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特集

最後は女が愛で許す そんな物語はもういらない 『忘らるる物語』高殿円

取材・文:阿部花恵 写真:迫田真実

壮大な異国見聞ファンタジー『忘らるる物語』高殿円インタビュー

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年4月号からの転載になります。



「もうこれ以上は何も出てこない。書き上げたとき、心底そう思いました。ここまで絞り出すように悩み抜いた物語は初めてです」

 原点回帰のファンタジー、めくるめく異国見聞録、そして運命に抗う女たちの戦記。高殿円さんの最新長編『忘らるる物語』には、そのすべてが詰め込まれている。

「物語の種は20年くらい前からあったのですが、あまりにハードな内容だったので引き出しにずっとしまっていたんです。たまに出しては、やっぱり無理かなと戻すことを繰り返していて。でも過去にも一緒に本を作った編集者が、『そういう話をぜひいただきたいです!』と言ってくださったおかげで、ようやく世に出せました」

「王たちの種付け遊戯の道具」として女は4つの国を巡る

 主人公は北の小国の王族の女王である18歳の環璃。占いによって次の帝の子を産む「皇后星」に選ばれた環璃は、帝候補である4人の藩王の国を順に巡り、それぞれの王と閨を共にする使命を課せられている。

「1章は自分が環璃になったつもりで書きました。乳飲み子を奪われ、夫と一族を殺され、故郷を追われる。ただただ奪われ続けて、子を産む道具にされる。若い女性にとっての考えうる限り最悪な状況が、環璃にとっての出発点です」

 だが環璃は運命に翻弄されるだけのか弱い少女ではない。最初の国へと強制的に運ばれる道中、不思議な力を持つ女性チユギに偶然助けられた環璃は、ひとかけらの希望を胸に先々を見据えて過酷な運命をいったん受け入れるのだ。

「環璃は王族の次期女王として教育を受け、人を束ねる術も見聞きしてきた女性です。だからこそ、絶望の中でも自分を苦しめるシステムが見えていたし、どうすればそれを変えられるのかを考える力があった。そうした設定があって初めて成り立つキャラクターともいえます」

 そんな環璃と連帯するのが、もう一人の主人公チユギだ。カミとの契約によって男を滅ぼす力を手に入れたチユギと、その同志である〝果ての民〟たち。細部まで作り込まれた彼女たちの能力とコミュニティの設定は、ファンタジーに原点を持つエンタメ作家としての本領が発揮されている。

「過去にインドを舞台にした小説『カーリー』を執筆していた際にインドの報道を大量に見ていたのですが、女性がレイプされるニュースが毎日のように目に飛び込んできたんですね。あれから10年以上が過ぎた今でも、どの国でも同様の事件が絶えず起きている。#MeToo運動が世界的に広がったことだってその事実を裏付けていますよね。どうして女はこんな目に遭わなければいけないのか? 男よりも相対的に非力だから仕方がないのか? じゃあどうしたらこの構図をひっくり返せるのか? そう考えたときに、私はやっぱりフィクションにこそ、ひっくり返す力があると思えたんですね。物語には力がある。現実をすぐに動かすことはできないけれども、まずはフィクションの力でひっくり返していけたら。チユギとその仲間たちの設定は、そんな発想から生まれたものです。子宮を依り代にカミと契約を結び、男を一瞬で塵に変えられる女たち。では彼女たちはどうやって生計を立て、どんな共同体を作り上げているのか? ふわっとしたファンタジーで終わらせないためにも、そういったリアリティは綿密に作り込んだつもりです」

 環璃が置かれた状況は過酷だが、一方で物語としては見知らぬ国と文化を巡る異国見聞録的な面白さも本作の魅力だ。

「もともと旅が好きなので、過去に訪れた遺跡の記憶や文化のストックを色々混ぜるようにして世界観を作り込みました。中央アジアから東欧、北欧、古代中国までさまざまですが、どこか特定の国に偏らないようには意識しています」

 国巡りは、王巡りでもある。野蛮な老犬のような王、冷酷さを隠し持つ王、気さくな庶民派の王……。各国をたらい回しにされる環璃の目を通して、国家という究極の家父長制度の頂点に組み込まれたとき、男性はどう振る舞うのかを目の当たりにするサンプル図鑑のような見方もできるだろう。

「家父長制度というシステムが人類において進化を遂げてきたことは揺るがない事実です。それによって生じたデメリットもあるけれども、当然のことながらメリットもある。そして産後の女性には急激なホルモンバランスの狂いによって、家父長制度のシステムにうまく飲み込まれてしまう危うさもある。そういったものを等しくフェアに書かないと、今の読者にはピンと来ないだろうなという思いもありました」

 国を統治する方法も単一ではない。恐怖で民を抑圧する形もあれば、偽りの充実感を与えて思考を停止させるやり方もある。もしも自分がこの国に生まれていたら、幸せだっただろうか? あの国とこの国では、どちらがマシだろう? 読者もまた、国を巡りながら思いを馳せずにはいられない。

「管理されて生きるラクさも確かにあると思うんですよ。給与が低くても日々やることがたくさん課せられていれば、思考停止したままでも生きていけますよね。『え、これで幸せじゃん?』と思う人は絶対にいるだろうし、『昔よりはマシでしょ』『100年前よりは良くなっているよ』と返されたら確かにその通りですから。そうした考え方を全否定はできませんが、書きながら浮かび上がる一つひとつの問いに『いや、でも違う』と納得できる答えを出していかなければならないのが難しかったですね。そういう意味では私自身も環璃と一緒に旅をしてきたような感じです」

事実を検証する学者ではなく嘘つきだからこそ書けること

 そして旅の終盤、環璃はチユギと再会を果たすも、再び彼女の手を離す。「誰とでも対等に戦える自由」を手にするために。自分を苦しめたこれまでのシステムの正体を見極めるために。

「ここまで振り切った、ある意味では野蛮なラストシーンにしてしまって本当にいいのだろうか?という迷いはありました。でも考えてみればこれまで私たちはずっと、『最後は女が男を許し、包み込む物語』をたくさん読まされてきたじゃないですか? 最後の最後は、我々女性が折れなきゃいけなかった。そういう誰かにとって都合のいい物語は、もういらない時代になった気がしませんか? ここで私が世間からの批判を恐れて〝いい子ちゃん〟な結末を選んでも仕方がない。それよりは歴史の中で忘れられ、見捨てられてきたであろう物語を今、私が世に出そう。そう思えました」

 数多の血が流された怒涛のクライマックスのその先、果ての果てで環璃は何を目にするのか? 最後の一行にたどり着いたとき、物語を消費して生きる私たちは、ファンタジーだからこそ描ける真実が、フィクションだからこそ届く言葉があることを知る。

「書いている途中はあまりにも大変すぎて『こんなに難解なテーマは文化人類学者の先生とかに執筆してほしい!』と本気で願っていました(笑)。でも考えてみたら、学者は本当のことしか言えませんよね。それならば我々のような〝嘘つき〟が、作家という名の大ボラ吹きがフィクションとして生み出すしかない。ラストは神様が天から与えてくれるものではなくて、人間が持てる一番の希望を描きたかった。その光を表現するためだけの720枚だったかもしれません」

高殿円(たかどの・まどか)



兵庫県生まれ。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。「トッカン」「上流階級 富久丸百貨店外商部」「カーリー」各シリーズ、『戒名探偵 卒塔婆くん』『グランドシャトー』など著書多数。気鋭のマンガ家が集結した大型アンソロジー「傀儡戦記」の企画・原案も務める。

作品紹介『忘らるる物語』高殿円



忘らるる物語
著者 高殿 円
定価: 2,090円(本体1,900円+税)
発売日:2023年03月10日

北の小国で女王として平和に暮らしていた環璃は、わが子を人質に取られ、次の帝の子を宿すために故郷と自由を奪われる。だが触れた男を一瞬で塵にする不思議な能力を持ったチユギとの出会いによって、環璃は運命に立ち向かう決意をする……。家父長制によって支配されてきた人類の歴史に切っ先鋭く迫る、壮大な異国見聞ファンタジー。

詳細はこちら⇒https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000889/
amazonページはこちら


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