しみに寄り添った作品が多いですね。

 世相の反映でしょうかね。今は仕事の9割が時代小説で、現代小説をまとめて書いたのは久しぶりなんです。それもあって日々のニュースに触れて感じていたことが、この本に一気に出てしまった。最近は以前にも増して、女性や子供たちがつらい目に遭うような事件が気になって、せめて小説では救いのある物語を書こうと思ったんですが、そのためにはどうしてもその前段階の苦い出来事を書かざるを得なくって。俳句をお借りした皆さんには、こんな話になってごめんね、という気持ちです。続きを書くとしたら次回はもうちょっと明るい話、子供や動物が主役になるような話も増やせたらいいと思っています。



――多彩なストーリーが詰まっているのも大きな魅力。「異国より訪れし婿墓洗う」は、医療技術が発達した未来を描くSF、「窓際のゴーヤカーテン実は二つ」は、冬でも枯れないゴーヤの実が登場する怪奇幻想小説でした。

 ジャンルは特に限定することなく、面白いネタが浮かんだらSFでもホラーでも、何でもありで書いています。「異国より」の句は、外国から日本にやってきたお婿さんがお墓を洗っているというシーンから、作者のご家族の歴史やお盆の時期の雰囲気が伝わってきて、ぜひ書かせてもらいたいとお願いしました。SFとしては比較的単純なアイデアですが、30枚くらいの短編ならありかなと。
「窓際の」は実はちょっとズルをしていまして、もとの俳句ではゴーヤの実は「三つ」だったんです(笑)。ここは夫婦の話にしたかったので、お許しをもらって変えさせてもらいました。夏の植物であるゴーヤが、冬になっても元気に実っていたら、という話です。


――温泉旅館を舞台にした「山降りる旅駅ごとに花ひらき」、ある一家の記憶を、展望台から見える景色とともに描いた「同じ飯同じ菜を食ふ春日和」。俳句をもとにしているだけあって、いずれも四季折々の自然が印象的に描かれていますね。

 俳句にもいろいろな形があり、現代俳句には季語にこだわらないやり方もありますが、BBK句会では一応基本を押さえることにしています。小説にする際にも、作品に詠まれた季節感はできるだけ生かすように心がけました。
「山降りる」は山道を下るごとに花が開いていくというイメージが美しくて、そのまま小説にしたかったのですが、いざ書こうとすると難しくて、絵の中の自然という変化球を投げることにしました。「同じ飯」は同じ展望台によく登る家族の物語で、読んでいたら釜飯や茶碗蒸しを食べたくなった、という感想をいただきました(笑)。


――「薄闇や苔むす墓石に蜥蜴の子」は小学5年生の主人公がある悲惨な事件と関わりを持ってしまい、人の心の暗い部分に触れることになる……という物語。宮部さんらしい現代ミステリーになっています。

 初期の頃によく書いていた短編ミステリーに近いですね。あまりにもむごい事件に遭遇した人は、こんな気持ちを抱いてしまうかもしれない。そう考えながら書きました。昔だったらこのテーマを膨らませて長編にしていたかもしれません。
 今年作家生活37年目に入り、若い時ほどビビッドに世の中の変化を掴まえられなくなっているのを実感します。社会の闇を覗き込んで、そこから物語を引っ張り出してくるような力は、私の場合、年齢とともに衰えてしまったようです。その中でどうクオリティを落とさず、いい仕事をしていくかが今後の課題になるでしょうが、今回俳句をひとつのきっかけに、久しぶりに現代に向き合うことができたのは、得がたい機会だったなと思っています。


――俳句と小説のコラボレーションは今後も続くとのことですが、宮部さんご自身の俳句をタイトルにするご予定は?

 それはありません。でもわたしのへぼ句を、どなたか別の作家さんに小説化してもらえたら面白いかな、と考えています。読者の皆さんから募った俳句を小説にするのもいいかもね、と編集者さんと話しているところなんですよ。
 まずは一冊目の『ぼんぼん彩句』を楽しんでいただければ幸いです。12編それぞれ工夫を凝らしてみましたが、俳句に親しんでいる方とそうでない方とでは、また受け止め方が違うはずです。どう読んでいただけるのか楽しみです。


――さらに7月下旬には人気時代小説「三島屋変調百物語」シリーズの最新作『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続』が発売されるとか。こちらも期待しています。

 早いもので「三島屋」シリーズも9冊目です。この巻ではおちかに赤ちゃんが生まれ、三島屋が幸せなムードに包まれる一方、富次郎もある人生の転機を迎えることになります。そろそろ百物語の3人目の聞き手が登場する、助走路に入ったところという感じですね。
 この変わり百物語も、ようやく折り返し地点が見えてきました。昔からのならわしで、百物語って途中で止めると凶事を招くらしいんですよ。だから這いつくばってでも99話書かないといけません(笑)。どうぞ気長にお付き合いいただけますよう、お願い申しあげます。

プロフィール

宮部みゆき(みやべ みゆき)
1960年東京生まれ。法律事務所等に勤務の後、87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。92年『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会賞長編部門、同年『本所深川ふしぎ草紙』で第13回吉川英治文学新人賞。93年『火車』で第6回山本周五郎賞。97年『蒲生邸事件』で第18回日本SF大賞。99年『理由』で第120回直木賞。2001年『模倣犯』で第55回毎日出版文化賞特別賞、第5回司馬遼太郎賞、第52回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門をそれぞれ受賞。07年『名もなき毒』で第41回吉川英治文学賞受賞。08年英訳版『BRAVE STORY』でTHE BATCHELDER AWARD受賞。22年第70回菊池寛賞受賞。

書籍情報



ぼんぼん彩句
著者 宮部 みゆき
定価: 1,980円 (本体1,800円+税)
発売日:2023年04月19日

俳句と小説の新しい出会い。17音の奥に潜む繊細で彩り豊かな12の物語。
宮部みゆきが深い洞察力と鑑賞力で12の俳句から紡ぎだした玉手箱。社会派からホラー、SFに至るまで、あらゆるジャンルに足跡を残してきた宮部文学の新たなる挑戦!

https://www.kadokawa.co.jp/product/302212003862/
amazonページはこちら


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